東京国立近代美術館で「菱田春草展」(前期)を観た! | とんとん・にっき

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東京国立近代美術館で「菱田春草展」(前期)を観てきました。観に行ったのは9月30日のことでした。菱田春草の作品、日本画の美術館を標榜する山種美術館には幾つかあるかと思ったら、「月四題」(明治42-43年頃)と「月下牧童」(明治43年)が(他にもあるかもしれませんが)見つかっただけでした。ふと思い出して、以前行ったことのある長野市の水野美術館の図録を調べてみたら、なんと菱田春草の作品が16点も載っていました。来年ですが、2015年1月1日(木・祝) から 3月1日(日)まで、水野コレクション「菱田春草と信州の日本画家たち」 が開催されるようです。


僕が菱田春草の作品を纏まって観たのは、今から5年前、平成21年に明治神宮文化館宝物展示室で開催された「菱田春草展」でした。前期・後期と分かれていましたが、合わせて56点もの春草作品が出されていました。2階の玄関ホールのは「落葉」(永青文庫蔵)のパネル展示があり、「落葉」(個人蔵)未完本が展示されていました。どういう経緯で明治神宮で開催されたのかは記憶が定かではありませんが、ほぼ同時に「横山大観展」も開催され、その時は山下裕二氏の講演もあり参加したことを覚えています。

東京国立近代美術館のホームページによると、今回の展覧会の見どころは以下の5つです。

(1)重要文化財4点がすべて出品されること

(2)「落葉」の連作5点がすべて出品されること

(3)「黒き猫」をはじめ、猫は9匹観られること

(4)春草生誕140年を記念した大回顧展で、108点が出品さっること

(5)新出作品や数十年ぶりの公開となる作品も多数出品されること

(6)絵具の科学調査をすすめていること


なかでも次の2点は、見どころの目玉中の目玉と言えます。

(もちろん前期・後期になりますが)

36歳で亡くなった春草の画業はおよそ15年。短い生涯ながら、重要文化財に指定されている作品は、近代芸術家の中で最多の4点を誇ります。本展では、重要文化財「王昭君(おうしょうくん)」、「賢首菩薩(けんしゅぼさつ)」、「落葉」、「黒き猫」4点すべてを観ることができます。

「落葉」連作とは、文展に出品された「落葉」及び「落葉」と題された制作時期の近い作品全5点のこと。いずれも木立を描いた屏風ですが、見比べると構図や描法にそれぞれ少しずつ違いがあります。文展の「落葉」を制作したとき、春草は大事な「距離」の表現と「画の面白味」との間で悩んだと告白しています。この両者のバランスの違いが、「落葉」それぞれの違いとなって表れているのです。


以下、幾つかの作品を取り上げます。


「武蔵野」。武蔵野は大和絵の題材として長く親しまれてきました。薄野に秋草、月、富士を配するのが通例で、意匠を凝らした作風を示すものが多い。しかし本作品は、秋草の描き方が様式化されておらず、色彩の鮮やかさもない。むしろ、ありのままの自然の姿が描かれていて、装飾的な目的を離れている点で、過去の武蔵野図とは大きく作風を異にしています。横の画面に水平に設けられた地平線と、塗り込められた大地と空の描写は、洋画からの影響を強く感じさせます。手前の草には、鳥が一羽のみ描きこまれており、本作品の主役ともいえる存在感を放っています。この存在が、単なる風景画ではない、寂しげなイメージをもたらしています。


「羅浮仙」。隋の趙師雄は、羅浮山に遊んだ際、薄絹をまとい芳しい香りを放つ美女に出会う。酒を酌み交わすうちに趙師雄は眠りにつくが、目覚めると美女の姿はなく、傍らに梅の樹があったことで、その女性が梅の精(羅浮仙)であったことに気づいた。本作品は、衣服の衣紋線に沿って隈がほどこされ、ひだが立体的に表されている。また、顔の輪郭や衣服の衣紋線にもちいられた胡粉の白は、光のあたる様子を描き出しています。この胡粉により色彩に不透明さが加わり、表現に厚みが感じられます。これらの点に洋画風の要素を見て取ることができる一方で、梅の幹や枝は水墨のみで表され、衣服の生地の青、飾り紐の朱などが映える画面となっています。衣服の透けた感じもはかなげな印象を与え、夢の世界の人物であることを表しているようです。


「白き猫」。梅の古木が墨で淡く描かれ、一方の白い猫は写実的に描かれるという対比的な表現の組み合わせが、印象的な作品です。春草が描いた猫の図としては、「黒き猫」(永青文庫蔵)が著名です。(今回は後期に出品されます)。春草は「黒き猫」に到るまでに数点の猫の図を描いており、それらの多くは、猫と樹木を組み合わせたものです。本作品も同様で、画面を斜めに古木が横切り、その下に猫がうずくまるという構図を示しています。


