元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

「経済崩落7つのリスク」、
「マネー資本主義を制御せよ!」、
「緩和バブルがヤバい」、
「日本復活のシナリオ」等の著者による世界経済と国際金融市場のReviewとOutlook

「国家の盛衰を決めるのは、政治経済体制が収奪的か包括的かの差にある」(アシモグルら)

2024年8月マンスリー:日本発ブラックマンデーを徹底解剖し、その教訓を正しく学ぶ

次のブラックマンデーは日本発? それとも米国発?

2024年8月31日(土)

青天の霹靂(へきれき)8月5日の日本発ブラックマンデー

良識のある一般国民や投資家なら、2024年8月5日(月)に突発した真夏のブラックマンデー再燃を軽々に忘れてはなりません。

日本発と見て間違いない青天の霹靂となった今回の月曜日の相場大暴落(ブラックマンデー)に関しては、表層的で浅薄な報道も少なくなく、あげくの果てにはその意義を矮小化し、できれば忘却の彼方に葬り去りたいとさえ願っているかに見えるアンフェアな識者も少なくないようです。後述するように、誠に遺憾ながら、植田日銀総裁もどうやらその代表者の一人のようです。

そこで、本8月マンスリーは日本発の真夏のブラックマンデーを徹底的に解剖し、その教訓を正しく学ぶことを目指します。特に、このような未曾有のクラッシュが繰り返される恐れが強いこと、また、国際金融市場における日本発か米国発かのいずれの場合であっても、結局、私たちが大惨事からどうすれば身を守ることができるか等を中心に以下解説します。

加えて、今回のような日本発ブラックマンデーではなく、米国発ブラックマンデーが再び突発した場合には、日本経済規模(名目GDP)約600兆円の2倍を大きく超える約1500兆円の富が米国株式市場で瞬時に吹き飛んでしまうリスク等も客観的に示します。

ところで、世界経済と国際金融市場を一時震撼させた日本発ブラックマンデーではありましたが、その後は幸いにも8月末に向かって日米株価ともに急回復を示しました。

とくに、NYダウは、主として9月19日(木)開催予定の次回FOMCでの米利下げ期待等を背景に、9月2日(月)のレイバー・デー(勤労感謝の日)三連休を控えて、今夏の終わりを楽しむかのように、8月末に向けて連日のように史上最高値を更新し続けました。

また、日経平均株価もその後は基本的に米株に連れ高傾向となり、8月31日(土)午前6時の大証日経225先物終値は、今夏の日本発ブラックマンデーの悪夢をまるで全て忘れ去ってしまいたいのではと思うほどに、平成バブル高値(約3万9千円)を再び突破して、3万9060円で引けています。

もっとも、日経平均株価とドル・円レートの月足チャート(上図)を見れば、8月には日本株と日本円が共に陰線で終了しており、8月5日の日本発ブラックマンデーの深い傷跡が刻まれ続けていることも否定できない確かな事実です。

いずれにしても、来週9月2日(月)から開始される9月相場は、8月末に向けての回復基調をそのまま延長すれば、8月5日に完膚なきまでに叩きのめされた、低金利の円を売り、高金利の米ドル等のリスク資産を買う円キャリートレードが、このまま再び活気付くことで、秋晴れ快晴の空が続いて行きそうな雲行きではあります。

もっとも、それは単なる蜃気楼に過ぎないのかもしれません。というのも、ブル(強気)派が9月相場で逆転勝利するためには、国際金融市場が9月米利下げ期待をほぼ100%織り込んでしまったとは言え、次回FOMC前に、9月6日(金)公表予定の米8月雇用統計のみならず、9月11日(水)予定の米8月CPI等のハードルを次々に軽々とクリアして行かなければなりません。

これらはパウエル議長が風光明媚な西部ワイオミング州のジャクソンホールで毎夏開催される恒例のFRBセミナー(8月23日(金))でもそのように主張し、市場がそれを信じ込んできてしまっているように、9月利下げは確実であり、当面の主要経済指標はそれほどまでに容易な障害物に過ぎないのでしょうか。

