加藤一二三 元名人 がお亡くなりになりました。


私は加藤一二三元名人の現役時代をほぼ知りません。息子が将棋に興味を持ち始め、私が順位戦などの仕組みを知り始めた頃には、加藤一二三元名人はC級2組でがっちり負け越しするくらいの成績でした。

でも、私が加藤一二三元名人を「すごい」と思うのは、現役時代の成績ではなくて、将棋の知名度増進についての貢献です。

(私はうまく定義できませんが) 仮にでも将棋界の impact factor という指標を定めたら、(現時点で) 1番は藤井聡太六冠、2番は羽生善治永世七冠、そして3番が加藤一二三元名人になるのではないかと思います。


TV 番組でいじられてもいつもニコニコしていたのがとても印象的でした。いつもニコニコしている棋士は他にもいると思いますが、名人位経験者であれだけ親しみやすさが世間に表れた方って他にはいない気がします。

多分、番組制作側から見たら扱いにくい方だったと思います。喋り出したら止まらないし、持ち時間というものもあまり念頭に置いてないように見受けられるし、加藤一二三元名人が出演するだけで進行に余裕を持たせたり周りの出演者が気を使ったりということもあったのではないかと思います。

ですが、そういう点が込み込みでもあれだけ TV 番組に出たのは、加藤一二三元名人の心の在り方が他の人を惹きつけていたからだ、と考えています。

将棋という領域で見れば、名人位を経験したくらいにものすごく実績がある。一方、カラオケのように、一般人の平均より劣る面もある。その落差が人の目をひく。なおかつご本人は照れとか恥ずかしさのようなものがないように見えるので (ありのままにさらけ出しているように見えるので)、TV を視聴する側としては晴れやかな気分で見ていられる。加藤一二三元名人が出演した TV 番組を見た時の視聴者としての感覚がうまく表現できませんが、何というか、ある種の爽快な楽しさがあるのです。

まあもちろん、加藤一二三元名人のことが性格的に受け付けられない方もいるとは思いますが、世間的にはかなりの impact があったものと思います。


2021年には棋童戦の実行委員長も務めているのを見て、本当に将棋のために尽力している方なのだなと思うとともに、年齢面・体力面からは同様のことを何年も続けていただくのは厳しいだろうなあと思っていました。

公的には「加藤一二三九段」と呼ぶのが一般的だと思いますが、私は敬意をもって「加藤一二三元名人」と呼ばせていただいています。名人1期で自動的に九段になりますが、九段の方全員が名人位を経験しているわけではないので、「元名人」とお呼びしたいためです。

将棋普及への貢献に対する感謝の意を表明します。

前回の blog 記事の続きの話題です。もしかしたら以前も書いた話題かも知れません。

私が子どもの入門者相手に角交換をあまりやらない理由は、(前回の blog 記事の用語を用いると) 子どもにとって大量の思考資源の投入が求められることになるためです。

私と同程度かそれ以下の棋力の人にとっては、角交換すると考えなければならないことが一気に増え、それに伴って思考資源の投入量がかなり増えます。相手が角を持っている以上、常に角の打ち込みを気にしなければならない状況になります。

私は、勝つために将棋を指しているのではなく、子どもが適度な思考負荷で将棋を楽しめるようにしたいので、大抵の場合は角交換を避けます。

まあ、棋力が低い私が推測しているだけですから、子どもにとっての本当の思考負荷量なんてわからないのですけどね。でも、子どもの思考負荷を推測しながら将棋を指すことは、私にとってはかなり楽しい娯楽です。

いつも読ませていただいているカクザンさんの blog で興味深い話題が取り上げられていたので、この blog でも取り上げたいと思います。

blog でご指摘の通り、難しさって考慮すべき要素だと思います。

計算機の世界だと「計算資源」という言葉を使ったりしますが、まあとにかく、限られた時間で形勢をどこまで見通すかという話は、投入できる計算資源がどれくらいあるかにかなり直結していると思います。

