日米映画批評 from Hollywood -6ページ目

ラ・ラ・ランド/LA LA LAND (9点)

採点:★★★★★★★★★☆
2017年3月5日(映画館)
主演:ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン
監督:デミアン・チャゼル

 

 本年度アカデミー賞13部門14ノミネート、内6部門で受賞!!ということで、第89回アカデミー賞の主役となった作品。また作品賞が間違われるという歴史に残る珍事に絡んだこともあり、日本でも一気に知名度が高まった作品でもある。

【一口コメント】
 ロサンゼルスに住んだことがあり、かつハリウッドの映画業界に携わったことがある人間ならば、誰もが共感を覚える作品であり、アカデミー会員が絶賛するのも納得の作品です。(そうじゃない人にとってはどうでしょう?)

 

【ストーリー】
 女優の卵のミアは、違法駐車で車をレッカーされたパーティーの帰り道、偶然聞こえてきた音に誘われ、ジャズバーに入る。そこでピアニストのセブと出会う。しかし、不遜な態度をとったセブにミアは怒りを覚える・・・。
 後日、別のパーティーに参加したミアはプールサイドで演奏をするセバスチャンと再会する。そのパーティーの帰り道、マジックアワーに抱かれたハリウッドの街を見下ろす高台で互いの夢を語り合う2人。恋の始まりがすぐそこまで来ていた・・・。

【感想】
 結論から言うと、ロサンゼルスに住んだことがあり、かつハリウッドの映画業界に携わったことがある人間ならば、誰もが共感を覚える作品であり、その両方の要素を持つ自分には直球ど真ん中の作品だった。アカデミー賞最多ノミネートも納得の内容である。
 しかしロサンゼルスに住んだこともなければ、ハリウッドの映画業界に携わったことがない人が見た場合にはもしかすると古臭い演出や良くある普通の恋愛ストーリーに映るかもしれない。

 この作品の一番の肝はハリウッドという世界中の映画人が憧れる"映画の都"で、来る日も来る日も壁にぶつかってはその壁に打ち返され、一度は夢を諦め、故郷へと帰る主人公ミアと、不本意ながらも自分の夢を実現するために一見遠回りながらも着実に自分の夢をかなえるもう1人の主人公セブ、この2人の境遇と絶妙なバランス。
 互いに互いの夢を応援しながらも、片方が成功すると片方が上手く行かない、それがきっかけで喧嘩したかと思えば、それでもやはり相手の夢を支えようとする姿に心を揺さぶられる。例えばミアの故郷であるネバダ州ボウルダーシティでの2人のやり取り。せっかく大作のオーディションに呼ばれたにも関わらず、オーディションに何度も落ち、自分よりも美しい女性がいっぱいいる状況に苦しみ続け、夢をあきらめたミアに対し、強引に説得するシーン。その直前に1人舞台をし、声が漏れ聞こえる楽屋で客のダメ出しを聞くミアのシーンを入れることでミアの境遇がより一層際立つ演出になっている。
 このあたり、ロサンゼルスで映画業界に携わったことがある人間にはとても深く刺さる。その種の人間が必ず一度は経験する道だからだ。たとえ自分が役者を目指していなくても、周囲の親しい人間の中に同じ境遇の人間が数多くいるし、役者以外のポジション、監督であれ、メイクであれ、衣装であれ・・・、世界中から夢あふれる数多の才能が集まってくる"ハリウッド"という狭き門は、圧倒的に夢破れる人間の方が多い。世界中の才能がエンタメという一般社会とは異なる特殊環境でぶつかり合う場所は世界中探してもハリウッド以外にはないかもしれない。
 そもそも芸能事務所という概念が日本とは大きく異なるハリウッド(簡単に言うと宣伝も管理も事務所ではなく、タレント本人が行うのがハリウッドであり、例えばPRのプロを事務所が用意するのではなく、自分で雇う必要がある)において、夢を追うのにはとてつもないパワーが必要だし、ライバルは世界中からやってきた才能ばかり。そのプレッシャーたるや壮絶なもので、そのあたりの共感を誘う演出が絶妙なので、多くのアカデミー会員の賛同を得たのだと思われる。更に「
カサブランカ」や「理由なき反抗」などのクラシック作品の引用が効果的に使用されているあたりもアカデミー会員に響く要因としては大きいかもしれない。

