(似たような呟きを以前取り上げたことがあるかも知れませんが) 興味深い呟きを見つけました。

いまだにカン違いしてる経営者や職人さんが多いんですが、「厳しく突き放しても、根性で食らいついてくるヤツを引き上げる」とか「背中を見て盗め」というのは「育成」ではなく、単なる「選抜」です。 人が大量に採れる時代はなんとかなってましたが、若者が希少価値の今そのままやると破綻します。

もしかして将棋界にも当てはまりますかね。

とある呟きで興味深い表現を見つけました。

自治会って引退組と現役組で考え方が違い過ぎて継続難しくなっているところが多い印象がある。

将棋界もそんな感じな面がある気がします。

幸い、私の周り (の将棋界) では古いやり方を押し付けてくる方はいなくて助かっています。


ただ、効率化がある程度以上進みません。

例えば、県内の支部やその他の将棋団体が Google Drive 上に置き場を用意すれば各種資料のやり取りが楽になるのですが、それを提案しても「いや、私はやり方が分からないから」と言って断られるのです。やり方は私が説明する、と言ってもダメでした。

Google Drive (または OneDrive などの類似物でも OK) を使ったことがある方ならわかると思いますが、これを活用できるかできないかで作業効率が劇的に変わります。でも、触ってみることもなく拒否する人がいると、その効率改善の益を受けられなくなります。

Google Drive 以外にも作業効率化のためにやる方がいいことはいくつもあるのですが、私の県は (私の支部以外では) それが進んでいません。

そのことによる弊害は発生しているのですが、詳細は割愛します。


私の支部は、定年退職世代の方が1人もいません。そのために例会や大会の準備や会場確保などで苦労することはありますが、一方で新技術を取り入れやすくもあります。

今月から忙しくなり、blog を書く余裕がかなりなくなってしまいました。

ですが、今日は投票日なので、この話題を書こうと思います。


私は多分、平均的な成人男性よりも政治の話題が好きな方だと思います。しかし、将棋の場においては基本的に政治の話をしません (将棋にかかわる政治の話題を除く)。

その理由は、思想・信条に関わらず将棋を楽しんでほしいからです。支持政党が異なる人同士でも将棋は楽しめるものだと思うのです。


しかし、僅かながら例外があります。

  • しんぶん赤旗全国囲碁・将棋大会 (赤旗名人戦) を実施して下さっている日本共産党には感謝しています。
  • 恐らく北海道限定ですが、自由民主党総裁杯全道将棋大会を実施して下さっている自由民主党には感謝しています。
  • 将棋文化振興議員連盟がもっと活動してくれることを期待しています。(今、活動実態があるのかどうか不明です。)
  • 私が住む市の公民館政策については強い主張を持っています。(私が住む市の公民館政策は恐らく県内最悪です。)
  • 国の文化政策については弱い主張を持っています。

この blog は、一般的な政治の話はしない予定です。(一般的な政治の話をしたくなったら、別の blog を用意してそこに書くと思います。) ただし、将棋に関わる政治の話は時々出てきます。特に公民館政策の話はちょくちょく登場します。ご了承下さい。

以前、保護者が子どもを将棋の場に連れていきやすい範囲として500円圏という話をしました。

今回、保護者なしで子どもが将棋の場に行きやすい「徒歩・自転車圏」というものを考えてみようと思います。

きっかけはこちらの呟き

まぁ「チャリがあるだろ」は一理あるんだけど、関東平野に住んでてそこそこ舗装されてる道があればの話ですね。長距離移動しようとしたら自転車で走ったら歩道もなくて車に撥ねられるのがオチなクソデカ道路にあたるか、もう山道しかないかのどっちかじゃん。

平野に住んでいる人の中には、平野以外の土地に住んでいる人の生活が想像しにくい方がいるのかも知れません。

例えば我が家だと、最寄りの店まで平面距離は約 500m ですが、高低差は約 40m です (より正確には、一旦 40m 降りてから再度上り坂になります)。一番勾配がきついところは、切り替え機付きの自転車で一番軽い歯車を選んで立ち漕ぎしてもとてもきついです。

等高線と平行に移動する分には大変ではないので、自転車に乗っている小学生は時々見かけますが、最寄りの店まで自転車で来ている子どもは今までに1度も見たことがありません。(大人客も含めて) そもそも店舗前に自転車が駐輪されている様子を見た記憶もほとんどありません。


