サンディエゴ市  南カリフォルニアの米国の街。スペイン系のラテンの血。

大変良いところだという噂であるので、ロス滞在の週末に、レンタカーにひとり飛び乗り、行ってみる。

ロスアンゼルスから西海岸の高速道路で約2時間でたどりつく。
太陽の日差しが強い。

tkoryoのブログ



なんとなく陽気な街だ。


tkoryoのブログ


バザーだ。ラテン系だなー。

tkoryoのブログ



tkoryoのブログ


   


避暑地の香りがする。


tkoryoのブログ


























さらに南に行くと、リゾート地かな。


tkoryoのブログ




新興団地風だ。


tkoryoのブログ




高級別荘地だ。


tkoryoのブログ




天国のような陽だまりの閑静な街である。
車はほとんど走らない。



tkoryoのブログ




tkoryoのブログ



この辺は、白人しか住んでいない。
リッチマンの邸宅が絵画のように建ち並ぶ。

アジア人の私を見て、びっくりしている。たぶん、実物を初めて見たのだろう。


tkoryoのブログ



tkoryoのブログ



tkoryoのブログ







本日の週末のひとり旅はこれで終わり。

カリフォルニア州の港湾避暑地モントレーにおけるUASのとある学術会議の終えて、太平洋西海岸沿いのデル・モンテ国立公園を車で約2時間走る抜けると、芸術の街カーメル市に着く。人口5千人の西海岸の高級リゾート地である。


tkoryoのブログ


カーメル紹介ビデオ




tkoryoのブログ








カーメルの街は、彫刻、絵画、瀬戸物焼きなどあらゆる工芸家の工房が軒をつなれる。小説家や詩人も個人の家をもつ。絢爛豪華なハリウッドが映画スターと歌手の部落であれば、ここはその他のアーティストの里である。サンフランシスコからは西海外の高速道路を約3時間程度でたどりつける。


さあ、論より、芸術の里中を散策しましよう。

tkoryoのブログ




tkoryoのブログ




tkoryoのブログ







tkoryoのブログ



tkoryoのブログ




tkoryoのブログ






ショップ街の周りには、絵画、彫刻などの各種の工芸家の工房がある。




tkoryoのブログ



tkoryoのブログ





tkoryoのブログ






tkoryoのブログ








tkoryoのブログ







レストランです。

tkoryoのブログ





プチホテルがたくさんある。



tkoryoのブログ



tkoryoのブログ







tkoryoのブログ





この街の観光サイト

アメリカ西海岸には有数の避暑地がある。モトレイはアメリカ人があこがれる港湾避暑地の1つで、サンフランシスコ国際空港から飛行機を乗り継いで、ここで開催される米国の学術集会には少なからぬ日本人の知り合いも来ておられる。欧米では学会は避暑地でやるものだ。のどかで美しい自然環境によって、学術討論に火花が散らした疲れた心身を休めるのである。



tkoryoのブログ





波の荒らそうな西海岸にもヨットハーバーがあるのは驚いた。しずかな港湾で、大型の観光地である。水族館もあり、どこか沖縄のリゾート風情でもある。





この街から、デモモンテ国立森林公園を抜けてレンタカーに一人乗り、2時間で芸術の里カーメルに向かう。物の本によれば、このコースがこの避暑地の最大の景観と書いてある。いざ、出発しましょう。


tkoryoのブログ





tkoryoのブログ




tkoryoのブログ




最初は岩場の平地を海沿いに走る。

tkoryoのブログ





tkoryoのブログ





亀の甲羅のようなごつごついた岩場です。やっぱり沖縄の海岸に似ているなあー。





おやおや、今度はどことなく、伊豆の東海岸風情です。






イメージ 13




もう、完全に伊豆の海岸だあー。太平洋をはさんで、東西に似たような海岸がある。日本が恋しくなる。
ここは伊豆はありません!!!!