人間の場合、「計算資源」というより「思考資源」みたいな言い方をするほうがいいかも知れません。

プロ棋士だって、0分+5秒 の対局と 8時間+60秒 の対局では読みが変わる (というか悪手の確率が変わる) のではないでしょうか。


で、定跡とか手筋とか詰将棋の解き方を知っていると、僅かな思考資源で先の方まで見通しやすくなる、ということが将棋の本質の一部な気がします。

入門者だって、「次の1手に10年間かけてもいいよ」と言われたら、結構な量の思考資源を投入してそれなりの手が選べると思います。ただ、ルール以外に何も知らない状態から10年間分の思考資源を自分1人で投入しなくても、先人たちが投入して編み出してくれた定跡なり手筋なり詰将棋の解き方なりを利用することで (身につけることで) 成果が利用できる、というわけです。このあたり、現実の事象を元に法則を導出する科学技術の発展と相似なように思います。(原始時代から現代までの全ての科学技術上の発見を自分でやらなくても先人たちの積み重ねが利用できます。)


AI は、人間に比べてはるかに多い計算資源を投入できるのですから、その投入量を前提に先読みします。AI の推奨手は、それを元に何らかの法則や感覚を抽出して身に着けることができる人にとっては参考になると思いますが、それができるだけの棋力がない人にとっては (AI と同程度の計算資源を投入することは無理ですから) あまり参考にならないのだと思います。


AI の設定によって弱い AI を作れないかな、と考えて試してみた経験が私にもあります。

でも、うまくいきませんでした。読みの深さとか node 数とかの制約を強くしても、人間っぽくならないのです。

私の棋力自体が低いのでうまく説明できないのですが、例えばどんなに制約を強くしても AI は遠見の角を見落とさないのです。しかし、人間の入門者・初心者は遠見の角をよく見落とします。入門者・初心者は、盤面全部を見渡すことが難しく、自分の思考の焦点が当たっている局所は思考に入ってくるものの遠い駒はなかなか思考に入ってきません。


いずれ、将棋 AI の研究が進んでいって、入門者・初心者にとっての思考負荷などを元に入門者・初心者っぽく振舞う AI ができるかも知れません。例えば遠見の角はその距離によって〇%の確率で見落とす、なんていう AI もできるかも知れません。

でも、そういう AI を作る人はすぐには表れない気がします。今の AI は、思考の最初に合法手を絞り込んでから思考するので、遠見の角を見落として王手放置で負けるなんてことができないのです。

王手放置もできるような AI も、作る気になれば作れるはずですが、そういうものを作るよりも強い AI を作る方が話題的な需要が大きいでしょうから、やっぱり王手放置 AI はあまり期待できなそうです。

原典はこちら、これのまとめ記事はこちら。まとめ記事の方が読みやすいです。

興味深かったので、いくつか取り上げようと思います。

C2に着目している時点で >>1はファンのうちライト層ではなくコア層である
コア層はファン全体に占める割合が小さいので
ビジネスモデルを考える上で重視に値する消費者ではない

ライト層のほとんどはC2棋士なんてほぼ知らないし
そもそもC2の存在を認識したこともなければ
名人戦の予選の仕組みすら理解していない可能性が高い

要するに大半の消費者は興味がない

大半の消費者にとって興味を持ってもらえないC級2組を日本将棋連盟がプロとして保持する価値があるか、という点に尽きるかと思います。

将棋界がプロ棋士を何人まで支えられるか、という数値が最初にあり、それに合わせて日本将棋連盟の規模が拡縮するのが正しい在り方だと思っています。

新四段を年に4人も量産するからいけない
引退した人数分しか補充しないようにすればよろし

私も1年間に4人は多すぎると思っています。なお、新四段の人数を調整する代わりに降級点付与人数を調整する方法でもプロ棋士全体の人数調整は可能なので、どちらで対処してもいいかと思っています。

まあBとCをそれぞれ2つに分ける意味もないしな
ABCDEFでいい

これも私は同感です。順位戦の階級は1次元配列なのに英字と数字で表現する意味がないです。

ただ「S級」のような恥ずかしい名称がなくてよかったです。電子殻がK殻から始まる理由のように、万一さらに上位の級を作らざるを得なくなっても必ず英字の順序が保持されることはとても大切でして、幸いなことに順位戦は「A」「B」「C」という正しい順序で表記されているので、その点は安堵しています。

