2024年1月マンスリー:「美しい国」の中央銀行の 「巧遅は拙速にしかず」 | 元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

「経済崩落7つのリスク」、
「マネー資本主義を制御せよ!」、
「緩和バブルがヤバい」、
「日本復活のシナリオ」等の著者による世界経済と国際金融市場のReviewとOutlook

「国家の盛衰を決めるのは、政治経済体制が収奪的か包括的かの差にある」(アシモグルら)

唐突ですが、

先週のウィークリーを、

本年1月のマンスリーとさせて頂きます。

 

内容の変更はございません。

タイトルのみの変更です。

 

なお、今週のウィークリーは、

今日発刊予定で現在鋭意準備中です。

 

悪しからずご了承ください。

 

2024年1月29日

 

日銀の「巧遅は拙速にしかず」

 

先週の1月23日に終えた金融政策決定会合では、日銀が緩和策の現状維持を決めましたが、翌日24日に日経社説は「日銀は緩和の円滑な出口へ環境整えよ」と題する社説を掲げました(末尾参考資料①ご参照)。

 

しかしながら、同社説は一理あるものの、問題なしとしません。

 

一言でいえば、「巧遅は拙速に如かず」[1]ということではないでしょうか。

 

むしろ、日銀は、可及的速やかに、マイナス政策金利の解除を含めた金融政策の正常化に動くべきと考えます。

 

なぜなら、第一に、日銀が2%物価安定目標に未達だというのは、恣意的であり、詭弁にすぎません。例えば、政府・日銀が2%物価安定の目標のベンチマークとしてきている、生鮮食品を除くコアCPI上昇率は、既に2022年+2.3%2023年+3.1%と2年間連続で2%を超えてきています。

 

しかも、電気・ガス事業者への政府・経産省補助金分-0.8%の物価押し下げ効果を足し戻してやれば、真のコアCPI上昇率は+3.9%に跳ね上がります。

 

第二に、日本では欧米を超える「生活費高騰の危機(cost of living crisis)に直面してきており、日銀は一般消費や一般国民にとっての、物価と通貨の番人とは言い難いと言わざるを得ません。

 

例えば、変動の大きい生鮮食品を除く(コア)食料品価格は、2022年に前年比+8.1%、2023年に同+7.9%もの高い上昇率を2年連続で記録してきています。

 

したがって、一般国民のために、物価と通貨の番人であるためには、既に2022年春頃から明らかになってきていた日本のコアCPI2%物価目標超えという事実に基づき、加えて、ほぼ当時に開始された米FRBによる大幅連続利上げに対処すべく、日銀の金融政策の正常化を22年春ごろから急ぐべきだったのです。

 

日銀が2%物価安定目標政策に忠実であれば、その後の日本通貨の大幅安や生活費高騰の危機を回避できたはずです。

 

 

流石に、直近の昨年12月では、コア食料品上昇率も前年比+6.7%までやや減速してきているものの、本年1月には再び大幅円安が台頭してきており、日銀の大胆な金融刺激策の継続とあいまって、生活費高騰危機が今後再燃する恐れなしとしないでしょう。

 

第三に、日銀は一般国民のための物価と通貨の番人ではなく政府の番犬に過ぎないと見ざるを得ません。

 

名目賃金は既に明らかに上昇してきています。しかし、物価がそれ以上に上昇してきているために、実質賃金は過去約2年間弱も低下し続けてきているのは周知の事実ではありませんか。

 

実質賃金上昇は、2024年はもちろんここと、このままでは、おそらく永遠に見果てぬ夢に終わりかねません。

 

なぜなら、日銀はいまだにインフレ抑制を第一の目標とせずに、むしろ政府同様に「デフレからの完全脱却を目指す」とするかのように、異次元金融緩和策を未だに止めようとしていません。

 

したがって、日銀は賃上げとインフレとのイタチごっごのままでは、賃金上昇を凌駕する物価上昇は避け難いのです。

 

このままでは、「物価上昇に負けない賃上げ」という政府・日銀の政治的スローガンは、絵に描いた餅のままに終わるでしょう。

 

最後に、日銀はいずれやってくるマイナス政策金利の解除後も、政策金利水準の実質プラスを目指して、粛々と利上げを繰り返し実施することで、金融政策の正常化を目指さなければなりません。

 

というのも、インフレ調整後の実質金利がマイナスのままであるという期待や予想が市場で優勢である限り、(物価の安定はもとより、)株式、不動産、為替レート等の資産価格は理論的に見ると無限大に発散しかねず、実際にも、少なくともそれらの乱高下が避けられないと見られるためです。

 

