内と外からあなたらしく生きる -6ページ目

コーチやカウンセラーが気をつけたいこと 〜この人は人生を生き抜いていく力のある存在なんだ〜

コーチ、カウンセラー、

心理プロフェッショナルが、

ていねいに、ていねいに、

気をつけたいこと。 

 

それは、「許可をとる」ということ。

頼まれてもいないのに、

いきなり、スキル的に関わらない、

ということです。

日常生活であっても、仕事でも。

 

わたしも国内外問わず、

コーチング、カウンセリング、NLP、

催眠療法、ヒーリングなどなど

自己啓発にはかなりの時間とマネー

を投資をしてきましたが、

昨今は、ほんとうにいろいろな

セミナーや流派がありますね。

 

コーチングやカウンセリングの

資格を取るために、

100時間以上のセッション

をこなしたりするわけなので、

それがふつう」のコミュニケーション

になってしまい、日常生活でも、

コーチング的、カウンセリング的会話

になる傾向があったりします。

特に学びはじめのころは。

 

しかし、心理業界の

仲間同士でばかりつるんでいると、

「ほんとうのこと」が

見えなくなっていってしまう可能性

もある、ということを知っておく、

ことはとても大切だと思います。

(そうすべきでない、

ということとは違います)

 

実際、こういった心理業界とは、

まったく違う世界で活躍されている

「それがふつう」でない方々から、

 

「なんか…こわいです」

「関わるぞ〜みたいなのがちょっと…」

「頼んでないのに…って感じなんです」

「逆に彼らに癒しが必要なんじゃ」

「オレたちイケてるみたいな感じで仲間に引き入れようとされて…」

 

というお声をチラホラとお聴きします。

 

コミュニケーションは、

まず「信頼」ですから、根底に、

相手はスキルというよりも、

「この人に聴いてもらいたいか」

否か、からはじまっていくわけで。

 

「あなたにお願いしたいです」

「あなたに関わってほしいです」

と意思表示されていないにも関わらず、

 

⚫︎勝手に「根掘り葉掘り」したり、

⚫︎突然フィードバックしたり、

⚫︎全力でアドバイスしたり、

⚫︎早々に行動を提案したり。


(特に学びはじめは、自分自身の

クリアリングが不十分だったりして

フィードバックが主観的になることも)

 

このような関わり、

日常生活で、

セミナーの最中で、

SNS上でも、

見かけることがありますよね。

 

つい血が騒いでしまったり、

熱が入ってししまって。

そこに想いがあるんですよね。きっと。

 

しかし、もはやそれは、

インベーダーでしか

ありません。

国を超えた侵略行為なのです(笑)

 

そもそも、いきなり、

 

●「とっても〜なふうに見えるよ」

●「あ、今、受け取ってない感じがする」

(受け取ってないのはじぶんです…)

●「なんか閉じてる感じがする」

(じぶんが閉じているのです…)

●「〜してみなよ。チャレンジ!!」

 

だとか、迫られた側は、

不意打ちをくらい過ぎて(笑)

心が安まるどころか、

逆にまるで手術されたかのように、

後遺症が残る可能性もあります。

 

盾を準備していないのに、

槍が飛んできたら、焦ります。

フェアじゃありません。

戦国時代になってしまいます。

 

ですから、

 

===========

 

スキルを学ぶよりもまず、

 

「どんな状況でも、

この人はこの人の人生を

生き抜いていく

力のある存在なんだ」

 

と信じて待つ姿勢を、

細胞レベルで理解することが

大切だと思っています。

 

===========

 

 

そのことには、

とてもとても、

敏感でありたいのです。

 

コーチ、カウンセラー、

心理プロフェッショナル

さんが、この世界を

満たしていきますように。

 

もっと言ってしまうと、

 

****************

 

ひとが、ひとで、ある限り、

わたしたちは、

おたがいに、

生かし、生かされている。

 

この世界の誰もが、

たとえ、通りすがりの

ひとであっても、

お互いに、お互いを、

癒せる、

安心させられる、

勇気づけられる、

存在なのです。

 

****************

 

わたしは、

そう思っています。

 

そして、心理プロフェッショナルは、

ときには、つい熱が入ってしまう、

こともありうるのだということも、

プチお見知り置きいただけたら、

嬉しく思います。人間だもの。

 

いまいちど、自戒を込めて(汗)



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内なる肝から言霊を紡いでゆく 〜ほんとうのことばを〜

1年放置プレイでした(笑)

ブログを再開したわけですが、

前回から少し間が空きましたね。

 

というのも、

 

わたしの根底にある想いとして、

 

「じぶんの深々としたところからの

言葉をこの世界に発していきたい」

 

というのがあります。

 

内なる肝から

言霊を紡いでいきたい

 

のです。

 

どういうことかと申しますと、

 

わたしが発するひとことは、

わたしの大切なひとたち、

わたしの今日関わる人たち、

この社会で日々起こること、

この地球で巻き起こること、

 

