「ボーナスに社会保険料かかるのマジで腹立つ」
昨年末頃、私のX(旧Twitter)に、このようなポスト(発言)が返信されてきました。
こういう声を上げることで、特に大企業がどのような賃金体系を構築しようとしているか、これは後述することにしましょう。
ということで、今回は、ボーナス(賞与)から社会保険料(健康保険料及び厚生年金保険料)が徴収される「総報酬制」の源流を探ることにします。
【1】きっかけは国民皆保険制度の確立
「総報酬制」は、昭和36年4月1日に確立したとされる「国民皆保険」をきっかけとして誕生したものです。
えええっ、総報酬制って「平成15年4月1日」に導入されたのではなかったの? という声が聞こえてきそうですが、ちょっと待ってください。これから、「総報酬制」の源流について概説していきますからね。
さて、国民皆保険制度が確立されたことによって「受療率」が大きく高まったのが、満1歳未満の乳児と高齢者たちです。
※ 「受療率」とは、調査日当日に、病院、一般診療所、歯科診療所で受療した患者の推計数と、人口10万人との比率をいい、人口10万人あたりで、どのくらいの人が医療機関を受療したのかを表します。百分率ではないので、100を超える場合もあります。
<受療率(人口10万対)=推計患者数÷推計人口×100,000>
例えば、「15~24歳」と「65~74歳」の2つの年齢階層グループにおける受療率の比を年次別にとってみると、昭和30年が「1:0.89」、昭和35年が「1:0.88」で、いずれも20歳前後の青少年のほうが高くなっています。
さすがに、20歳前後の青少年のほうが70歳前後の高齢者よりも罹患率が高いとは考えにくいですから、国民皆保険達成前、高齢者の大半は受診控えをしていたと考えられます。
しかし、国民皆保険制度が確立した後の昭和40年になると両者の関係は逆転して「1:1.72」となり、昭和45年には「1:2.61」、昭和50年には「1:4.36」となって、70歳前後の高齢者のほうが圧倒的に高くなっていきます。
つまり、国民皆保険は、それまで受診を差し控えていた高齢者の受療を促すように作用したのです。
というわけで、国民皆保険によって、「国民医療費」が爆発的に激増したことは容易に理解できますね。
【2】高度経済成長期における賃金体系の見直し
国民皆保険体制が確立した昭和30年代後半は「高度経済成長期」の真っただ中にあり、特に大企業においては、賃金体系を見直す動きが活発でした。
固定的賃金である月給は低く抑えながら、ボーナス(賞与)を多く支払うことで労働者に報いることとしたのです。この、年収に占めるボーナスの割合が高いというのが、日本の賃金体系の大きな特徴です。
特に大企業において大きな負担となっていたのが「退職金(退職手当)制度」であり、主に「月給額」と「勤続年数」を基礎として退職金の額を決定するのが通例でした(注1)。
[注1] 退職金(退職手当)を合理的に支払うために大企業が設立していたのが、昭和41年に発足された「厚生年金基金」制度ですが、年金制度を積立方式で運用していくことの困難さに直面し、平成26年(2014年)の制度改正により新規設立が廃止されるに至りました。
ですから、退職金にほとんど影響しないボーナス(賞与)を多く支払う賃金体系にするのは、企業側としては合理的な判断だったのです。
【3】厚生省による昭和40年の「総報酬制」の提案
定期給与(月給)のみを対象とする「標準報酬制」においては、ボーナス(賞与)などが多額に支払われる大企業の従業員と、ボーナス(賞与)などがないか、あっても少ない中小零細企業の従業員との間に、保険料の負担に大きな不公平が生じてしまいます。
※ 昭和60年前後の頃の私自身も、金融機関、特に銀行に就職した同期の者が、1回当たりのボーナス300万円、400万円の支給を年3回も受けられ、かつ、そのボーナスから社会保険料が控除されないという現象を、非常にうらやましく思ったものです。
※ 平成15年4月1日から施行されている現行の総報酬割が導入される前の話ですが、2000年(平成12年)1月、大阪のタクシー会社が、月給の一部を賞与に振り替え「社会保険料逃れ」を企てたとして、旧社会保険事務所(現・年金事務所)が摘発するという事件が実際に起きているのです。
そのため、昭和40年1月、当時の厚生省は「総報酬制」を新たに導入するという健康保険法改正案を、当時の社会保険審議会及び社会保障制度審議会に諮問しました。
これには、当時の失業保険法(現・雇用保険法)において、すでに「総報酬制」が導入されていたという実績があったからです。
しかし、社会保障制度審議会による答申は…
「理論的には正しいが、あまりにも急激な変化をもたらすなどの難点があり、標準報酬の手直し程度に止め、累積赤字は棚上げし、大幅な国庫負担を行うべきである」という総報酬制に否定的なものでした。
また、社会保険審議会による答申も…