その証左のひとつが、本年1月に日本市場で台頭しつつある、政治とカネ、日銀カネ余り、そしてモラル・ハザード(倫理弛緩)相場」とみるべきではないでしょうか。

 

いずれにしても、先週のウィークリーでも述べましたように、日本経済は大幅円安で好調な純輸出を除き、インフレとマイナス経済成長の併存というスタグフレーション色が濃厚と見ざるを得ません。

 

民間主導の消費と(設備)投資という持続的経済成長のための双発エンジンが不振のままでは、日本経済の好循環はいつまで経ってもやってきません。

 

自らが招いている資産バブル沸騰中の金融市場という蜃気楼に惑わされているためか、物価と賃金の好循環という絵に描いた餅をいまだに、夢想する植田日銀と岸田政権は、早晩、日本経済の厳しい現実と向き合わざるを得ません。

 

いずれにしても、以上4点から、日経社説を代表とする国内主要メデイアの主張は問題なしとしないのです。

 

米経済は好循環

 

ところで、米実質GDPは10-12月期に前期比年率3.3%の成長を記録しました。23年の通年でも2.5%増と市場予想を超える強さを示しました。 

 

米経済はインフレ調整後の実質ベースで、6四半期連続で前期比プラス成長を続けています。特に、(個人)消費と(企業設備)投資という民間主導の持続的成長に不可欠な二つのエンジンが好調を持続して、米経済の好循環が続いているのです。
 
また、その時々の時価で評価した名目GDPも10~12月期に前期比年率で+4.8%成長を記録して、過去30年間の平均値にほぼ収斂してきています。

 

一方で、米金融当局が重視するインフレ指標である食品とエネルギーを除いたPCEコア価格指数の伸びは2四半期連続で当局の目標である2%に一致しました。利上げが家計と企業に負担になっているにもかかわらず、持続的な雇用増加とインフレ率の低下により、個人消費は力強さを維持した形です。

 

 

日本経済は悪循環

 

しかし、日本経済は既述のように、既に2023年7~9月期GDPがインフレを調整した実質ベースで3期ぶりの前期比マイナス成長に陥っています。

 

一方で、GDPデフレーターと称する付加価値ベースで見た国内インフレ率は7~9月期に前期比+0.7%(単純年率+2.8%)を記録しています。同デフレーターは前年同期比で見ると7~9月期に+5.3%と歴史的に見て第2次石油危機時に迫るかなりの高インフレ率を記録しているのです。

 

なかでも特に深刻な点は、民間主導の持続的な経済成長のために不可欠な双発エンジンである消費と(設備)投資が2期連続の前期比で縮小したことにあります。

 

つまり、インフレとマイナス経済成長の共存という1970年代並みのスタグフレーションに入っているのが、4半期ベースのGDP統計でみた日本経済の現実なのです。ちなみに、GDPは経済の鏡であるとされています。

 

10~12月期のGDPは2月中旬公表予定ですが、マイナス成長に陥った7~9月以降も経済は大幅円安で好調な純輸出を除き、11月までの家計消費や鉱工業生産などを見る限り、それまでの消費と投資の悪循環が好循環に転じた明らかな証左はありません。

 

例えば、企業収益と整合的なはずの鉱工業生産は、直近の11月データでも少しも芳しくありません。企業設備投資の一致指標といえる資本財出荷は11月に前月比-6.8%、前年同月比でも-5.9%というかなりの落ち込みを記録しました。しかも、資本財出荷のかなりの前年比割れは、昨年7月以降に5カ月連続の前年比で減少してきているのです(過去5カ月間平均で前年比マイナス6.8%というかなりの前年同月比割れに陥ってきています)。

 

したがって、10%の高消費税率とインフレ税の高まりというダブルパンチによって、消費と投資の双子の収縮が続いており、インフレとマイナス経済成長の共存というスタグレーションから日本経済が抜け出せないとの悪循環シナリオから日本経済は今だに抜け出せていないと見ざるを得ません。

 

失敗の本質

 

アベノミクス三番煎じのキシダノミクスと政府の番犬に過ぎないかのようなウエダノミクスの下の日本は、まるで大東亜戦争時代に酷似しているといっても過言ではありません。

 

無能・無策で責任をとらない国家のリーダーが、罪のない善良な多くの国民を塗炭の苦しみに追いやってきています。能力もあり意欲もある多くの若者、勤労者そして企業家が、ひたすら苦境にじっと耐えてきているというのが厳しい現実です。


少子高齢化の人口減少で慢性内需不況に生活費高騰の危機とインフレ重税が加わる「経済敗戦」から、日本は教訓をいまだに十分に学ぶことができません。なぜこのような堂々巡りを、我が国は繰り返してばかりいるのでしょうか?

