社労士試験の受験勉強をされている受験生の方が「国民年金法は激ムズ!」として、国民年金法第27条の2第2項第3号に出てくる「0.910」という数値の意味を問いかけていました。

 

 

そこで、X(旧Twitter)において簡単な説明をさせていただいたわけですが、社労士試験合格者や法律実務家等で、公的年金を扱う方(年金相談等を受ける方)もいるでしょうから、もう少し詳細に解説したいと思います。

 

【1】年金額改定の基本的な考え方(平成12年改正)

⑴ 「既裁定者」(68歳到達年度以後の者)の年金額は、「物価スライド」により、実質価値(購買力)を維持するもの

⑵ 「新規裁定者」(67歳到達年度以前の者)の年金額は、「賃金スライド」により、現役世代の賃金水準とのバランスを維持するもの

 

※ この「賃金スライド」の算定基礎となるものが「名目手取り賃金変動率」です。

 

新規裁定者は、賃金収入を得ながら生産活動を伴う職業生活を営んでいる者が多いことから「賃金スライド」を適用することとしたのに対して、既裁定者は、職業生活から引退し、消費活動のみを行う者が多いことから「物価スライド」を適用することとしたのです。

 

実際、平成元年からの10年間を平均した賃金上昇率は2.0%物価上昇率は1.0%で、年金額改定においては、基本的に新規裁定者の年金額を優遇するものとして妥当と認識されていました。まあ、その後の経済情勢等については、あえて省略しますが…。

 

【2】名目手取り賃金変動率の内容(平成16年改正)

まずは、「名目手取り賃金変動率」の復習です。

 

名目手取り賃金変動率

=前年の物価変動率

 ×2年度前から4年度前までの3年度平均の実質賃金変動率

 ×3年度前の可処分所得割合変化率

 

国民年金法第27条の2第2項においては…

 第1号:物価変動率

 第2号:実質賃金変動率

 第3号:可処分所得割合変化率

を表しています。

 

条文の順番通りに表現すると、「名目手取り賃金変動率」とは、「物価変動率に実質賃金変動率及び可処分所得割合変化率を乗じて得た率」となります。

 

これを、「令和7年度における名目手取り賃金変動率」に当てはめてみましょう。

国民年金法や厚生年金保険法における条文規定では、「%表示」ではなく、「小数表示」をすることになっていますので、気をつけてください(例えば、「1.9%」年金額を引き上げるときは「1.019」と表記し、「▲0.8%」年金額を引き下げるときは「0.992」と表記します)。

 

名目手取り賃金変動率(1.023)

=令和5年の物価変動率(1.027)

 ×令和5年度~令和3年度の3年度平均の実質賃金変動率(0.996)

 ×令和4年度の可処分所得割合変化率(1.000)

 

※ 小数点以下第4位を四捨五入して算出します。また、実質賃金変動率に「3年度平均」を用いるのは、新規裁定時の年金額が生涯の年金額に影響を与えることから、できるだけ実態を反映させた緩やかな率とするためです。

 

【3】「0.910」の謎(平成16年改正)

平成16年の国民年金法及び厚生年金保険法等の改正時において、可処分所得割合変化率を算出するため、「平成15年度における標準的な被用者世帯の可処分所得割合」を調査しました。

 

具体的には「年収に占める税及び厚生年金保険料を除いた社会保険料の割合」を調査したのですが、その結果が「9%」と出ました。

 

つまり、可処分所得(いわゆる手取り額)は、年収の「91%(0.910)」だったのです。

※ ただし、この「0.910」となる「9%」の中に厚生年金保険料は含まれていません。

 

平成15年9月1日からの一般の被保険者における厚生年金保険料率は「1,000分の135.8」でしたから、被保険者負担分はその半分の「1,000分の67.9」となり、その可処分所得(いわゆる手取り額)の割合は「84.21%(0.8421)」となります。

 

同じように、平成16年10月1日からの厚生年金保険料率(1,000分の139.34)の被保険者分で計算すると、その可処分所得割合は「84.033%(0.84033)」、次いで、平成17年9月1日からの可処分所得割合は「83.856%(0.83856)」と、毎年毎年、1年ごとに可処分所得(いわゆる手取り額)の割合が減少していきます。

 

この可処分所得(いわゆる手取り額)が減少していく厚生年金保険料率の変化割合のことを「可処分所得割合変化率」といい、最終的な厚生年金保険料率「1,000分の183」に達して変化がなくなったときを「0.0%(1.000)」にすると決めたのです。

 

平成16年改正により、毎年9月から、厚生年金保険料率を「1,000分の3.54(1,000分の183に達する年の前年9月以降のみ1,000分の3.14)」ずつ引上げることとしましたが、その変化割合については「▲0.2%(0.998)」と見込んで算定していました(1,000分の183に達する年の前年9月以降のみ「▲0.1%(0.999)」)。

 

【4】現在の可処分所得割合変化率は?

さて、第1号厚生年金被保険者については平成29年9月以降、第2号厚生年金被保険者及び第3号厚生年金被保険者については平成30年9月以降、厚生年金保険料率は「1,000分の183」で最終的に固定されることとなりました。

 

そのため、令和3年度(2021年度)以降における「可処分所得割合変化率」については、もはや厚生年金保険料率が変化しなくなったため「0.0%」、つまり、条文上の表記にしたがえば「1.000」で固定されています。

 

したがって…

名目手取り賃金変動率

=物価変動率×実質賃金変動率

という計算式で表してもかまわないことになりますが、この計算式は、在職老齢年金における「支給停止調整額」の算定基礎となる「名目賃金変動率」と同じです。


つまりですね、「名目手取り賃金変動率」と「名目賃金変動率」は、どちらも全く同じ率(同じ数値)となるのです!


名目賃金変動率

=物価変動率×実質賃金変動率


[注] 令和8年度(2026年度)から在職老齢年金の仕組み(支給停止調整額)が改正される予定ですので、その詳細について現時点では全く分かりません。

 

※ 第4号厚生年金被保険者に係る厚生年金保険料率は、未だ「1,000分の183」に達していませんが(令和7年度においては「1,000分の178.94」)、厚生年金被保険者総数に占める第4号厚生年金被保険者の割合は非常に小さいので、「可処分所得割合変化率」に影響を与えることはありません。