令和 いじめの動画が次々と拡散されている。
被害者のことをおもうと胸が締め付けられる。
と同時に、私が昔いじめにあっていたことを思い出す。
『あだ名』
小学生の頃、私は太っていて顔が丸かった。
ついたあだ名は“アンパンマン”。
クラスの男子から常にからかわれ、ランドセルを引っ張られたり叩かれたりの毎日。
それでも毎日学校へ行かなければならなかった。
両親は共働きで祖父母は自営業。
私の面倒は、祖母が見ていてくれた。
祖母は厳しく、少しでもわがままを言うと蔵へ閉じ込められたり、強く叩かれたりもした。
痛かったし怖かった。
だから、学校へどうしても行きたくないときは、一生懸命体温計をこすって温めて
熱があるふりをして布団から出ずにいた。
祖父は商売が忙しく自宅と離れた店に居たので、助けてはくれなかった。
父母とはあまり顔をあわせた記憶が無い。
アンパンマンと呼ばれたあだ名は、
日が経つと“ザンパン(残飯)マン”に変わっていた。
そして、また数日後には“ザンパン”と呼ばれるようになった。
『おい、ザンパン!』
クラスの男子が言う度に笑われ、女子の白い目が恐ろしく、顔をあげられなかった。
学校へ行くたびに泣いた。
クラスのみんなが私の机を取り囲み、私を責める。
太っていること、走るのが遅いこと、色々と罵声を浴びせられた。
あの頃のいじめは、死ぬまで忘れる事はないだろう。
いじめてきた人の名前も全て覚えている。
『残飯』というあだ名を、私は今でも笑いに変えられない。
きっと私は、いじめてきた人たちを一生怨む。
加害者の今は家庭があり、お子様がいるかもしれない。
けれど私はその人を許せない。
いじめ被害者は、救いがあれば、何かきっかけがあれば、逃げ出せられれば、
きっとその後に笑える日も来る。
けれど、絶対に当時の事を忘れられないと思う。
いじめられていたことなんて、忘れた方が幸せだよ!なんて
忘れられるわけがない。
加害者は覚えてもいないだろう。
虐めは暴力でも言動でも、あってはならない犯罪。
罰を受けないとか、うわべだけの反省とか、ぬるい。
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ここからは余談です。
虐めは、中学校へ進学したと同時に身長が伸びて年相応の体系となり、
他校からも集まったこともあって友達が増え、全くなくなりました。
その後、家庭の事情で転校を経験するも、高校進学と同時に友達関係も
ガラッと変わり、今までの事が嘘のように楽しい日々を過ごしました。
体系は160cm42キロ、イケイケドンドンでした(過去系)。笑
今でも付き合える、楽しい仲間と出会えて幸せです。