 

遺憾ながら、それは日本人のDNA(遺伝子)なのでしょうか。

 

第一に、日本人の分析力の欠如が存在します。特に「リーダー」層における分析能力の不足が大きいのです。このため、日本として明確な(経済)戦略目標を設定できません。

 

例えば、大東亜戦争における日本軍の失敗の本質を解き明かした名著「失敗の本質」(中公文庫)では、「米軍の成功と日本軍の失敗とを分つ、重大なポイントとなったのは、不測の事態が生じたときに、それに瞬時に有効かつ適切に対応できたか否か、であった」と記しています。

 

また、同書は、「問題は、(平時ではなく)危機においてどうであったか、ということである(カッコ筆者挿入)。」とし、日本軍は「作戦目的があいまい」で、「情報の受容や解釈に独善性が見られ」、「戦闘では過度に精神主義が強調された。」ということです。つまり、大東亜戦争下の日本軍には、科学的で客観的な分析力が大きく欠如し、恣意的な精神主義が優先され、特に危機対応能力あるいは危機管理能力に欠けていたのです。

 

我が国の政府・日銀に加えて、日経やNHK等の主要メデイアなど、現在の日本の「リーダー」達は、まるで旧日本軍のようにみえます。

 

わが国の目下の最大の敵、長期停滞を克服し、持続的に成長するための、具体的で数値化された長期戦略を持たないのです。また、長期戦略と整合的な政策手段が存在しません。結果、持続的な経済成長という成果が生まれてこないのです。

 

2014年4月の消費税率の5%への引き上げまでのアベノミクスはなんとか成功への必要条件を満たしてはいました。しかし、5%消費増税後には直ちにアベコベノミクスに陥ってしまいました。

 

これまでの長期停滞の結果に過ぎない財政赤字という間違った敵を相手に、再び、否2019年10月の10%消費増税では三度誤った戦争を仕掛けてしまったのです。日本の「リーダー」達は、旧日本軍と同様に、明確な戦略と戦術を持たずに、過去の敗戦例からの教訓を生かさず、「兵力の逐次投入」を繰り返して、我が国の「兵力」と資源をいたずらに浪費してしまうのです。

 

我が国は、結局、いまだに科学的で客観的な見方ができません。特に経済に対する正しい理解と、それらの的確な応用力が不足しているのです。したがって、日本経済を再生させるグランド・デザインを描くことがいつまでもおぼつかないのです。

かれこれ約80年も昔の旧日本軍と、現在の「経済戦争」を指揮する政府・財務省・日銀等は、恐ろしいほどの類似点が存在します。それは日本のリーダーのDNA(遺伝子)なのかもしれません。

 

世襲化し特権化する日本政治

 

しかし、民族性だけに帰着するのは本当に正しいのでしょうか。世襲化し特権化する日本の政治経済体制そのものに問題はないのでしょうか。政治家の世襲といえば、ほとんどの国民が岸家、安倍家、麻生家、小泉家等を容易に思い起こすことができるのではないでしょうか。

 

実は、日本では政治家が世襲する比率の高さが、国際的にみると、際立っていることをご存じでしょうか。

 

ハーバード大学准教授のダニエル・スミス氏によれば、1995~2016年を対象に、各国の下院における世襲議員率を調査したところ、日本の全衆議院議員の28%が世襲議員でした。特に、自由民主党はその傾向が顕著で、全国会議員の39%が世襲議員です。

 

ドイツは2%、イギリスは6%、アメリカは7%、他の先進国も概ね10%未満ですから、日本の世襲率の高さは突出しています。

 

アメリカの世襲議員は少なく、ケネディー家やブッシュ家などに限られているのとは対照的です。なお、幕末期に渡米した福沢諭吉は、当時の米国人がジョージ・ワシントン初代米大統領等の子孫のその後を知らないことにひどく驚いたことは、かなり有名です。

 

いずれにしても、世襲議員は庶民の感覚が分かりません。それは致命的な欠陥ではないでしょうか。国民の最大多数の最大幸福を追求すべき議会の構成員の多数が庶民感覚を欠いていては、議会が正しく機能するはずもありません。

 

現代日本の代表的な政治家である安倍氏や麻生氏等は、本当に政治家としての資質があるのでしょうか。大きな志をもっていると言えるのでしょうか。

 

それはともかくとして、選挙では莫大な費用と人力が必要です。

 

したがって、志と能力はあっても、無名の新人が立候補しようとしても、落選した場合の経済的・社会的損失を考えれば、容易に立候補できるものではありません。

 