少なくとも筆者は懐疑的であり、パウエルFRBには中立金利が低すぎるというアキレス腱が存在するだけでなく、好調過ぎるいわゆる資産効果によって、早晩それが傷み出し始める恐れなしとしまいのではと懸念します(詳細は先月の筆者7月マンスリーをご参照)。


日経平均株価4451円安 下げ幅ブラックマンデー超え最大

さて、今回の8月マンスリーは8月5日に起きた青天の霹靂となった日本発ブラックマンデーの徹底解剖が主題であることは冒頭で強調した通りです。前置きが長くなり過ぎましたが、以下早速、詳しく振り返って見ましょう。

8月「5日の東京株式市場で日経平均株価が急落し、前週末比4451円(12%)安の3万1458円で終えた。下落幅は米国株急落が世界に飛び火したブラックマンデー翌日の1987年10月20日の3836円安を超えて、過去最大となった」と、日本経済新聞はその翌日(8月6日)朝刊で切迫した状況を的確に描写しています。

また、同時に「日経平均は下落率でも歴代2番目となっており、終値で2023年10月以来約9カ月ぶりの安値水準をつけた。」とした上で、例えば「三井住友フィナンシャルグループや第一生命ホールディングス、東京エレクトロンなど日本全体で800を超える銘柄が、制限値幅の下限(ストップ安水準)まで下げた」と同新聞は生々しく報道しました。

実際、大阪取引所は、8月5日午後1時30分ごろに、日経平均先物に売買を一時中断する「サーキットブレーカー」を発動し、前週末比の下げ幅が制限値幅の8%に達したため、相場急変時に投資家に冷静な判断を促すための異例の措置を実施せざるを得ませんでした。その後も、売りは売りを呼び、同日午後2時30分ごろには、再びサーキットブレーカーが発動された等と、日本金融市場における当時の深刻な状況を同記事は冷静に伝えています。

いずれにしても、現物株を長期保有する投資家であればまだしも、信用取引でレバレッジを効かせていた短期投機家等は突然の相場暴落で追証に迫られ、保有株の投げ売りを余儀なくされた挙句、多額の損失を被った人も少なくないのかもしれません。


8月5日のブラックマンデーは米国発でなく日本発

しかし、このような歴史的な乱高下となった金融市場をテーマに、8月23日(金)衆参両院で閉会中審査が開かれたものの、市場の混乱後、初となる公の場で、植田日銀総裁は、「市場は引き続き不安定な状況で、極めて高い緊張感を持って注視する」と述べたのは当然としても、「株式相場の暴落は、2日に公表された米雇用統計が市場予想を下回り、米国の景気後退懸念が強まったことが大きい」などと冒頭で強弁し、日銀の責任をまるで米国経済の不調さに転嫁するかの様に見えたのは、誠に遺憾と言わざるを得ません。

なぜなら、2024年8月5日に発生した日本株大暴落と急激な円高という国際金融市場にとっての未曾有の大惨事は、端的に言えば、それまで継続して来ていた低金利の円を売り、高金利の米ドルやその他リスク資産を買うという円キャリートレードの巻き戻しに他なりません。そうであれば日銀の金融政策そのものが8月5日のブラックマンデー大暴落の核心そのものであったことになりはしないでしょうか。

しかも、1987年10月に突発した悪名高き米国発ブラックマンデー(1営業日で世界中の株式市場が2割以上暴落し、日本株は例外的に約15%の下落で済んだ)のデジャブというよりも、今夏のブラックマンデーはむしろ日本発であったことに最大の特徴があるからです。

今回のブラックマンデーが日本発だと断定できる理由の第一には、日本株暴落の度合いが米国株のそれよりも明らかに厳しかったことが挙げられます。

例えば、今回の日本発ブラックマンデーでは、確かに当日の月曜日にマイナス12.4%の急落を記録し、8月1日(木)からの翌月曜日までの3営業日間の日経225の累積下落率はマイナス20.8%にも及びました。