岩場を抜けると、次は原始林ツアーです。

tkoryoのブログ




対向車にはめったに出会わない。





これゴルフ場かな?

tkoryoのブログ



:

海岸の見晴らし台に駐車しよう。

アレー、大変だ。
車の中にエンジンキーを付けるまま、ドアを閉めてしまった。
おまけに、エンジンをつけっぱなし、エアコンもつけっぱなし。
どこにも車が走っていません。 死ぬのか!?   


待つこと、小一時間。
アレー。後ろにガソリンタンクを積んだトラックが走ってきた。
止めてみろと、公園レスキュー車です。
運転者の彼が降りてきて、ドアをちょんちょんして開けてくます。
ガソリンも入れてくれました。  

さすが土地の広いアメリカだ。こういう公共サービスがある。
米国万歳、と心で叫ぶ。





再出発。

tkoryoのブログ




目的地のカーメルまではもうすぐ。
しかし、恐ろしいドライブでした。














オランダ・スキポール空港。幾何学的なデザインの大きな飛行場である。日本以外の空港として初めて到着したところだ。北米アンカレッジ空港を北極経由で欧州に行く際は、この飛行場に停まることが多い。


ある時、スキポール空港から日本へ帰る予定がある。日本の某航空機であるが、搭乗口に着くと、機体のエンジンの調子が悪いという。結局、修理ができず翌日の別の便を使用させられる。その航空会社の手配した無料のホテルに着いたのは午前2時。この空港ではヨーロッパの要の1つで、よく空港ストライキにも出会う。客迷惑なところなので、要注意。

翌日の日本行き便は午後4時。同伴する東大工学部S教授から、アムステルダムは初めてなので市内観光に案内しろとせがまれる。


アムステルダム・・・・オランダの首都、運河と小舟、海岸沿いの風車の列、チューリップの街、背の高いのっぽ、自転車通勤の街。


tkoryoのブログ




tkoryoのブログ





tkoryoのブログ


江戸時代に日本に蘭学というオランダ医学があり、日本オランダ医学協力会館が地元でも有名であり、親日家が多い。浮世絵などの日本画が日本に大変興味がある。









ヴァン・ゴッホ美術館

2階建ての近代的美術館には100点ほどの作品が並んでいるが、少なからぬ有名絵画が飾られていない。よその国のどこかにあるのだろう。

ゴッホ美術館の日本語ホームページ
http://www.vangoghmuseum.nl/vgm/index.jsp?page=paginas.talen.ja
英語サイトでは、美術館の内部の一部が見える。
http://www.vangoghmuseum.nl/vgm/index.jsp







アンネ・フランクリンの家

ヒットラー・ナチスから隠れて住んだアンネの日記の書かれた舞台である。
中央の細長い小さなアパートで、運河に面す。

tkoryoのブログ


tkoryoのブログ





この本だなの裏の隠し部屋で、音をしないように隠れ住んだ。


tkoryoのブログ



隠し部屋には、子供2人のベットがある。



tkoryoのブログ







結局ナチスに捕まってしまう。

同伴のS教授の両目は涙に溢れる。

tkoryoのブログ
ブルッセルは、ヨーロッパ連合(EU)の本部がある。
ヨーロッパでは鉄道が発達している上、超近代列車からオリエント急行並の豪華な寝台特急が山川を走り抜ける。私はオランダ・アムステルダムからドイツミュンヘンの国際寝台特急に乗る。間にベルギーをまたいだ旅である。実はこの列車のラストランである。寝台車は個室で、豪華ホテル並みの料金である。居間と寝室が別になっており、食事を居間に運んでくれる。居間には冷えた飲料水のタンク、顔の洗える大型の洗面台がある。TVはないが、バスタオルがある。列車には共用の大きなシャワー室がある。浴室は1名が入り、中から鍵をかける。ホテル列車だ。私の隣の個室は南アフリカから来た男子の白人大学生だ。列車は、スパイ映画007「ロシア寄り」愛をこめて」に出てくるオリエント急行と同じタイプの列車だ。でものろい電車で、実物のスピードは映画とは比べ物にならない。ゆったりと、大陸を走る。ユーロっパは優雅だあー。
ブルッセル鉄道駅



