いつもこの blog をお読みくださりありがとうございます。


時々 follow 申請があるのですが、全ての申請を承認しているわけではなく、およそ以下のいずれかに該当する場合のみ承認しております。

  • 将棋を中心とする blog である
  • 将棋の話題がちょくちょく出てくる blog であり、その記事数が少なくない
  • 「子育て」経験だったり同世代だったり、私が共感しやすい
  • 思考方法や思想 (政治など) で私が共感する点が多い

なお、この blog では基本的に政治の話題を取り上げません (赤旗名人戦や自由民主党総裁杯は例外です)。また、将棋を中心とする blog であれば、私と立場が異なっていても積極的に承認しております。

逆に、小遣い稼ぎの話題が中心の blog、spiritual な話題が中心の blog は基本的に承認しておりません。


こんな blog ですが、気が向く範囲で読んでいただけると幸いです。

今年もよろしくお願いします。

棋戦や大会を「マルコフ性」という観点で整理したいと思います。


「マルコフ性」(Марковское свойство) とは、確率が過去履歴から独立していることを意味します。

この概念を棋戦や大会に持ち込んで、「マルコフ性がある」(memoryless)、「マルコフ性がない」(memoryful)、の2通りに区分しようと思います。

「マルコフ性がある」棋戦・大会とは、全ての参加者の対局勝利確率が 0.5 と仮定した場合に、籤引き前の優勝確率が過去の履歴から独立している (どの参加者も優勝確率が等しい) 棋戦・大会を指すこととします。分かりにくいので、以下「memoryless」と呼ぶことにします。

「マルコフ性がない」棋戦・大会とは、全ての参加者の対局勝利確率が 0.5 と仮定した場合に、籤引き前の優勝確率が過去の履歴に影響されている棋戦・大会を指すこととします。8大棋戦は全て挑戦手合いですから「マルコフ性がない」棋戦です。分かりにくいので、以下「memoryful」と呼ぶことにします。

(memoryless ≒ stateless、 memoryful ≒ stateful、 と読み替えてもおおよそ理解できるものと思います。)


ただ、2区分だけでは不便でして、当該棋戦 (及びその系列棋戦) の過去履歴についての memoryless/memoryful と、他棋戦の過去履歴についての memoryless/memoryful をそれぞれ区別しようと思います。


以下、調査結果です。棋戦名は通称です。(手抜きですが、Wikipedia から情報を引っ張ってきています。)

棋戦名 当該棋戦 他棋戦 アマチュア枠
竜王戦 memoryful memoryless memoryful (系列のアマ竜王戦では前回優勝者が優遇される)
名人戦・順位戦 memoryful memoryless なし
叡王戦 memoryful memoryful (段位が上がるほど予選突破に有利) なし
王位戦 memoryful memoryless なし
王座戦 memoryful memoryful (順位戦上位者ほど予選突破に有利) なし
棋聖戦 memoryful memoryful (順位戦上位者ほど予選突破に有利) なし
棋王戦 memoryful memoryful (順位戦上位者ほど予選突破に有利) memoryful (系列のアマ名人戦では前回優勝者が優遇される)
王将戦 memoryful memoryful (順位戦上位者ほど予選突破に有利) なし
朝日杯 memoryful memoryful (他棋戦の過去履歴に影響される) memoryful (系列の朝日アマ名人戦で前回優勝者優遇あり、学生名人戦は不明)
銀河戦 memoryful memoryful (順位戦上位者ほど予選突破に有利) memoryful (系列のアマ王将戦で招待選手制度あり)
NHK 杯 memoryful memoryful (他棋戦の過去履歴に影響される) なし
日本シリーズ memoryful memoryful (出場資格自体が他棋戦の過去履歴に影響される) なし
達人戦 memoryful memoryful (他棋戦の過去履歴に影響される) なし
新人王戦 memoryful memoryful (奨励会上位者ほど参加資格を得やすい) memoryless (系列の赤旗名人戦を一から勝ち上がる以外に経路がない)
加古川青流戦 memoryless (前の期で優勝しても優遇されない) memoryless memoryful (系列のアマ青流戦は参加資格が他棋戦の過去履歴に左右される)

