一周忌の法要を終え、 倉敷から松山に着いたのは18時半。 

「どこかで食事をして帰ろう」 ということになり、

向かった先はお好み焼き。 

 

 

我が家の行きつけのお好み焼き屋さんは2軒ありますが、 

そのうちの1軒が『スミレ』です。 

 

今では松山市内に何店舗もある人気店ですが、 

私たちが松山に来て間もない頃、 

もう20年くらい前になるでしょうか。 

 

 

主人が勤めていた病院の看護師さんに教えてもらったのが、 

このお店との出会いでした。 

 

当時は、裏通りにある 小さくて目立たない隠れ家的なお店。 

3歳と1歳の小さな子どもを連れて、 家族でよく通いました。 

 

このお店のお好み焼きの特徴は、 なんといっても「ふわとろ」。 

名前の通り、中にはお餅、 表面にはチーズがとろーり。 

 

子どもたちも大好きでした。 

 

その後、松山の地方紙にも紹介され、 

少しずつ知られるようになっていきました。 

 

 

今日も定番の 「ふわとろ関西風」を注文。 

久しぶりに食べる懐かしい味に、 

家族で通っていた頃のことを思い出しました。

 

 

 

 

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野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。

 

何か行動するとき、
人には必ず動機があります。

 

やりたいから動く。
必要だから動く。
誰かのために動く。
でも時には、損をしたくないから動くこともあります。

 

最近、ふと思いました。

私は、つい「損か得か」で判断してしまうことがあるのではないか、と。

東京や大阪で開催されるイベントのお誘いを受けた時に、愛媛に住んでいるため、気軽に行ける距離ではないため、慎重になってしまいます。

 

 

でも、目的を持って行動することも大切です。
では、「目的」と「損得」は何が違うのでしょうか。

 

目的を持つとは、

「私はこれを通して何を実現したいのか」
「誰に何を届けたいのか」
「どんな未来につながってほしいのか」

という方向を持つこと。

 

一方、損得で判断するとは、

「私が損しないか」
「得できるか」
「評価されるか」
「傷つかずに済むか」

という、自分を守る計算が中心になること。

 

もちろん、損得を考えることが悪いわけではありません。

損したくない。
傷つきたくない。
報われたい。

それは自然な感情です。

 

でも、損得が中心になると、
人はだんだん動けなくなります。

お願いできなくなる。
本音を言えなくなる。
失敗しない範囲でしか動けなくなる。
相手の反応に一喜一憂してしまう。

 

一方で、目的が中心にあると、
損得は「現実を見るための情報」になります。

時間をどう使うか。
誰に声をかけるか。
どこまで無理をしないか。

それは損得ではなく、
目的を形にするための知恵です。

 

迷ったときは、自分にこう聞いてみる。

これは、私の大切にしたい目的に近づく判断だろうか。
それとも、損しないため、傷つかないためだけの判断だろうか。

 

善悪で判断するとは、
大げさな正義ではなく、

得をするかよりも、
自分の内側がまっすぐでいられるか

を大切にすることなのだと思います。

 

 

損得をなくすことはできない。
でも、損得に人生のハンドルを渡さないことはできる。

人と人とのご縁も大切にしたい。

会いたい人に会いに行く。

 

自分の内側がまっすぐでいられる選択を、
ひとつずつ重ねていきたいと思います。

 

 

 

 

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野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。

 

私たちは、親からいろいろなものを受け継いでいます。 

 

顔立ち、体質、考え方、価値観、習慣。 

でも、それだけではありません。 

 

 

親や祖父母の世代が経験した 悲しみ、恐れ、我慢、生きづらさまで 知らないうちに受け継いでいることがあります。 

これを「世代間トラウマ」といいます。 

 

 

たとえば、親がつらい経験をして 弱音を吐かずに生きてきた人だった場合。 

その子どももまた、 

「我慢しなければいけない」 

「人に迷惑をかけてはいけない」 

「感情を出してはいけない」 

と感じながら育つことがあります。 

 

 

親が直接そう言わなくても、 家庭の空気、表情、声のトーン、緊張感から 子どもは感じ取っていきます。 

そして大人になってからも、 人の顔色を見すぎたり 自分の気持ちを抑えたり 無意識に同じ子育てをしてしまうことがあります。 

 