 またどことなく懐かしさを感じさせるレトロな演出が多いのだが、技術的にはドローンを使った長回しなども多用されている。
 その最たるものがオープニングだろう。実際にはいくつかのカットを組み合わせているらしいが、一見ワンカットの長回しのように見える。しかもそれがロサンゼルスの高速道路のインターを封鎖した状態での撮影で、ここまで壮大なミュージカルシーンは今まで見たことがない!映画のオープニングとしても歴代トップレベルの演出でグッとストーリーに引き込まれた。

 

 ロサンゼルス在住経験があると良いという意味では、ミアが乗っているプリウスも"あるある!"となる。2人が偶然出会ったパーティーの帰りに車のキーを取ろうとするとプリウスのキーばかり・・・というシーンなど"そうそう!"と共感できる(ロサンゼルスで信号待ちをしているとプリウスが5台連なっている場面などよく出くわす為、微笑ましくさえ思える)。
 またオープニングの高速道路やグリフィス天文台を始め、ロサンゼルス各地がスクリーンに映し出されるのも在住経験者には楽しい。中でもサミット・エンターテインメント制作の映画であるにも関わらずワーナー・ブラザーズのスタジオが登場するのには驚いた。そしてそのスタジオ内のカフェで女優志望のミアがアルバイトをしているという描写もロサンゼルス在住の映画関係者あるあるであり、共感を生みやすい。またそのバイト先に有名女優が訪ねてくるというシーンが2度描かれていて、2度目の演出がとても上手い!

 そしてラストシーン。一言で言うとアンハッピー・エンドということになるのだろうが、アンハッピーなのだが、どこか幸せな感じも残るという絶妙なバランスがまた良い!ミアの回想改め妄想シーンを現実描写で挟むことにより、これ以上ないくらい甘美的な、切なさと愛しさが同居するラストシーンとなっている(「切なさと愛しさと・・・」と昔のヒット曲のタイトルのようだが・・・)。
 オープニングの高速道路でのミュージカルシーンが陽のクライマックスとすれば、このラストにおける妄想の最後で暗転し、一瞬の静寂の後で暗闇の中で鍵盤を叩いているセブが浮かび上がるシーンは陰のクライマックスとなっている。作品の最初と最後に陰・陽それぞれ別の2つのクライマックスを持ってくるという極上の演出にしてやられた!!


 今作を見終えて自分の中に芽生えたのが「ミュージカルって面白い!」という、子供が初めてテーマパークを訪れた時のような素直な感情。
 もちろん今までミュージカル映画を見たことがないわけではなく、「
オペラ座の怪人」や同じくアカデミー賞6部門受賞の「シカゴ」を始め、過去に何本も見てはいる。しかし今までは正直、ストーリーの流れの中で突然歌いだす登場人物たちによってせっかく入り込んでいた世界観から一気に引き戻される感じがあったのだが、本作はオープニングの印象がとても良かったこともあり、その引き戻され感がなかった。
 また通常の映画であればキャラクターの内面描写というのはモノローグを使うか、あるいは言葉は発さずに絵で見せ、観客の想像に任せる手法を取るのが常だが、ミュージカルの場合はそれを歌に乗せることができる。今作で言えばやはりオープニング。渋滞で待っている車の運転手の心情を歌に乗せて表現するという手法。普通であれば高速道路の上で車から降りて歌いだすなんてことはあり得ないのだが、そこを敢えて歌にすることで映画とミュージカルの境界線をうまく超えていく。もちろんどの作品にでもOKという手法ではなく、それが合う合わないはある。
 またこの作品は他の多くのミュージカル作品と大きく異なっている点がある。他の作品の多くが舞台で上演されているミュージカルを映画化しているのだが、この作品は原作ともいうべきミュージカルはなく、オリジナル脚本によるミュージカル映画である。そのため、見る側はもちろん作る側も先入観なしに映画の世界に入ることができ、ミュージカルっぽくない演出も多い。特に中盤ではほとんど歌唱シーンがないまま、物語が進展するという、舞台の映画化作品ではめったに見られない"映画らしい"ミュージカル映画に仕上がっている。

