今この瞬間に起きていることは、過去の選択の結果
=============
本日は、北の丸公園にて、
春の瞬きを味わいました。
植物たちとの交流は、閉じられた意識を、
開かれた意識へと、誘ってくれます。
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今この刹那に起きていることは、
過去に意識したこと、
過去に選択したこと、
過去に行動したこと、の結果だから。
毎日やってくるその朝を、
今この瞬間、生まれたかのように、
ひとつまた、新しい旅に出るように、
知らない国に、降り立ったように、
まっさらな瞳で、目覚めてみよう。

昨日の誰かの言葉に翻弄されるのでなく。
たったひとつの考えに固執するのでなく。
過去に成功した方法を繰り返すのでなく。
いま、ここから、創り出そう。

この世のあらゆるものは、
現れては、移ろいゆき、
儚くも、パワフルに、
生まれ変わってゆく。

惑星も、
太陽も、
森林も、
草花も、
動物たちも、
あなたもわたしも、
今この瞬間も、着々と、
確実に、変わっているから。

宇宙生態系のリズムに乗って、
自らの「生まれ直し」を楽しみ、
新陳代謝を高めてあげよう。
始めての世界には勇気がいるけど、
未知の領域をどう味わうかで、
明日の人生が決まっていく。
とどめることなく、循環させよう。
固執、執着、偏狭からではなく、
本来の、充ち満ちた「わたし」で。
閉じられた意識からではなく、
真に開かれた意識で、
色メガネをはずし、世界を眺めよう。

本日は、北の丸公園にて、
春の瞬きを味わいました。
植物たちとの交流は、閉じられた意識を、
開かれた意識へと、誘ってくれます。
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今この刹那に起きていることは、
過去に意識したこと、
過去に選択したこと、
過去に行動したこと、の結果だから。
毎日やってくるその朝を、
今この瞬間、生まれたかのように、
ひとつまた、新しい旅に出るように、
知らない国に、降り立ったように、
まっさらな瞳で、目覚めてみよう。

昨日の誰かの言葉に翻弄されるのでなく。
たったひとつの考えに固執するのでなく。
過去に成功した方法を繰り返すのでなく。
いま、ここから、創り出そう。

この世のあらゆるものは、
現れては、移ろいゆき、
儚くも、パワフルに、
生まれ変わってゆく。

惑星も、
太陽も、
森林も、
草花も、
動物たちも、
あなたもわたしも、
今この瞬間も、着々と、
確実に、変わっているから。

宇宙生態系のリズムに乗って、
自らの「生まれ直し」を楽しみ、
新陳代謝を高めてあげよう。
始めての世界には勇気がいるけど、
未知の領域をどう味わうかで、
明日の人生が決まっていく。
とどめることなく、循環させよう。
固執、執着、偏狭からではなく、
本来の、充ち満ちた「わたし」で。
閉じられた意識からではなく、
真に開かれた意識で、
色メガネをはずし、世界を眺めよう。

カリスマリーダーに学ぶ 〜批判にもお世辞にも惑わされない〜
大学院時代、わたしが敬愛してやまない
アメリカ人師匠は教えてくれた。
リーダーシップとは、
「ともみ、
君の目の前でおこるすべての出来事には、
100%自分が関与している。
そういう意識を持つことだ。」
そう、あたたかい眼差しと
愛溢れる佇まいで、教授する彼は、
道で突然ぶつかってくる人がいても、
公で誰かが痛烈に裁かれていても、
アフガニスタンでテロがあっても、
「ここから何かできるかもしれない。
あるとすればわたしに何ができるだろうか?」
そう考える。
通りすがりのひとのため、
自らの大切なひとのため、
コミュニティのため、
我が国のため、
そして世界のため、
どうしたらよりよい未来をつくれるのか、
そのために自分が「今」できることはなにか?
その視点から、世界を眺める。

こうしたら損か得か?
これは無駄か有益か?
それを裁くべきか否か?
そういう視点は、まるでない。
自分の外を「外野として」鑑賞するのでなく、
常に自分の内から興していこうとする。
自分と分断した「出来事」を、
批評しているだけではないのだ。
若き日に、彼と出逢えたことは、
わたしの宝だなぁと改めて身に沁みる。
大統領やトップスターなど、
世界的リーダーのメンターである
ディーパック・チョプラ博士も、
カリスマ的なリーダーの3つの特徴を教示していた。
チョプラ博士による動画
http://m.youtube.com/watch?v=198dFFbf_SU
・今この瞬間に
完全に存在していること。
・意見には敏感だが、
批判にもお世辞にも惑わされない。
・親和的、思いやり、共感、
喜び、落ち着き、を放っている。
共通するキーワードは、
「今を生きる」
「心の静寂(自己確信)」
「全体性(分断でなく一体感)
などだろうか。
先人からの教えとは、
ありがたいものだなぁ。
みなさまが明日も、
あなたの内なるパワーを発揮されますように
アメリカ人師匠は教えてくれた。
リーダーシップとは、
「ともみ、
君の目の前でおこるすべての出来事には、
100%自分が関与している。
そういう意識を持つことだ。」
そう、あたたかい眼差しと
愛溢れる佇まいで、教授する彼は、
道で突然ぶつかってくる人がいても、
公で誰かが痛烈に裁かれていても、
アフガニスタンでテロがあっても、
「ここから何かできるかもしれない。
あるとすればわたしに何ができるだろうか?」
そう考える。
通りすがりのひとのため、
自らの大切なひとのため、
コミュニティのため、
我が国のため、
そして世界のため、
どうしたらよりよい未来をつくれるのか、
そのために自分が「今」できることはなにか?
その視点から、世界を眺める。

