アダルトチルドレン 社交不安を                      やめる心理カウンセリング -116ページ目

ぼくの家に劣等感を感じる


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心の悩みを作る禁止令とは


アダルトチルドレンの為のトラウマサイコセラピー


「僕の家は重要ではない」というタイトルですが、
初めて見た人には違和感を覚えさせるような
ネーミングですね。書いた後で気づきました。
何言ってるかわからない表現です。

元々禁止令(injunction)を翻訳した人が
「Don't be important」を「重要であるな
と訳したのですが、この訳ではニュアンスが
まるで伝わらないような気がします。

かといってほかにいい訳も思いつきませんが。

「重要であるな」という禁止令を決断する場面
ですが、親から否定されていたとか、他の兄弟
姉妹だけかわいがられたとか、勉強できないと
ダメとかの条件付きで認めてもらえたなどが
一般的です。

ところが同じ「重要であるな」でも今日お話し
する例では、ちょっとかわった決断の仕方を
しています。

なぜか決断の場面とおぼしき、自分が小さい
頃の両親を前にしても、クライアントさんにあまり
葛藤が起きてきません。

両親の誰も「お前は価値がない」とは言っている
ような感じがしないのです。

でも、人前に出ると、やっぱり自信が持てないとか
自分が人より劣った感覚があったり、人に対して
何か負い目を感じていたりします。

ためしにエンプティチェアに小学校くらいの時の
クラスメートがいると想像してもらうと、急に自信が
なくなったり、何か自分がみんなより劣った感じが
してきます。

しかし、学校でいじめのような事件でもあったのかと
いうと、それらしい出来事もない。

では、どこでこんな感覚を感じるようになったのか。

こんな例を聞いたことがあります。

父親が廃品回収の仕事をしていたのですが、
そのことを母親が子どもにあまり誇れる仕事では
ないからと「家の仕事は学校の友達には言っては
ダメだよ」と言い聞かせていた例です。

大人だと家の問題は両親の問題であって、
自分の価値とは関係がないときちんと切り分け
ができるのですが、子どもの場合は
アイデンティティが確立しているわけもなく、
自分の家は価値がないのだと、人と比べて
劣っているのだと教育されてしまうと、その
とおりの感覚を子どもは持つようになって
しまいます。

同時に子どもが友達の前で自分の家のことが
ばれないかと隠していたり、不安になっていると
いうことはとてもつらいことであります。

家が貧乏だとか、お父さんやお母さんがアル中
であるとか何かの病気であるとか、両親が離婚
しているとか、そういったことを気にしている
子どもたちがいます。

家が貧乏であるとかはそれ自体が問題ではなく、
そのことがよくないことであるとか、劣っている
ことであると誰かが子どもたちを教育してしまった
ことが問題なのです。
(皆が皆そのように決断するわけでは
ないにしても)

少々家が貧しくても、そのことを家の人が誰も気
にしていなければ、子どもは「私の家は重要では
ない」と思うようにはならないでしょう。

私も最近は「重要であるな」系の問題を解決しよう
としているのですが、確か母親が近所の人と話を
している時に「うちの子はその点ダメだよ」といって
いるのを聞いたことがあり、その時のイヤな感じを、
思い出しては、決断したのはこの場面だこの場面
だと思っていてセラピーを受けるのですが、それほど
強い葛藤を覚えないので不思議に思っていました。

小学校のクラスメートの前で感じていた息苦しさ
とはくらべものにならないくらい軽い感じなのです。
(それでも十分いやな感覚がありましたが)

私の問題も本当は「家は重要でない」のほうだった
のかもしれません。

話が変わりますが、最近聞いた話題なのですが、
「重要であるな」という禁止令を100%解決するため
にはどうしたらよいかというテーマだったのですが、
再決断療法のセラピーをたくさん受ければそれは
可能なのかというと、答えは否なのだそうです。

