京都から、和歌山は高野山へ 〜涅槃寂静〜
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みなさま、おはようございます。
本日は、昨日からの続きであります、
「感覚を研ぎ澄ます」旅につき綴ってまいります。
「ケモノのような感度」を常に持っていたい、
そんな風に思っている訳ですが。
それには自然との対話が欠かせず、普段から、
東京都内、国内、海外、問わず、庭園や公園
に参りますが、古来日本人が研鑽してきた場所
は、なんというか、独特の厳粛さと静寂がある。
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高野山はなんというか麗しい。

あるべきものが、
あるべきところに、
あるべき所作で、絶妙におさまっている。

青空、新緑、木漏れ日、建造物、僧侶、
すべての佇まいが、主張しすぎることなく、
だが確かに全体性に貢献し、融合美をつくりだす。
「わたし」を顕示するでなく
「あなた」を否定するでなく。
ひっそりと全体性に貢献する。
「Yes, andの精神」で他を絶妙に察知し、
他が一瞬一瞬、発するものに、
鮮やかに乗っかっていくかのごとく。

苔むした老杉に神々しく降り注ぐ光。
精進料理の一皿一皿。
僧侶のひとつひとつの所作。

一切の無駄がなく、
なくとも困りはせぬが、
在ることがただただありがたい。
そんな、涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)。
煩悩の炎の吹き消された悟りの世界(涅槃)は、
静やかな安らぎの境地(寂静)。

なんという、静けさだろうか。
シーンと張り詰めたような、
だがどこか見守られているような、
なんとも言えない澄みきった「無」の空気感。
などと思いを馳せながら、

宿坊にて精進料理を頂き、
コタツの中にて、この世の極楽浄土にて、
ぬっくしと俗世を堪能し尽くす人間界のわたし(笑)
みなさまが、今日も美しい時間を刻まれますように
みなさま、おはようございます。
本日は、昨日からの続きであります、
「感覚を研ぎ澄ます」旅につき綴ってまいります。
「ケモノのような感度」を常に持っていたい、
そんな風に思っている訳ですが。
それには自然との対話が欠かせず、普段から、
東京都内、国内、海外、問わず、庭園や公園
に参りますが、古来日本人が研鑽してきた場所
は、なんというか、独特の厳粛さと静寂がある。
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高野山はなんというか麗しい。

あるべきものが、
あるべきところに、
あるべき所作で、絶妙におさまっている。

青空、新緑、木漏れ日、建造物、僧侶、
すべての佇まいが、主張しすぎることなく、
だが確かに全体性に貢献し、融合美をつくりだす。
「わたし」を顕示するでなく
「あなた」を否定するでなく。
ひっそりと全体性に貢献する。
「Yes, andの精神」で他を絶妙に察知し、
他が一瞬一瞬、発するものに、
鮮やかに乗っかっていくかのごとく。

苔むした老杉に神々しく降り注ぐ光。
精進料理の一皿一皿。
僧侶のひとつひとつの所作。

一切の無駄がなく、
なくとも困りはせぬが、
在ることがただただありがたい。
そんな、涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)。
煩悩の炎の吹き消された悟りの世界(涅槃)は、
静やかな安らぎの境地(寂静)。

なんという、静けさだろうか。
シーンと張り詰めたような、
だがどこか見守られているような、
なんとも言えない澄みきった「無」の空気感。
などと思いを馳せながら、

宿坊にて精進料理を頂き、
コタツの中にて、この世の極楽浄土にて、
ぬっくしと俗世を堪能し尽くす人間界のわたし(笑)
みなさまが、今日も美しい時間を刻まれますように