その点、世襲議員は、いわゆる「地盤」(集票組織)、「看板」(知名度)、「鞄」(選挙資金)が先祖伝来で揃っており、ほぼ確実に当選できる上に、落選しても生活は守られています。

 

つまり、世襲議員は、大きな権力を有する地位を容易に入手し、それを維持できる特権的な立場にあります。「門地」(家柄)による差別に繋がりかねないのです。

 

そもそも、国会議員は、利害の対立と矛盾がある国民の間で、権力を用いて国の有限な資源を強制的に配分する作業に参画することです。議員を選出するシステムは全ての国民にとって「公平」であることが求められているのです。

 

そういう観点から、特に自民党内に多数存在するいわゆる「世襲」議員は、法の下の平等に反していないのでしょうか。それに対して、世襲議員でも、実際に選挙で当選すれば民主的正当性があるとして、世襲を禁じることは「逆差別」であると反発する向きもあります。しかし、世襲議員が優勢となることは明らかに問題だといえるのではないでしょうか。


世襲議員にはもうひとつ本質的な問題があります。それは、世襲議員の「貴族」化「特権化」です。平等な民主政治が基本です。議会は当然に多様な国民各層の公平な縮図でなければなりません。しかし、世襲議員は代々の特権階級の中で育った人間になってきてしまっているのではないでしょうか。

 

もっとも、ハーバード大学准教授のダニエル・スミス氏によれば、1994年の選挙制度改革で小選挙区比例代表並立制が導入されてからは、新人立候補者の世襲率は低下傾向にあるとされています。もちろん、世界に比べるとまだまだ多いのですが、少しずつ是正されつつあることが分かったのは、大きな発見であったと同氏も述べています。

 

自由民主党優位の「一強多弱」はこれからも続いていくのかとの疑問に対して、ダニエル氏は、自由民主党にとって鍵となるのは公明党との連立であるとし、公明党が万が一、自由民主党との連立を解消すれば、政界再編が起こると見ているようです。

 

つまり、日本の投票率は毎回5割程度であり、国民の半数の意見で政策が決まっている状況です。自由民主党と公明党の支持者は積極的に投票に行くために、若者が投票に行かない限り、自公連立の優位は変わりません。

 

自由民主党の優位を支えているのは、①小選挙区選挙に多くの議席が割り当てられている既存の選挙システム、②野党の分裂、③自公の連立、④低い投票率の4つであり、これらの4点のうち、いくつかが変わらない限り、自由民主党の優勢は続くとスミス氏は予測しています。

 

しかし、逆に言えば、若い有権者が投票に行けば、日本の政治も大きく変化することは十分に可能です。米政治が2018年中間選挙と2020年大統領選挙で投票率が大きく高まって、バイデン大統領が現職の前トランプ大統領に勝利して「創造的破壊」が起こったように、若者を中心に投票率が高まれば、日本政治の創造的破壊も不可能なことはないはずです。

 

忘却の「神の国発言」?

 

ところで、2021年3月に森喜朗氏の女性蔑視発言が国内外で大きな問題になって以降、同年7月に予定されていた東京五輪開催が一時危ぶまれた時期があったことを鮮明に記憶している読者は少なくないでしょう。

 

でも、あなたは「神の国発言」を覚えていますか?

 

実は、森氏は、2000年に脳梗塞で入院・急逝した小渕恵三氏の後継として総理大臣となったものの、その後約1年間の短命内閣に終わってしまったという経緯があります。[2]

 

 森内閣発足当初(2000年)から森氏の失言・舌禍は大きな問題となり、当時、自民党は危機感を募らせ、森内閣と自民党への支持率低下を受けて「改革」「刷新」の声が急速に沸き起こり、小泉内閣の劇的な誕生へとつながっていきました。

 

端的に言えば、それまで自民党内で非主流派であった清和会の天下という派閥力学の交代と、森内閣倒閣を目指した「加藤の乱」の失敗をきっかけにした「保守本流」たる宏池会系の分裂と凋落があるのです。

 

21世紀における自民党の20年史を考えるとき、あらゆる意味で森喜朗氏はキーパーソンであったと古谷氏は指摘します。

 

小渕恵三氏は典型的な自民党経世会系(保守本流)の領袖でしたが、森氏は自民党内では非主流の清和会です。経世会系は「再分配、大きな政府、ハト派」を志向するのに対して、清和会は「新自由主義、小さな政府、タカ派」を志向するきらいがあると古谷氏は指摘しています。

 

いずれにしても、小渕首相が倒れる、という誰しもが予想できない混乱の中で、それまで非主流であり、福田赳夫を始祖とする清和会出身の総理大臣が誕生したのは、実に森氏をして22年ぶりでした。