「総報酬制は制度の根本に触れる問題なので見送ることとし、当面の赤字対策として、標準報酬の上限を5万2千円から10万4千円に引き上げる、保険料率を1000分の63から65に引き上げる、国庫負担を単年度200億円相当額まで増額し、残余は借入金で賄い、累積赤字は棚上げする」というものでした。
これで、厚生省の「総報酬制」の提案は白紙撤回されたのですが、平成15年4月に皆さんがよく知っている現行の「総報酬制」の実施に当たっては、「まことに遅きに失した感がある」との評価を受けることとなりました。
※ 昭和48年あるいは昭和59年の健康保険法等抜本改正の際に「総報酬制」を導入すべきであったということかもしれません。
【4】特別保険料から総報酬制への流れ
⑴ 健康保険法等の一部を改正する法律(昭和52年12月16日法律第86号)
健康保険法において、賞与(ボーナス)等の額(100円未満の端数は切り捨てる)について、「1000分の10」の割合による「特別保険料」を徴収することとなりました(昭和53年1月1日施行)。
・事業主は1000分の5
・被保険者は1000分の3
・国庫補助が1000分の2
なお、健康保険組合については、規約で定めるところにより、政府管掌健康保険に準じて「特別保険料」を徴収することができることとしました(特別保険料の徴収は「任意」でした)。
⑵ 国民年金法等の一部を改正する法律(平成6年11月9日法律第95号)
厚生年金保険法において、賞与(ボーナス)等の額(100円未満の端数は切り捨てる)について、「1000分の10」の割合による「特別保険料」を徴収することとなりました(平成7年4月1日施行)。
・事業主は1000分の5
・被保険者は1000分の5
※ 当時の厚生省としては、この頃にはすでに「総報酬制」の導入を構想していたようです。
⑶ 国民年金法等の一部を改正する法律(平成12年3月31日法律第18号)
厚生年金保険法において、標準賞与額(1,000円未満の端数は切り捨てる)について、標準報酬月額におけると同率の保険料率を乗じて得た保険料額を徴収する「総報酬制」が導入されました(平成15年4月1日施行)。
⑷ 健康保険法等の一部を改正する法律(平成14年8月2日法律第102号)
健康保険法において、標準賞与額(1,000円未満の端数は切り捨てる)について、標準報酬月額におけると同率の保険料率を乗じて得た保険料額を徴収する「総報酬制」が導入されました(平成15年4月1日施行)。
【5】「賞与の月給化」と「退職金の月給化」
「令和」の時代になってからでしょうか、特に大企業において、「賞与の月給化」とか「退職金の月給化」という新たな賃金体系が見られるようになってきました。
これは、賞与(ボーナス)や退職金を縮小していって(前倒しをしていって)、その縮小する分を毎月支払われる月給(月例賃金)に上乗せして支払うというものです(注2)。
まあ、賞与や退職金制度があまり見られない西欧諸国の賃金体系に近づいてきたと言えば聞こえはよいのですが・・・。
[注2] 以下は、2025年11月13日にパーソル研究所が公表した「賃上げと就業意識に関する定量調査」です。
この調査によると、大企業で働く正社員の3割以上が「賞与の月給化」があった、また、正社員の3割弱が「退職金の月給化」があったと回答しています。
☑️「賞与の月給化」によって、モチベーションが向上したとするのが「31.5%」、低下したとするのが「11.0%」となっています。
☑️「退職金の月給化」によって、モチベーションが向上したとするのが「25.4%」、低下したとするのが「13.6%」となっています。
「賞与の月給化」や「退職金の月給化」について、20歳代、30歳代の若い正社員は賛成する傾向があるのに対して、40歳代以上の正社員は反対する傾向が強いようです。
「ボーナスに社会保険料かかるのマジで腹立つ!」などと声を大きくしてばかりいると、それを口実として、形だけ「賞与の月給化」とか「退職金の月給化」を導入するような経営者が出てくるのではないかと不安になるのですが、皆さんはいかがお考えでしょうか。
従業員:ボーナスから社会保険料を徴収するの、マジで腹立つよな!
事業主:そうだよな(事業主としても社会保険料の事業主負担は腹が立つのよ)。それでは、今後はボーナスをなくしていこうじゃないか。ボーナスがなければ、ボーナスから社会保険料が徴収されることもないからね。もちろん、ボーナスをなくした分だけ、月給の額を上乗せして引き上げてあげるからさ。
従業員:へぇ~、それはありがたい話ですね。うちの会社でも、ぜひ「賞与の月給化」とやらを実施しましょうよ。
事業主:ああ、約束するよ。それでは、まず来年のボーナスは年3回から年1回の支給に変えようじゃないか(しめしめ、月給の額を大幅に引き上げるわけないだろ、ぼけ。そもそもボーナスの額そのものが予め確定されるものではないのだからな)