 劇中でジャズを死に行くものとして描いているあたりも心をくすぶられる。そのジャズのパートを1人で担うセブ役のライアン・ゴズリングがとても良い。自分の夢を最終的に実現させるのだが、そこに至るまでの過程がとても切ない。自分の夢への最短ルートではない・・・どちらかというと遠回りな道を歩むセブに対して、自分の境遇を踏まえた上で夢に挫折しそうなミアがまっすぐに切り込むシーンは心が痛くなる。
 そして何といっても彼の演奏シーン。ミュージカルだからこそのスポットライト的演出も加わり、魂が揺り動かされるシーンとはまさにこれだ!というラストシーンはとても感動的だった。
 一方のミア役のエマ・ストーンも良い。
 冒頭は売れない女優としての演技を見せつつ、夢が叶った後の大女優としての演技も見せる。一作品の中での振り幅の広さはもちろんだが、そのバランスというか、さじ加減がとても上手い。

 

 もしかすると「シカゴ」や「オペラ座の怪人」と比べると、ミュージカルそのもののレベルは高いわけではないかもしれない。しかし、この作品に関してはそこは重要ではない。
とにかく 主役二人の演技が良いのだ!(これはあくまでも映画であって、ミュージカルではない)
 高速での第一印象最悪のすれ違いシーンから、付き合う前のそっけないシーン、付き合い始めの頃の楽しい恋愛シーン、そして互いの事を思った上でのケンカシーンなど、どれも真に迫る演技で観客に喜怒哀楽を感じさせてくれる。

 そして監督。既に演出に関してはいろんなことを書いてきたが、ミュージカルシーンなどはセットをあえて作り物っぽくする一方で、ドラマのシーンは徹底的にシリアス路線で行く・・・そうしたメリハリが良い意味ではっきりしている。上述しているが物語中盤に関しては歌唱シーンがほとんど出てこないのもそうしたメリハリの一環と言える。そうすることでミュージカル映画にありがちな「えっ、ここでいきなり歌い出すの!?」感が薄れ、観客としても見やすい作品になっている。
 ただし脚本に関しては結構粗が目立つ。2人の恋愛感情の高まりに関する描写には説得力がないし、ミアが独り舞台をするに至った経緯やセバスチャンの売れたことによる苦悩の心理描写などもやや薄い。6部門を受賞しながらも脚本賞を逃したのは順当と言っても良いかもしれない・・・。


 最後に・・・正直、映画業界に関わったことがない人間が見た場合にそこまで感動するのかどうか?は疑問・・・。

名探偵コナン 純黒の悪夢 (8点)

採点:★★★★★★★★☆☆
2017年2月26日(DVD)
原作:青山 剛昌
監督:静野 孔文

 

 映画シリーズ公開20周年記念作品であり、かつ3年連続となる劇場版コナン・シリーズの歴代興行収入塗り替えを達成した作品。

【一口コメント】
 20周年記念作品に相応しい素晴らしい作品です!

 

【ストーリー】
 ある夜、警察に侵入したスパイが世界中の闇組織の機密データを盗み出そうとするが、公安の安室とFBIの赤井の追跡によって、スパイの車は道路から転落してしまう!
 翌日、東都水族館に遊びにきていたコナンは、ケガをした女スパイに遭遇する。しかし彼女は記憶を失っていた―――。
 さらに公安の安室、FBIの赤井の壮絶な戦いも始まる!!

【感想】
 20周年記念の名に恥じない素晴らしい作品だった。
 "名探偵"ということで推理物を期待している人にとってはイマイチどころか、推理ないじゃん!ってなるかもしれないが、2年前の「
異次元の狙撃手」に通じる要素も多数あり、個人的にはかなり満足の作品だった。

 劇場版ではおなじみとなった冒頭の事件発生シーン。このカーチェイスに関してはコナンシリーズ史上最高の内容だった。まずチェイスといっても2者ではなく、3者が絡んでいること。その3者が黒の組織、公安、そしてFBIという現在のコナンを支える3大組織であること。
 またそこにコナンが絡んでいないのも良い。以前スケボーで犯人を追いつめるシーンの中で巻き添え事故を多発させたコナンを描く作品があったが、子供向けアニメの主人公がそれをやるのはご法度ということを反省したのか(・・・どうかはわからないが・・・)、今作はコナンを抜いた状態でのカーチェイスということ、そしてFBIを入れたことでそこを上手く回避している。
 また途中から高速道路を逆走するシーンが出てくることもあり、ハリウッド映画と同じ興奮を味わうこともできる。

