さて、社労士受験生の方から次のような疑問・質問がありました。
【疑問・質問】
業務災害による被災労働者の傷病が長期間にわたり治癒せず、例えば、傷病等級第3級に該当する傷病補償年金を受けるとします。すると、その支給額は「給付基礎日額の245日分」となりますが、そのまま休業補償給付を受けていれば「給付基礎日額の80%(292日分)」を受けることができますので、損をしてしまうように思うのですが、どうなのでしょうか?
【1】休業補償給付等の支給総額
療養開始の第4日目から被災労働者が受給することができるのは…
①休業補償給付(休業給付基礎日額の60%)
+
②休業特別支給金(休業給付基礎日額の20%)
ここでは、社会復帰促進等事業のうち被災労働者等援護事業として支給される「特別支給金」をも考慮することが重要です。
つまり、①と②を合算して「休業給付基礎日額の80%」が支給されます。
これを年額で換算すると…
365日×80%=292日
となりますから、傷病補償年金における傷病等級第2級の額(年金給付基礎日額の277日分)又は傷病等級第3級の額(年金給付基礎日額の245日分)では支給額が低下してしまい、損をしてしまうように思われますよね。
傷病補償年金は、労働災害に起因する傷病が治ゆしておらず、かつ、「永久完全労働不能(労働能力喪失率100%)」である重篤な傷病状態にある被災労働者に対して支給されるものですから、このままでは不公正です。
それでは、傷病補償年金等の支給額について、特別支給金をも考慮して算定してみましょう。
【2】傷病補償年金等の支給総額
ここでは、傷病等級の第3級に該当するものとして支給総額を見てみます。
①傷病補償年金(年金給付基礎日額の245日分)
②傷病特別年金(算定基礎日額の245日分)
③傷病特別支給金(100万円)
★傷病特別支給金は…
第1級:114万円
第2級:107万円
第3級:100万円
の「一時金」として「定額」で支給されるものです。
上記のように、傷病特別支給金は一時金として1回限りで支給されるものですので、その影響はほとんどないものと考えてよいでしょう。
特別給与(ボーナス)を算定基礎とする「算定基礎日額」は…
150万円÷365=4,110円(1円未満に生じる端数は1円に切り上げ)
を上限額とするものですから、給付基礎日額に比べると、かなり少額となるのが普通です。
そうだとすると、やはり「休業給付基礎日額の292日分」が支給される休業補償給付等のほうが有利となり、所轄労働基準監督署長の職権により支給決定がなされる傷病補償年金に移行すると、損をしていまうように思われます。
特に非正規労働者など、特別給与(ボーナス)が支払われなかったり、少なかったりする者が被災労働者となる場合には、休業補償給付等から傷病補償年金等に移行させてしまうと、著しく正義に反することとなってしまいます。
ということで…
【3】傷病差額特別支給金(差額支給金)
昭和52年3月改正特別支給金規則附則第6条第1項(特別支給金として支給される差額支給金)において、①傷病補償年金の額と②傷病特別年金の額との合計額が「年金給付基礎日額の292日分(365日の80%に相当する額)」に満たない場合には、当分の間、その差額に相当する額を「傷病差額特別支給金(差額支給金)」として支給することとしているのです。
※この「傷病差額特別支給金(差額支給金)」という特別支給金の一種は、傷病等級第1級に該当する傷病補償年金の受給者には支給されません。なぜなら、傷病等級第1級に該当するのであれば、それだけで「年金給付基礎日額の313日分(年換算では365日の86%相当額)」の傷病補償年金が支給されるからです。
このように、「傷病差額特別支給金(差額支給金)」を支給することにより、それまで受給していた「休業補償給付+休業特別支給金」の総額に比べても、移行後の「傷病補償年金等」の総額のほうが少なくならないような仕組みが設けられているのです。
なお、傷病差額特別支給金(差額支給金)は、傷病特別年金とみなして、内払処理、返還金債権への充当、支払期月、未支給の特別支給金の扱い、給付制限、一時差止め等を準用することとしています。
〔注〕この「傷病差額特別支給金(差額支給金)」については、特別支給金の一種であり、その名称自体は「特別支給金」としてしか出てきませんが、古く第29回(平成9年度)社会保険労務士試験の労災保険法〔問5-D〕に出題されています(正しい)。
(2)受給者の傷病等級が第3級の場合
業務災害に被災する前、賃金額上位5%以内に入るほど著しく高額な賃金を受けていた労働者にとって、療養を開始した日から起算して1年6箇月を経過する日以前であれば、療養開始日から起算して1年6箇月間における「休業給付基礎日額の292日分」が、1年6箇月を経過した日以後の「年金給付基礎日額の292日分」を上回ることはあり得ます。
つまり、療養開始後1年6箇月を経過した日の属する月の翌月から傷病補償年金等を受ける場合には、支給総額が低下することは、全くあり得ないではありません。
なぜなら、療養を開始した日から起算して1年6箇月間における「休業給付基礎日額」には上限額が存しないのに対して、「年金給付基礎日額」には年齢階層別の最高限度額が当初から適用されてしまうからです。
しかしながら、療養を開始した日から起算して1年6箇月を経過した日以後も引き続き休業補償給付等を受ける場合には、傷病補償年金等と同額の年齢階層別の最高限度額が適用されますので、「休業給付基礎日額の292日分」と「年金給付基礎日額の292日分」とは等しい額となります。
したがって、以上のことをもって損をするとまでは言えないでしょう。
◎最後に、参考として「労働能力喪失率表」を添付しておきます。自動車損害賠償保障法は労働者災害補償保険法を範として作られたものですので、障害等級も労働能力喪失率も、労働者災害補償保険法における障害補償給付と同様になっています。