tkoryoのブログ

このときの市内訪問は2時間程度の途中下車の単なるチョイ観光。
街には元祖「小便小僧」の像がある。(東京の浅草にもあり、子供の時親父によく連れてもらったのを思い出す)



tkoryoのブログ


駅前の細い小道には、山高帽とガウンを羽織る背のたかのっぽの女性たちが闊歩する。これ、このあたりの国々の民族衣装ですね。

tkoryoのブログ


しばらく道に見に晋と、理容側がレースの店が並ぶ。


tkoryoのブログ

その一角に、ベルギー名物ホットチョコレートを食べさせる店に入る。今回の途中下車の目的はこれです。
とても美味しいので、立て続けに4杯注文する。さすがは世界一美味しいという評判の一品。



tkoryoのブログ




この地は、チョコレート「ゴジバ」の本拠地。
これ、今では日本語のネット通販サイトあります。




オランダの首都アムステムダムの鉄道中央駅から、ベルギー第2の街アムステルダム駅に着く。
ここでとある国際学術会議に参加する。少なからぬ日本人学者も出席している。

アントワープ・・・・  国際貿易と運河、ムール貝、ダイヤモンドとレース


ここは運河の町。私のホテルは、街の中央と隣り合わせの運河沿いにある。
tkoryoのブログ



tkoryoのブログ











街角のレストランでは、ムール貝しか置いていない。バケツのような入れ物に一杯のムール貝はとても美味しくが、パンとこれだけで夕食だそうである。体に悪そうです。隣のご婦人はバケツ2杯を食べていた。それにしても、美味しい。  (パリでもム同じ食事をしたことがあるが、ベルギーから運んでいるとのこと。輸入品のためか高額)

tkoryoのブログ









鉛のような空の下の運河には遠方との交易船が停泊し、どことなく静寂としている。

tkoryoのブログ






町並みは近代ユーロっパの古さである。



運河沿いのホテルの裏側は大聖堂の広場゛ある。

tkoryoのブログ


tkoryoのブログ
右のビルの日よけのある付近の1階には、様々なレース店が軒を競う。


tkoryoのブログ


tkoryoのブログ








tkoryoのブログ



tkoryoのブログ





tkoryoのブログ



お買い上げの一品 (枠とガラスは日本で作成)
tkoryoのブログ











レースマガジンのホームページ



ヨーロッパで東京クラスのメガ都市は、ロンドンとパリである。簡単に言ってしまえば、後は田舎の小都市の風情だ。

パリ・・・・ セーヌ川と多くの橋、エッフェル塔、たくさんの美術館、劇場、ノートルダム大聖堂、ナポレオン廟、名門ソルボンヌ大学のある学術の街カルチェラタン、ファッション発信地、・・・
王侯貴族と芸術の都である。

大統領宮殿の付近にある凱旋門の広場には。多数の国際機関が結集する。私は何度かそこを訪れる。

tkoryoのブログ





ある時、パリの繁華街のホテルに宿泊する。近くにはオペレッタで有名なムーラン・ルージュ劇場があり、深夜まで大変な喧騒街だ。

tkoryoのブログ





ホテルの裏はモンマルトルの丘だ。
美術家、詩人、劇作家、小説家などが生活・制作した芸術家の一大拠点である。

tkoryoのブログ




モンマルトルの丘に登る階段の小道の途中には、若きピカソが住んだ安アパート街がある。


tkoryoのブログ
そのアパート街には、時折、画商の店がのぞく。



丘の上に着く。

tkoryoのブログ





丘の上は広場だ。陽だまりの中でのくつろぎのレストランが並ぶ。

tkoryoのブログ




この方は画家です。

tkoryoのブログ





大勢の画家が絵を描き、画家の市場だ。

tkoryoのブログ



私が買い求めた2枚の絵画。初老の婦人画家の作品。
小さな絵ですが、とても高額。
(絵をクリックすれば大きく見えます)


tkoryoのブログ


tkoryoのブログ








パリの街は、19世紀から高い建物は禁止されています。
エッフェルの作った塔は大変評判が悪かったようです。
ロンドンとは違う、のどかな芸術の街の人は大の日本びいき。
日本の芸術が好きなようです。
ウィーン市内の中心街のアパートにあるオーストリー人H宅での宿泊が終わり、いよいよ、チェコスロバキア第2の首都ブラティスラバ市へ移動する。そこで、ヨーロッパ癌国際学会が数日にわたって模様される。私は、沖縄でのがんと食生活の研究成果を携えての旅である。