まあ、小学校区内で友達の家に遊びに行く分には自転車は便利なので、徒歩よりは自転車の方が子どもの行動範囲は広いです。ただし、保護者なしで小学校区から出てはいけないことが小学校の校則に定められています。

校区内に「スーパーマーケット」はないので、遠足のおやつなどを買いに行くときは基本的に保護者の車に乗せてもらって最寄りの「スーパーマーケット」へ行くことになります。

前にも書きましたが、校区内に公民館はありません。

最寄りの公民館は結構不便な場所にあります。2番目に近い公民館までは子ども片道250円です。


徒歩・自転車圏は、大雑把に分類すると以下のような感じですかね。

  • 平野なので小学生でも自転車で数 km 移動でき、その範囲内に公民館や区民センターなどがある
  • 平野なので小学生でも自転車で数 km 移動できるが、その範囲内に公民館や区民センターなどはない (そんな地域はほとんど存在しないと思いますが…)
  • 平野以外のため小学生が自転車を利用しても行動範囲があまり広がらないが、その範囲内に公民館や区民センターなどがある
  • 平野以外のため小学生が自転車を利用しても行動範囲があまり広がらず、またその範囲内に公民館や区民センターなどがない

例えば大阪市内は基本的に一番上ですから、あとは大人が将棋の場を設定してあげるだけでよいと思います。

私が住む地域は一番下です。最寄りの公民館は校区外、そこに登録されている将棋団体は会員5名 (以前見学させてもらいましたが、高齢者ばかりでした)、という状況です。

一番下の区分の中にも色々あって、そういう地域の状況を知らずに私が勝手に「将棋の普及活動をするなら〇〇すればよい」なんて言うことはできないわけです。

例えば、私の親戚が昔住んでいたらしい地域の小学校に注目していて時々そこの情報を調べているのですが、全校生徒20人以下、隣の小学校まで 17km、交通機関は1日4便、なんてところだったりします。もし私がそういうところに住んでいたら将棋の普及活動は今とは全く異なる方法が必要になるでしょう。


以上、7桁県6桁市、梅田から4桁圏 (1000~1999円圏) に住む者としての考えを書かせてもらいました。

日本棋院は2015年 (和田紀夫理事長時代) と2021年 (小林覚理事長時代) に「100周年ビジョン」というものを発表しています。

当時の構想のうちどれが実現してどれが実現できなかったのか、という総括が知りたいです。


そもそもこういうものは、発表時点で「これが実現できたらいいな」という事柄を述べているものですので、全部実現することはまず不可能ですし、そもそも手をつけることができなかった事柄が結構あっても問題ないと考えています。

ただ、どこまで検討・実践したのか、は知りたいです。

例えば2021年版には「地域定住棋士制度」の創設が掲げられています。ところが、Google で検索しても何も引っかかってこないのです。

別に実現できなくても構わないのです。どこの機関・部署で検討して、どこまで実践して、どこで断念したのが、が知りたいです。


多分、一番重要な点は「公益法人として適切な棋士諸制度(全般)の在り方について検討を行う」という部分だろうと考えています。

とある匿名掲示板で、こんな書き込み (#464) がありました。匿名掲示板なので、疑いながら読んでみて下さい。

囲碁は上流の〜とか何度も書き込んでる人がいるけど、百歩譲って囲碁の差別体質が無くならないのは分かった。でも肝心の上流にすら響いてないのが現状。
まだ企業の上部の中にはギリギリ囲碁好きも残ってるけど、それは上流だから囲碁が好きなんじゃなくて世代的にアナログゲームしかなかったから囲碁を打ってるだけ。碁会所の貧乏爺さんと同世代。そういうのがまだ身近だった世代というだけ。

なので結局は団塊以下の世代で囲碁が廃れてるのと同じく、団塊以下世代の上流からも囲碁は同じく廃れてる。本当に上流の嗜みだったなら世代に関わらず今でも若い社長とかの間で流行ってる筈。
実際は年功序列で位が上がっていった日本で、若者の間で囲碁が廃れた結果、囲碁が好きな人=会社の上部=金持ちの嗜みと誤解されただけ。そしてその誤解を真に受けて金持ちの指導碁にばかり熱心になって初心者への普及を疎かにして、見下した初心者も将来金持ちになったり会社で地位を摑む可能性を考えず廃れたのが今の状態。

この書き込みが的を射ているのかどうか分かりませんが、愛好家が特定の年齢層に偏ると社会への顕れ方も偏る、ということはありうる話かも知れません。(囲碁界がそうなのかどうかはわかりません。)


