Question #1

私の支部は「初心者歓迎! アットホームな支部です」と貼り紙をしているのに、いつも常連ばかりで新しい人が来ません。何が問題でしょうか。

Answer #1

あなたが「コンビニ」で買い物をする時、ただ「ありがとうございます」と言われるのと「いつもありがとうございます」と言われるのと、どちらが良いでしょうか?

地域差、世代差はあるかも知れませんが、都市圏に住んでいる人は基本的に「店員に名前や顔を覚えてほしくない」と感じているものでございます。もしお疑いでしたらこちらこちらの資料を読んでいただくのがよいかと思います。

「将棋を指したい」という欲求と「何らかの community に属したい」という欲求は別物でございます。

定年退職したから何か趣味を初めて趣味仲間を作りたい、と考えている方々に対しては「アットホーム」という宣伝文句は効果的だと思われます。しかし、そういう方々の大部分はすでに自分が属する community を見つけているでしょう。

将棋界に新規にやってくる方は、「将棋が趣味として自分に合っているかどうかを知りたい」ものでございます。もし性に合うなら2回目、3回目も支部にやってくるでしょうし、性に合わないと感じたらそれっきりで終わりにしたい、と考えているものでございます。

そういう方々にとっては、「アットホーム」という宣伝文句は逆効果でございます。そういう方々は、参加費支払いや手合い発表など formal なやりとりを望んでいるのであり、初回から親しく話しかけられたならもう2度と支部には来なくなる可能性も高いです。

また、「初心者歓迎」という言葉が言葉通りに受け取られることは多くありません。「初心者歓迎」を掲げている場に行ってみたらひどい目に遭った、というような話は巷にあふれており、それ故にこの言葉は信用されていません。

本当に初心者を歓迎しているのなら、あなたの支部にどういう初心者が何人くらいいるのか、その初心者たちは普段どのような (どれくらいの手合い割の) 対局をしているのか、を具体的に示す方がよいかと存じます。

こちらの呟きから引用。

そもそも「藤井ブーム」であって「将棋ブーム」ではなかったことが露呈した、という事かと思います。8冠達成で藤井物語が一応の完成、その後の物語が生み出せない状況かと。

これも指摘通りかと思います。藤井聡太八冠が誕生して話題になったけど、将棋愛好家が恒常的な増加に転じたのではなくて、数年間の間に1~2割程度の将棋人口増を生み出した程度、というのが実態な気がします。(すみません、量的な検証はしておりません。)

『レジャー白書』でも、藤井聡太新四段が誕生してから1度も将棋人口が増えたことはありません。

もちろん、藤井聡太効果がなければもっと大変な状況だったと思いますが、ちゃんと普及活動をするのが最も重要ということなのでしょうね。

『ラブホの上野さんの恋愛相談』という書籍がありまして、この著者の上野さんという方が量的把握に優れているように見えます。色々な相談・質問に対して、大変説得力が高い回答をしています。

で、将棋界には「将棋の上野さん」という存在があると嬉しいなあ、なんて思ってしまいました。

次回から何回か、「将棋の上野さん」という記事を適当に書こうかと思います。

最初に2つの質問をします。

1つ目。現在の日本社会 (の囲碁人気) は、囲碁のプロ棋士として何人を支えることができると思いますか? (関西棋院の方、すみません、日本棋院だけで話をすすめさせてください。)

2つ目、プロ入りした新人棋士は最低何年間「プロ」の資格が保証されることが望ましいと考えますか? 因みに将棋の場合はC級2組で降級点が溜まるまで3年間、その後「フリークラス」で10年間、合計13年間です。


私は、1つ目は多くて50人と考えています。

強制引退制度があっても40年間活躍できる棋士が50人中2人いると仮定します。

強制引退制度があっても25年間活躍できる棋士が50人中20人いると仮定します。

残る28人を、前出の保証期間内の棋士と考えることにします。

最後の28人の枠に入ってきた新人棋士のうち、0.05人は40年間活躍棋士になります。また、0.8人は25年間活躍棋士になります。それ以外の新人棋士は、次から次へと入ってくる後続棋士によっていずれ28人の枠から押し出されることになります。

さて、「平成31年度」は13人の新人棋士が採用されました。これが毎年続くとどうなるか。0.85人は長期間活躍できる棋士になり、残る12.15人は後続棋士によっていずれ押し出されます。28人の枠に年度当たり12.15人が残るのですから、「プロ」の資格が保証される期間は2年強です。

将棋の13年間と比較するととても短いのですが、そういう制度設計でよさそうですか?