「雀に鴉」。葉の落ちた冬の柳に、雀と鴉が描かれています。枯れた柳と、鴉、雀という色の地味な鳥の組み合わせによって、色調の抑えられた画面となっています。右隻の鴉がとまる太い枝は、左隻の右に延びる枝と呼応し、右隻と左隻の空間をつないでいます。古木の太い幹と細くしなだれる枝のコントラストが装飾的な効果をあげ、鳥の配置のバランスにも配慮が行きとどいています。


「乳糜供養」(春草)・「釈迦と魔女」(横山大観)。1903年のインド滞在から帰国した直後の政策と思われる作品。「乳糜供養」は、苦行を終え出山した釈迦が、村娘のスジャーターから差し出された牛乳粥を食し、生気を取り戻した場面を描いています。人物の背景には、インド菩提樹が生い茂っています。一方、大観の「釈迦と魔女」は、降魔の場面を描いています。中央に釈迦を廃止、両側に女性を置く三角形の構図は、釈迦三尊像を継承したものであろう。また女性はアジャンタ壁画からの転用と思われます。


展覧会の構成は、以下の通りです。


第1章 日本画家へ: 「考え」を描く 1890-1897年
第2章 「朦朧体」へ: 空気や光線を描く 1898-1902年
第3章 色彩研究へ: 配色をくみたてる 1903-1908年
第4章 「落葉」、「黒き猫」へ: 遠近を描く、描かない 1908-1911年



第1章 日本画家へ: 「考え」を描く 1890-1897年



第2章 「朦朧体」へ: 空気や光線を描く 1898-1902年






第3章 色彩研究へ: 配色をくみたてる 1903-1908年







第4章 「落葉」、「黒き猫」へ: 遠近を描く、描かない 1908-1911年







菱田春草:略歴

1874(明治7)年9月21日
 現在の長野県飯田市に生まれる。
1890(明治23)年9月
 東京美術学校に入学。
1895(明治28)年7月
 卒業制作《寡婦と孤児》が最優等で卒業。
1896(明治29)年9月
 日本絵画協会第1回絵画共進会に《四季山水》を出品し画壇

デビュー。
1898(明治31)年
 東京美術学校事件が起こり、校長岡倉覚三(天心)の辞職に

 殉じて美校教員を辞する。

7月、日本美術院の創立に参加し正員となる。
1900(明治33)年
 春草らによる線を描かない色彩画(没線描法)の試みが

 「朦朧体」と揶揄されるようになる。
1903(明治36)年
 約半年にわたってインドに遊学し、ベンガル地方の芸術家と

 交友する。
1904(明治37)年
 約1年半にわたってアメリカ・ヨーロッパに遊学する。没線描法の

 意義を再確認し、色彩研究を課題に掲げる。
1906(明治39)年
 日本美術院の縮小移転にともない、家族を連れて茨城県五浦に

 転居する。
1907(明治40)年10月
 第1回文部省美術展覧会(文展)に《賢首菩薩》を出品する。

 その制作中より眼病の兆候が現れる。
1908(明治41)年5月
 病気治療に専念するため、五浦を離れ代々木に転居する。

 再び絵筆をとれたのは約半年後のことだった。
1909(明治42)年10月
 第3回文展に《落葉》を出品し、最高賞を受賞する。
1910(明治43)年10月
 第4回文展に《黒き猫》を出品する。
1911(明治44)年2月
 第11回巽画会展に《早春》を出品するが、この頃より再び病状が

 悪化する。9月16日、満36歳で死去。

「菱田春草展」

菱田春草(1874-1911)は日本近代で最も魅力的な画家の一人です。春草は草創期の東京美術学校を卒業後、岡倉覚三(天心)の日本美術院創立に参加、いわゆる「朦朧体(もうろうたい)」の試みや、晩年の装飾的な画風によって、それまでの「日本画」を色彩の絵画へと変貌させました。生誕140年を記念して開催する本展では、《落葉(おちば)》連作5点すべてに加え、《黒き猫》をはじめとするさまざまな“猫作品”や、新出作品等を含む100点を超える作品を、最新の研究成果とともにご紹介します。


「東京国立近代美術館」ホームページ


hishi1 「特別展 菱田春草」

発行日:平成21年10月3日

発行所:明治神宮

監修:佐藤志乃(横山大観記念館学芸員)

編集:明治神宮宝物殿






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