 

私も子どもが小さい頃、子どもに怒った時に、

「母親と全く同じ怒り方をしていた!」と気づいたことがありました。

 

 

でも、これは 親が悪い、祖父母が悪い という話ではありません。 

みんな、その時代を精一杯生きてきたのだと思います。 

 

 

大切なのは、責めることではなく 

「これは受け継いできた反応かもしれない」 と気づくこと。 

 

 

気づいた時から、 無意識の繰り返しは 意識的な選択に変えていけます。 

 

私は、我慢ではなく対話を選ぶ。 

私は、支配ではなく信頼を選ぶ。 

私は、子どもに 「感情を出しても大丈夫」 と伝えていく。 

 

 

世代間トラウマは、 気づいた人から少しずつほどいていけます。 

過去を否定するのではなく、 受け継いできたものに気づき、 もう苦しみになるものは ここで手放していく。 

そうやって、 次の世代へ渡すものを 変えていけるのだと思います。

 

 

 

 

 

 

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1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。

 

臓器は、ただの部品ではなかった 

 

私たちはこれまで、

心臓はポンプの役割、腸は消化吸収するところのように、臓器をとても分かりやすく考えてきました。 

最近の研究では、臓器にはそれだけではない働きがあることが分かってきています。 

 

 

たとえば、盲腸や虫垂。 

昔は「なくても困らないもの」「退化した器官」と考えられていました。 

でも今では、腸内細菌の避難所のような役割があるのではないかと考えられています。 

腸内環境が乱れたときに、善玉菌を守り、また腸内環境を立て直すための基地のような働きです。 

 

なので、昔は虫垂炎の時は、即手術が行われていましたが、今ではできる限り抗生物質を使って温存するようになっています。

 

 

つまり、不要だと思われていたものにも、ちゃんと意味があったのかもしれません。 

これは盲腸だけではありません。 

 

一部を表にすると、このようになります。 


 

こうして見ると、体は本当にすごいです。 

臓器は、それぞれが単独で働いているわけではありません。 

 

心臓も、腸も、筋肉も、脂肪も、骨も、皮膚も。 

それぞれが体の中で情報を出し合い、影響し合っています。 

まるで、臓器同士が会話しているようです。 

 

だから病気も、ひとつの臓器だけで起きているとは限りません。 

 

胃が悪い。 腸が悪い。 肝臓が悪い。 心臓が悪い。 

検査では、そう見えることがあります。 

 

でもその奥には、 食事、睡眠、ストレス、感情、運動、腸内環境、自律神経、免疫、代謝など、 さまざまな要素が関係しているのかもしれません。 

体は、部品の集まりではなく、ひとつの大きなネットワークです。 

 

そして、体はいつも何かを伝えています。 

痛みも、疲れも、炎症も、不調も、 ただの敵ではなく、体からのメッセージかもしれません。 

 

不要だと思われていた盲腸にさえ、役割があったように。 

一見、意味がないように見える不調にも、 体からの大切なサインが隠れているのかもしれません。 

 

病気は、ひとつの臓器だけで起きているのではない。 

体全体のつながりの中で起きている。 

 

 

そう考えると、私たちはもっと丁寧に、体の声を聴く必要があるのだと思います。

 

 

 

 

 

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野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。

 

昨日は、義母の一周忌の法要で岡山へ行ってきました。 

 

 

お供え物を何を用意すればよいのか分からず、

お寺に相談したところ、提携している葬儀屋さんに連絡して手配するようにとのことでした。 

 

 

葬儀屋さんのホームページにも詳しい記載はなく、初めてのことで分からないまま、言われる通りにお願いしました。 

すると、きちんとお寺へ手配してくださっていました。 

 

果物の盛り合わせ8種類

和菓子40個

お餅40個

お花

 

恐らく、2万円くらいではないかと思います。

主人が電話して頼んだので、値段を聞き忘れたと。

それでも、初めてのことで戸惑いましたが、本当に助かりました。 

 

 

法要の後は、集まった親戚と和やかな雰囲気の中で会食をしました。 

すみわたるような良いお天気にも恵まれ、無事に終えることができて、ホッとしました。

 

 

 

 

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