これに対して、日本発ブラックマンデー)直前の前週8月2日(金)の取引では、米国株は同日早朝に発表された市場予想をやや下回った米7月雇用統計を受けて下落しましたが、日経平均株価と相関の高いナスダック総合指数で見ても、1営業日でマイナス2.4%の下げに止まっていました。また、同総合指数の8月1日(木)から翌週5日(月)の3営業日間の累積下落率もマイナス8.2%に過ぎませんでした。それら米国株下落は必ずしも小さい下げとは言い難い「ミニ・ショック」ではありましたが、日経225の累積下落率マイナス20.8%に比肩するものでは決してありませんでした。

第二に、日本発ブラックマンデーでは、同時に、東京外国為替市場で、対ドルの円相場が一時1ドル=141円台まで急伸しました。つまり、「円買い・日本株売り」の動きが加速したことが、日本発ブラックマンデーのもうひとつの大きな特徴でした。

第三に、これら日本発ブラックマンデーの大暴落が続いた3営業日間の直前の7月31日(木)には、まず日銀が0.25%への追加利上げを決めています。加えて、この日銀金融政策決定会合後の定例記者会見で、植田日銀総裁が今後の更なる利上げの継続にかなり前向きな姿勢を示しました。これらが今夏の日本発ブラックマンデーという日本株暴落と急激な日本円の買い戻しへの導火線となったと見ることは決して不自然ではありません。

第四に、他方、米国ではこの日銀会合翌日の8月1日(金)に、FRBが米金融政策を決定するFOMC(公開市場操作委員会)で政策金利の現状維持を決めました。しかし、その直後の定例記者会見でパウエルFRB議長が次回9月FOMCでの利下げの可能性をかなり明確に示唆しました。

確かに、同議長による9月米利下げの強い示唆はドル安・円高につながりやすく、実際、為替市場はそのように反応しました。しかし、米利下げとなれば、本来、米雇用拡大と持続的経済成長に資することも想定され、パウエル議長による利下げ示唆そのものが米国株を下落させ、引いては、翌週月曜日の日本株急落の直接的な原因を形成したと見ることはかなり困難です。

例えば、著名米エコノミストのポール・クルーグマン教授は、8月初頭の「米株下落は米雇用統計ではなく、日本株安からの伝染」などとし、 「 株式市場の動きに関するメディアの説明を決して信じないでください」と述べた上で、「弱い雇用報告は、長期金利を下げて(米)株価を押し上げる可能性があります (実際にそうなりました)」、加えて、むしろ「これは日本からの伝染だったのでしょうか?」等とタイムリーにツイートしていたことがかなり印象的でした。

こうして、2024年8月5日のブラックマンデー(月曜日の株価大暴落)は、0.25%への追加利上げ実施と今後の利上げ継続を示唆した我が国金融当局のタカ派的な姿勢が、日本円の買い戻しを伴った日本株大暴落を自ら招いてしまったという意味で、日本発ブラックマンデーと見て間違いありません。


日銀追加利上げは完璧なビハインド・ザ・カーブ

いずれにしても、日銀は、我が国のインフレが目標2%を超え始めて、FRBがほぼ同じ時期に大幅連続利上げを開始した2022年春先であるならともかく、2024年夏ごろになってようやく金融政策の正常化を急ぐのでは、余りにも遅すぎると言わざるを得ません。

事実、2%を超えるインフレを2年間を超えてまでこれまで許し続けてきただけでなく、一方で、購買力平価と見られる1ドル約108円から、一時は162円までもの極端なドル高・円安を許しただけでなく、他方で、日経平均株価が平成バブル高値の約3万9千円を大きく超えただけでなく、さらに一段と急伸し4万2千円台を突破した株式バブル増幅までも許し続けることで、日銀を中心とする我が国の政策当局は、インフレ、通貨、そして株バブル等の制御不能に完全に陥ってきてしまいました。

