昨日取り上げた方の別記事 (標題の記事) を取り上げます。

プログラミングの知識なんてないはずの彼が、なぜエンジニアのような成果を出せているのか? 話を聞いていくうちに、たどり着いた一つの考えが、今、AIを通した「仕事能力」の正体は、どれだけプロンプト(指示)を解像度高く書けるか。その解像度が場数で高くなる。

この「場数で」という言葉が出てくる点が、この方の分析力が素晴らしい点に感じます。

自分も含めた周りは、AIの使い方として「すごい画像が作れる」「話し相手になる」といったエンタメ(娯楽)が主である。

一方で、都会のIT企業という現場では、それは「生き残るためのインフラ」になっている。 1日に何度も「これ、AIで解決できないか?」と問いかけ、実戦に投入する。 この圧倒的な「日常でAIに触れ、言語化(プロンプト)を繰り返す密度の差」が、本人が気づかないうちに、埋めようのない習熟度の差になって現れている。

AI格差は、都会か地方かという「場所」の問題じゃない。 「それをエンタメとして眺めるか、自分の思考を拡張する武器として握りしめるか」の差なのかなと。

この点もよくわかります。

私の感覚だと、記憶力抜群で処理速度が速くて普通の人間よりちょっと愚かな部下が数千人できた、という感じです。指示しないと動かないし、指示が不適切だとでたらめな回答を返してくる。どういう指示がよいか、ってのは場数を踏まないと把握しにくいのです。

先日、私の県の将棋界について質問したら、出鱈目ばっかり回答してきました。調べ物の場合、「〇〇について、私は知らないから教えて」という感じじゃだめで、「真偽はこっちで確認するから、思い当たるものを出典 (URL など) つきで出して」という感じで接するのなら良さそうです。

宿の運営、予約管理、地域の魅力発信。 アナログな現場だからこそ、AIに「何を覚えさせ、どう動かすか」を自分でコントロールできれば、自分の能力を何倍にも最大化できる。 それが、これからの乗鞍高原が選ばれるための鍵になる気がしている。

そう思って、Geminiに課金。 2025年。取り残される前に、気づけてよかった。

Gemini がいいかどうか、は私にはよくわからないです。私が一番信頼しているのは Claude で、しかし起動に難があります (うまく起動しないことがそこそこあります)。Gemini は起動に難があったことはないのですが、調べものについてはあまり信用できない感じです。文字起こしなどはいい感じです。ChatGPT は使っていなくて、同じ会社 (OpenAI) の API に課金しています。


将棋と AI の関わりって、棋譜解析とか形勢評価とか、そちらを思い浮かべる人が多いと思います。それはそれで間違いではないのですが、「将棋」じゃなくて「将棋界」で考えると棋譜解析や形勢評価は AI 利用のごく一部に過ぎなくて、もっと広大な領域が広がっています。

さしあたって現在の将棋界が探るべきは以下の点かな、と考えています。

  • どういう data をどういう形式で保持するか
  • 上記の data の粒度の許容範囲
  • どういう処理があって、どこを AI に任せ、どこを人間が担当するか

抽象的な表現しかできなくてすみません。これを丁寧に文章化すると blog 記事を書くだけで一日がかりとなってしまうので、ご容赦ください。

表題の note 記事より。

おそらく小学校ぶりぐらいに将棋とオセロをやったが、自分が子どもの時とプレイスタイルが全く違うことがよくわかる。とにかく考えて打つ。から子どもたちに「早くして!」と怒られることもしばしば。

例えば、小学校のころオセロでは、とにかく1回でたくさんひっくり返すこと。いかに一時的に全体を1色に染められるかが大事だった。将棋では、飛車、角をいかに派手に動かすか。最強のこまで暴れ回るのがとにかく楽しかった。

久しぶりにやると、20年での自分の思考の変化に驚く。

今は沢山取ることよりも、最後に勝っているための逆算。相手の出方を伺い、あえて取らせる、あえて動かないという選択。youtubeや本を見ると、なんとなくいいと思っていた動かし方が、いいとされていたり。んまあ奥が深いこと。

この方、言語化能力が高いなあ。

「最強のこまで暴れ回るのがとにかく楽しかった」ってのは、小学生の「あるある」だと思います。最強の駒で相手の駒をどんどん取っていくのが勝利への最短距離に見えるのでしょう。既に薄い記憶ですが、私もそうだったような気がします。