ブラティスラバ市はウィーン鉄道駅から国際列車で100キロにも満たない短い距離である。
ウィーン市に面する国際河川のドナウ川をまたぐ。

tkoryoのブログ





tkoryoのブログ






美しきドナウ川の橋をわたるとすぐに、チェコスロバキアに入る。
当時チェコスロバキアはソ連を中心とする共産圏に属する。
列車は国境の寂れた検問所で停車する。
車内は3畳くらいの個室で、対面式のソファーがある。
客は私一人だ。英語は全く通じない。
カチューシャのロシア大地にあこがれがある私は、共産圏の風景を早く見たいと思いが早やっている。




tkoryoのブログ



待つこと小一時間。
検察官2名が私のドアをガラッと開け放つ。
30歳台の小柄な女性検察官の後ろを見ると、年配の大柄な男子検察官が立っている。彼は硬い顔つきで右で拳銃を構えている。彼れらとは言葉がまったく通じない。私は比較的立派な背広を着ていたが、こんなところに来るのはスパイか何か、怪しげな奴と考えたらしい。列車の窓際に後ずさりして、両手を挙げた。一巻の終わりかなあー。

パスポートとビザを見せて、国際会議の英語のパンフレットを見せた。彼女はそれを男性の部下にみせた。彼は笑顔になっている。日本からの客は初めて見たのだろう。
彼女の顔も少し穏やかになるが、まだ表情は硬い。英語のパンフは理解できない。
次は旅行カバンの検閲だ。あけたカバンの1つ1つの品物めずらしそうに見つめている。
2台の日本製カメラを見つけると、男子の部下としげしげと触っている。と、彼女の顔つきは
「これは何だ。これをくれれば通してやる」
私は言葉の通じなく、意味がわからないふりをしてみた。5分間ほどの緊張が漂う。
彼らは私が何もくれないとあきらめて、立ち去る、検閲には20分ほど要している。列車が国境検問所から動き出すには、4時間ほど待たされた形だ。
車窓の外をみると、道路に自動車の国境検問所があり、長蛇の列である。ワイロの取引で時間がかかっているのだろう。共産圏の一部を垣間見る。


国境を出発すると、のろい列車でもほどなくブラティスラバ駅に着く。石造りの小さな駅である。


tkoryoのブログ

写真の駅の奥左側の広場に1台のポンコツタクシーが待っている。さびて穴だらけ。車修理工場がないのだろう。ドイツ語を話す初老の運転手には、ホテル名だけを告げる。ロシア語も通じるというので、日本から来たと、ロシア語で話す。彼は助手席にすわれという仕草だ。フロントガラスは埃だらけであるが、後部座席眺めはよかった。しかし。道路は石畳でデコボコしており、彼の運転もへたくそで、路面電車の間を走り抜け、死ぬのかとひゃひゃする。信号はほとんどない。

ほどなく、市内の大きく、豪華なホテルに着く。ホテルのフロントではまたドイツ語かロシア語だ。私はドイツ語を勉強をしていない。(その後の旅の数々で。ヨーロッパでいちばんたいせつな言語と知る。)
困っていると、奥から一人の若い女性が出てきた。なんと英語がしゃべれる上。映画007「ロシアより愛をこめて」のヒロインとそっくりの美人さん。どこで英語習ったのか。とにかく、英語を使う客などめったにない上、日本から来た事に驚いている。4-5日このホテルに滞在するのだが、ホテルで話が通じるのはこの人ひとりだけ。どうなることやら。・・・・



映画のヒロインの写真です。本人は撮影不許可。
tkoryoのブログ



乞うご期待!!



