「さとりをひらいた犬/ほんとうの自分に出会う物語」無料公開です。

(本篇)

第1章「旅の始まり」

第2章「三つの存在」

第3章「恐れ」

第4章「エゴ」

第5章レグードゥの森

第6章女神シャーレーン

第7章最後のたたかい

 

本で読みたい方は。

 

もう読んだ方も、そうでない方も、お楽しみいただければ嬉しいです。

 

最初からお読みになりたい方は、こちらからお読みくださいね。

 

 

前回は…

 

前回は生きる3つの価値についてヴェルキンがジョンに語ったところでしたね。

 

では、今回はどんな展開が待っているんでしょう?

 

 

第7章「最後のたたかい」

 

(54)シーザーの涙

 

 

シーザーは深手を負った部下たちの前で静かに座っていた。

 

 

彼らは明日の朝には撃ち殺されてしまう。

 

シーザーは、最期の瞬間まで彼らと共に過ごすことを選択したのだった。

 

「司令官…いや、シーザー…」

 

 

マリウスだった。

 

 

「マリウス…」

 

 

マリウスは、乾いた血にまみれながら力なく頭を上げた。

 

 

「シーザー、俺たちは殺されるのか?」

 

「ああ…残念だが、ご主人はそうするようだ」

 

 

シーザーはうつむき、マリウスから目をそらせた。

 

「シーザー、助けてくれ。俺は死にたくないんだ。子供のころから一緒だったろう? お願いだ、助けてくれ」

 

 

「……」

 

 

「ちょっと怪我をして十分に働けないからって、なんで殺されなきゃいけないんだ? 

 

時間があれば治るんだ。俺が何をしたというんだ?」

 

 

「……」

 

 

「俺は十分、おまえを助けてきただろう? シーザー…俺たち、兄弟じゃないか?」

 

 

「マリウス…いや、兄さん…。すまない、兄さんも知っている通り、こういうときのご主人の命令は絶対なんだ」

 

 

「そんなことを言わないで助けてくれ! シーザー、お前は『皇帝』だろう? お前は俺の弟だろう?

 

兄貴を殺すのか? 

 

いやだ、死にたくない! 

 

シーザー!! 助けてくれ!!」

 

 

その声に刺激されて、大怪我をした犬たちが、悲しそうに遠吠えを始めた。

 

 

 

ウォ~ン…ウォ~ン…

 

 

シーザーの心は張り裂けそうだった。

 

 

その悲しげな声を聴きつけたのだろうか、人間がひとりキャンプから歩いて来た。

 

 

「うるさい! この役立たずの犬どもめ!」

 

 

そう言うなり、猟銃を漆黒の夜空に向けて発砲した。

 

 

バーン!!

 

 

静かな森に銃声が響き渡った。

 

犬たちは怯えて口を閉ざした。

 

人間はシーザーを見つけると、怒りを隠さずにずかずかと近づいてきた。

 

「シーザー、これはお前の責任だ。お前のせいだ! 全く、今回は大損だ!」

 

猟銃を振り上げ、シーザーの頭をガツンと殴りつけた。

 

シーザーは避けようと思えば簡単に避けられたが、微動だにせず殴られた。

 

それがせめてもの自らへの罰のように感じたからだ。

 

 

シーザーは右目の上からうっすらと血を流しながらも、人間をじっと見つめた。

 

 

 

その視線に気圧されたように人間は言った。

 

 

「気味の悪い犬め、何を考えてやがる…お前は役に立つから、殺さないでおいているんだぞ」

 

 

言葉を吐き捨て、キャンプに帰って行った。

 

後に残ったシーザーはマリウスや残っている仲間の犬たちに言った。

 

 

「すまない。本当にすまない。これは私の責任、私の作戦ミスだ。

 

謝って済む事ではないが、本当にすまない」

 

 

マリウスや他の怪我をした犬たちは、頭を下げるシーザーに言った。

 

「司令官、いや、シーザー。そんなに謝らないでくれ。俺たちはあんたの下で働けたことを誇りに思ってるんだ」

 

「そうだ、シーザー、あんたは俺たちの誇りなんだ」

 

「司令官のおかげで、俺たちは伝説になれたんだから」

 

「みんな…」

 

 

シーザーは頭を上げ、犬たちを見回した。

 

乾いて赤黒くなった血を体中にこびりつけ、息も絶え絶えになっている仲間たち…

 

ぐったりと地面に横たわり、死を待つ仲間たち…。

 

 

シーザーの脳裏に、この仲間たちと共にくぐってきた数々の冒険や修羅場が、走馬灯のように浮かび上がってきた。

 

マリウスも静かに言った。

 

「シーザー、すまなかった。取り乱してしまったよ。でも、ひとつ頼みがある」

 

「なんだ?」

 

「俺たちのことを、決して、決して忘れないでほしい…」

 

「忘れるものか…マリウス、みんな…お前たちのことは死ぬまで忘れはしない。

 

お前たちは…私にとっても誇りなのだ」

 

 

シーザーの胸から熱いものが湧き上がり、涙が流れ出した。

 

「絶対に、お前たちの仇を取ることを約束する。残りの者はひとり残らず、必ず打ち取る」

 

「シーザー…」

 

 

マリウスや仲間たちの目からも涙があふれていた。

 

シーザーが涙にうるんだ目で見渡すと、いつの間にか、シーザーの軍団全ての犬たちが、そこに集まっていた。

 

 

「みんな…ありがとう…ほんとうにすまない…」

 

 

東の空がだんだんと明るくなってきた。もうじき夜明けだ。

 

シーザーはふと顔を上げ、泣き疲れて眠ってしまった仲間たちを眺めた。

 

 

この仲間たちで朝を迎えるのは今日が最後だ。

 

シーザーはこれから殺されてしまう仲間の犬たちの顔を、ひとりづつ脳裏に刷り込ませるように見て回った。

 

 

お前たちのことは、決して、決して、忘れはしない…

 

 

そのとき、ふと集団の奥の茂みに何か動くものを感じ、視線を向けた。

 

なんだ?

 

 

「ジョン!」

 

 

そこに、僕が立っていた。

 

 

 

(55)へつづく

 

 

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