降級点とかフリクラとかぬるいことしてないで、
昔みたいに即降級・三段リーグに陥落にすればいいんだよ
頭の悪い奴らはすぐ引退させろいうけど そんなことしてたら 棋士を目指す人はいなくなり 将棋界は終わるわ

前者の意見に対する反論が後者です。私の考えは後者に近いです。一旦プロ棋士になったら最低10年くらいはプロ棋士でいられる期間が保証される方が望ましい気がします (その意味で「フリークラス」はよくできた仕組みだと思います)。プロ棋士の最低報酬額がいくらなのか知りませんが、仮に500万円だとしたら、10年間で5000万円。日本人の生涯賃金から考えると、これくらいの最低報酬がないとプロ棋士を目指す人が激減するような気がします。

普及の仕事がもっとあればいいんだけど、儲からないからな。
指導対局とかサイン会とか開いても市場が狭すぎるしな

これは本当にその通りだと思います。例えばC級2組や「フリークラス」のほぼ全てのプロ棋士が平日昼間に指導対局の場を用意してもちゃんとその枠が埋まるなら、普及のためにプロ棋士を増やしてもいいと思いますし、逆にそこが埋まらないならそれに合わせてプロ棋士の人数を調整すべきだと思います。

現行制度だとC級2組は59人を超えると減少圧力が働く。
フリークラスを除き順位戦参加人数が142人を超えると減少圧力が働く。
だからもう少し増えたところで頭打ちになる。

この「減少圧力」という考え方はよい考え方だと思います。というか、こういう量的な把握ができなければまずいです。

あとは、何人を閾値に減少圧力を働かせるか、という制度設計かと思います。

囲碁も将棋も両方見るがどっちも一時期より明らかに数字が落ちてきてるよ
A級順位戦の視聴者数も前はもっと多かったし
藤井の王将戦の午前無料の放送ですら5000人ちょっとがピークだった
囲碁だって同じ国際棋戦の応氏杯決着のときはピークが6000人いた

おそらく相当なペースでボリューム層である爺世代がしんでいると思われる
身近でもどんどん逝ってる

この分析がどこまで正確なのかは分かりませんが、将棋界は強い危機感を持たないといけないと考えています。

大会や例会を運営する側の人数も減るでしょうから、今から運営効率化を進めていかないといけません。

また、普及活動も大切だと思います。

余談ですが、将棋その他の催事の経験上、普段から将棋に関わっているわけではない人が将棋の催事に参加するには、「当日申込制」よりも「事前申込制」の方が何倍も申込数が多くなると感じています。先週末も、とある催事がほぼ「当日申込制」で人数が集まらず中止になった経験をしています。全く同様の催事を昨年計画した際は「事前申込制」で何倍も申し込みがあったので、普及のためにも「事前申込制」がとても重要であると感じています。

私の息子が将棋に興味を持ち始め、保護者として将棋の場に連れて行き始めた頃を思い出しても、「当日申込制」の場所に連れて行くなんてことはかなり心理的敷居が高いということを痛感しています。「事前申込制」の場だから初めてでも参加できるのです。

午前は4人1組で2勝通過・2敗失格、その2勝者全員で昼休みに抽選し、午後は勝ち上がり式 (single-elimination)、という大会運営が確率上の問題を抱えていることを示しなさい。

hint: 参加者が21人の事例を用いると簡単。


大学入試風に書いてみました。

問題が易しすぎるので説明はいらないと思います。

簡潔に言うと、午前に不戦勝込みで勝ち上がってきた人が、午後に有利枠に入った場合、優勝に必要な実勝利数について最大で2勝分の差がでる、ということです。そのような事例になる確率を計算し、それを元に各参加者の優勝可能性を計算し、その標準偏差が理論上の最小値であるかどうかを論じれば正解です。

