【1】3割負担という一部負担金は高くないか?
欧州諸国における患者の病院窓口負担割合は概して低いものです。
エリアス・モシアロス他編『医療財源論:ヨーロッパの選択』などを読んでいると、患者の病院窓口負担割合を引き上げれば低所得者の受診控えを招きやすいという理屈は、確かに理解できます。
日本においても、昭和59年健康保険法改正において、健康保険の被保険者に暫定1割(法本則においては2割負担、昭和59年10月1日から施行)の一部負担金制度を導入しようとしたとき、「健康保険の被保険者は健康保険料をしっかり納付しているのに、病院窓口でさらに一部負担金を支払わせるというのは、二重の負担であり、認められない!」という批判論がありました。
現在、特に若い人たちの間から、年齢にかかわらず(高齢者も)、病院窓口負担割合を全員「3割」に統一すべきとの意見を耳にすることがありますが、欧州諸国の論理から言うならば、なぜ年齢にかかわらず、全員「2割負担」とか「1割負担」に引き下げるべきだと主張しないのでしょうか?
【2】年収の2%が患者負担の年間上限であるドイツ
ドイツの医療保険制度において、患者の病院窓口負担は「年収の2%(一定の慢性疾患患者の場合は、1%)」を上限とすることとなっており、これが、今般の高額療養費制度の見直し(令和8年8月以降に施行される見込みのもの)における「年間上限」に該当するものとして紹介されることがよくあります。
年収600万円の場合だと、年間で12万円(一定の慢性疾患の場合は、6万円)が患者負担の年間上限となりますので、非常に魅力的な話ではあります。
ただし、公的医療保険制度の国際比較は、公的年金保険制度の国際比較よりもさらに慎重であるべきです。
OECD「Health Statistics 2023」によると、一人当たりの医療費(ドル換算)をみると、ドイツは7518.2ドルで世界第3位(第1位はアメリカの12197.0ドル)であるのに対して、日本は4899.1ドルで世界第19位となっています。
また、人口千人当たりの臨床医師数をみると、ドイツは4.53人、日本は2.6人ですし、平均在院日数をみると、ドイツの8.8日に対して日本は27.5日、急性期平均在院日数においても、ドイツは7.4日、日本は16.0日です。
病院の設立主体をみても、ドイツが「公:私=6:4」、日本が「公:私=2:8」、また、病床数においても、ドイツが「公:私=8:2」、日本が「公:私=3:7」で、日本はとにかく医療法人等による私立病院が多いことで有名です(私立病院が多いということは、政府の医療保険制度において難しい舵取りが必要になるということです)。
さらに、ドイツの年間上限2%(1%)というのは、公的医療保険の範囲における医薬品及び療養の給付に適用されるものであって、公的医療保険が適用されないものについては全額患者負担となりますが、その範囲がかなり曖昧で、日本における公的医療保険が適用される範囲とはかなり異なるようです。
そして、ドイツにおける一般保険料率は14.6%(労使折半)、2026年の平均追加保険料率が2.9%(2019年から労使折半)であり、合わせると「17.5%程度」となりますから、日本の協会けんぽにおける平均保険料率が9.9%(令和8年度)であるのと比べて、非常に高い保険料率となっています(というより、ドイツは欧州諸国の中でも保険料率が高いことで有名です)。
[注]ドイツ公的年金制度における一般年金保険料率は「18.6%(労使折半)」となっていますので(日本の厚生年金保険料率は18.3%(労使折半))、日本よりもドイツのほうが額面収入に対する手取り額が非常に少なくなることは分かりますよね。「手取りが少ない!」とか「社会保険料負担が重すぎる!」などとさんざん言われている日本において、ドイツ並みに医療保険料率を引き上げることなんて不可能に近いと思われますし、たとえドイツ並みに医療保険料率を引き上げることができたとしても、「年間上限」について、年収の2%(一定の慢性疾患の場合は、1%)にできるとも思われません。
まあ、私自身、今般の高額療養費の見直しについて、「年間上限」については評価しますが、その他の点については厚生労働省の見直し案がよいとは思っていません。
しかし、だからといって、「外国における公的医療保険制度の良いところだけを安易に紹介して見直し案に反対する」という手法に対しては、いかがなものかとも思っています。
※ 昭和59年健康保険法改正は、私がリアルタイムで知っている法改正ですが、当初、一般所得者の高額療養費の自己負担限度額を「51,000円」から「54,000円」へ3,000円引き上げる予定としていたところ、国会での審議過程において、従前のまま「51,000円」で据え置くこととなりました(昭和59年10月1日施行)。
ところが、です。
それから2年も経過しない昭和61年5月1日から施行されるとのこと、昭和61年4月30日政令第135号(昭和61年4月30日保険発第40号・庁保険発第28号「健康保険法施行令等の一部を改正する政令の施行について」)が発出され、社会経済情勢の変動にかんがみるとして、突然のことながら「54,000円」に引き上げられてしまいました。その当時としてはまったく分からなかったのですが、昭和48年1月1日から始まった「老人医療費無料化施策」による医療保険の財政悪影響があまりにも大きかったようです。
さてさて、はたして歴史は繰り返すでしょうか?