囲碁についてはよくわからないのですが、将棋のプロ棋士の人生における (相対的な) 棋力が最大値になる年齢は、20代半ばくらいじゃないかと考えています。将棋のプロ棋士になる年齢は、早くて14歳、遅くて (原則) 26歳ですから、将棋の「プロ」保証期間が13年間あるのは理に適っていると感じます。

囲碁はどうですか? 囲碁も20代半ばで (相対的な) 棋力が最大値になるとしたら、13年間くらいは「プロ」保証期間があるのが望ましいと思いませんか?

そうすると、28人の枠に入ってきた新人に13年間「プロ」保証するのですから、囲碁のプロ棋士の新規採用は毎年2人程度が妥当な気がします。

つまり、強制引退制度だけを導入しても囲碁の新人棋士にとって大変過酷である状況のままなのです。強制引退制度と新人棋士採用枠の絞り込み、両方を実現してやっと13年間くらいの「プロ」保証期間が実現できます。


更に過酷なことを書きます。先ほどの人数試算は男女分けずに考えましたが、実際には普及面を考えると男女分けて考える方がよい気がします (前出の50人の中に女性枠を考える、ということです)。

そうすると、男性の新人棋士は毎年1人採用するのすら過剰かも知れません。(これは私の試算ですので、あまり共感をえられないかも知れません。)


実現可能性を度外視するなら、最良の解決方法は囲碁人気を増大させて最初の「50人」という枠を増やす方法です。人気が出てくれば sponsors もつきますし、そうすればもっと多くのプロ棋士を支えることができます。

ただ、今までの囲碁関係者が普及を怠けてきたわけではないと思います。しかし、普及方法が適切でなかった可能性は高いと思います。


将棋界もいずれ同様の状況になると思います。今まで将棋関係者が普及を怠けてきたとは思いません。しかし適切でない普及方法が省みられることはとても少なかったと思います。

原始棒銀にも至っていない子どもとその保護者がどういう気持ちでいるか、みたいな本当に一番大事なことを考えてこなかったツケが毎年の数値に現れてきているといってよいでしょう。保護者の支持が得られなければ将棋の普及はうまくいきません。そしてその場合の保護者とは、子どもがすでに上級者・有段者になった保護者ではなく、将棋に興味を持ち始めた子どもの保護者です。

日本棋院の記者会見がありました。

最終報告は、経常収益に占める給与やボーナスなど棋士支払い割合の増加が経営を圧迫していると指摘した上で「棋士関連経費の見直しや採用数の抑制が求められる」とした。

武宮体制になって16カ月近く経ち、残り任期8カ月でやっとこの結論か、こんな分かり切ったことを発表するのにこんなにかかったのか、という気もしなくはないですが、裏ではもっと話が進んでいることを期待しています。


今回の発表があったので正直に書きますが、囲碁人口に比べてただでさえ新規採用棋士が多すぎなのに「平成31年度」「令和2年度」あたりに狂ったように採用して、これで破綻しないはずがないです。因みに、「平成31年度」と同程度の採用をずっと続け、全員が死ぬまで引退しないと仮定すると、将来は日本棋院だけで880人の棋士を抱える計算になりそうです (すみません、各棋士の生年による平均余命を探すのが面倒で、2025年の平均寿命を計算に用いています)。言い換えると、棋士が880人くらいになったら、新規採用人数と引退人数がやっと均衡する、ということです。

今年4月に新規採用人数を減らした件で多方面から反発がありましたが、「ありえないくらい多すぎる状態」から「とても多すぎる状態」に減らしただけでしょう。まだまだ、まだまだ多すぎます。

そして、財団法人が確実に存続しているこの数年の間に現役棋士をいかに減らせるか、が勝負だと思います。早く成果を出せば、それだけ大きい規模で日本棋院は存続できると思います。遅くなればそれだけ未来の日本棋院は小さくなると思います。

私の予想ですが、現在300人以上いる日本棋院の棋士を100人に減らしても、日本棋院は存続できないと思います。急いで棋士削減成果を出しても残れるのは50人、日本棋院の運転資金が尽きて新日本棋院みたいな新団体ができるとしたら30人、とふんでいます。

麻雀界のように「プロ」と呼べないプロ棋士まで含めていいなら人数の水増しはできますが、そんな自称プロ棋士が増えることは囲碁界にとっていいことなんですかね。私としては、プロ棋士は経済面でも世間から尊敬される存在であってほしいです。対局料年収が200万円とか300万円の人は本当に「プロ」と呼ぶに値するのか。