どこで読んだ話か忘れましたが、将棋道場・碁会所の廃業が相次ぐと、そこの常連 (のうちの一部) が他の将棋道場・碁会所に通うようになるので、受け入れる側の将棋道場・碁会所は全体の悪化が見えにくい、なんて話もありました。

つまり、局所だけ見ていても全体の傾向が把握できるとは限らない、ということです。


例えば将棋界が衰退していった未来を想像してみます。

多分、「指す将」よりも「観る将」の方から大きく減少していくでしょう。青年期までにある程度将棋をやった人は健康寿命が尽きるまで将棋を指す割合が高いでしょうが、「観る将」は興味を失ったらすぐに「観る将」をやめることが多いと思われます。

そうすると、「指す将」と「観る将」の比率が変わってくるんですよ。

もし今後、「指す将」の比率が高くなってきたら、それは将棋界の衰退が進んだことを示す証かも知れません。

私が以前指摘したとおり、「指す将」と「観る将」の比率は将棋の普及の物差しにならないどころか、「指す将」率の増加が将棋界の衰退を示す可能性すら高いです。


支部例会の参加者数は、増加するに越したことはないのですが、だからと言って無闇に何でもかんでもやればいいというものでもありません。

私が所属する支部は何年間も事前申込制で運営しています。ある時、ある支部役員から当日受付制の提案がありました。私は猛烈に反対しました。

多分、当日受付制にすれば高齢者の参加者が一時的に少々増えるだろうと思います。それと引き換えに、運営側の負担は激増します。私の主観的な負担感で言いますと、事前申込制と比べて当日受付制は何倍も (何十倍も) 負担感が大きいです。

最終的には、負担感の増加に見合うだけの改善があるかどうかで評価すべきことだと考えます。私が将棋を普及させたいのは子どもであり、子どもには若い保護者がついていて (おそらく) 100% 事前申込ができます。これを当日受付制にしたところで、子どもの参加者は殆ど増加しないものと思われます。(それどころか、事前申込制だからこそ新規の参加者が申し込みやすいと考えています。この件は後日触れるかも知れません。)

また、こう言っては何ですが、参加者の大部分が高齢者である将棋の場は県内でまだいくつか残っていますので、多大な負担と引き換えに私の支部で当日受付制を導入しても高齢者の選択肢が1つ増えるに過ぎないだろうと思われます。新規の将棋愛好家を増やすことには殆ど貢献できない気がします。


長く書いてしまいました。

普及のためにはどの指標に注目すべきか、は大切なことだと思います。

演劇 (舞台芸術) に関してのいくつかの呟きを取り上げます (呟いている方は別々です)。

まずは2021年時点の呟き

今、高畑充希がボクらの時代で「舞台やミュージカルやってるって言うと『観てみたいけどチケット高いよね』と言われることが多い。だいたい同じような層のお客さんで回ってしまって業界が停滞する感じも」と言っててさすが子役からキャリア積んでる人はよくわかってるなと思った。

こういうことは少々前から噂程度には聞いていたのですが、最近の呟きで具体的な金額が示されていました。

12000円でもメチャ高いと思うのに、16000円とる舞台も出てきてるらしい。内側の大変さも充分に理解しているから心中複雑とは言え、なんとかしないと。どんなに面白くても1万円超えたら、平均的な収入の若い人はおいそれと観に来れない。

今はそこまで高騰しているのですね。


私が注目した部分は「内側の大変さも充分に理解しているから心中複雑とは言え」という部分です。

この「内側の大変さ」、恐らくは金銭と労力のことでしょう。

ここからは私の推測になりますが、今、舞台芸術界は「これだけ費用も労力もかかる、だから入場料を〇円にする」という論理が強く働いているのだろうと思います。


しかし実際には、市場規模の制約から逃れることはできません。

例えば、人口1000人の離島で、総員50人の劇団が4か月練習して1つの舞台を作り上げることは可能でしょうか。(知名度がとても高いというほどではない劇団、つまり商圏はその離島内のみと仮定します。)

計算の簡略化のために舞台装置費用は0円で考えるとしても、50人が4か月生活していけるだけの収入がないといけません。200人月です。1人1か月15万円に抑えるとしても、総額3000万円の売り上げがないといけません。

この離島で、3000万円分の入場券が売れると思いますでしょうか。


まあしかし、大都市圏なら状況はかなり変わります。

そもそもの人口が多いと、12000円の入場券でも気軽に買える所得層 (または資産層) が厚くなります。そうすると、その価格でも入場券を売りさばき切ることができる可能性が出てきます。