この方式の場合、午前に不戦勝込みで勝ち上がってきた人が午後に有利枠に入らないように昼休みの抽選を区分しないといけません。


実務としては、午前の不戦勝込みの勝ち上がり者が発生する場合の数、午後の有利枠の数、といった変数を元に優勝可能性の標準偏差を求め、それが本当に理論上の最小値であるかどうかを検討することになります。

参加者が21人、と限定しても結構大変な作業です。

私の支部が主管したある大会で (当然事前申込制です)、大会の何日前にどれくらいの申し込みがあったのか、調べてみました。

大会参加者の半分が申し込みを終えたのは、大会の27日前でした。

言い換えると、大会の27日前には大会参加者数の確率分布の標準偏差が半分に減った (それだけ当日の人数が読みやすくなり、大会準備がとても楽になった) というわけです。厳密に言えばそうとも言い切れないのですが (大会申込日と参加者特性は恐らく独立していない)、大雑把には標準偏差が半分に減ったと把握してよいかと思います。

当日申込制だと、大会参加者数の確率分布が当日受付まで狭まっていきません。


言うまでもないことですが、不確定要素が減れば減るほど、大会運営者は効率的な大会運営ができるようになります。

非効率な大会運営をしていたら、運営員のなり手がいなくなる (後継者が見つからなくなる) と思います。

その点で、事前申込制を採用することは運営の上でも後継者探しの上でもものすごく重要です。


今までにも書きましたが、本当に重要なことなのでまた書きます。

(県にもよると思いますが) 当日申込制を希望することは、その県の将棋界を潰すことです。

自分の県の県大会が当日申込制で運営されているなら、その方式に従って申し込めばよいです。しかし、自分の県の県大会が事前申込制に移行してきているなら、恐らくそれは当日申込制ではもう持ち堪えられない状況でしょう。そういう状況でも当日申込制を要望することは、運営員を潰すことと同じです。

単なる人手としての運営員ならあまり負担が変わらないかもしれませんが、大会運営の責任者になったら、事前申込制と比べて当日申込制の負担がものすごく大きい (運営していられない) ということがよくわかると思います。

何年も前から痛感していることを、何とか頑張って言語化してみようとおもいます。最後の方は将棋も関係しますが、最初は将棋と無関係です。


XMDF という電子書籍形式をご存知でしょうか。

SHARP が開発した電子書籍形式でして、XMDF 形式の電子書籍を作るには SHARP 製の tools を購入する必要がありました (どうやら78000円もしたようです)。

日本国内で電子書籍を普及させようとして頑張っていたようですが、世界では既に EPUB が標準の地位を獲得していった頃でした。EPUB は open な規格で、EPUB 文書作成も無料の tools でできる状態でした。

あなたが当時の電子出版事業者だとして、どちらを選びますか? 日本国内でしか使われていない (しかも日本国内ですら普及率がとても低い)、tool が78000円もする、しかも文書を変換したらもう手を入れられない XMDF 形式を選びますか? それとも、世界標準として採用されつつあり、tools も無料で、しかも文書変換後も手を入れられる EPUB 形式を選びますか? (EPUB 形式は、XHTML を ZIP 圧縮しただけのものなので、変換後に手を入れるのも簡単です。)

こんな状況で XMDF が EPUB に勝てるはずがありません。当時から私は「どうして日本人はこういうロクでもない仕組みを作って力を入れるのだろうか」と感じていました。


XMDF の仕様が最初から公開されていて (open で)、tools も有料じゃなくて無料であれば、EPUB に勝てた世界線もあったんじゃないかと思います。大事なことは仕様が open かどうかなのです。


分散 source 管理 system として最も有名な tool は git です。そして最も有名な hosting service は GitHub です。

git は無料ですから、GitHub のような hosting は誰でも可能です。あなたの勤務先が「自社で git server を立てたい」と思ったら、server machine を用意するだけで (物理 server でなくても VPS でも cloud でもよい) git server は無料で立てられます。

にも拘わらず GitHub が企業として成り立つ理由は、hosting とその support に価値があるからに他なりません。GitHub の価格表に書かれている有料 plans を選ぶ企業があるということです。

大切なことは、git 自体は open であるということです。git 自体に対する変更提案の方法はここに書かれています。提案した内容が受け入れられれば後日の git に取り込まれます。