 そしてこの作品の一番の見せ場はコナン、安室、赤井の3人の絡みだろう。
 観覧車の爆破を止め、黒の組織の計画を阻止するラストシーンはもちろんだが、黒の組織が世界中で裏切り者を抹殺する一連の流れの中で、安室がキールと共に捉えられたシーンも実はコナンと赤井による3人の連携があったという種明かしを最後に持ってきたあたりの演出の順番構成も素晴らしかった。
 コナンが知略、安室が爆弾解除、赤井が狙撃と役割分担したり、観覧車を射撃している黒の組織が乗るヘリを3人の連携で撃墜したり、最後の最後で再び3人が連携し観覧車を止めるシーンなど手に汗握る演出は見事だった。

 そして今作では少年探偵団の活躍も見事だった。
 特に光彦の機転の利かせ方は小学生とは思えないほど見事。女スパイが観覧車の中で突然苦しみだした際に彼女の言葉にならない言葉をメモるとか、すごかった。
 またイルカのキーホルダーや毎回おなじみの博士のダジャレクイズが今作はストーリーの本筋にも絡んでいたり、推理らしい推理はないものの(複数の色のカードが唯一の推理?)、伏線の張り方が見事だった。安室や水無を救う手段、観覧車を襲う組織の行動の予測など、推理ではないものの、見るべきものはいくつもあった。

 今作は20周年記念作品ということで、黒の組織のかなり深い部分まで踏み込んでいたこともこの作品に深みを与えた要因だろう。特に組織のNo.2であるラムの正体について、結果何の進展もないのだが、見せ方としては最後まで興味を引っ張る内容になっていた。
 しかし黒の組織はここまで有望な人材を殺戮しまくって良いのだろうか?ジンとベルモット以外で優秀な人材は登場するたびに殺されているような気がするのだが、気のせいだろうか(ベルモットも今作では大女優のはずが、素顔のままファミレスに現れたりしている・・・)?生き残っているウォッカ、キャンティらはどう見ても優秀とは言い難い気がするのだが・・・。
 今回のラストシーンで、観覧車をあんなに派手に攻撃するのも黒の組織が動くやり方ではなく、ただのテロリストのやり方だ(テロリストがあんなオスプレイ的なヘリを所持することが可能か?どうかはさておき・・・)。目立つだけで無意味なゴンドラごと奪うという奪還作戦は、違う意味で驚愕ではある・・・。
 灰原が言うには「黒の組織は犯罪の痕跡を残すようなヘマはしない」らしいが今作では痕跡残しまくり・・・。そのあたりを含めて、黒の組織の描き方については残念だった。

 残念と言えばラストで「誰かが狙われている・・・動くなら今だ!」というコナンの発言にも少し驚いた。上述した巻き込み事故の描写を回避したのが、この一言で台無しになってしまった。今までのコナンであれば、集中砲火されている誰かをいかにして助けるか?を考えたはずなのに・・・。

 とはいえ、事件らしい事件は1つも起きないし、事件がないので犯人もいない、そんな状況であるにもかかわらず、最初から最後まで一瞬もだれることないサスペンス・アクション映画に仕上がっている。
 ストーリー展開、サスペンス要素、登場人物のキャラ立ちなど、黒の組織絡みのネガティブ要素と上述のコナンの発言がなければ歴代でもトップレベルの仕上がりと言える作品。


 そういえば、キュラソーの声優が天海だと後から知って驚いた・・・。
 また声優という意味では、ガンダム世代にはたまらない共演があったのもファンにはたまらない演出だった。

インディペンデンス・デイ =リサージェンス= (4点)

採点:★★★★☆☆☆☆☆☆
2016年7月9日(映画館)
主演:リアム・ヘムズワース、ジェシー・アッシャー、ジェフ・ゴールドブラム、ビル・プルマン、マイカ・モンロー
監督:ローランド・エメリッヒ

 

 20年前に日本でも100億円を超える興行収入を稼ぎ、アメリカに住んでいた時代には毎年のように独立記念日に放映されていた「インディペンデンス・デイ」。その続編ということで楽しみにしていた作品。

 

【一口コメント】
 同じキャストが出ている以外に続編要素は皆無の、前作とは別物「
インディペンデンス・デイ」です。

【ストーリー】
 20年前、エイリアンに勝利した人類は彼らの宇宙船から技術を吸収し、太陽系の各惑星に前線基地を設営し、反重力制御の戦闘機などの次世代兵器の開発を行い、新たなる襲来に備えていた。
 2016年7月、月面に未知なる宇宙船が出現する。20年前の英雄たちの制止を振り切り、その宇宙船を迎撃する人類。しかしそれと前後して、太陽系に張り巡らせた防衛システムに異常が発生始める。そして7月4日、アメリカの独立記念日の演説中にまた別の宇宙線が襲来する―――。