こうしてみると、殆どの棋戦が memoryful ですね。

このところ、支部活動の負担について色々考えていました。多分、「後継者が出てくるような仕組みになっているかどうか」が大切なのではないか、という気がしています。


すごく大雑把な判定法を提案します。

現時点で65歳以上の方が全て抜けた場合、あなたの支部は存続できますか? (支部会員から抜けるだけでなく、それらの方が所有・賃借している不動産や盤・駒なども全て引き上げられるものとします。賃借については、65歳未満の会員だけで賃借料が払えるなら継続賃借可能とします。)

支部会員数だけではありません。大会などの運営員をやってくれる方が必要人数揃いますか? 全体を指揮できる人はいますか?

以上の判定法に従って「はい」という結論が出せるなら、とりあえず10年~15年後も支部は存続できると思います。「いいえ」という結論なら、10年~15年後の支部存続は厳しいと思います。


私の支部は全会員が65歳未満なのでとりあえず「はい」と言えます。

ただ、支部役員は全員が fulltime 勤労者なので、大会・例会運営の負担が増えると役員を続けられなくなる人が出てくる可能性もあります。

負担が過剰にならない範囲で支部を存続させる方法を考えています。

将棋とは関係ない呟きです。

年末年始休みに入ったのに、やることが多くていきなり徹夜をしてしまいました。現在午前6時48分。

  1. 2カ月くらい前に新しい laptop PC を買ったので、環境構築をしなければならない状況でした。
  2. 丁度、2025年12月25日に Ruby 4.0 が公開されたので、それも入れたいと考えていました。今までも Ruby は PC へ複数の版を入れていたので、同様に新 PC でも複数の版を入れたいところです。
  3. ところが、Windows の package manager (の1つ) である Scoop では、Ruby の manifest が環境変数まで設定してしまう方式になっているので、一筋縄ではいきません。(Ruby の版を導入する順序によって、呼び出される版が変わってしまいます。どんな順序で導入しても私が呼び出したい版を正確に呼び出せる仕組みが望ましいです。)
  4. そこで、元の manifest を参考に、環境変数を汚さない manifests (Ruby 2.0 ~ Ruby 4.0) を自分で書くことにしました。
  5. そのついでに、RubyGems の cache は共用にして disk space をある程度節約する形にしようと、NTFS の junction 機能を利用することにしました。
  6. 元の manifest を見ると…何と、ARM architecture の項目がないじゃないですか。仕方ないので、pull request を書きました。
  7. 古い Ruby の manifests を見ると、 Ruby 3.x 系列にも不足があります。こちらも pull request を書きました。
  8. 以上のことを終えたらすでに朝の光が部屋に差し込む時間帯でした。

年末年始休みのうちにやってしまいたいことはまだまだ大量にあります。

  • Ruby 4.0 の新機能のうち影響が大きいものについて学びたい
  • RBS 関係、特に rbs-inline について学びたい
  • bundle gem したものをすぐ RuboCop にかけたら大量に警告が出るのを何とかしたい
  • rails new したものをすぐに GitHub へ上げたら CI がガンガン警告を吐くのを何とかしたい (ある程度手をつけた状況)
  • PHP 8.5 の新機能のうち影響が大きいものについて学びたい
  • 業務で使っている PHP application について、わかる範囲で pull requests を出したい (数日前まで Atlassian がちゃんと使えなくて困っていました)
  • 著名な言語を CentOS Stream へ載せる方法をある程度身に着けておきたい、特に package manager 周りを扱えるようになりたい (npm が大嫌いなので pnpm を入れたい、pip もあまり好きではなくて uv を入れたい)
  • AWS, GCP をそれなりに使えるようになっておきたい (私の支部の server は GCP 上です)
  • development と hosting の区別を分かりやすく説明できるようになりたい (可用性と変動費の関係など)
  • 私の県の将棋情報を YAML 形式で整理するための仕組みを構築したい
  • 私の支部が次に主管する大会のために今準備すべきことを洗い出したい (一応1年くらい前から準備を進めています)
  • 英語の発音教育を体験してみたい (これは時間がなさそう)
  • 今まで溜め込んだ画像情報を整理したい、特に gray-scale 画像を PNG (palette 形式) へ高圧縮する自作 script をどんどん走らせておきたい