そして「自分の思考の変化」ってのは paradigm shift のことでしょうね。

科学の歴史なんかにでてくる paradigm shift が、将棋という小さな世界でも表れてきて、これを乗り越えると自分の棋力がグッと上がることを体感できるのが、将棋のいいところの1つであるように思います。

先崎学(当時八段) の話をまとめたらしい動画です。

その方法は深呼吸らしいのですが、8分21秒の動画なので、興味がありましたら動画をどうぞ。


因みに、私には使えない方法です。子どもと対局するときは、なるべく子どもを待たせない (長考しない) という工夫が必要だと思っていまして、深呼吸は子どもを待たせてしまうので私には使えません。

部活動に関する呟きで「それはないだろう」と感じることがありました。

こういうことを言う保護者が多いと、回りまわって学校側は「保護者がうるさいから部活動の種類を減らす」という方向に進み、生徒・児童にとって授業以外の活動ができる場が減っていく気がします。

1つ目

入部後の保護者説明会で言われた。
「送迎はマイクロバスで行います。運転は保護者のボランティアとなります。なので1年生の保護者の中から3名のお父さん、中型免許を取得してください。部費からは出せないので自腹で取ってください」

「は?」ってなった。
そんなの入部する前に聞いてないし。

保護者説明会の主催者が誰なのか知りませんが、学校だとしたら、部活動の内容について学校が説明する義務は一切ありません。部活動の内容を決めるのは生徒であり、その負担の限度を決めるのはこれを呟いたご本人を含む保護者です。

保護者説明会の主催者が保護者会 (のうち上級生保護者) だとしたら、「負担量を勝手に決めつけるな」と文句を言ってもいいかと思います。いずれにせよ、部活動の負担はすべて保護者が担うべきであり、学校は基本的に口を出す権限がありません。

2つ目

そんな大事なこと
入部前に説明してほしいですよね。
いや、入試前か。
それで納得した人だけ入部で。

話が逆ですね。入りたい部活動について知りたいことがあるなら、受験生自身またはその保護者が入試前に学校に問い合わせるべきであり (学校は説明責任はありませんが保護者会の代表者などには取り次いでくれると思います)、そういうことについて受け身でいることがおかしいです。

嫌なら、部員が話し合って保護者の負担を減らす方向で活動内容を決めるだけです。

3つ目

無茶苦茶じゃねーか
送迎父親限定の上に遠征中は滞在しないと駄目って会社勤めの人はまず不可能だし自営業でも長期間休めって無茶苦茶だろ
しかも中型免許取りたて素人じゃ今回の事故みたくなるぞ
子供に部活動に思い入れが深くない場合遠征皆無の部活にする家庭増えそう

これも話が逆です。多くの家庭の子は、遠征が多い部活動はできないものです。遠征するほど競技成績向上に力を入れたいのなら、保護者が充分に金を払うか、保護者が労力を提供して金銭負担を軽くするか、部活動以外の場で競技成績向上をはかるか、いずれかでしょう。奨励会がある都市に家族ぐるみで引っ越す事例のように、本気でその競技成績向上を願うならそのような場がある都市に引っ越して親の転職や子の転校は受け入れるべきです。週末だけの訓練でよければ、引っ越さずに飛行機や新幹線で通う手もあると思います。

「金がないなら労力を出せ、それもないなら諦めろ」というのが部活動の正しい在り方だと思います。本来、競技成績向上を担うのは、部活動ではなく地域の競技団 (pro 組織の傘下など) であるべきです。

4つ目

全員公共交通機関で行けば良くない?
現地集合現地解散でいいわ
なんでバスありき??

お金があればこれが正論でしょうね。(移動中の部員の素行の問題がある学校もあるかもしれませんが…)

5つ目はちゃんとしたツッコミでした。

一回、交通宿泊費を計算してみろ

バス1台で全員と荷物乗っけて
ガソリン代と高速代
↓プラス
宿泊費
↑プラス
公共機関で荷物抱えて移動する単価×人数

バスの方式
下手したら費用半額以下になる。

多くの場合これはその通りで、例えば新潟県新潟市から福島県富岡町へ20人で遠征して朝9時から練習試合などするなら、高速道路利用だと所要3時間なので、朝6時に新潟市を出発すればよいです。

一方、公共交通機関を使うなら新幹線と特急ひたちと在来線を利用して所要6時間、前泊が必要になります。交通費だけで (JR の学割利用で) 往復2万9000円ほど、前泊と後泊がそれぞれ1万円として全体で5万円。20人だと100万円です。