もし git が open じゃなかったらどうなると思いますか? いわゆる vendor lock-in が発生します。そして、将来の vendor lock-in を考えて、人々はそういうものに寄り付かなくなります。XMDF が普及に大失敗した大きな理由の1つがこれでしょう。

vendor lock-in となる危険性を考慮しても普及するものはあります。例えば Google Classroom は、LMS としてみればその機能は本当に貧弱でものすごく使いにくいのですが、Google が hosting している (Google が可用性を担保している) というただその1点だけで普及しています。自社で server 保守者を調達しなくてもいい (自社の従業員に保守業務を割り振らなくていい) のです。


本当に普及させたいものは、source 自体は open にして hosting (や support) を有料にする model がよいです。

source を open にしなくても (vendor lock-in の危険性があっても) 普及させることができる services を提供できる企業は、Google, Microsoft, Apple ぐらいだと思います。

数年前、大会運営 system として Challonge を試してみましたが、使い物になりませんでした。手合いの組み合わせに手を入れられないから、通常の例会に指導対局がからむような手合いが組めないのです。せめて Challonge の source が open だったら、それを入手して改変して自分で host を立ち上げ、便利だったら Challonge 本家に還元する、なんてことができたのですが、closed source ですからそういうことも不可能でした。


これは愚痴っぽくなってしまいますが、こういう大会運営 system って、参加申し込み・当日 check-in・対局組み合わせ・対局発表・結果入力・結果表示、という modules でできているべきなんです。そのうちどの部分を hosting してほしいのか、どの部分は大会運営者側で制御したいのか、ってのを選べなければいけません。

そういうことを区分せず全部一緒くたにして、しかも closed source で SaaS を立てても、たまたまその使い方にあっている場合しか使い物になりません。

例会だと、元奨励会の方に参加していただける場合は多面指しで級位者の相手をしてもらったりします。(私の支部の) 例会は、一番棋力が高い人を選び出す場ではなく、自分の棋力に応じた成果を出したかどうかが評価される場ですから、この多面指しも例会閉会時の表彰の際に評価に含まれるわけです。

大会だと、事前申し込みさえされていれば本人が会場に来ていなくても (check-in できていなくても) 自動的に第1局の時計が進められます。大会の組み合わせ構造は前日までにくみ上げてしまうものですから (実際の組み合わせは当日決めることもあります)、当日 check-in しなくても座席は用意されるわけです。

更には、Challonge の内部で本当に厳正な抽選がされているのかどうかを参加者が知る術がないことも問題です。source が open であり、その source を元に自分で system を構築した場合と比較して Challonge の挙動がおかしくない、ということくらいは最低限確認できないといけません。

より理想的には、hash 関数を利用して、その大会の入力情報を全て揃えたら何度試行しても対局組み合わせが必ず再現される、くらいの検証ができることが望ましいです。


乱数と再現性って相容れないように思われるかも知れませんが、hash 関数の一方向性がその部分を担保している、というのが私の考えです。

将棋大会で必要な乱数って、真の乱数でなくても、「統計的に偏りがない」「運営者であっても予測・制御不可能」の2つの性質を満たせばよいと考えています。その上で再現性があれば、その乱数を用いても問題がないことを参加者が検証できます。

ここのところが、Challonge はできていません。


開発と hosting が分離していれば、これらの問題は解決できます。

開発ってのは、常時張り付く必要はなく自分の空き時間に自由に進めることができます (OSS でなければ納期などあるでしょうが、OSS ではそういうことを気にする必要がありません)。

一方、hosting は可用性の保証がそれなりの負担になります。

私の感覚ですが、可用性には対価を支払う価値があるものの、(囲い込みをしている) 開発に対しては対価を払う価値を殆ど感じません。これは「0円で開発しろ」という意味ではなく、「囲い込まれているものに対してお金を払うことはとても危険」という意味です。

例えば、大会・例会の参加申し込みとか、次の対局相手の表示とか、そういう部分にはお金を払う価値を感じます。しかし、Challonge のように system 側で対局相手を勝手に決めてしまい、そこに手を入れることが一切できずに現場の運用で何とかするしかない仕組みだと、将棋ではとても使いにくく感じます。