【感想】
 う~ん、前作の興奮はどこへ行ったのだろう?
 来襲する宇宙人の圧倒的な強さは前作以上なのだが、その緊迫感がほとんど感じられないまま、終わってしまった・・・そんな感じ。その要因はいくつか考えられる。

 1つ目は前作が実際に存在する戦闘機F/A-18Aなどが登場していて、地球軍と宇宙人の戦闘機の戦闘力の違いにも絶望感があったのだが、今作では地球軍も前作で敵が残していった技術力を手にしているという設定のため、そこまでの絶望感を感じられないし、存在しないもの同士の戦いなので、実感がわかないと言ったほうが近いかもしれない。
 前作では、地球上に存在する戦闘機の実弾が敵を撃墜した時に未知のテクノロジーを擁した戦闘機にもその効力を発揮した!という喜びがあったのだが、今作ではその喜びはないとは言わないが、かなり薄い・・・。

 2つ目はその宇宙人が残していった技術が実は大したことなかったという描写があまりにも多い。戦闘機の性能は別として、月面に設けた巨大レーザー砲は、とある物体を撃ち落とすだけの威力があるかと思いきや、本陣ともいうべき敵にはバリアーで防がれてしまい、何のダメージも与えることなく、破壊されてしまう。
 そのバリアーの技術を地球上の最終決戦では使用しているのに、何故月面ではその技術が活かされていないのか?も大いなる疑問として残った。

 

 3つ目が圧倒的戦力の違いを、人類が持つ技術と知恵を使って埋めていくというプロセスが今回はない。前作では圧倒的戦力差を人類が一致団結して、乗り越えていく描写に高揚感を覚えると共に感動も覚えた。さらに宇宙人のマザー・シップにコンピューター・ウイルスを送り込むという奇想天外なアイデアもあった。端的に言うと、技術力の無さを団結力とアイデア力でカバーしていたのだ。
 それが今作では最初から宇宙人の残していった技術力を持っているが故に圧倒的戦力差というのをそこまで感じないし、人類が"一致団結して"感は残っているものの、知恵を振り絞って奇想天外なアイデアを出すというプロセスは皆無になっている。

 4つ目が前作はエリア51やロズウェル事件など、現実世界でも存在するオカルト要素が入っていて、そこからの発展形でストーリーが進んでいくという、あくまでも現実世界の延長上の話であり、ただのパニック映画やSF映画ではなく、サスペンス的要素も入っていたが、今作では主な決戦場所がエリア51付近だということ以外、現実世界観はゼロ。当然ながらサスペンス要素もゼロ。

 5つ目は前作はいくつかの家族の平穏な日々が描かれた後で宇宙人の来襲があり、そこに家族愛や恋愛などのヒューマン・ドラマの要素もいくつか盛り込まれていたのだが、今作は平穏な日々が描かれないままに来襲されてしまったので、母親が死のうが、父親が死のうが、大統領が死のうが、そこに感動はない。

 とまぁ、こんな感じ。他にも前作同様突っ込みどころは満載なのだが、前作はそんな突っ込みを吹き飛ばすだけのパワーが作品にあった。しかし今作は突っ込みどころは前作同様満載なのだが、それを吹き飛ばすパワーは持ち合わせておらず、以下のような突っ込みどころだけが残ってしまう。
 ・20年振りに意識回復した博士が、何の身体的問題もなく、目覚めてすぐに自由に歩き回る。
 ・無駄にアピールしてくる"中国"。今やGDP同様に日本を抜き去り、世界第2の映画マーケットとなったので、仕方がないと言えば仕方ないが、牛乳のくだりなど、ここまでアピールしてくるのもある意味凄い!。
 ・地球のコアに至るプラズマ・ドリルという宇宙人の最新技術を、コア到達までの時間を分単位で計測できるほどの超高感度センサーを持っていながら、1億ドルに目がくらむ謎のお宝探し船。
 ・背後から宇宙人を殺すことに拘りを持つ謎のアフリカ部族の長。 ・タイム・ワープできるだけの技術力を持ち、敵に対抗するための技術を授けているはずなのに、バリアーの技術は持たないというとても不思議な・・・GANTZの球体よろしく登場した"敵の敵は味方"宇宙人の都合の良さ。

 ・・・とここまでダメダメな点ばかりを挙げてきたが、良かった点もある。
 まずはオープニングから何度か使われてきた前作の名演説シーン・・・、今作が良かったというか、前作の良さを際立たせてしまったという意味ではマイナスか?