その、ひとつひとつに、

影響を与えているからです。

 

今日、道端で、

通りすがりのひとに、

かける、ひとこと。

 

今日、家庭で、

大切なひとに、

伝えるひとこと。

 

今日、カフェで、

お友だちと、

話す、ひとこと。

 

今日、オフィスで、

盟友に、

語る、ひとこと。

 

そのひとことが、

この世界に、

ものすごい影響力をもっている

 

そういう意識をもって、

生きていたい、

と思っています。

 

いつなんどきも

聖人君子のように

正しき言葉を

 

ということではありません。

 

わたし、漢字、苦手です(笑)

四字熟語も、得意ではありません(笑)

むずかしいことわざも、微妙です(笑)

 

家族との、

お友だちとの、

道端ですれ違う人との、

 

どうということもない、

たわいもない、

おしゃべりも、

大好きです。

 

ただ、

 

「自分のほんとうの言葉を

しゃべっているか」

 

には、

とてもとても、

敏感でありたいのです。

 

言葉というのは、

とてもストレートで、

とてもダイレクトで

とてもわかりやすく、

とてもインパクトがある。

 

ズキュンと、

人間の頭に、

人間のハートに、

人間の身体に、

入ってくるから。

 

そして、

言葉にしたとたんに、

 

ほんとうの想い、

ほんとうの願い、

ほんとうに伝えたいこと、

 

その1000%表現したいとこから、

薄まったり、

ニュアンスを変えたり、

訳語がなかったり、

して、かたちを変えてしまうから。

 

わたしの頭、

わたしのハート、

わたしの身体、

細胞レベルで、

五感で感じていること、

それら全身で感じていること、

を翻訳することだから。

 

だから、

たいせつに、

ていねいに、

ことばを使っていきたい。

 

世界は、とっくに、

原因と結果の二元論

「こうしたから、この結果」

ではなくなっていると思います。

 

今日のわたしのひとことが、

地球の裏側の誰かに影響を与え、

地球の裏側の誰かの意図が、

世界のあの出来事に関係し、

世界のあの出来事によって、

明日のあなたの想いに影響を及ぼす。

 

 

そうやって、

綿密に、

複雑に、

絡み合い、

網目のように、

螺旋のように、

リンクしあいながら、

 

わたしたちは、

予想不可能なラビリンスに、

生きている。

 

絶対的ルールは、

もはや、ワークせず、

なにが起こるか、

わからない、

びっくりするような、

カオスや、

奇跡を、

みることができる、

そういう時代。

 

そんなことに想いを馳せていたら、

ブログの更新に

少し時間がかかりました(笑)

 

ほんとうの言葉を紡ぐには、

なによりも、

 

瞑想、

グラウンディング、

自然のなかに行くこと、

好きなことでワクワクすること、

 

ひとによっていろいろでしょうが、

つまり、自分の内側とつながること。

 

そういうときは、

頭でかんがえなくとも、

ひとりでに、

ことばが溢れ出してくる。

手がついていかないくらいに。

ことばの音符が、

ふくらんでくる。

 

そこから、

言霊を発していくこと。

言葉を紡いでいくこと。

 

そのたいせつさを、

いまいちど、再確認した、

今日このごろですドキドキ

 

 


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軽井沢旅行記② 〜起こってくることを、受け入れながら、内なる至福を知っておく〜

昨年、軽井沢に行ったときのこと。

つづき。

 

人生のごほうび。

 

ときどき、

あぁこれは与えられたご褒美だなぁ

と感じるときがあります。

 

ご褒美の時間、

ご褒美の出逢い、

ご褒美のお取り計らい、

あらゆるかたちでさまざまに。

 

肩肘張って

「くぅぅ〜どうにかしてやる〜!」

とか、固執して

「どうしても、絶対に、絶対に、

これをくださいぃ〜!」

とかなっているときよりも、

 

「ほほう、そうきましたか〜」

とアンテナを張りつつも、

起こって来ることを、

受け容れているときに、

それは来る気がします。

 

起こってくることを

受け入れる、

というのは、

 

沸き上がってくる、

あらゆる感情を無視して

泣きたいのも我慢、とか、

ムリやりポジティブ、とか、

ということではありません。

 

わたしの感覚では、

 

人生にはいろいろなことが

起こって来るということを、

知っておきながら、

なにが起きても、

どこにいても、

わたしの深いところで、

わたしという

存在自体が、

至福なんだ、

ということを

はっきりと認識しておく。

 

そんな感じです。

 

 

面白いことに、

流れに乗っているときこそ、

もっと!もっと!と求めすぎると、

それは来ず、

試されているように思います(笑)

 

そしてほんとうのそれは、

 

人間ひとりの

予想の範疇など、

はるかに

超えたところから、

ポーンッと

彗星のごとく

放り込まれる

 

のだなぁと、

つくづく感じています。

 

長年の

シンクロニシティの研究はつづく。

どうにも、この研究が、

たまらなく好きなのですね。

わたしは。

 


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