やっぱり徹夜はやめて、今 (7時16分) から少しでも眠ることにします。

私がプロ棋士集団に期待することの原点は『ヒカルの碁』のこの頁にあります。

囲碁界の外部者である私が言うのはよくないかも知れませんが、社会的地位においても棋力においても、囲碁のプロ棋士には「高み」を維持していただきたいです。

一番弱い現役プロ棋士であっても棋院の通勤圏内で自立して生活できるくらいの年収であってほしいし、年収中央値のプロ棋士には「普通の会社に勤めるよりも稼いでいる」と言ってほしいです。中央値が250万円を下回ると推測されるようなプロ集団であってほしくないです。

rating において、上位30人のうち日本所属者は1人しかいないのに、下位30人のうち日本所属者は26人みたいな、そんなプロ集団であってほしくないです。

勘違いしないでいただきたいのですが、私は、囲碁のプロ棋士の人数をそのままに待遇を改善しろと主張しているのではありません。プロ棋士の人数を絞り込むことで「棋士の高み」を維持してほしいのです。

ちゃんと計算したわけではありませんが、日本の囲碁のプロ棋士の人数を30人くらいに絞り込めば中国や韓国と比べて見劣りしない棋力分布になると思います。棋戦の数は少々減るかも知れませんが、年収の中央値はかなり上がるでしょう。それでこそ「棋士の高み」が維持される、と考えています。


囲碁界は囲碁の普及度に合わせてプロ集団の規模を変えるべきだと考えます。

同様に、将棋界は将棋の普及度に合わせてプロ集団の規模を変えるべきだと考えます。

『ヒカルの碁』を読んだ方なら、この場面をよく覚えていることでしょう。

こういう不正行為 (ごまかし) のことをチート (cheating) と呼びます。

この不正行為をした三谷少年は、自力でこういう技術を身に着けたのか、それとも誰かに教わったのか、それはわかりませんが、もしこういう不正行為を教える囲碁教室があったら、そこは「チート囲碁教室」と呼ばれるのがふさわしいでしょうね。

(わざわざ説明するまでもないことですが、cheating には「強い」などの意味は一切含まれていません。)


様々な方の『伍と碁』の感想を読んでいたら、第1話に出てくる囲碁教室を「チート囲碁教室」と呼んでいる感想があって、ちょっと悲しくなってしまいました。

「チート囲碁教室」というものは、上記のような不正行為の技術を教える教室です。

『伍と碁』は (私が読んだ範囲では) チートなど一切出てきていない健全な漫画だと思います。

INTERNET で調べ物をしていたら、忘年会幹事の話題が目につき、ついそっちに目が行って色々読んでしまいました。

1つ目の呟き

そしてやってみて初めて理解した。

・人数調整は地獄
・急なキャンセルで店に頭を下げる
・直前で席が埋まる
・料理の好みは全員違う
・誰も手伝ってくれない

なんか、将棋大会・例会の運営と似ている気がしてきました。

特に、人数調整が地獄なのが似ている気がします。

…いえ、ちょっと違いますね。忘年会と異なり、人数が予定より減る分には問題ありません (参加申し込みしていた人が来なくて不戦敗となっても誰も運営に文句を言いません)。一方、人数が増えた場合は調整が極端に難しくなり、それに失敗すると恐らく何年間も (または何十年間も) 非難されるでしょう。

