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㉒ガジョの「生きる苦しみ」
僕とガジョは、一緒に森の中の屋敷を出た。
とりあえず生きる目的を持ったガジョは、積極的に食物を取りはじめたたこともあり、衰弱していた体力も徐々に戻ってきた。
僕とガジョ、ふたりの優秀な“元”猟犬は楽々と食べ物を見つけ、危機を回避し、東に向かって進んでいった。
僕たちは歩きながらいろいろな話をした。
僕はダルシャに出会ったこと、
そして、ダルシャの死。
一年前のガルドスとの戦いやコウザやアンガスとの出会い…
しかしゾバックとの事はなかなか言い出せなかった。
ガジョも一年前のダルシャとの出会いから、北の谷を抜けるときのこと、
そしてベレン山で『赤い魔獣』と遭遇した時のこと、その後の流浪の旅…。
ガジョはマフィーたちと違って、ダルシャに騙されたとは思っていないようだった。
ガジョはその言葉とはうらはらに、心の中にまだ「仲間」や「ハイランド」への熱い思いが残っているようだった。
よし、一緒にチカルに行ってみよう。
きっと僕にとってもガジョにとっても、何か意味のある出会いが待っているに違いない。
ふたりで歩き始めて六日目の夕方、森を抜けると、目の前に見たこともない広々とした平原が現れた。
「うわ~っ、広いな!」
「ああ、すごく広い。ここがアマナ平原だ」
僕たちは、ついにアマナ平原に到着した。
見渡す限り、まっすぐな地平線が見える。
振り返ると、今まで歩いてきた森の木々の間を、真っ赤でまん丸な太陽が落ちていくところだった。
明るいオレンジ色と金色に輝く夕日に照らされて、無数の森の葉っぱがキラキラと反射して光の大合唱をしていた。
まるで木々たちが沈んでいく太陽と手を振って別れを惜しんでいるようだった。
僕たちは目を交わし、にっこりと微笑んだ。
「夕日を背にしてまっすぐ歩けば、後一日でチカルに着く。今晩はこのあたりで寝る場所を探そう」
ガジョはそう言うと、言葉を続けた。
「ジョン、明日でお別れだな」
僕はびっくりして答えた。
「何を言うんだ。チカルにはまだ着いていないじゃないか」
「もう着いたも同然だ。まっすぐに歩けばいいんだから。ほら、見てみろよ」
ガジョはそう言って、鼻先で水平線を指した。
ガジョの鼻先をまっすぐに見ると、濃い紫色と灰色の混じり合った空と地平線の境界に、小さな街の影が見えた。
「あれがチカルだ。もう見える」
「しかし…せっかくここまで来たんだから、一緒に行こうよ」
「いや、約束は約束だ。私は明日、君と別れる」
「ガジョ、君も強情なヤツだな。なんでそんなにかたくななんだ」
「強情?
余計なお世話だ。
そもそも、君が案内してくれと言ったから、ここまで来てやったんだ。
私はもう終わりにしたいんだよ。
この苦しみから解放されたいんだ」
ガジョのしつこさに、僕は少しむっとして言い返した。
「苦しみ…? どんな苦しみだい? どっか痛いのか?」
「ジョン、全てうまくいっている君のようなヤツに、私の苦しみが理解できるものか。
私は部下を見殺しにし、臆病風に吹かれて自分だけおめおめと生きながらえた、
どうしようもない卑怯者で、負け犬で、恥さらしで、役立たずの罪人なのだ。
私など生きている価値はないのだ。
私が生きているだけでどれだけ苦しいか、君に分かるものか!」
「ガジョ、君はいつまでそうやって、悲劇の主人公を演じているつもりなんだ?」
「悲劇の主人公だと?
演じているだと?
この私が?
もう一度言ってみろ!」
ガジョは燃えるような目つきで僕を睨んだ。
「そうさ、僕にはそう見えるんだ。
自分だけが悪い!
私はダメだ!
私は臆病者だ!
私は卑怯者だ!
私は恥さらしだ!
役立たずの罪人だ!
いまの君はそう言って自分を貶めることで自己満足をしているだけだ!
そういうのを悲劇の主人公を演じるって言うんだ!」
「な、何だと!!」
ガジョは今にも飛び掛りそうに歯を剥きだした。
僕はにらみ返した。
「やるか!
そうやっていじけている今の君なんかに、僕は負けないぞ!」
僕たちは牙をむき出し“ウウッ~”とうなり声を上げながら身をかがめ、今にも飛び掛かりそうな姿勢でにらみ合った。
ふたりの間に緊張が走る。
どちらかがちょっとでも動いたら、すぐに取っ組み合いが始まる、
ピリピリした緊迫した空気が張り詰めた。
ウウウ~ッ
㉓『ウィルフレッドとサルバトール』へ続く
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