関達也四段のように立派な棋士もいるので、囲碁普及の拠点となる団体は何とか存続してほしいです。関四段に意見するのが図々しいことは分かっていますが、関四段のような方が (棋戦対局よりも) 普及に力を入れて下さることが、長い目で見て囲碁文化に有益だと思うのです。


あと、厳しいことを書きますが、日本将棋連盟も数十年後には今のプロ棋士の人数を支えられなくなる可能性がかなり高いと予想しています。ただでさえ電子遊戯などに圧されているのに、日本の人口も当面は減っていくので、かなりの普及活動をしないと現状維持すらできない、というのが私の考えです。

数年前の呟きになりますが、こんなのを見つけまして。

いま日本の産業構造の中での一番の問題は、「電話でしか連絡しない層」と「絶対電話では連絡しない層」の断裂だと思う

将棋愛好家の中でも結構分かれるものかも知れません。私はほぼ後者、より正確には以下の呟きに近いです。

わたくし、絶対電話では連絡しない層。厳密に言えば絶対というわけではないけど、緊急とか要しない限りしないかな。

将棋で言うなら、「あと1時間で将棋大会なのに将棋盤・駒の手配を忘れて数が不足している、できれば貸してほしい」くらいの緊急性なら電話連絡していただいても OK、すごくお世話になっている将棋関係者が危篤になった等の状況でも電話 OK、という感じです。


多分、私が所属する支部には「電話でしか連絡しない層」の方はいないです。一方、私が町内会長をやっていた時は「電話でしか連絡しない層」の方は少なくなかったです。

まあでも、将棋は住み分けができる (手法が近い人が集まって支部を作ればよい) ので楽です。

最近の熊の話を読んだりすると、色々大変そうに感じます。

新潟県内でクマによる人身被害は今年度8件・9人に上っている。自治体側はクマの駆除も進めているが、県などにもクマの駆除に関する電話が数十件入っているという。

「殺処分するな」「クマがかわいそう」といった内容のほか、中には、「武器を使うのは卑怯だ」「素手で対応しろ」などの意見もあったという。

熊に対する考え方って以下の4通りくらいですかね。

  • 積極的に山に入っていて絶滅させるべき
  • 絶滅までは求めないが、人里に現れた熊は全て殺処分
  • 殺さずに麻酔銃などで眠らせて山に帰すべき
  • 麻酔銃も卑怯だから素手で対応すべき

私は夏休みや冬休みの前に「熊に注意」という配布物が配布される小学校に通っていたので、基本的に熊は害獣だと思っていまして、上記の4つだと2番目に該当します。

こういう問題って、同じ考え方の人が集まって市町村を形成するのが理想なんでしょうね。麻酔銃市の方々は自分たちで麻酔銃を練習して必要な本数を揃えればよいでしょうし (すごい本数と人員が必要になる気がします)、素手市の方々はその方針に従って対応すればよいです。

将棋は手法が似ている人が集まって支部を形成すればよいだけなので、熊問題よりは楽ですね。

「ヤマザキショップ」をご存知でしょうか。

「あー、山崎製パンのコンビニね」って思う方もいるかも知れませんが…それは「デイリーヤマザキ」を思い浮かべているかも知れません。そして「デイリーヤマザキ」と「ヤマザキショップ」は結構違います。

7 eleven, Lawson, FamilyMart といった3強と並べて論じるなら「デイリーヤマザキ」の方です。「ヤマザキショップ」はもっと出店基準が緩くて個人商店の性格がもっと強いものです。そのため、3強の店舗を置くほどの商圏でなくても「ヤマザキショップ」なら置ける、という地域は少なくないように思います。


「ヤマザキショップ」について、こちらにはこんな印象が書いてあります。

  • 田舎に行くとある
  • 24時間営業じゃない
  • 品揃えが悪い

これは、3強の店舗と比較しての印象だと思います。確かに、3強の店舗と「ヤマザキショップ」が並んでいたら3強の店舗に入る客の方が多そうな気はします。

でもまあ、田舎にある「ヤマザキショップ」って、24時間営業が強制される3強店舗が置けるほどの労働力 (というかその人件費に見合う売り上げ) がない場所が少なくないと思うのです。そうすると、その地域の選択肢は「ヤマザキショップを置く」「ヤマザキショップすら置かない」の2択といいでしょう。そういう地域に対して「3強店舗を置け」と言ってもそもそも実現不可能でしょう。


昔は常設の将棋道場が色々なところにあったのだろうと思いますが、今、常設の将棋道場が開設できる地域なんてとても限られているのではないでしょうか。更に言うと、将棋普及の面では級位者の参加が重要ですが、級位者がやってきても平手で勝ち負けできる手合いが5局以上組めるほどの集客力がある場所なんて、日本国内でも本当に限られていると思います。