 

 次に良かったのが、敵の圧倒的パワーを示すための描写。前作でも都市を覆う程大きかった宇宙船が今作は都市どころか大陸を覆ってしまうほどの大きさで、もはや大きすぎて想像もできない。
 しかしそこはエメリッヒ!宇宙船が発する重力によって、地上のありとあらゆるものを吸い上げるという描写を見せる。しかも月面でいろいろあって宇宙船に捕獲された地球人がそれを宇宙船目線から見るという絶妙な視点を入れることで、その恐怖感を増すことにも成功している。吸い上げられたものは人や車だけでなく、飛行機や高層ビルなどバラエティに富んだセレクションになっている。
 そしてその吸い上げたものが落ちるという描写も上手い!ロンドンの街にドバイにある世界一高いビル、バージュ・カリファが落ちてくるという未だかつてない演出はさすが"安心のエメリッヒ印"だ!極論、このシーンを見るだけでもこの作品が作られた価値はあったかもしれないくらいの名シーンと言っても良いかもしれない。

 しかしやはり、「
インディペンデンス・デイ」の続編として作られた作品として見ると、「敵の敵は味方」という禁断の奥義を使い、"地球人" vs "宇宙人"ではなく、"善の宇宙人" vs "悪の宇宙人"という構図になってしまっている。
 そうなるとタイトルの「独立記念日」はキャストが同じだという以外、何の意味も持たない作品になってしまうので、どうせなら、別の作品として作っても良かったのではないだろうか?それならそれで別の見方ができて、また違って点数を付けていただろう。
 3部作になるという噂もあるが、3作目が作られるとしたら、舞台は地球ではなくなり、「
スター・ウォーズ」よろしくの宇宙戦争映画になるだろう。

ザ・コア / THE CORE (3点)

採点:★★★☆☆☆☆☆☆☆
2016年1月15日(TV)
主演:アーロン・エックハート、ヒラリー・スワンク
監督:ジョン・アミエル

 

 毎年、年末になると毎晩深夜に映画が放映されている。その中の1つであるこの作品。2003年に公開されたので13年経過していることになる・・・。

【一口コメント】
 「
インディペンデンス・デイ」、「アルマゲドン」、「ディープ・インパクト」が地球外からの脅威だったのに対し、この作品は文字通り地球"内部"の脅威を扱った作品です。


【ストーリー】
 ボストンでペースメーカー使用者32名が突然死した。またスペースシャトルのエンデバーも地球帰還時に電子機器異常を起こし、ロサンゼルスに不時着する事態が発生した。
 調査を行ったシカゴ大学教授キーズと、ジムスキー博士は、これらの原因は地球の核の回転が停止し、地球の磁場が不安定になったからだという。このまま磁場が消失すると1年後には地球が滅亡するという結論に至り、彼らはコアを再始動するために、地下3000㎞のマントルまで行き、核爆発を行うという作戦を立てる。
 そして世界中から各分野のスペシャリストが招集された―――。

 

【感想】
 今までに数多くの地球滅亡映画があった。破壊王エメリッヒ監督作品「
インディペンデンス・デイ」、「デイ・アフター・トゥモロー」にはじまり、「アルマゲドン」や「ディープ・インパクト」など多くの作品が作られてきたが、基本宇宙人や隕石といった地球外からの要因がきかっけとなる作品が多かった。
 そんな中、この作品は地球内部がきっかけとなる珍しい作品。しかし人類は宇宙には行ったことがあるが、地球内部はまだ未開の地だ。厳密にはある程度の深さまでしか潜ったことがない・・・。

 この前提が珍しいといえば珍しいのだが、映像的には地味になってしまう。隕石や宇宙人というのは昼にせよ、夜にせよ、地表における人類のパニック状態を描ける。そうした意味ではこの作品のオープニングは非常に上手かった。未知の原因でパニックに陥る人類を描くという意味での突然死やスペース・シャトルの電子障害などの描写は絶妙だった。しかしいったん地中に潜ってしまってからが、地味な映像の展開で地表における映像は閉ざされた司令室のみ。
 これが従来の滅亡映画なら、地球上のあらゆる場所でパニックになっている人類の映像を映し出せるのだが、この作品ではそれがない。