「マイクロバス」って今何円くらいで借りれるのでしょうかね。ざっと調べてみたら、48時間で7万円くらい、でしょうか。高速道路代や燃料代を加算しても、100万円と比較したら圧倒的に安いと思います。交通費だけ (約60万円) と比較してもやっぱりはるかに安いです。

どちらを選ぶかは学校が決めることではなくて、部員 (とその保護者) が決めるべきことです。


結局、お金で解決するか (公共交通機関を使えば誰も責任をとらなくていい)、労力提供で解決するか (保護者が労力を提供すればある程度安くなる)、それに伴って安全性も犠牲にするか、という話です。

で、ここからは私の考えですが、部活動の内容 (何をやるか、どこへ遠征するか) は原則として部員 (高校生) が決めるべきで、学校が口を出すべきではありません。また部活動の負担に保護者が耐えられないなら保護者が部活動を制限すべきで、やはり学校が口を出すべきではありません。教員の勤務内容に (正当な対価で) 部活動監督・指導が含まれているごくまれな場合を除き、教員は部活動の責任を背負う必要はないと思います。

私が高校生の時は、活動内容も合宿先も移動手段も全部自分たちで選んでいました。(合宿先の申し込みだけは顧問に書類を書いてもらった気がしますが…。)

高校生が遠征するなら、移動手段は何にするか、何かを借りるならどこから借りるのか、運転手はつくのか、そういうことは高校生 (またはその保護者) が責任をもって選ぶべきだと思います。何円までお金を出せるからどの交通手段にしようかとか、代わりに労力を提供して安く済ませようとか、車両だけ借りて自分たちで運転しましょうとか、そういうことに学校や教員が関わるべきではないと思います。教員が負担しても妥当かなと思える範囲はせいぜい書類事務程度じゃないでしょうか。

歪な部活動制度は、「限られた部活動以外廃止」とか「我が県は教員の成り手が少ない」とか「教員の精神疾患率が高水準に」とか、そういう形で現れるはずです。

私の息子が中学校に上がる前に校長に将棋部創設の可能性を質問したら可能性皆無であるという回答がかえってきたのですが、その遠因は日本の部活動制度の歪さにあった気がします。

今までも何度か引用したことがありますが、今回も北海道将棋連盟の故新井田基信氏の言葉を引用しようと思います。

よく言うのだが小学生から高校生までが常に5人いればその支部は存続する。
しかし一人もいなければ、その瞬間から10年で半壊、20年で確実になくなる。
おそろしく長寿の町でなければ。さあ、あなたの支部はどうだろうか?

これ、支部会員ではなくて支部役員についても言えるんじゃないですかね?

22歳から社会人になって75歳で健康寿命が尽きると仮定して、60歳定年で考えると、人生の中で大人として活動できる期間は、60歳未満が7割、60歳以上が3割、という感じで二分できます。言い換えると、支部役員の年齢構成も、60歳未満が7割で60歳以上が3割、というくらいがちょうどいい気がします。(なお、若いほうに偏る分には問題ないとみています。)

あなたの支部の役員の年齢分布はどうなっていますか? 故新井田基信氏の言葉を真似すれば、「60歳未満の支部役員が7割いればその支部は存続する」と言ってもいいような気がします。最大限甘く見ても5割かな、と思います。

もし支部役員のうち60歳未満が7割 (または5割) に達していないなら、その支部は後継者探しに失敗しているといってもよいような気がします。3割とか2割だったら、その支部は業務があまりに非効率すぎて「支部会員として所属するのはいいが支部役員はやりたくない」と思われている、と見ていいんじゃないですかね。私が仮に「指す将」だとして (今私が所属している支部がないものと仮定して) どこかの支部に所属するなら、運営が効率的かどうかはとても重要な要素だと感じます。非効率な運営をしている支部なら、支部役員を引き受けることはないです。


みなさんの支部は、ある日突然60歳以上の方が全員いなくなっても60歳未満の者だけで運営できる支部ですか? 支部の中心的な役割を担う60歳未満の支部役員は最低3人はいますか?