2つ目の呟き。赤字・青字は私。

私は限界まで全員に気を使うのに、一部参加者はそれが当たり前になって幹事を粗末に扱うのが出てくるの。幹事は参加者に尽くして当然、幹事の存在は二の次、些細なミスを「次回に生かして下さいね」と採点される。やってらんない

この「幹事」を「大会運営」に置き換えたらちょっと将棋界と似ているかも知れません。

因みに、「大会運営の存在は二の次」を英語混じりの言葉で表すと「選手ファースト」となります。「選手センタード」(選手になるべく配慮する) とは異なる概念です。


この blog をお読みの皆さんが職場の忘年会 (20人~35人規模) の幹事をするとしたらどういうやり方にしますか?

  • 店はどうやって選びますか? 日程はどうやって決めますか?
  • 参加者は事前申込にしますか? それとも店だけ確保して当日申込にしますか? 35人で店を予約して20人しか来なかったら、15人分はあなたが負担しますか?
  • 「参加する」と言っていたのに当日来なかった人がいたら、その人の分はあなたが負担しますか?
  • 忘年会の途中で帰宅する人のお金を確実に徴収することはできますか?
  • 参加者が店に集まってから実際に忘年会を開始するまで、何分間くらいが許容範囲だと思いますか?

私はそもそもお酒の場が好きではないのですが、もし忘年会幹事になったら以下のようにやると思います。

  • お店はこちらで数店舗だけ候補に挙げ、「私の代わりにあなたが幹事になれば、別の店を選ぶことができます」と言います。
  • 日程は候補をいくつか挙げ、参加の可否だけを最初に集計し、日程が確定したら事前申込の受付を開始します。
  • 多分、2~4週間前を参加申し込み締め切りにして、「締め切り日を過ぎたら参加費が発生しますが、自分の代わりに参加する人を自分で見つけてきたら参加費は発生しません」とします。
  • お金は原則として現金ではなく PayPay などで集めます。tracability が全然違います。(現金過不足が発生したらとても大変です。)
  • 現金のやり取りがなければ、参加者が店の前に集まってから座るまで10分間くらいでしょうか。まあ、職場の人はみな大人ですから、子どもと違って少々待たされても大丈夫かと思います。

色々と責任を分散しているのが分かりますでしょうか。

店選びで自分の提案をしたい人は私の代わりに幹事を引き受けなくてはいけません。幹事を引き受けないなら、店について文句を言うことができません。(店選びについて私の責任がなくなります。)

参加申し込みには締め切りを設けているので、参加申し込みをするかどうかは参加者の責任です。また、締め切りを過ぎたら参加費が発生することを明言しているので、参加を取り消しても参加費は負担することとなり、幹事が負担することになる可能性はありません。

お金のやりとりは tracability を重視しているので、基本的に現金過不足が発生しません。


将棋大会の運営も、基本的な考え方は似ているとおもいます。

systematic な運営をすることで責任を分散する、という方針がとても大切です。

その方針の根幹をなすのが、完全事前申込制です。(当日申込制でも運営できる地域はそれでもいいと思いますが、それだけの力がない地域は完全事前申込制しか選べません。) 事前申し込みもせずに当日いきなりやってきた人が参加できなくてもその人の責任です。事前申込した人が当日やってこなくてもその人の責任です (不戦敗になるだけなので、他の参加者は誰も文句を言いません)。いずれにしても運営の責任にはなりません。

当日申込制は、そういったあたりのことについて全て運営側が責任を持つ方法です。20人分しか予約していない忘年会を当日申込制にして、実際には35人やってきた場合、溢れた15人を12月の屋外で (2次会まで) 2時間待たせますか? 当日申込制にするということは、そういうことです。

