長女が学校を休んでいる間、私は仕事に行っていたので、職場から頻繁に長女にLINEしていました。

 

朝ごはん食べた?

起きてる?

トースター使うの気を付けてね。などなど

 

そして家にいる間、怠け癖がついたらダメだと思い、テレビ禁止、YOUTUBE禁止(元々あまり見せてなかった)など、今考えると本当に酷い制約をしていました。

自由にさせてあげればよかったのに。心底後悔しています。

 

そのうちに、長女から頻繁に仕事中に電話が来るようになりました。

 

「今、トイレから音が聞こえた。怖い」→「大丈夫、自動洗浄の音だよ」

「風呂から音が聞こえた。ナニコレ?」→「追い炊きの配管の自動洗浄の音だよ」

「誰か来た!!ピンポンなってる!怖い怖い怖い」→「宅急便だよ、留守設定にしてるから、大丈夫だよ」

 

 

徐々に長女の怯えが酷くなってきました。

ある日、私が仕事から帰ると、玄関でぐったりうずくまる長女がいました。

「怖い、一人が怖い」と泣いていました。

この時、私の目の前も真っ暗になりました。

その場ですぐに上司に電話をかけ、状況を伝え、明日からお休みを頂きたい旨を伝えました。

すぐに長女に「明日から、お母さんお仕事休みもらったからね、一緒にいられるよ」と伝えるとホッとした様子でしたが、

ここから、救急車の音、サイレン、テレビから流れてくる様々な事件、コロナ感染、、、すべてが長女の恐怖の対象となっていきます。

長女を落ち着かせた後、私はスマホで近くの小児精神科に片っ端から電話をしました。

冬休みが明け、登校日の朝。

 

長女はなかなか起きてきません。

起こしに行くと、口には特大のヘルペス。

顔色は悪く、起きあがれません。

 

なんで?昨日まで、ヘルペスなんてなかったのに。。。よりによって登校日に?

長女の身体に何が起こっているのか怖くなってきました。

 

ひとまず学校は欠席にして、ヘルペスが治るまでは欠席しますと伝えました。

今考えると、「学校に行く」ということがとんでもなく長女の身体に負担をかけていたのでしょう。でも、そのとき長女は「学校には行きたい。ただ胃腸炎だから学校で気持ち悪くなったら怖いから」というのです。

「学校には行きたい」というのだから、不登校ではないと自分に言い聞かせ、ヘルペスが治るのを待ちました。

 

 

長女がまた休むとなると、次女も学校には行きたがりません。

私は次女を膝の上に座らせ、「お姉ちゃんは身体がしんどいから、学校に行けないんだよ。治ったらきっと行けるからね。ゆっくり体を休ませれば治るから。心配しないで、学校に行こう」と伝えて、校門まで次女を送る日々が始まりました。

 

次女は一人で学校に行けなくなりました。

 

 

コロナの影響もあって、県外の夫の実家には帰らず、県内の私の実家(車で1時間)に日帰りで帰ることになりました。

 

冬休み中は、おうち生活のため、長女も次女ものんびり過ごしていました。

私は長女を少しでも元気をつけようと、焼肉にいったり、美味しいラーメン屋に連れて行ったりしましたが、「あんまり食べれない。。。」と大好きなラーメンや唐揚げも食べず。外出先ではしんどそうにしていました。

 

小児科の先生に「胃腸炎かな?」と言われたことを根に持つ真面目な長女は、あんまり食べたらダメなんだと思い込み(実際食欲もなかった模様)、頑なに少量のみ。

 

「下痢も便秘もしてないんだから、大したことないよ!食べて元気出さないと!!」と何度私が言おうとも、頑なに食べませんでした。

 

さて、お正月、子供たちにとっては、大好きなじーちゃんばーちゃんの家、

ばーちゃんと田舎道を散歩したり、畑を耕したり、ストーブで焼き芋したり、

今までなら出来ていたことが、あまり出来ません。

ジジババには長女の体調不良を伝えていたので、「まぁのんびりしなー」という感じで穏やかな正月でした。

 

帰りの車の中では、長女はグゥグゥ眠り込みました。いつもなら、長女は車の中では眠りません。そんなに疲れたのか。。。

またもや、私の心の中で黒いモヤモヤした雲が増えていきます。

冬休みに入り、次女も家にいる日々になりました。

 

次女はとにかく瞬時に空気を読んで、自分に何ができるか直感的に理解して動けるタイプです。真面目で心配性で慎重で恥ずかしがり屋。

故に、長女の異変には敏感で、私の不安や神経質にも敏感で、でも自分はどうすることも出来ないので、ひたすら、長女に気を遣い、私に気を遣い、我慢をして、空気を明るくするためにテンションを上げてみたりしていました。

 

1歳の頃、保育園の先生に「次女ちゃんは勘が強いですからねー、気を付けて育ててあげてくださいね」と言われました。

勘が強いというのは、癇癪とかの意味ではなく、自分の感情を抑えて、周りを見ているという意味です。1歳でこういうタイプは珍しかったのでしょうか。正直、「どう気を付ければいいのやら」と思いながら、育ててきました。

あの時、保育園の先生に、育て方を詳しく教わっていれば、次女はもっと伸び伸び成長したのかな。後悔しても仕方ないですが、考えてしまいます。

 

冬休みは、姉妹で過ごしたり、私の母に来てもらったりして、私は仕事に穴をあけないようにしていました。冬休みが明ければ、二人とも元気に学校に行くはずだもの。

職場に余計な心配をかけないように、仕事をしていました。

 

習い事もすべて、「胃腸炎が長引いていて」お休みして、また来年度から宜しくお願いしますと伝えていました。

 

思えばこれまで、2歳と0歳で保育園に預けて働き、小学生になれば学童にお世話になり、習い事も増え、親子そろって何も予定のない日々を過ごすことがなかったことに気付きました。私は仕事がありましたが、宿題・習い事・起床時間・就寝時間、ガミガミ言わなくてもいい、初めてのんびりした冬休みでした。

私が学校に行けない理由を問い詰めると、

 

「お腹が変。食べられない。給食を食べるときに気持ち悪くなって、そこから怖くなった」

と長女は言いました。

 

やっぱり体調不良だったのか。。。私は安心しました。不登校じゃなかったんだ

と。

 

小児科のおじいちゃん先生に伝えると、

「今、胃腸炎が流行ってるからね。整腸剤だしとくね」

 

下痢もしていないし、熱も出ていない。嘔吐もなし。

それなのに胃腸炎?と思いましたが、

 

「ゆっくり休めば良くなるってことよね。あー、よかった」

 

冬休みまであと一週間だし、ゆっくり休んで体調を整えればいいと思い、学校にも冬休みまで欠席する旨を伝えました。

 

しかし、それからも整腸剤を飲んでも食欲は出ず、外に出たがらない日々が続きました。学校に行かなくてもいいという安心感から、元気は戻ったような気がしました。

 

冬休みまで毎日、一人でお留守番。うちにはゲームもスマホもありません。

長女は欲しがっていましたが、私の教育方針で、スイッチなどは買い与えていませんでした。学校を休んでいる間、一人で折り紙を折ったり、工作を作ったりしていたようです。

 

私も上司に事情を話し、できる限り早く帰らせてもらったり、早退したり、仕事の合間に娘に電話したり(私の古いケータイにLINEを入れて、連絡は取りやすいようにしていました)、毎日気が気ではない日々でした。