 

こうして誕生した森内閣でしたが、森氏自身の復古的、タカ派的観点が災いして次々と失言・舌禍事件がマスコミをにぎわせ、森内閣は発足当初から極めて厳しい局面に立たされました。

 

総理就任直後の2000年5月、ただでさえ「密室内閣」として、その誕生の経緯に疑問府が付いていた森内閣に重大な激震が走りました。他ならない「神の国発言」でした。

 

「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知して戴く(以下略)」

 

森総理が神道政治連盟国会議員懇談会での挨拶の中で放ったこの言葉が、「政教分離違反ではないか」「軍国主義的傾向の復活」としてマスメディアに一斉に報道され、大問題になりました。

 

森内閣が余りにも失言を連発し、不人気であることから危機感を覚えた自民党員が、「自民党の改革」「自民党をぶっ壊す」として内部改革を訴えた小泉氏に群がったのでした。その結果、小泉内閣は以後約5年半に亘る長期政権を実現しました。福田赳夫以来、非主流として冷や飯を喰らい続けた自民党清和会の天下の幕開けでした。

 

小泉内閣は所謂「郵政解散(2005年8月)」で大勝利しますが、2006年9月に総辞職し、事実上後継指名した安倍晋三(第一次)に禅譲して、第一次安倍内閣が誕生しました。

 

小泉内閣には復古調的価値観はそれほど濃くなかったものの、靖国神社を参拝するなどして保守層の歓心を大きく買いました。現在のネット右翼・保守界隈では、小泉氏の進めた新自由主義的構造改革路線を批判的にみる向きが強いものの、小泉内閣当時は首相の靖国参拝の一点を以て「真の保守政治家」として翼賛的に礼賛する傾向がありました。

 

その後、政権は、第一次安倍(清和会)、福田康夫内閣(清和会)、宏池会系諸派の麻生内閣と民主党政権を経て、2012年から再び第二次安倍(清和会)が続き、タカ派、復古主義的傾向の強い清和会の天下が続いてきたことになります。

 

21世紀の自民党20年史を俯瞰すると、右派・保守・タカ派的観点を持ち、それまで非主流として自民党内で辛酸を舐めてきた清和会が、まるで「我が世の春」として天下を迎えるきっかけは、森喜朗内閣が原点でした。

 

森内閣が支持されたのが原因ではなく、森内閣が党内から倒閣運動を起こされるほど不人気だったがゆえに誕生した小泉内閣への熱狂的支持が産んだ結果が。今も生きていると言えないこともないということは歴史の皮肉という他はないのではないでしょうか。

 

同時に、清和会森内閣の倒閣を目論んだ「加藤の乱」が大失敗したことで、保守本流として厳然たる勢力を誇ったハト派の宏池会の影響力が分裂、低減したことによる、自民党自体の「右傾化」「タカ派化」がこの20年の間、顕著になってきたとの古谷氏の見解は説得的です。

 

清和会の基本スタンスは伝統的に大資本家寄りの法人税減税・「規制緩和」路線であり、外交的には親米保守で、反共主義を旨としているとされます。こうして日本政治、ひいては自民党の「右傾化」は、森内閣誕生が原点であると言って過言ではありません。

 

そして、第二次安倍政権総辞職後の自民党総裁選挙(2020年9月)において、各派閥から横断的に支持を受けた菅義偉氏が総裁に選出されましたが、宏池会の看板を背負う岸田文雄氏への得票が今一つだったことを踏まえれば、保守本流と謳われた宏池会の凋落ぶりが改めて分かるというものです。

 

おりしも森内閣は、2000年~2001年という、世紀を跨いだ激動の時代に政権を担当した内閣でした。爾来、20年間の自民党を考えるとき、右派的・タカ派的・復古的価値観を持った清和会の伸長・天下と、加藤の乱で衰微した伝統的なハト派「宏池会系」の影響力減衰は見過ごすことのできない決定的事実であると古谷氏は指摘していました。

 

日本政治経済の複合危機

  

こうしてみてくると、世襲化と特権化が進み、神がかってきたと見ざるを得ない政治と経済の複合危機がいま日本を襲ってきているのは、必ずしも驚くべきことではありません。

 

いずれにしても、東京新聞は1月28日に「裏金と安倍派 幹部の責任追及、国会で」と題して説得的な社説を掲載しています。末尾に参考資料②として添付していますので、参考になれば幸いです。

 