実際、過去に私の県では、50人程度の部屋しか確保していなかったのに70人くらいの参加者が来たことがあります (その時は私は運営に携わっていませんでした)。たまたま公民館の空き部屋があったのでそこを借りて対応していましたが、もし空き部屋がなかったら幹事のあなたはどうしますか? 溢れた20人に対して「お前たちは将棋大会に参加することができない」と言い放ちますか? 当日申込制にするとは、そういうことです。

忘年会幹事も、将棋大会運営も、いかに責任を分散していくか、人数などの変動要素をいかに事前に確定させていくか、がとても大切です。大会運営員の人数も限られ、みんな平日の勤務で時間に余裕がない中で大会運営準備をしているのです。その上で更に当日申込制を望むことは、(忘年会幹事を粗末に扱うことと同様) 大会運営員を粗末に扱うことと同じです。大会運営員が「やってらんない」と感じるのも必然でしょう。

当日申込制を実施する力がない地域で当日申込制を採用したら、その地域の将棋界が廃れていくことは間違いないと思います。少子化と娯楽多様化が将棋界衰退の2大要因だと思いますが、当日申込制はこれに次ぐくらいの大きな衰退要因だと考えています。

私が当日申込制にとても強く反対する理由は以上です。幸いなことに、今の私の支部の役員には当日申込制を主張する人はいません。

私の市の公民館の制度は県内最悪で、利用したい日の4週間前になるまで利用可能かどうかが確定しません。

支部の例会・教室の案内は、上記が確定してから割と早めに出しています。少々のずれはありますが、まあぴったり4週間前に案内を出すことができているとすれば、参加受付開始から例会・教室開始まで672時間あるわけです。

例会・教室の参加申し込みは前日の23時59分まで受け付けています。ですので、(教室は10時開始なので) 参加受付開始から参加受付終了まで662時間あるわけです。因みに、参加取り消しは例会・教室開始直前まで可能なので、「参加できる可能性がありそう」と思った時点で申し込んでおいて、行けなくなったら cancel すればいいだけの話です。もっと言うと、人数超過は大迷惑だけど無断欠席は殆ど影響がないので、cancel し忘れたってさほど問題がないのです (もちろん、早めに cancel してくれればその枠が開いて他の人が参加できる可能性が出てきますが、まあ、そこまできっちりしてなくてもいいかな、と思っています)。

参加を申し込む側にとって、672時間と662時間は大きな差ですか? 運営する側にとっては、準備時間が10時間なのか0分なのかはとても大きな差です。

私の支部が主管する大会だと、申し込みは前々日の23時59分まで受け付けています。上記の例に従えば638時間あるわけです (実際には公民館長への特別な申込文書を提出して認められればもっと早く動けます)。大会準備が10時間では足りないので、34時間 (2晩) の準備時間を作っています。それでも、「そんな準備時間は0分まで削ってその分を参加者の申込猶予時間に回せ」と言って当日申込制を要望しますか?


以前も書きましたが、私の息子が初めて参加した県内の将棋大会ではとても長い時間待たされ、これが原因で私は将棋界に対して悪い印象も持っています (運営以外ではよい印象が多いです)。そして、私たちが待たされた最大の原因が当日申込制であったことは明白でした。

私は、「将棋という遊戯は面白いのに、こんな運営ではもったいない、何とか改善して将棋を普及させたい」という思いで今まで運営に関わってきました。ですから、当日申込制を採用することは、私のこれまでの活動がほぼ全否定されることに等しいと感じています。

もちろん、当日申込制を採用する力がある地域、「当日申込制でも運営員をやります」という人数が集まる地域ならそれでもよいと思います。ちゃんと受付開始から対局開始まで短時間で終わらせることができ、参加者の氏名を決して間違えずに表記でき、初めて子どもを将棋大会に連れていく保護者が事前に知っておくべき資料がちゃんと事前公開されていて将棋大会にその案内がちゃんと載っている、などの状況なら、アリだと思います。