最近はこんな呟きもありました。

現在の値段高騰を見るに観劇は大都市限定の娯楽になるのだろうな。娯楽の多さを見るに首都に若者は集まった方がいいな。地方はこれからもドンドンつまらなくなっていくよ。

この発言は恐らく的を射ていると思います。


将棋も、棋力が近い人がある程度集まる場でないと、参加者が楽しむことは難しいです。

言い換えると、将棋が娯楽として生き残れるくらいの規模の都市圏はまだ大丈夫で、それ以外の地域では将棋の衰退がかなり進んでしまうでしょう。

最初の呟きにあった「だいたい同じような層のお客さん」ってのも、将棋界が抱えている課題に近いと思います。

囲碁関係の web 情報を見ていたら、このような数値を見つけました。

ちなみに、石川県人口は約110万人、山口県人口は約130万人です。


「囲碁界は大変だな」という感想を持ちましたが、同時に「これは未来の将棋界の姿ではないか」という気もしています。

みなさんの県の10年前の小学生県大会の参加者数の記録がありましたら、直近の記録と比べてみていただきたいです。

増えているなら、その県の取り組みは素晴らしいです。

横這いなら、小学生人口が減少する中で健闘している方だと思います。

微減程度なら、まあ、小学生人口比は維持しているかもしれません。

それ以上に減っていたら、かなりまずい状態だと思います。


私の県は早ければ10年後か15年後くらいに参加者1桁になってしまうのではないか、という危惧を持っています。

将棋界と囲碁界は状況が異なる点も少々ありますが、長期的な減少傾向に歯止めをかけることができていない点は同じだと思います。だとすると、今の囲碁界の姿は未来の将棋界の姿である可能性が高いです。

囲碁界のみなさん、すみません。門外漢の私ですが、一力三冠の売り出し方を勝手に考えてみようと思います。

以下、NHK「囲碁フォーカス」に協力いただけるという勝手な前提で話をします。


毎週3分間「一力九段と打とう」という枠を設けて、応募してきた視聴者の中から週1組が一力三冠と対局できる、という形式です。(実際には4週間分くらいまとめ撮りする形で考えています。)

応募資格は、入門者または未経験者の2人組、また以下のいずれかの条件に当てはまる者、です。

  • 小学生以下の子とその保護者
  • 小学生以下の子2人組
  • 35歳以下の女性2人組 (囲碁界の男女比を考えた女性優遇です)

で、9路盤を用意して一力三冠は勝ちにいかずに指導碁、対局の様子はものすごく早送りして、でも2~3回は一時停止して一力三冠の解説 (後撮り) が入る、という形です。最後に参加者と一力三冠が握手して終わりです。


どうでしょうね。1組の撮影が30分間だとして、4本撮りで1回2時間。一力三冠は4週間に1回、半日間の拘束。

で、一力三冠は自分の実績とか肩書とか一切しゃべらずに「囲碁の楽しさを知ってほしい」「囲碁文化を残したい」「囲碁界はみんなを待っている」とか言うのです。

視聴者参加型で、(当選すれば) 若くて格好いい囲碁棋士に指導してもらえて、でも視聴者が自分で調べてみたら実はすごい人だったとわかる、ってのは結構いい売り出し方だと思うんですけどねえ。

多分、従来の囲碁愛好家から「こんな簡単な内容に囲碁フォーカスの時間を3分間も使いおって、ケシカラン!」って言われるくらいの難易度がちょうどいいのではないかと考えています。2週間に1回くらい「2眼の生き」の話が入ってもいいんじゃないかと思います。


…すみません、妄想を書きすぎました。

表題の通りです。web 記事の見出しでは「主要国際戦で日本勢19年ぶり」と書かれています。

純粋に嬉しいです。


容姿のことに触れるのはあまり良くないとは思っていますが、一力三冠 (本因坊) は囲碁界の中でもかなり売り出しやすい人物ではないかと思います。

年齢や肩書も含めて考えると、将棋界・囲碁界合わせて見渡してもかなり貴重な存在に見えます。特に女性層への新規開拓に強いのではないかと感じます。

あ、もちろん、今回の一力三冠の活躍だけで囲碁愛好家が 1% 増える、みたいなことはないと思います。ただ、囲碁を始めてもらうのでなくても、知名度が上がるだけでもいいのです。


将棋界と囲碁界は、お互いに切磋琢磨できる関係が望ましいと考えています。