武田知弘『ヒトラーの経済政策』(祥伝社新書 2009年)
★本書は2009年に祥伝社新書として発行された後,2020年に同社から文庫化されて出版されているが,本記事の引用ページなどの表記は新書版からのものである。
ヒトラーとかナチスという言葉を聞くとホロコーストとか戦争ということを思い浮かべる人は多いと思われるが,彼らが当時どのような経済政策を行ったかと問われると,それを詳しく知っている人は案外少ないのではないだろうか。本書はそのナチスが行った経済政策について論じた書物である。
著者の武田知弘 は本書執筆の意図について「まえがき」で次のように述べている。
「本書は,ヒトラーの経済政策を追究することをテーマとしている。…筆者は,ナチスの残虐行為について,擁護したり肯定したりするつもりは毛頭ない。しかし,だからといって彼らの行為がすべて否定されていいということではないだろう。アドルフ・ヒトラーやナチスという存在は,後世において『全否定』に近い評価をされてきた。が,彼らは,一時的にせよ,ドイツ経済を崩壊から救い,ドイツ国民の圧倒的な支持を受けていたこともあるのだ。」(p.3)
今年の夏,岩波書店から小野寺拓也・田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波ブックレット No.1080)というタイトルの本が出版され,私も読んだのだが,その本で言及されている「良いこと」に相当する部分を論じているのが今回書評の対象とした武田知弘の書物である。小野寺・田野はナチスの「良いこと」をほぼ全否定しているのだが,上の「まえがき」からも分かるように武田はそれをナチスの行った「良いこと」として論じるのである。もちろん,そこでも述べられているが,武田はナチスの行った残虐な行為を肯定しているわけではないし,「あとがき」でも次のように述べている。
「本書では,ページ数の都合上ナチスの残虐行為等については,ほとんど触れていない。なので本書だけをもって『ナチスの全体像』を判断することは,かなり無理があるということをつけ加えさせていただく。」(pp.248-249)
要するに,武田はナチスがユダヤ人などに対して行った残虐行為は一旦横に置いて,ヒトラーが行った経済政策だけを取り出して,その評価を試みたいとしているのである。ただ,私にはそういったことが可能なのかどうかが本書を評価する際の重要なポイントだと思われるのだ。
ヒトラーの経済政策の成果として著者が取り上げるのは600万人の失業問題の解消,「歓喜力行団」に見られるような労働者のためのレクリエーションの充実や大衆車の生産,中小企業への資金融資や農家の借金の凍結,禁煙運動を初めとする国民の健康政策などである。
著者がこれらの政策をどのように評価しているかを見る必要があるが,ヒトラーの最も大きな功績として言及されている失業問題の解消について見ると,著者が言うように,ドイツの失業者数はナチスが政権を奪取した1933年の約600万人(これは労働者の3人に一人に当たる)から,その3年後の約160万人にまで減少した。著者はこれをヒトラーが打ち出したアウトバーンの建設に代表される公共事業の成果として評価するのだが,これは著者も認めるように,ワイマール時代末期の雇用創出政策をヒトラーが引き継いだだけのことなのである。しかし,著者は「ヒトラーの功績は,これらを『開始したこと』ではなく,これらの事業を『かつてない規模』で行ったということである」(p.32)としてヒトラーを評価するのだ。しかし,たとえば石田勇治『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社現代新書)が指摘しているように,実際にアウトバーン建設工事に関わった就労者は,せいぜいのところ1934年~1936年の3年間で約25万人程度だったのである(石田著 p.225)。また,上に挙げた600万人から160万人への失業者数の減少の数値も勤労奉仕制度,一般徴兵制度,さらに武田の著書の64ページでも述べられている結婚奨励貸付制度によって若者や女性を労働市場から退場させた結果であり,数字のからくりによるものであると言うことができる。
このように,失業問題の解消という問題一つをとってみても,労働者のためという実体を伴うものではなかったと言えるのであるが,ナチスはそれをヒトラーの功績だと宣伝することによって国民統合のためのプロパガンダとして利用したのである。本書の43~45ページを見ると,著者はこのような宣伝を国民の気分を高揚させ景気を刺激するものとして高く評価しているのであるが,はたしてそうだろうか?来たるべき戦争に備えるための洗脳ではないのかという観方もできるが,著者はその観方を否定し,軍備よりも失業問題の解決を優先したのであり,ナチスが「政権奪取以来,軍備を最優先してきたというのは誤解なのである」(p.29)と述べる。しかし,一方で著者は自分のこの主張を事実上否定することにもなっているのだ。
著者はヒトラーが労働者のための大衆車であるフォルクス・ワーゲンを開発するために国家的プロジェクトを立ち上げたことを評価しながら,生産されたのはたった40台の試作品だけであった点について次のように述べている。
「工場が建設され,もうじきフォルクス・ワーゲンの大量生産を始められると思った矢先の1939年9月1日,ドイツ軍はポーランドに侵攻した。フォルクス・ワーゲンの生産は即座に中止され,すでにできている施設は,軍需工場に切り替えられたのだ。…労働者たちがフォルクス・ワーゲンを購入するために支払われた積立金は,すべて軍事費に充てられた。」(p.104)
また,労働者に対するナチスの大減税策を論じながら,次のようにも述べられる。
「このようにすばらしいナチスの税金制度だったが,戦争が始まってからは増税に次ぐ増税となった。」(p.111)
見られるように,優先事項としては,戦争が大衆車の生産や労働者の減税政策をはるかに上回るのであり,武田とは違って,ナチスは軍備を最優先してきたと言えるのではないだろうか。さらに,この観点からヒトラーの経済政策を見た場合,それは戦争のための国民統合の手段でしかなかったと結論づけることもできるであろう。しかも,この場合の「国民」とは武田が紹介しているナチスの「党綱領」からも分かるように「血統的にドイツ民族の血をひくものだけ」(p.156)であり,当然のことながらユダヤ人などは含まれてはいないのである。それだけではない。障害者に対する安楽死処分やナチスに反対する者たちへの弾圧という点をも含めると,上に紹介した小野寺・田野の書物で述べられているように,「ドイツ国民」とは「①ナチ党にとって政治的に信用でき,②『人種的』に問題がなく,③『遺伝的に健康』で,④『反社会的』でもない人びとのみだった」(小野寺・田野著 p.77)ということになる。ナチスによる「国民の健康政策」もこの③に照らしてみればどのような意図で行われたのかが分かるであろう。
すでに引用した本書の「あとがき」で著者が「本書だけをもって『ナチスの全体像』を判断することは,かなり無理がある」と述べているように,本書は「ナチスの全体像」の一部である「ヒトラーの経済政策」をいわば「純粋に」取り出して論じたものである。その意味ではナチスが経済政策として行った「事実」を知るには便利な書物であると言えるであろう。しかし,歴史的事実はその歴史的文脈を離れては存在し得ないのであって,そうである以上,「ヒトラーの経済政策」も領土拡張のための戦争志向やドイツ国民以外の者たちに対するナチスの残虐行為と切り離して論ずるという方法論には疑問が残ると言わざるを得ないのである。