 さらに輪をかけているのが、極秘任務として関係者以外が地球に危機が迫っていることを知らないまま物語が進むこと。その結果、このミッションの関係者しか知らず、従来の作品なら出てくるミッションに挑むメンバーの家族や恋人といった要素が一切出てこない。普通ならそこで涙を誘うのだが、それがないため、人が死んでも感動につながらない。
 また6人の乗船メンバーが1人ずつ死んでいくのだが、死にすぎ感がある。その原因は誰かが死んだ後にその死を悲しむ場面がないこと。6人しかいないのにも関わらず、チームの絆のようなものが薄い。また上述の家族や恋人と遠隔通信で話す・・・といった場面もないため、感情移入できない。
 そもそも6人の人物描写が薄いため、死=悲しみとはならない。こういったパニック映画の定石通り、地球を救うメンバーの中に不穏分子=ジムスキー博士を入れて、観客の憎しみを一手に引き受けるキャラを入れているのに、そこを活かしきれていないのももったいない・・・。

 そしてもう1つ言及したいのが地底探査船バージルの存在。
 劇中でも言われていたように、人類が到達できた深さは未だ1000kmに届いていないのにも関わらず、3000kmを超えて地球のコアにまで達するという夢物語以外の何物でもないのだが、このストーリー上絶対に不可欠なアイテムである。
 しかしこれを1人の天才が作ったという設定にはさすがに無理がある。超音波を利用して地球上のいろんなものを破砕可能なレーザービームのようなもので、戦争兵器に転用されたらとんでもない道具でもある。
 また同じ人物が作ったという、熱と圧力をエネルギーに変える超合金・アンオプタニウムなるものまで登場する。この超合金によって作られた地底探査船バージルなのだが、いくつかのパーツを結合していて、何か故障があるたびにパーツを切り離していく形状。先頭部分は基本何が起きても問題ないのにも関わらず、切り離された部分は何故か簡単につぶれたり高温で溶けたりという現象に見舞われる。アンオプタニウム自体の存在は物語を進める上で必要だとは思うのだが、この辺の細かい矛盾点は解消しておいてほしいものだ。先頭パーツ以外は時間と予算の関係でアンオプタニウムを使うことができなかった・・・とか一言入れるだけでも良いので・・・。
 そして行きはあんなにも苦労したのに、地表への帰り道は思ったよりも簡単に帰ってこれるという演出もなんだかな・・・?あんなオチなら、全員死んだ方がこのミッションの難しさが際立ち、作品としては良かったのではないか?とさえ思ったりもした。

 地中世界の描写についても、人類誰も見たことないし、何をしたって色々言われるのはわかっているのだから、思いっきり振り切っても良かったと思うのだが、巨大クリスタルの洞窟とか現実にメキシコの地表に近い地下にあるものを描写されても・・・。
 せっかく今まで前例のない設定にしたのに、そこは現実世界の延長にするのか?と残念な気持ちになった。

 とまぁ、基本ダメダメな作品なのだが、今回コアが止まったその根本原因が実は米軍の地震発生装置の影響という設定は非常に面白い。この部分をもっと掘り下げていけばまた違った感想になっていたと思う。
 それと最後に天才ハッカーが行った行為をもっと早い段階で行っていたら、また違った展開が望めたのではないだろうか?地球の危機を知った人類が、それこそ世界中が一致団結して地球の危機に望む!的な・・・、と思うともう少しやり方があったようにも思う。

 全体的には突っ込みどころ満載だが、一度見始めると途中でやめるのが惜しい、B級映画臭満載の映画でもある。

この世界の片隅に (7点)

採点:★★★★★★★☆☆☆
2016年12月10日(映画館)
声優:のん
監督:片渕 須直

 

 クラウドファンディングで資金を集め、パイロット版を作成し公開にこぎつけ、現代ならではの新しい制作手法で作られたということもあり、ネット上で話題になっていた作品。
 

【一口コメント】
 現代を象徴するクラウドファンディングという新しい手法をきっかけに完成した第二次世界大戦を描きながら、静かな感動をもたらす作品です。

 