このような低金利の日本円を売り、高金利の米ドル等を代表とする広範なリスク資産を買うという円キャリートレードを増幅させた結果として、日本財務省がついに2024年4月の祭日に当たる昭和の日(29日)以降、大規模単独覆面為替介入を断続的に繰り返えしたあげく、遅きに失した7月31日の日銀追加利上げによって、それまで続いてきた極端な円キャリートレードの急激で巨大な巻き戻しを誘発して、8月5日の日本発ブラックマンデーを引き起こしたことになります。

間違ってはなりません。これは1987年のような米国発ブラックマンデーではなく、令和6年8月5日真夏のブラックマンデーは日本発なのです。

ところで、日銀は国民にとっての物価と通貨の番人としての役目を既に放棄しているのも同然であり、日本政府・財務省の番犬に成り下がってしまっているかに見える我が国の中央銀行たる日本銀行は、城山三郎の名著「小説日本銀行」以来、その日銀法が1997年に形式上大幅改正されていたとはいえ、その実態はほとんど何も変わっておらず、過去の教訓を少しも学んでいないと言わざるを得ません。

いずれにしても、日銀がようやく利上げ継続の姿勢を明らかにし始めて来ているように見える一方で、他方で今度は米FRBがそのアキレス腱に盲目であるかのように利下げ姿勢に明確に転じてきています。

こうして、日米の金融政策の間の大きな矛盾が一段と拡大することで、今後、国際金融市場での何らかの悪材料等を契機として、8月5日の日本発ブラックマンデーをさらに増幅した大惨事を再び招きかねないのではないでしょうか。


(一部省略)


1987年10月19日月曜日のブラックマンデーは、こうしてFRBの金融政策と米国政府財務省による為替政策とドイツ当局との間の国際政策協調における根本的な矛盾を巡って起こったのです。

金利上昇と景気後退の懸念。期待成長率の屈折。このような経済ファンダメンタルズに関する将来期待が大変化したと考えられます。投資家心理の悪化、ポートフォリオ・インシュアランスを確保するための指数先物への大量かつ集中的な売り等は、この市場の疑心暗鬼を増幅する触媒に過ぎなかったのではないでしょうか。しかし、過大評価されていた株価が急落し一旦売り圧力が強まれば、売りが売りを呼ぶポジテイブ・フィードバック・メカニズムが働いた事は言うまでもありません。

いずれにしても、グリーンスパンFRB議長は金融システムに大量の流動性を供給し続け、株価の反転を促しました。各国の中央銀行もFRBに続きました。そして、世界中の金利が低下しました。これらが効を奏し、米国と世界の金融市場のメルト・ダウン(崩落)は、回避されました。しかし、同時に、内外金利差を維持することによってドルを安定化させるという政策は、完全に放棄されました。ドルはルーブル合意の水準よりも遥かに切り下がりました。

一方、円高は一層進展し、日本の金融政策は一段と緩和されました。こうして、米国発のブラックマンデーは終息したものの、バブルの新たな火種は、この時、日本へ確かに飛び火していたのです。

この意味で、米国発のブラック・マンデーと平成バブルの生成・崩壊は双子のクラッシュと見るべきでしょう。

ここで見落としてはならないことは、株式リスク・プレミアムの変化が将来の期待成長率を変動させるメカニズムも同時に働くことです。平成バブル崩壊期に、金融引締め政策に転じた日銀は、資産バブルを根絶するとして、日本の期待成長率を極端に引き下げた懸念があります。これがバブル崩壊を長引かせ、また深刻化させたことは間違いないでしょう。

米国では、グリーンスパン議長(当時)が、1990年代後期に株価が高騰を続ける中で、インフレ懸念なき生産性の上昇が見られるとして、ニュー・エコノミー論を煽ってしまったことも間違いありません。

このようにブラックマンデー、平成バブル及びITバブルをケース・スタデ゙ィすると、経済政策、特に金融・為替政策がバブルの生成とその崩壊に与える影響力が甚大であることが理解できます。

バブルは自己実現的に膨張するという側面は確かに存在します。しかし、バブルのすべてが、市場で自然発生的に生成し、そして崩壊したのではありません。つまり、バブルは、天災というよりも、人災なのです。

株式市場は、この時確かに失敗しました。しかし、政府・財務省および中央銀行等の政策当局はもっと失敗していたかもしれません。

そうであれば、クラッシュは必ずしもランダム・ウォークがもたらしたものではありません。スマート・マネーはこれらのファンダメンタルズ要因に注目することで、クラッシュのトリガーを発見することは可能ですし、クラッシュを回避することも出来るはずです。

これは何と朗報ではありませんか!