そうすると、将棋道場を常設するほどの賃料が負担できず、週末だけ公民館等を借りる形になると思います。そして、公民館等を借りても級位者が充分に集まらず普及に失敗している支部等も少なくないような気がしています。また、支部運営の後継者が育っていない支部も少なくないのではないでしょうか。

前出の例に喩えると、3強店舗も「デイリーヤマザキ」も出店できない地域は「ヤマザキショップ」出店の可能性を検討するのがよいのではないか、なんて考えています。24時間営業はきびしくても半日ちょっとの営業時間で「ヤマザキショップ」が出店可能なように、自由時間が大量にある定年退職者のやり方を踏襲しなくても勤労世代が運営できる方法を検討し、集客が充分じゃなくても級位者でも楽しめる方法を考える。そういうことが必要な気がします。


あ、すみません、この話は大都市圏中心部にはあまり合わない気がします。私の県のように、県内の将棋界が結構危ない状況になっていたら、より負担が軽い方法を検討すべきではないか、という話です。


追記。「3強」なんて書きましたが、(私は北海道人なので) 本音を言うと「3強」よりさらに上に「セイコーマート」があると認識しています。価格が全然違います。出張先に「セイコーマート」と3強店舗が並んでいたら、100% 「セイコーマート」に入ります。

私の支部の将棋教室の時間帯は、参加した子ども自身が手合い割を選べるようにしています。選べる手合いは「角落ち」から「19枚渡し」までです。(19枚渡しとは、上手の駒を19枚落とした上で、その19枚を下手の駒台に載せる手合いです。)

この時間帯に来る一番強い子で2枚落ちくらい、それより強くなると例会の時間帯を勧めています。多くの子どもは6~8枚落ちくらい、また9~10枚落ちも少なくないです。

で、この blog をお読みの方ならわかると思いますが、「学校で将棋が流行っているから将棋指せるよ」程度の子だと10枚落ちでも勝つことは至難で、19枚落ちでも負けたりします。


で、先日の将棋の場で将棋を始めたばかりの子 (10枚落ちの指導対局くらいの子) が「角落ちの手合いで指導を受けたい」みたいなことをつぶやいていたのですが、こういうあたりの認識ってどういうふうに持ってもらうのがいいですかね。

もちろん、将棋は腕力など関係なく (振り駒などを除いて) 完全に平等な遊戯ですから、将棋を始めたばかりの子どもが高段者相手に「オレでも勝てるんじゃないか」と感じることも不自然ではなく、またそういう期待が持てることも将棋の魅力の1つだと思いますが、そういう期待を持っている状態で惨敗すると落胆も大きくなります。

負けて大泣きして、その悔しさを棋力向上に活かす、ってのも1つの道ではありますが、これが原因で将棋をやめてしまう子も出てきそうで、私の悩みの1つではあります。

プロ棋士やそれに近い棋力の方が何面も多面指しできるのって、素直に「すごい」と感じます。

初めて感じたのは、ある将棋大会で野間俊克指導棋士六段が12面指しの指導対局をしていて、参加していた私の息子の終局時に第1手から棋譜を全て再現した時でした。いやもう、びっくりしました。

次に感じたのは、安用寺孝功七段が学生有段者を相手に3面で20分切れ負けの時計を3台動かしっぱなしで長めの解説をしていた時でした。プロ棋士側の解説時間込みで対局時計が動きっぱなしですから、プロ棋士側の実際の持ち時間は1面あたり3分~4分くらいだったのだろうと思います。

色々な指導対局を見ていて感じたことは「プロ棋士にとって指導対局の面数はほぼ問題にならず、腰がもつかどうかが最大の問題」ということでした。クルクル回転できる丸椅子が使い勝手がよさそうです。


で、私は基本的に多面指しができません。例えば、一旦私が龍を作ってしまった場合、その後はある程度この龍を活用しないと不自然です。なので、私の龍を打ち消してもらうためには、まず相手の駒台に角を送り込んで、次に王手龍取りができる局面を用意して…みたいな感じの準備が必要になるのですが、2面以上になるとそこまで頭が回らなくなります。結果として、不自然な手が増えます。

いや、普段から不自然な手は指しているんですよ。でもそれは、相手の棋力から「この不自然さはバレないだろう」と自分なりに考えた上で指しています。

先日の将棋の場で普及指導員の方から「このままやっていれば数か月後には2面で指せるでしょう」と言われたのですが、スミマセン、多分私には無理です。


もっと上手に、不自然でない手で形勢を制御できるようになりたいです。