今回の話題は、最終的に将棋界の運営に関わる話ではありますが、その手前の話が中心です。


おおもとの記事は「『電話番号がないと電気もガスも契約できない』スマホなし生活4年、42歳男性が直面した深刻すぎる“現実”」

記事はちょっと長いので、よければご自身で読んでください。

で、これに対して色々と意見が出ておりまして。まずは1つ目

スマホ無しでは生活することができない社会づくりはやめた方がいいと思うよ

元記事を読んだら分かるのですが、別に「スマホ」がなくても電話番号があれば大丈夫だった事例ですし、電話番号がなくても水道の契約はできたので暮らしていました。ただ、電気とガスがない生活だったので、生活は結構大変だっただろうと思います。

じゃあ「電話番号なしでも色々な契約ができることを法律で保証しろ」という意見がいいかというと、そうでもないのです。事業者から見ると、電話番号もない人と契約するとどれだけ事務的な手間が発生するか、想像するとわかるのではないかと思います。この blog をお読みの皆さんは、「〇〇さんに電話が繋がらないから、複数人で〇〇さんの自宅や勤務先に行って、〇〇さんが来るのを何時間も待つ」という経験をしたことがありますか? その人件費は1回あたり何万円くらいだと思いますか?

2つ目

政府はマイナカードよりスマホを支給すべきだ。最低限のライフラインになったからだ

この意見もそうなのですが、「電話番号」と「通話機材 (電話機)」と「スマホ」を混同しているように見えます (「通話機材 (電話機)」には「スマホ」を含みます)。

「電話番号」がないと生活が結構大変なのはその通りで、また「通話機材 (電話機)」も必要ではあるのですが、それを「スマホ」に限定して支給すると「電話番号」には月額費用が発生し、「スマホ」は転売の可能性が出てきます。もともと自分で「電話番号」と「スマホ」を用意できる人の中からもそうする人が出てくるでしょうから、政府としてはものすごい支出となります。非効率なお役所仕事による事務作業の人件費も考えると、国にとって数百億円から数千億円の負担増になる気がします。世界の中でも圧倒的な借金額を持つ日本でそのような選択を支持する人がどれくらいいますかね?


3つ目

通信会社も慈善事業でやってるわけじゃないんだから…。

これは割と本質的な意見だと思います。

行政は、その基本的な服務 (service) について「スマホを持っていない」「電話番号を持っていない」という人が手続きする方法を皆無にしてはいけません。例えば「あなたは電話番号を持っていないから老齢年金の受給手続きをする方法が皆無です」という行政をしてはいけません。

一方、通信会社は (今の日本では) 民間会社ですから、「スマホを持っていない」と主張する人に対して会社負担で支給したりする義務はないわけです。電力会社やガス会社が契約相手に電話番号を求めることも同じです。まあ、法律によって電力会社やガス会社に契約の義務を発生させることも不可能ではないですが、その場合の費用をどこが負担するかどいう問題も発生します。

そこを突き詰めていくと、そういう会社 (事業者) は国営・公営であるべきだということになるのですが…この数十年間の日本政府はどんどん民営化を進めてきて、またその日本政府 (の国会議員) を選んだのは日本国民ですから、全体として現状は国民の選択とも言えるでしょうね。

これは将棋大会の運営などもそうでして、行政が将棋大会を運営するなら INTERNET 上の手続きが苦手な方も参加できるような申し込み受付体制を作るのが筋ですが、日本将棋連盟の支部など民間が将棋大会を運営するなら費用・手間の問題が大きくのしかかってきます。


4つ目

ガラケーって本当に廃止にしてよかったと思う?俺はまだ必要だったんじゃないかって思うんだよ

この意見、恐らく「社会がガラケーを維持するのにどれくらいの費用がかかるのか」という観点なしに出てきたのではないかと思われます。私はこの意見に反対です。

数年前、実家の母親に携帯電話を持たせようとしたことがあります。その時、周りから「スマホじゃなくてガラケーでいいんでないの?」と言われて、かなり腹が立った覚えがあります。

多分「ガラケーのほうが機能が少ないから安いだろう」という程度の認識だったのでしょうが、当時すでに「ガラケー」は中古しか存在していなくて最低でも3万円以上しました。私が母親に買ってあげた「スマホ」は新品で1万3000円程度です。

そもそも「ガラケー」って (例外がなくはないですが) OS の共通化ができないからそこそこ機械寄りの部分から programming しないといけないんです。ものすごく人件費をかけて「ガラケー」を作っても最も貧弱な「スマホ」の足元にも及ばない。それでも世界的に「ガラケー」需要がかなりあって売れるなら (例えば世界の人口の 10%、8億人くらいが「ガラケー」を欲するなら) 価格を抑えて市場で勝負できるかも知れませんが、日本国外の人も使える「ガラケー」なんて開発できないし、日本市場なんてタカが知れているでしょう。