こうしたら損か得か?
これは無駄か有益か?
それを裁くべきか否か?
そういう視点は、まるでない。
自分の外を「外野として」鑑賞するのでなく、
常に自分の内から興していこうとする。
自分と分断した「出来事」を、
批評しているだけではないのだ。
若き日に、彼と出逢えたことは、
わたしの宝だなぁと改めて身に沁みる。
大統領やトップスターなど、
世界的リーダーのメンターである
ディーパック・チョプラ博士も、
カリスマ的なリーダーの3つの特徴を教示していた。
チョプラ博士による動画
http://m.youtube.com/watch?v=198dFFbf_SU
・今この瞬間に
完全に存在していること。
・意見には敏感だが、
批判にもお世辞にも惑わされない。
・親和的、思いやり、共感、
喜び、落ち着き、を放っている。
共通するキーワードは、
「今を生きる」
「心の静寂(自己確信)」
「全体性(分断でなく一体感)
などだろうか。
先人からの教えとは、
ありがたいものだなぁ。
みなさまが明日も、
あなたの内なるパワーを発揮されますように

京都から、和歌山は高野山へ 〜涅槃寂静〜
=======================
みなさま、おはようございます。
本日は、昨日からの続きであります、
「感覚を研ぎ澄ます」旅につき綴ってまいります。
「ケモノのような感度」を常に持っていたい、
そんな風に思っている訳ですが。
それには自然との対話が欠かせず、普段から、
東京都内、国内、海外、問わず、庭園や公園
に参りますが、古来日本人が研鑽してきた場所
は、なんというか、独特の厳粛さと静寂がある。
=======================
高野山はなんというか麗しい。

あるべきものが、
あるべきところに、
あるべき所作で、絶妙におさまっている。

青空、新緑、木漏れ日、建造物、僧侶、
すべての佇まいが、主張しすぎることなく、
だが確かに全体性に貢献し、融合美をつくりだす。
「わたし」を顕示するでなく
「あなた」を否定するでなく。
ひっそりと全体性に貢献する。
「Yes, andの精神」で他を絶妙に察知し、
他が一瞬一瞬、発するものに、
鮮やかに乗っかっていくかのごとく。

苔むした老杉に神々しく降り注ぐ光。
精進料理の一皿一皿。
僧侶のひとつひとつの所作。

一切の無駄がなく、
なくとも困りはせぬが、
在ることがただただありがたい。
そんな、涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)。
煩悩の炎の吹き消された悟りの世界(涅槃)は、
静やかな安らぎの境地(寂静)。

なんという、静けさだろうか。
シーンと張り詰めたような、
だがどこか見守られているような、
なんとも言えない澄みきった「無」の空気感。
などと思いを馳せながら、

宿坊にて精進料理を頂き、
コタツの中にて、この世の極楽浄土にて、
ぬっくしと俗世を堪能し尽くす人間界のわたし(笑)
みなさまが、今日も美しい時間を刻まれますように
みなさま、おはようございます。
本日は、昨日からの続きであります、
「感覚を研ぎ澄ます」旅につき綴ってまいります。
「ケモノのような感度」を常に持っていたい、
そんな風に思っている訳ですが。
それには自然との対話が欠かせず、普段から、
東京都内、国内、海外、問わず、庭園や公園
に参りますが、古来日本人が研鑽してきた場所
は、なんというか、独特の厳粛さと静寂がある。
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高野山はなんというか麗しい。

あるべきものが、
あるべきところに、
あるべき所作で、絶妙におさまっている。

青空、新緑、木漏れ日、建造物、僧侶、
すべての佇まいが、主張しすぎることなく、
だが確かに全体性に貢献し、融合美をつくりだす。
「わたし」を顕示するでなく
「あなた」を否定するでなく。
ひっそりと全体性に貢献する。
「Yes, andの精神」で他を絶妙に察知し、
他が一瞬一瞬、発するものに、
鮮やかに乗っかっていくかのごとく。

苔むした老杉に神々しく降り注ぐ光。
精進料理の一皿一皿。
僧侶のひとつひとつの所作。

一切の無駄がなく、
なくとも困りはせぬが、
在ることがただただありがたい。
そんな、涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)。
煩悩の炎の吹き消された悟りの世界(涅槃)は、
静やかな安らぎの境地(寂静)。

なんという、静けさだろうか。
シーンと張り詰めたような、
だがどこか見守られているような、
なんとも言えない澄みきった「無」の空気感。
などと思いを馳せながら、

宿坊にて精進料理を頂き、
コタツの中にて、この世の極楽浄土にて、
ぬっくしと俗世を堪能し尽くす人間界のわたし(笑)
みなさまが、今日も美しい時間を刻まれますように