次のブラックマンデーは日本発? それとも米国発?

いずれにしても、1987年10月のブラックマンデー後に日本では平成バブルが生まれ、そして1990年以降平成バブルが崩壊し、その後30年間を超える長期経済停滞に陥ってきています。

ところが、日銀によるいつまでも止めない異次元金融緩和が仇花となり、2024年7月には大幅円安を背景として、平成バブルを超える令和バブルが沸騰し、日経平均株価は7月マンスリー日経225先物・オプション取引のSQ日(清算日)前日の7月11日に4万2千円強の史上最高値を記録しました(付録:「日経225先物と同オプション取引の威力と魅力」ご参照)。

その興奮が冷めやらない矢先の8月SQ日(8月9日)の週の月曜日に当たる8月5日に青天の霹靂となる日本発ブラックマンデーが発生したのです。これらは単なる偶然なのでしょうか。

いずれにしても日本発ブラックマンデーは一過性で済むのでしょうか。むしろ、大暴落は今後も頻繁に繰り返されていくのではないでしょうか。

なぜなら、日米間の金融政策の矛盾は当面解消されそうにないためです。国際政策協調が期待できない中で、特に、少子化、長期消費停滞、通貨安、インフレという4重苦に苦しむ中で、日本発ブラックマンデーを経験したばかりの我が国は、早ければ今秋にも一段と増幅された戦後最大の経済危機に直面する可能性を否定できないのではと危惧せざるをえません。

なかんずく、筆者が最近驚愕したのは、8月30日に発表された東京都区部8月消費者物価指数(CPI)の明らかなインフレ加速の兆候でした。

今夏の日本発ブラックマンデーによる急激な円高反転で、輸入物価が押し下げられたこと等を背景に我が国のインフレが減速したのではとの大方の予想に反して、8月東京都区部CPIは前月比で総合、コア、コア・コアベースで、それぞれ+0.6%(単純年率+7.2%)、+0.5%(単純年率+6.0%)、+0.4%(単純年率同+4.8%)を記録して、明らかにインフレ加速の兆候を示してきています。

特に、同統計の中で、コメの前年同月比が7月の約+17.7%から8月には前年比+26.3%へと急拡大しており(総務省の東京都区部CPI原データの11頁目)、令和の米騒動がいよいよ本格化してきているようにさえ見受けられます。

加えて、7月の日本のPPI(生産者物価)は前年同月比+3.0%(前月比+0.3%)と米国の7月PPIの前年同月比+2.2%(前月比+0.1%)をかなり凌駕していることにも注目されます。

いうまでもなく、PPIはCPIのいわば川上に位置し、前者は後者の先行指標であることは日米両国における経済学の共有財産と言って間違いありません。

ところで、城山三郎の名著「小説日本銀行」は、戦後直後に日本銀行が復興金融公庫(現日本政策投資銀行の前身)の発行した金融債を、戦後に日銀が大量に買い取ったことが主因とされる大インフレ、すなわち「復金大インフレ」を題材とした小説として有名です。

まるで、先の戦争直後における日銀量的緩和の元祖QE版ともいえる「復金大インフレ」が、いま正に亡霊のように令和の米騒動を含む制御不能なインフレ加速となり、再現されつつある予感さえ禁じ得ないと言えば誇張になるでしょうか。

いずれにしても、インフレ大加速という赤信号がいま点滅中とみて間違いないでしょう。植田日銀はさらなる利上げに年内中に向かわざるを得ない客観的な経済環境がいま生まれつつあると見ざるを得ません。