他方、朝日新聞は1月25日に「物価と春闘 労使の真価が問われる」(参考資料③)と題して経済学の基本原則を無視し、政府・日銀の政治的プロパガンダに加担するかのように、賃金と物価の悪循環というインフレ・スパイラルのリスク等を顧みずに、読者をミスリードしかねない論評を掲載しているのは遺憾です。

 

経済学上の好循環では、個人消費と企業設備投資の好循環によって民間主導の持続的な成長がもたらされる経済モデルこそが最も有名といってよいでしょう(サマーズ氏の叔父にあたる米国で最初にノーベル経済学賞を受賞したポール・サミュエルソンの乗数と加速度係数による消費と投資の循環モデル(23年11月マンスリー))。

 

賃上げと物価は悪循環

 

しかし、賃金は、そもそも労使間で労働生産性等に基づいて労働需給によって自ずと決まるものであり、政府や中央銀行による経済政策が関与する余地は乏しいものなのです。

 

また、物価高の中では、賃上げ等に政府が介入するとなれば、賃金と物価の好循環どころか、むしろ悪循環に陥りやすいというのが、洋の東西や我が国での過去の事例が示すところです。

 

米国では実質賃金は既に上昇に転じてきていますが、それはあくまで米国の中央銀行であるFRBが積極的に大幅利上げを断行して、インフレ率を低下させてきているからに他なりません。

 

我が国は物価高騰にもかかわらず、財政政策も金融政策も共に総需要を過度に刺激し続けてきています。これでは、インフレがいつまで経っても収まらないのは道理ではありませんか。

 

経済政策はミクロ的に企業に個別に過剰介入するのではなく、全体としてマクロの財政・金融政策で対応すべきものでしょう。

 

 

「物価上昇に負けない、賃上げを目指す」とは神のお告げ?

 

我が国のマスコミは、いつまでも「神話」に過ぎないような賃金と物価の好循環等と、欧米では通用しない政府・日銀による捏造もどきの「ストーリー」に、いたずらに加担すべきものではないでしょう。

 

例えば、英国では、賃金と物価は労使間のしっぺ返し戦略(tit-for-tat)に陥り、それらの間の悪循環を指摘する向きはあっても、好循環を指摘する論者は皆無といっても過言ではありません。

 

一方で、少子高齢化で人口減少が深刻化し、他方で、内需の長期不振が続く中、日本経済は大幅円安の純輸出の好調さを除き、消費と(設備)投資という民間主導の持続的成長に欠かせない双発エンジンが2期連続の実質前期比マイナス(縮小)に陥ってきていることは既述の通りです。日本経済全体でも7~9月期には前期比で3四半期ぶりに実質GDPがマイナス成長に転じていることも指摘済みです。

 

10~12月期(Q4)には大幅円安を背景に純輸出が伸びて、実質GDPが全体でもプラス成長に転じた可能性はあるものの、家計調査や資本財出荷などの11月までの現在入手可能な月例統計で見る限り、所詮、民間内需はQ4においても不振が続いているとみられます。

 

いずれにしても、大企業を中心とした経団連や、大労組を中心とした連合等の寡占的な、いわば「エリート」層に賃上げを求めても、企業の大宗を占める中小企業では、「ない袖は振れない」はずです。

 

物価高に負けない賃上げを目指す」、あるいは「物価上昇を上回る賃上げを目指す」等という政府・日銀を中心とした経済学の基本に矛盾して、賃金と物価の悪循環というインフレ・スパイラルを煽りかねない誤った政治的プロパガンダを、リベラル派の代表とみられる同社説が真に受けているかに見えるのは、誠に遺憾と言わざるを得ません。

 

物価を安定させさえすれば、消費や投資が自律回復する中で、内需回復によって賃上げも、自ずと、名目のみならず、インフレを調整した実質ベースでも達成できるはずです。

 

約5.5%の高政策金利で2%インフレ目標にあくまで焦点を当てて、すでに実質賃金の反転上昇に成功している我が国の同盟国である隣国アメリカの経済政策を、なぜ素直に学ばないのでしょうか。

 

やはり、我が国は特別な国であり「物価高に負けない賃上げを目指す」のは、神からのお告げなのでしょうか。

 

いずれにしても、政府・日銀がいまだに強弁してかに見える、物価の趨勢的な下落というデフレの中に、いまの日本経済があるはずはありません。

 

現在の日本経済は物価の趨勢的な上昇というインフレの中にあります。インフレとマイナス成長というスタグフレーション色も濃厚です。 

 

一般国民や消費者の味方であるはずの同社説が、まるで神からのお告げの様に政府・日銀が強弁するプロパガンダを有難く頂くかのように、同調して見せるかのような本社説ほど、一般読者を惑わし、また落胆させるものはありますまい。

 

 

日本大復活に向けて「国民ファーストの新三本の矢」を放つときは、今! 