【ストーリー】
 浦野すずは広島市江波から呉の北條周作のもとに嫁ぐ。それまで絵を描くことが好きだった彼女だが戦争で物資が不足する中、周作の家族の為にいろいろと工夫をこらす。そんな中、周作の姉ケイコが実家に戻ってくる。ケイコの娘である晴美は、すずになつくようになる。
 日本海軍の要でもある呉は何度も空襲を受けるようになり、すずも空襲後に不発弾の爆発に巻き込まれ、一緒にいた美晴は亡くなり、すず自身も右腕を失ってしまう―――。

 

【感想】
 2007年に鑑賞した「
夕凪の街 桜の国」と同じ原作者・こうの史代の原作が、今回は実写ではなく、アニメ作品として映画化された。
 前作と同じく第二次世界大戦下の広島が舞台。そして今作も原爆は登場するが、こちらも舞台が広島市ではなく、呉ということもあり、前作同様直接的な描写はほとんどない(最後の最後にそれっぽい描写が登場するが直接的な描写ではなく、あくまでも脳内妄想的な描き方に留まっている)。

 この作品の一番の肝は主役であるすずの声優である"のん"。ここまで主人公のキャラクターにマッチした声優がいただろうか?というくらいこれ以上ないほどの見事なキャスティング。
 女優としての彼女はやや癖があり、ストーリーの内容によってはミスキャスティングになりえる作品が多いと思っていたのだが、この作品に関しては、一度見てしまうと彼女以外の声優が演じるすずは想像できないくらい、素晴らしいキャスティングだった。
 もしかしたら能年玲奈時代から"のん"に至るまでの、芸能界特有の仕事を干された厳しい状況とこの作品の主人公であるすずの辛い状況が重なってしまったのかもしれない。この作品では戦争という厳しい状況の中、主人公のすずは普段からぼんやりとしていて、自分から主体的に動くというよりは回りの流れを受け入れてしまう感じの、いわゆる"天然"なキャラクター。それが"のん"と重なる部分があったのかもしれない。
 広島弁もそうだが、「ありゃあ」などの短い感嘆の言葉が秀逸で、暗いはずの世界に明るさをもたらしている。また着物を裁断し、普段着の衣類を作ったり、食料不足でも野草を食材にしたり、お米を増やすものの、まずかったり・・・、クスッと笑ってしまうエピソードが穏やかに描かれている。

 そんな"天然"かつ穏やかな彼女が激昂する場面がある。
 それが終戦を告げる玉音放送。「ここにはまだ5人残ってる!!」。
 唯一の趣味と言っても良い絵を描くことを右腕と共に奪われてしまった時ですら、自分の感情を表に出すことをしなかったすずが、唯一激昂したシーン。今まで穏やかだった彼女が感情を爆発させることで、この作品が伝えたかったことがより一層際立つ作りになっている。

 また一度も会ったことがない(実際には一度会っていたのだが、記憶になかった)者同士が結婚していた時代であり、そのことも丁寧に描かれている。
 すずには昔から思いを寄せていた男性がいた。一度は離れてしまった男性に結婚後に再会し、すずと周作の家に泊まることになった。すずの気持ちに気づいた周作は2人で夜を過ごすように配慮してしまう。それがきっかけとなり、初めての夫婦喧嘩をすることになった周作とすず。しかしこの喧嘩によって2人の心が本当の意味で近づき、夫婦として心が打ちとけ、最後に橋の上で二人が語り合う会話の中で、この映画のタイトルの意味が明かされる。
 この一連の流れが、涙を流す起伏の激しい感動とは違う、静かに心にしみわたっていくような感動を作品全体として与えてくれる。第二次世界大戦の最後に何が起きるのか?を痛切に知っている日本人にとっては最後の最後に絶望が来るのではないか?という視点で見ざるを得ないのだが、この作品はそこを良い意味で裏切ってくれる。その大きな要因として"のん"の声があるのは間違いないだろう。

 そしてアニメ映画ならではの演出も見事だった。絵が得意なすずが海の波をウサギの形にしたり、悲惨なはずの戦争の爆撃機による爆発が絵の具がキャンパスに落下したような描き方をしたり、戦争映画でありながら、少しだけファンタジーの要素も入れ込んでいる。

 TV局や大手映画会社からの資本が入らず、クラウドファンディングをベースに成立し、さらに芸能界特有のいざこざで仕事を干された女優が主演というアメリカン・ドリームのような作品成立の背景も含めて、こんな時代によくぞこんな作品ができたものだと感心してしまう。