1月のとある日、チューリッヒで環境の国際学術会議が開かれる。

チューリッヒ湖に栄えるこの街の人はドイツ語を話す。





tkoryoのブログ






チューリッヒ湖畔はスイスの高級別荘地である。私の親友の教授は、アインシュタインの物理学教室の後任教授であり、粒子物理学をする。原子核などを研究する量子物理学ではない。粒子とは塵のことだという。かれはドイツから来て、この対岸に別荘を有するちょび髭のリッチマン。

tkoryoのブログ







今夜の晩さん会はこの城の中です。ヨーロッパでは、古城をパーティーにしばしば使用する。
市長の許可があれば、公共施設として利用できる。日本の城も公共目的には貸し出すべきです。
その晩のパーティーは午後7時に始まる。
参加者は正装で、蝶ネクタイの紳士に化ける。
古城の室内の広間での団欒は様になっている。
パーティーはテープル方式で、私らは例の物理学者夫妻や米国マサチューセッツ工科大学の教授陣と同席する。皆、研究仲間だ。スイスの美味しい肉料理とワインの味は、そこらの一流ホテルでも味わえない。今夜のスポンサーはスイス大財閥なので、彼の屋敷の料理人だろう。ご列席の挨拶が長々と続く中、われわれは黙々と平らげる。
と、例の物理学者の婦人が、私に防寒帽子をくれた。私が頭が寒いと言っていたので、昼間に街で購入したとのことである。なんと、真っ青な毛糸で、どはでである。彼女は米国サンフランシスコから来て、彼と結婚する。彼はドイツ人だが元々サンフランシスコのIBM研究所に若い時働いていた。そこで見染めたのかもしれない。夫人は西部の女よろしく、明るく、にぎやかで、元気者だ。私は、せっかくもらった帽子は使用できていない。

ご臨席のあいさつが過ぎたのは9時過ぎである。かれこれ、2時間がたっており、宴も終わりかと、参加者のほとんどがワインをばんばん飲み干す。
と、今度は学生代表2名が壇上に招かれ、スピーチをおずおずとする。参加者は教授陣であるので、二人とも緊張している。まず1名の女子学生が環境がいかに大切かのスピーチを始める。拍手が時折起きる。
しかし、多少長いなあー、と思っているうちに午後10時が過ぎる。彼女は1時間以上スピーチをしている。だれも止めに入らない。止めようとすると、周囲が制止する。やらせておけ!! どうやら、最も優秀な学生2名のスピーチだそうである。しかし、もう10時過ぎていますよ。参加者の数名は、テーブルに伏せて、いびきをかき始める。それにしても、よくまあ1つのテーマで1時間以上も話せる。感心した。
2番目の男子学生が壇上に招かれ、スピーチを始める。環境が大切であるという似たような内容だ。弁論大会じゃないのか。
 午後11時がすぎる。半分以上の参加者はテーブルに伏して、グースーと寝ている。まだ、スピーチが止まらない。午後12時近くになり、ほぼ全員は寝ている。まだ演説している。補佐の先生もくたびれて寝てしまった。

例のサンフランシスコ生まれの教授夫人が目が覚めて、周囲と時計をキョロキュロみまわす。と、彼女は彼の前にずかずかと近寄り、演台を足で蹴飛ばし、「演説辞めろ、何時だと思っているのだ。いい加減にしろ」と大声で制止させる。さすが、西部のヤンキー女だ。鉄の塊だあー。彼女の大声によって、大勢の人が一斉に起き上がっる。とぼとぼと、1月の寒い夜空を歩いて帰るころは、1時を過ぎる。

後日、あの学生たちの演説の意味が推測できた。1つのテーマでどれだけ長時間話せるか、それには膨大な準備も必要である。こういう教育もあるようだ。ローマ帝国時代からの人材育成方法だ。それにしても、気長な、我慢強い試験です。日本でもやれるかな???
tkoryoのブログ







チューリッヒ郊外には名城がいくつかある。
tkoryoのブログ





ここはチューリッヒ郊外の里村。お勧めの場所です。
あなたも、ヨーロッパの旧世界を散策してください。


tkoryoのブログ