他方、米国では景気減速の兆しがほとんど見られない中で、単にデイスインフレが見られてきたと言うだけで、パウエルFRBは生活費高騰の危機という物価水準それ自体の高さや、史上最高値を更新し続ける米国の株価や住宅価格を一段と煽りかねない利下げ開始を9月以降に明らかに視野に入れてきています。

中立金利が低すぎるというパウエルFRBのアキレス腱の存在には、同議長はほとんど盲目のようです。もしFRBにとっての中立金利が現在の0.75%から、長期実質GDP成長率と整合的な約2%へと引き上げることが本来望ましいのであれば、FRBは今後利下げどころか、早晩、利上げにさえ迫られる確率は決してゼロではありません。

そうなれば、米国名目GDP水準(約29兆ドル)と米株式市場時価総額(約51兆ドル)を所与とし、仮に米国発ブラックマンデー再発で一営業日にマイナス20%の下落となれば、米株式市場の時価総額は10.2兆ドル(約1479兆円)が吹き飛ぶことになります。

日本経済規模(名目GDPは約600兆円)の2倍をかなり超える富が失われる衝撃波は、米国のみならず日本や世界全体に甚大な悪影響を及ぼし世界大恐慌が再来する懸念さえ必ずしも否定できないでしょう。

バブルには対立する二つの流派があります。

一つはバーナンキ元FRB議長に代表されるようなバブル後始末派があり、バブルは識別困難だとし、また金利は市場への影響が大きすぎるとし、さらに金利よりも規制やバブル崩壊後の後始末をすることで事足りるとするいわば「左派」の見解が存在します。

もう一つは、テイラー教授(元財務次官補)に代表さえるバブル退治派であり、バブル識別は容易でないとしても可能であり、また金利でバブルは制御可能とし、さらに大胆な金融緩和と緩慢な利上げという非対称性は、経済主体によるリスク・テイクを助長し、様々なモラル・ハザード(倫理弛緩)を蔓延させ、深刻化させかねない等と主張するいわば「右派」が存在します。

植田日銀総裁とパウエルFRB議長は、誠に遺憾ながら、共にバブル退治派には明らかに属さず、バブル後始末派と見られることは、今後の日米金融政策にとってかなりの懸念材料として残ると言わざるを得ません。

ブラックマンデーは一過性とは言い切れず、問題は次のブラックマンデーが2024年8月5日のように日本発となるか、1987年10月のように米国発となるかの違いと、その時期だけなのかもしれません。


まとめ

我が国の金融政策正常化はあまりにも遅すぎるだけでなく、今度は米FRBがそのアキレス腱に盲目であるかのように利下げ姿勢に明確に転じてきていることで、日米間の金融政策の矛盾が一段と増幅すること等で、今後、国際金融市場での何らかの懸念材料を契機として、8月5日の日本発ブラックマンデーを超える大惨事が繰り返されないとは限りません。

いずれにしても、米国資産バブルがいま一段と増幅されようとする中で、米国がクシャミをすれば、日本は肺炎どころか重篤となるおそれなしとしないでしょう。

2019年に刊行されFT/マッキンゼー「ビジネスブック・オブ・ザ・イヤー」を受賞した名著「グリーンスパン なんでも知っている男」の著者マラビー氏は、同書の終章で次のように述べています。

「金融政策の焦点をインフレに絞ったことで金融の危険性への目配りがおろそかになった。グリーンスパンの退任後、FRBは正式にインフレ・ターゲットに踏み込み、残念ながら問題を複雑にした。」

加えて、「バブルとの闘い」と「物価の安定」では、よりたやすくみえた後者を重んじた、と述べています。

最後に、本マンスリーが迫りくるかに見える日本戦後最大の政治経済金融の同時複合危機を乗り越えて、我が国復活の道しるべの一助となることを、心から祈念して結びとします。



中丸友一郎
元世界銀行エコノミスト

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