再決断療法のワークでは問題を気にならない程度に
まで減らすことはできます。

ほとんどの人にとってはこの時点で問題は解決と
いえます。

ところが、完全になくすところまではいかないようです。

本当の意味で自分が重要であるとか、かけがえのない
存在なのだと感じられるようになるためには、いくつかの
ステップを経るのですが、最後に自分を生涯大切に
してくれる人に
目を向けて、その人を愛することなの
だそうです。

愛することで本当の意味での自己重要感というものを
感じられるようになるとのことです。

逆にプライドがある間は本当の意味で人を愛しては
いないのだとも言えそうです。

プライドは本当の自尊感情とはいえないものだからです。

ところで、その話を聞いたときに、同席していた女性の
方々に「旦那さんを愛して
あげてくださいね」と言ったの
ですが、「旦那さんですか」と、異口同音に
皆さん拒否
反応を示していたのは何故なのでしょう。


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アダルトチルドレンの為のトラウマサイコセラピー

片づけができない


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アダルトチルドレンの為のトラウマサイコセラピー

去年でしたでか、「断捨離」なる本がヒットして
片付けブームのような様相を呈していた時期が
ありましたが、まだ記憶に新しいところではないで
しょうか。

今でも関連本が書店の店頭をにぎわせている
ようです。

そういった一方で、たまに絶望的なほどに
片づけができない人々が、テレビに映し出されて
いるのを目にすることもあると思います。

本当に部屋の中が足の踏み場もないほど
ちらかっていて、それをどうすることも
できないでいたりします。

おそらくこういった人たちの中にも先述の本を
読んで、片付けに挑戦した人もいることでしょう。

ところが結果はどうだったでしょうか、おそらく
できなかった人がほとんどだったのでは
ないでしょうか。

実は、今では片付けといった一見なんでもない
ような問題にも、心の働きが大きく影響している
ことがわかっています。

片付けができないという場合、主に2種類の
禁止令決断が関わっていることが往々にして
あります。
(一人で同時に二つという意味ではなく、二つの
タイプがあるという意味)

たとえば何から手をつけたらいいかわからない
とか、入用のものと不要な物の分別ができない
とかを感じていて片付けができない人だと
考えるな 」や「自由に行動するな」という禁止令の
決断が関係しています。

自分で考えられないので、何をしていいかわから
なくなっている、また自分で何かしようとすると
不安になってくる。

この場合だと、誰か指図する人でもいれば、
片付けができるのでしょうが、大抵は大人に
なると親元を離れていて、家のことをこまごまと
言う人もいないので、自分ひとりでは片付けが
できないということになってしまいます。

もうひとつは何か物を捨てようとするときに
心の底で寂しい感じがしてしまって、物を捨て
られなくなっているということがあります。

この場合は「愛着を感じるな 」という禁止令決断が
関係しています。

私の場合を例に挙げますと、小さい頃に犬の
ぬいぐるみをまるで生き物のように大切にしていた
記憶があります。

古くなってだんだん壊れてきたのですが、なぜか
そのぬいぐるみを捨てることができませんでした。

ただのぬいぐるみです、普通ならば新しい
ぬいぐるみを買ってもらえばそれですむことなのです。
むしろそちらの方が嬉しいくらいのはずなのです。

ところがやはりいつまでもその古くなったぬいぐるみを
捨てることができないでいました。

捨てるとどうなるのかというと、捨てるとぬいぐるみが
かわいそうという気持ちになってきてしまいます。

当然本人もそのぬいぐるみを捨ててしまうと
寂しくて仕方がありません。

これだけ見てるとなんだか優しい子どものように
見えてくるのですが、実はこれは投影とか投射の
問題でもあります。

実は、自分が見捨てられることを、ぬいぐるみに
見立てて、かわいそうな感覚を感じているのです。
(本当は自分が見捨てられるとかわいそう)

こういった感覚はペットとかにも感じる人もいる
ようで、自分が外出したら、ペットが寂しがって
かわいそうなので、外に出れないなどということも
起きているようです。

自分が見捨てられる感覚をぬいぐるみや
ペットに投影していて、大事にして捨てないで
いることや外出しないでいることで、この見捨てられる
感覚を感じることを避けているのです。