 

いずれにしても、最大の危機は最大の機会になり得ます。

 

今では明らかに古色蒼然となってしまったアベノミクスとその旧三本の矢にとって代わる、国民ファーストの経済政策を構成する①消費税撤廃、②金利正常化、③恣意的な産業政策撤廃からなる新3本の矢で、非暴力による令和維新という日本大復活の可能性が我々の眼前にいま正に拓けようとしているかにさえ見えます。

 

我が国のおそらく最後のチャンスとなる夢がかなうか否かは、ひとえに、私たち一人一人の自覚と意思だけにかかっているのです。

 

中丸友一郎

元世界銀行エコノミスト

 

 

添付資料:①  「日銀は緩和の円滑な出口へ環境整えよ(1月24日付日経社説)

 

日銀が10年以上続けた大規模な金融緩和策の出口を本格的に見据え始めた。賃金上昇を伴う物価上昇の定着へ「見通しが実現する確度は、引き続き、少しずつ高まっている」と公表資料に明記した。

 

マイナス金利政策の解除など金融政策の正常化は、民間の活力を最大限に引き出すための「金利のある経済」へ向けた大きな一歩となり得る。円滑な出口に向けた環境を入念に整えてほしい。

 

23日に終えた金融政策決定会合では緩和策の現状維持を決めた。一方、新たに公表した先行きの経済・物価見通しでは、目標とする内需主導の2%の物価上昇が実現する確度を巡り、「高まっている」との表現を加えた。

 

植田和男総裁は記者会見で、根拠として「これまでの物価見通しに沿って経済が進行しているということが確認できた」と語り、今後の目標達成に自信を示した。

 

新たな見通しでは、2024年度の物価上昇率の予測を前回の2.8%から2.4%へと下方修正した。昨秋以降の原油価格の下落を反映したもので、家計や中小企業を苦しめる海外発のインフレ圧力の減退を示すといえる。

 

25年度は1.7%から1.8%へと上方修正した。物価上昇の主役が海外要因から賃金など内需主導に切り替わりつつ、目標の2%に近づいていく姿を描いた。

 

今後は春季労使交渉の行方に加え、賃金上昇を適正に価格に転嫁する動きが広がるか、「物価超え」の賃金上昇が実現し消費を刺激するかを見定めることになる。

 

海外経済に不透明感が漂うなか拙速な判断は景気や市場を混乱させるリスクを伴う。年初から相場が大きく上昇した株式市場も、金融政策を巡る思惑に敏感になっている。精緻な情勢判断や丁寧な市場との対話を改めて求めたい。

 

出口への円滑な移行には、マイナス金利解除後の政策運営の姿を市場に示すことも重要になる。植田氏が会見で「現時点での物価・経済・金融見通しを前提とすると、大きな不連続性が発生するような政策運営は避けられる」と明言したことは評価したい。

 

マイナス金利解除後の利上げは情勢を見極めつつ慎重に検討する方針を示したほか、市場安定のための長期国債の購入は続ける姿勢を示唆した。政策金利の最終的なメドをどこに据えるかを含め、金融政策の将来像を巡る情報発信に力を入れてほしい。

 

添付資料:② 裏金と安倍派 幹部の責任追及、国会で(1月28日付け東京新聞社説)

 

 自民党派閥による政治資金パーティー裏金事件の中、召集された通常国会。裏金の実態解明と政治責任の明確化、再発防止のための政治改革が議論の焦点だが、安倍派は6億円超を裏金化しながら幹部の責任を明確にしていない。国会で厳しく追及するよう求める。

 

 自民党の党改革に関する中間報告は、裏金づくりの経緯や使途には触れず、政治資金規正法改正の具体案も示していない。捜査対象となった派閥や議員に「必要な政治責任を果たすよう求める」と記しているが、安倍、二階、岸田各派は解散を決めた一方で、幹部の責任は明らかにしていない。

 

 起訴されていない萩生田光一前政調会長や西村康稔前経済産業相ら安倍派幹部は100万~2700万円余が政治資金収支報告書に不記載だったと明らかにした。

 

 しかし、不記載の理由は説明せず「知らなかった」「秘書に任せていた」と責任逃れに終始した。そればかりか同派幹部や所属議員は「安倍(晋三元首相)さんに申し訳ない」と口をそろえた。

 

 主権者たる国民でなく、かつて派閥を率いた安倍氏への謝罪を重んじる感覚は、理解に苦しむ。謝罪する相手を間違えている。

 