標準化 (この場合は「スマホ」化) しないと高くつく、という感覚はとても大切です。


5つ目

スマホが無いと無理な時代に性能ばかり求めてどんどん本体価格が上がって、月額料金も昔と比にならないくらい高い。

この意見はわからなくもないです。私の周りを見た印象ですが、年収が低い人ほど高い「スマホ」を欲しがって、しかも「残クレ」を利用している傾向がとても強いと感じています。で、その本体価格込みの月額で見るから「高い」と嘆く。

私は本体価格が2万円以下の「スマホ」ばっかり使っていますが、それで困ったことはありません。私が初めて携帯電話を持った時の月額基本料は2700円、通話1分で150円とられたのに比べれば、今は3台で2600円くらいなので、かなり安くなっています。

DoCoMo, au, Softbank の3社はとても高いのに、未だにそれを使う人が結構いて、「あぁ…」と思います。 


素人考えですが、落としどころはこんなところかな、と思います。

  • 困窮者のため、発信ができない SIM を国が用意。費用は国が立て替え、本人の所得が一定以上になるか、本人が亡くなって相続が発生したら請求、ただし民事時効がきた分は請求しない。 (すみません、事務手続きの量は未検討です)
  • 電話番号は20桁くらいに。(法制化)
  • 128kbps くらいで data 通信可能。
  • 本当に本人が使っているかどうか、月に1回、市役所などで確認。
  • 行政手続き、水道、電力、ガスの手続き web page は JavaScript なしでも動くものを用意。(法制化)
  • 少々時代遅れの Android 携帯でも最低限のことはできる状況を維持。(法制化…できるかどうか不明)

これくらいの状況になれば、将棋大会の online 申し込みもかなりの人に対応できる気がします。まあ、でも、実際のところはやってみないとわかりませんね。

Amazon の電子書籍を見ていたら、『週末だけで月5万円 小さな幼児運動教室のはじめ方』という書籍が今だけ0円で入手できることを知りました。多分、2026年5月3日か4日くらいで無料期間が終わると予想しています。

内容は幼児運動教室なのですが、地元で子ども向けの将棋の場を開くことに興味がある方にとっても少し役立つかもしれません。

(無料期間がすぐに終わると予想し、中身を読む時間がもったいないため、ほとんど読まずに紹介しています。いつもは23時~24時の間に blog 記事を公開していますが、今回はその原則から外れた時間に公開しています。良本でなかったらすみません。)

今日の将棋の場に初めて来た女児の対応をしました。

駒の動かし方は分かる、というくらいの状態で、最初に2局相手をしました。

入門者にありがちな、自分の歩兵を1歩ずつ進める (1筋, 2筋, 3筋, 4筋, …) という手を指していたのですが、まずは気持ちよく自分の意志で指せる体験を重視したかったので、その時は何も言いませんでした。

2局目に入るときに、「飛車とか角とかは後方に控えていても一気にドビュッと飛んでこれるから、歩とかあまり前に出さなくてもいいよ、それより金銀4枚のうち1枚を攻撃に使うといいよ」とだけ言いました。

その子、将棋の場の終わり頃に誰とも対局せず暇そうにしていたので、「もう1回、オジサン (私) と指そうか?」と声をかけたところ、大きめの声で嬉しそうな笑顔で「うん」と答えてくれたので、とりあえず初めての将棋の場の体験としては良かったのではないかと自己評価しています。

その一方で、最初の対局相手として私を希望してきた男児がいまして、私が色々手間取っている間に他の対局を始めてしまったので、その子に対してはちょっと申し訳なく思っています。因みにその子、数カ月前は言うことを聞かない面が目についたのですが、今はそうでもなくなってきました。


冒頭の女児、最後に母親と妹が迎えに来ました。妹さんに対してどうぶつしょうぎを提示して「今度来たら、お母さんとこれ (どうぶつしょうぎ) で遊んで行ってもいいよ」と伝えたら、母親が「じゃあ、今度は参加しようか」と言ってくれました。

こうして喜んでくれるなら、私としても嬉しいです。


将棋って、頭脳に適度な思考負荷がかかって、そして最後に勝利できたらとても嬉しくて、なかなかいい遊戯だと思うのです。(囲碁もそうかも知れませんが。)

大会に出られる棋力がついてもつかなくてもどっちでもいいので、人生の中で「将棋という楽しい遊戯がある」と認識してくれたら、私は嬉しいです。