機械にしてほしいことは、「この組み合わせでどうですか」と提案してもらうことであり、人間の手を一切入れられずに勝手に組み合わせを決める仕組みは不便です。とりわけ、「どうしてその組み合わせになったのか」という証明が一切出てこない system は、大会運用では採用しにくいと思います。


ここまで書くことに2時間近くかかったのに、私が言いたいことの言語化に成功した気がしないのですが、これ以上時間をかけられないので今回はここでやめておきます。

まとまっていない文章を読ませてしまい、すみません。

全日本学生将棋連盟の web site の大会記録が2022年度で止まっています。

営利団体じゃないでしょうから、私も非難したいわけではありません。

「多分、手作業で更新しているのだろうなあ」という感想を持ちました。


実は、こういう部分こそ自動化しなければいけない部分です。もし「手作業のままでいい」と思っている人がいたら、その本質的な違いが分かっていないのだと思います。


今、大学4年生は卒論で忙しく、大学3年生は就活で忙しいでしょうから、こういう団体の執行部は大学1~2年生が中心でしょう。ということは、2024年4月か2025年4月に入学してきた学生だということです。

web site は2022年度の情報で止まっていますから、少なくとも2023年度分、もしかしたらさらに過去の分の情報を掲載しないといけません。つまり、自分が入学してくる前の情報を掲載しないといけないのです。

自分の大学の情報だけではありません。全国の様々な大学の、しかもすでに卒業したかもしれない人の情報を集め、その正確さに責任をもって掲載しないといけないのです。


こういう作業は、大会中に (あるいは大会前から) 何らかの方法で情報を自動的に集め、それが自動的に公開 format になって出力される、という仕組みで運用することが望ましいです。

まあ、YAML 書式に frontmatter をつけて Jekyll あたりを通して公開するくらいの仕組みなら github.io ですぐに運用できそうな気がします。もうちょっと丁寧に作るなら database を用意する形になるかと思います。


学生が学業に注力しながら片手間で学生団体を運営するのは、結構大変そうですね。何とか早めに情報が公開されることを願っています。

表題の件、以下に引用します。

今回の件は、運営側の確認不足により発生したものであり、皆様にご迷惑をおかけしましたことを重ねて深くお詫び申し上げます。

今回の問題の本質が「確認不足」かどうかはよくわかりませんが、一般に、準備時間が短くなると「確認不足」は発生しやすいです。

この件を扱っている Yahoo! 記事で、松本博文氏が以下の通り述べています。

筆者は以前、順位戦の組み合わせ抽選を取材したことがあります。棋士、日本将棋連盟の職員、主催紙の担当者による厳正な抽選を経て、厳重なチェックが終わる頃には深夜になっていました。

プロでもアマでも、極力誤りがないように手合いを組むには、充分な時間が必要です。これが県代表を選ぶなど重要な大会になればなおさらです。

例えば、午前に4人1組の対局で2勝勝ち抜けとし、勝ち抜け者で昼に抽選する、というような方式だと確率的に問題が多いことはちゃんと説明できますか?


今までに何度も主張してきましたが、事前申込制の大会に当日飛び込み参加しようとする行為は、本来数十時間かけて検証すべき対局組み合わせを数分間で作らせるような、大変悪い行為です。

大会にもよると思いますが、例えば私の支部が主管する大会では事前申込した状況で無断欠席しても殆ど影響がありません。正直に言うと、「事前申込していたけど当日は大会があることを忘れていました」というようなことになっても運営側としてはほぼ問題ありません。万一そういう方が多数出てきたらちょっと困りますが、それでも当日飛び込み参加しようとする人の迷惑さと比べれば、本当に大したことはありません。

飛び込み参加者がいると、運営側の負担が激増し、長期的には大会運営員のなり手が減ることに (そして支部役員が減ることに) なります。その県の将棋文化を潰すことに繋がります。

事前申込制の大会に参加するなら、必ず事前に申し込んで下さい。