 安倍派幹部はまず衆参各院の政治倫理審査会に出席し、自ら説明するよう申し出るべきだ。政倫審での弁明を拒むなら証人喚問や参考人招致に、自民党も同意すべきである。刑事処分が決まった以上、捜査への影響を理由にした沈黙は許されない。

 

 裏金の実態を解明すれば、規正法の問題点も明確になる。

 

 裏金の温床となった政治資金パーティーは、全面禁止、もしくは企業・団体へのパーティー券販売禁止や現在20万円超の購入者名公表の基準額引き下げに取り組むべきだ。この機に企業・団体献金を全面禁止したらどうか。

 

 会計責任者だけでなく議員も処罰される連座制の導入も急ぐべきだ。党が議員個人に支出する政策活動費、国会議員に月100万円が支給される調査研究広報滞在費(旧文書通信交通滞在費)はいずれも使途公開が必要と考える。

 

 こうした改革案はすでに野党各党や公明党が示しており、自民党は謙虚に耳を傾けるべきだ。政治への信頼は、あらゆる政策遂行の前提である。今国会で抜本改革ができなければ、自民党に政権担当の資格はないと自覚すべきだ。

 

添付資料:③ 「物価と春闘 労使の真価が問われる」(1月25日付朝日新聞)

 

日本経済の今後を左右する今年の春闘が本格化する。緩やかな物価上昇とそれを上回る賃金の伸びを定着させるための正念場だ。労使ともに真価が問われる局面であり、十分な水準の賃上げを確実にするとともに、その裾野を中小企業にも広げていかなければならない。

 

昨年の消費者物価は3・1%上昇した。賃上げが追いつかず、実質賃金は昨年11月まで20カ月連続で前年を割り込んでいる。働き手の暮らしを守るためには、今春闘での大幅な賃上げが必須だ。

 

日本銀行は、賃金上昇を伴った形での年率2%の物価上昇の実現を目指している。昨年までの物価高は海外の資源高が起点だったが、その勢いが鈍るなかで、賃上げが主導する安定的な物価上昇の道筋が描けるか、見極めが求められる状況だ。今春闘はその成否のカギも握っている。

 

労働組合の中央組織・連合は、「前年を上回る賃上げ」を目標に掲げた。賃金体系を底上げするベースアップ(ベア)で3%以上、定期昇給込みで5%以上の賃上げを目指すという。  経団連も、十倉雅和会長が「昨年以上の賃金引き上げに果敢に取り組んでいく必要がある」と述べ、春闘の指針では、ベアを「有力な選択肢」として検討するよう会員企業に呼びかけた。好業績を背景に、賃上げを早々に表明した大企業もある。  

 

過去四半世紀、日本では賃金低迷が続き、経団連は過去の春闘で「ベアは論外」などと主張していた。政策の支えも受けて毎年のように史上最高益を塗り替えるようになっても、賃上げに消極的な姿勢が払拭(ふっしょく)されてこなかった。  

 

仮に今春闘でも、全体でみて実質賃金が回復しないような水準の回答しかできなければ、経済の好循環を阻んだ責任が問われるだろう。賃上げの勢いの維持・強化を「経団連・企業の社会的な責務」と位置づけた指針にたがわぬ行動を求めたい。  

 

連合も、昨年の賃上げ率が物価に追いつかなかった現実を直視し、緊張感を持って今春闘に臨むべきだ。賃上げを望む声は社会的にも高まっており、この機を生かせなければ力量が疑われかねない。  

 

今春闘で特に重要なのは、働き手の7割が勤める中小企業に賃上げの流れを広げることだ。そのためには、中小企業に仕事を発注する大手企業側が、人件費を含めた適正な価格転嫁を受け入れることが欠かせない。大企業の経営者はその責任の重さを自覚し、取引先も含めた賃上げ実現に力を尽くす必要がある。

 

 


[1] なお、故事ことわざ辞典によれば、「「巧遅は拙速に如かずとは、上手だが遅いよりも、下手でも速いほうがよいということ。」、「巧遅」とは、出来はよいが仕上がりまでが遅いという意味であり、「拙速」とは、出来はよくないが仕事が早いという意味であり、場合によっては、ぐずぐずしているより、上手でなくとも迅速に物事を進めるべきだということ」です。兵法家の孫子が、戦争は戦術がよくないものであったとしても、迅速に行動し早く終結させるのがよいと説いた言葉に由来します。

[2] 若手作家古谷経衡氏による2021年2月のニューズウィーク日本版の記事に基づき、以下、森氏から始まったとする日本の右傾化の動きを整理したものです。古谷氏の分析は極めて説得的なため、是非原文も参照されることをお勧め致します。