私の地域では実現不可能です。今後 (例えば15年後) も県の将棋界を残すには事前申込制の導入が不可欠だ、という強い思いがあります。

図々しいとは思いますが、新日本棋院を作るならこんな方向性の方がいいのではないか、と勝手に夢想します。今までの日本棋院の方向とはかなり違うと思います。

  • 1年間でプロ入りできる人数は1人だけです。日本将棋連盟よりもはるかに狭き門です。
  • 女流特別採用棋士、外国籍特別採用棋士、女流特別採用推薦棋士、英才特別採用推薦棋士、というような抜け道は一切ありません。
  • 年間の採用枠ではなく、プロ棋士として存在できる枠として定員最大10人の「新人枠」があります。10年以内に「通常枠」または「女性枠」に移行できないとそこで強制引退です。
  • 「通常枠」の大きさは棋戦や囲碁界の規模によって変動します。新日本棋院設立時は、その時点の棋聖、及びその時点の棋聖 S, A 所属者、合計15人です。囲碁人気が大きくなって新日本棋院の収入が増えれば、「通常枠」も増えます。
  • 女性限定棋戦を望む sponsors がある間は「女性枠」を設けます。定員は女性限定棋戦の収入に左右されます。女性の場合、「新人枠」や「通常枠」から外れても「女性枠」に入ることができます。「女性枠」での生き残り方法は、基本的には棋力です。(「女性枠」が男性差別であることは認識していますが、現代日本社会では女性の方が囲碁普及に効果的だと思いますので、仕方ないと考えています。もちろん、sponsor がつけば「男性枠」を設けてよいと思います。)
  • 旧日本棋院のプロ棋士だった者のうち「新人枠」「通常枠」「女性枠」のいずれにも入れなかった者はアマチュア扱いとなります。特例として、新日本棋院発足から5年間は大会参加費無料とします。
  • 原則として全ての棋戦でアマチュア参加枠を設けます。対応する「アマチュア〇〇戦」の優勝者だけがプロ棋戦に参加できます。
  • アマチュア棋聖戦で優勝して最終的にプロ棋聖戦で「通常枠」に入った (残った) 場合、本人の希望によりプロ編入することができます。
  • 年間を通して最優秀だった院生1人のみが「新人枠」に入ることができます。また、2位の院生が女性でかつ「女性枠」に余裕がある場合、「女性枠」に入ることができます (「女性枠」は毎年誰かが入れるとは限りません)。院生以外の場合はアマチュア棋聖戦を通してプロ編入を目指してください。
  • sponsors になっていただける企業は、「新人枠」「通常枠」「女性枠」のうち1つ以上を棋戦対象者として選んでください。3つ全てを選ぶと「全棋士参加棋戦」を名乗ることができます。
  • 上記の3つの枠全てを棋戦対象者として選んでも全部で〇人なので、対局料負担はかなり安く済みます。その分、優勝賞金を増額していただけると幸いです。
  • 新日本棋院は年金制度を内包しません。プロ棋士の皆さんは国民年金や国民年金基金に加入することとなります。

ここまでやれば、「囲碁界は将棋界よりも厳しいのです。囲碁のプロ棋士は、本当に限られた人しかなれない特殊な職なのです。」のような宣伝が可能になると思います。そうすれば、news value も大きくなるでしょう。

全棋士参加棋戦を開いても対象者は30人~40人くらいなので、sponsors にとっても負担がかなり小さくなると思います。また、俊英戦のような棋戦も組みやすくなります。それでいて「囲碁のプロ棋士は本当にすごいのだ」という印象も維持でき、また優勝賞金さえ高ければ「囲碁のプロ棋士は儲かるのだ」という印象を作り出すこともできます。


んー、図々しすぎる妄想ですかね? 社会から尊敬される囲碁界であってほしい、という気持ちが前面に出すぎたかも知れません。

この記事は後日消す可能性があります。

まずはこちらの記事

その点「藤井聡太29連勝」は
こちらからアピールする必要はひとつもなかった。

「1990年の野茂英雄」「1994年のイチロー」
「1995年の羽生善治」のように、
「その界隈を見ていない人でもわかる大記録」と
「その人自身の個性」が組み合わさった時の盛り上がりは
勝手に膨らんでいくことがわかりました。