最近の再決断療法のワークで私がクライアント役を
していたときに、この「片づけ」のテーマを出したら、
「愛着を感じるな」が出てきてしまいました。

実は私の部屋も少し危機的状況になりつつあります。

早く愛着の問題を解決しなくては。


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アダルトチルドレンの為のトラウマサイコセラピー
やっぱり日本がいいにゃん

久々のワークショップ 

 

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心の悩みを作る禁止令とは



アダルトチルドレンの為のトラウマサイコセラピー

2か月に一回ぐらいの割合で再決断療法(*)のワークショップに
参加しています。

少人数でクローズドの会なので、一般の人は参加できない
のですが、ほぼ同じメンバーで2~3年継続していきます。
(たぶん)

再決断療法の開祖ロバート・グールディングもこういった
形でワークショップを行っていて、大きな効果をもたらして
いたそうです。

今回は2度目の開催なのですが、運よくどちらもセラピー
を受けることができました。

以前禁止令 「成功するな、成し遂げるな」の事例を聞いた
ときに自分にもあてはまりそうな感じを強くもったため、
この辺りをやりたいと思っておりました。

実際にワークをやりだすと最初本人が思っていたのと違う
禁止令になることが多いのですが、
この禁止令を決断している人は、最後の最後で失敗するとか、
最後までやり遂げることができないとか訴えたりします。

その時聞いた事例は化粧品が最後まで使い切れず、
ボトルの底に少し残しては次の化粧品を使ってしまい、
少し残したボトルが家にたくさんあるという人のものでした。
(話し合いの中で出てきた行動パターンの一つであって、
この問題を解決しようとしたものではないでしょう)

自分は本を最後まで読めないという問題をかかえて
いました。

小説を読んでも最後の10~20ページを残して、だんだん
興味がなくなってしまって読まなくなることが多いのです。

その他に物事をうまくできないような感覚を始める前から
感じていたり、最後の詰めが甘くなってしまって、当初
望んだ結果が得られないという感覚も持っていました。

ワークの途中でひきだされてきた幼少期の場面では、
母親の何をやってもほめてくれない姿、うまくできない
ときには、「やっぱりお前はできないね」と言っているような
気がする顔ばかりが浮かんできました。

その時ぽつりと「自分はいない方がいい」という言葉も
出てきました。

その時ファシリテーターの方が「「存在するな 」のワーク
をやってみますか」と聞いてきました。

正確には「存在するなのワークやったことある?」
だったでしょうか。

本来ならば当初の訴えを解決するためには、おそらく
「成功するな」とか「重要であるな 」のワークをするところ
だったと思います。

この辺りが継続的なワークショップの面白いところです。

日頃は「存在するな」の主訴をそれほど感じることが
なかったので、今までこのワークはしたことがありません
でした。

だからといって、この禁止令決断が私になかったという
わけではありません。

「存在するな」のワークは直接問題と関わっていない時でも、
問題解決の為の底上げをしてくれる効果があります。

ワークが終わった後で、何か力を手にしたような感覚が
出てきました。

「重要」系のワークはまた次の機会にとりくむこととします。


実は、日本では再決断療法といっても、自分の習っている
ものとは少し違う流れの療法がおこなわれていて、
そちらの方が主流なのかもしれませんが、それは治療的
介入(うつやパニックなどへのセラピー)などには適して
いないタイプの療法であるとの情報をキャッチしました。
(少し表現は不正確かもしれません)

あまり詳しく書けない情報なので、残念ながらこれ以上は
秘密にしておかなければいけません。

そういえばだいぶ前に、ある心理療法の先生からお話を
伺った時、「知り合いにも再決断療法をやっている人が
いるけれど、あれはなかなか決断させられないんだよね」
と言っていた言葉が頭に残っておりました。

その知り合いの方というのも、もしやもう一つの流れをくむ
再決断療法をやっている人だったのかもしれません。

自分を含めて、何度も問題を解決していく姿を目の前で
見ていますから。



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