当時を知る人ならわかると思うのですが、社会は常に単純で分かりやすい話題を欲していて、そこに当てはまるほどの実績と個性があると本当に勝手に知名度が上がっていきます。

日本社会から見た「単純で分かりやすい話題」の座は基本的に1~2席くらいしかなくて、少し前だと野球の大谷選手がその座についていたと思います。

羽生善治永世七冠もそうなのですが、藤井聡太六冠は日本社会 (の多くの人) から「頭脳がよい人」の典型として見られていて、上記の座に就いていたことがあります。(上記の座よりはすこし落ちるかと思いますが、加藤一二三元名人も実績と愛嬌で知名度が上がりました。)


こうしてみると、中学生で将棋のプロ棋士になった5人のうち2人はその話題が日本社会を席巻するほどの活躍をし、更に1人、それに近い知名度を持つに至った、と言ってよいかと思います。

言い換えると、将棋界から「中学生棋士が誕生しました」という話題が出てきた時、その4割は日本を席巻し、6割は充分な知名度を得るに至った、ということです。

人々の目からすると、「中学生棋士が誕生しました」という将棋の話題は本当にすごい話題である可能性が高く、TV などでも取り上げる価値が充分にある、ということになります。


藤井聡太六段は、「プロ入り直後から29連勝」「プロ入り後1年1カ月で全棋士参加棋戦優勝」「プロ入り後3年5カ月で全棋士参加タイトル戦優勝」という記録を出しました。TV などからすれば news value が大きい話題を生み出す人物となったわけです。

ここで、留意してほしいことがあります。「中学生棋士が誕生しました」という出来事そのものは (やろうと思えば) 日本将棋連盟のさじ加減でどうとでも実現できることですから、news value はあまりありません。大事なことは、日本将棋連盟が「中学生棋士が誕生しました」と言ったら、その人物はかなりの高確率で news value を生み出す、ということです。


藤井聡太現六冠のプロ入り決定の2年3カ月後、日本棋院は仲村菫現三段のプロ入りを発表しました。

私はこの時、「ああ、日本棋院は囲碁界の威信を傷つけることになりそうだ」と感じました。

誤解ないように記しておきますが、仲村菫現三段は実際に強いと思います。

ただ、世間は「藤井聡太の二番煎じ」と感じたでしょう。(仲村菫現三段に責任はありません。)

「藤井聡太の二番煎じ」ではない、と世間に認識してもらうには、藤井聡太六冠以上の活躍が必要です。具体的には「プロ入り直後から30連勝以上」「プロ入り後1年1カ月未満で全棋士参加棋戦優勝」「プロ入り後3年5カ月未満で全棋士参加タイトル戦優勝」のうち2つくらい実現できれば、二番煎じではないと感じてもらえたと思います。

しかし実際には、仲村菫現三段は2連勝すらできず2局目で負けています。全棋士参加棋戦でも1度も優勝していません。news value としてはとても小さいと言わざるを得ません。

言い換えると、「日本棋院が大騒ぎしても、それは注目するに値しない」という認識を世間に (そして TV 局などに) 植え付けただけに終わったとも言えるでしょう。


関西棋院も同様で、 藤田怜央現初段が9歳4カ月でプロ入りしたという news を出してきましたが、プロ入り後3年以上経つのに未だに公式戦の年間勝ち越しすらできていない状況です。(藤田怜央現初段に責任はありません。)


日本棋院も関西棋院も、囲碁界の威信をかなり傷つけたと思います。

ただ、とにかく話題作りをして囲碁の知名度上昇・普及をしなければいけなかった日本棋院・関西棋院の状況も理解できるので、一概に批判する気にはなれません。