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リハビリのこと、庭のこと、コペンのこと

「ほめて伸ばす」という言い方をすると、伸ばす方法が、ほめること以外にもあるように聞こえてきます。
貶したり叱ったりも、ほめるための準備なわけで、叱ったまま放置するのは間違っている。
高齢者の中には、突然椅子から立ち上がれなくなる方がいます。

・立ち上がろうとしているのにお尻が椅子から離れない。
・立ち上がるとすぐに後ろにのけぞってしまう。
・座るときにドシンと座るようになった。

こういった状態の方には、身体を前方に傾ける練習が有効です。

・椅子に座り、向かい合わせに同じ椅子を置く。
・両足をなるべく手前に引いて座る。
・向かいの椅子の座面に両手をつく。
・そのまま10秒じっとしてから、元の姿勢に戻る。これを数回繰り返す。
・向かいの椅子の座面に両手をついたら、両手同時に前後に座面をこする。これを数回繰り返す。
・座面に両手をついたまま、なるべく前に両腕を伸ばす。
・その状態でおぎじをしながらお尻を浮かす。膝を伸ばしてから、ゆっくり座る。数回繰り返す。
・自分の膝か、机に手を付いてお辞儀をしながら立ち上がる。

こんな方法で、スムーズに立ち上がれるようになります。

立てなくなってくると、両手を引っ張り上げる介助をしたくなるのですが、介助される側は介助の手にぶら下がってバランスをとるので、重心を後ろに残すことになります。重心を前に移動しなければ絶対に立てないので、引っ張り上げる介助に慣れてしまうと、その介助なしでは立てなくなるのです。

認知症がある場合でも、毎日何度も繰り返し練習することで、少しずつ立ち上がれるようになるので、お試し下さい。
男性に多いのですが、リハビリの際に「痛くしてほしい。やった気がしない」と話される方が少なくありません。先日、OTから、痛くすべきかどうか質問されて、改めて考えさせられました。

「痛くしてほしいんだからそうしましょう」となるセラピストと、「痛くしたら組織損傷が生じるし、余計に身体が硬くなって治りが悪くなるのでやめましょう」となるセラピストと、どちらかかと思います。

私は後者なのですが、最近、どちらも正しくないような気がしてきました。

まず、なぜ「痛くしてほしい」のかを考えるべきでした。

深部感覚が鈍っているから、動かした感じが分からず、やった気がしない。だからより強い刺激がほしい。

だとすると、なぜ感覚が鈍っているのか。

神経系の問題の場合もあるかもしれないので、その場でできる神経検査はするべきです。神経系に問題がない場合、何が問題なのか。

意外と、身体の動かし方に問題がある方が多いです。いわゆるボディイメージができない。スタートとゴールの姿勢イメージはあっても、連続した姿勢変化のイメージができない。

なぜイメージできないのか。

関節機能障害?運動連鎖障害?不合理な体験様式?生き様?

考え方は色々で、アプローチ法もたくさんあります。問題が解決されれば何でもいいです。

ただ、「痛くしてほしい」に賛成か反対か、そこで結論を出してはいけない。

そう思います。
私がまだ学生で、臨床実習を受けていた時の話です。

ある実習地で「理学療法のスキルが低いだけでなく、患者様にも嫌われている。理学療法士の適性が、全くない。」と言われて、しょんぼり学校に帰って来た学生が、次の実習地では、患者様に大人気で、スーパーバイザーの評価も高いということが、良くありました。
 
実習先によってスーパーバイザーの評価が異なるのはわかるが、患者様の評判がガラリと変わるのは何故だろう。地域差?たまたま気の合う患者様だった?いろいろ考えた結果、「スーパーバイザーの感情が患者様に伝染した」のだろうという結論になりました。

自分の担当している患者様が、他のスタッフの苦情を言ってきたら、そのスタッフに注意する前に、自分の感情、態度はどうだったのか、自分の感情が伝染した可能性はないか、振り返るようにしています。

医療従事者は、患者様に感情を伝染させる立場であることを意識しておく必要があります。健康的な感情を伝染させるようになりたいものですね!
自分で動けなくなると、徐々に自分が動かされていることもわからなくなります。
そうなるとますます動けなくなっていきます。


動作をする際、ヒトは必ず何かを参照しています。
参照できる情報がないと、動けなくなります。

何かとは、視覚や聴覚から得られる情報、重力の情報など外界の情報はもちろん、
筋肉が動く感じ、皮膚と衣服が擦れる感じ、触っている感じ、触られている感じ、座っている感じ、立っている感じなど、外界と自分の境界の情報が重要です。

動けない方のリハビリは、動くために必要な、参照できる情報を提供することから始めます。

難しいことではありません。

例えば、車椅子に座っているなら足の裏やお尻の全面が接地していること。寝ているなら身体がベッドに隙間なく接していること。介助で移乗する際に移る先を見てもらうこと。手で触れてもらうこと。

そういうことからリハビリが始まるのです。
ドイツの看護師であるサビーネMベッカーさんが講師を務める「廃用症候群を予防するポジショニングセミナー」を受講してきました。

肺炎・関節拘縮・褥創は、慢性の病気を持った方をケアする上で最も注意が必要な点で、その予防が重要なのはドイツも日本も同じだそうです。

ただ、ドイツは日本に比べて関節拘縮の患者が少ないとのこと。ベッカーさんが言うには、「生活習慣の違いなどが影響しているのかも知れませんが、ドイツの看護が『患者の動き』を大切にするという考えを基本にしているのが大きいかもしれない」ということです。

例えば褥創予防に使用するエアマットは、体圧を分散して褥創を防ぎますが、体圧分散のために軟らかくなったマットの上は身動きがとりにくく、ただでさえ動けない人がさらに動けなくなり、関節拘縮を生じさせる恐れがあります。エアマットでも体位交換はしなければならない。体位交換は、褥創を予防するためだけでなく、患者が動く機会を作る意味でも重要な看護技術なのです。

ポジショニングというと、「安楽な姿勢をスタッフが作ってあげる」という認識でしたが、ベッカーさんは「患者が安楽な姿勢を求め、スタッフがそれを援助する」という姿勢が大切だと説明していました。

においや音は、初めは強く感じますが、長時間同じ環境にいると感じなくなってくるもので、これを「慣れ」と言います。においや音に限らず、人間はあらゆる刺激に「慣れる」動物です。

と同時に人間は、刺激に反応して(あるいは刺激を参照して)動く動物で、刺激がなければ動きは起こりません。これは体の面だけでなく心の面でも言える事です。

同じ刺激が続くとそれに慣れてしまい、刺激を感じなくなる。刺激を感じないことで動かなくなる。動かないことで動きを求めなくなる…これが心身の廃用症候群の根本にある仕組みなのです。

動くことが最も大切で、その障害を取り除くことが廃用症候群を防ぐことになります。

ドイツでは最近、「スモール・ステップ」というポジショニング方法を推奨しているそうです。

在宅で老老介護をしている介護者に効果的なポジショニングを指導してもできない。介護者が疲れずに、患者に効果的なポジショニングは何かと考えると、わずかな変化を高頻度で与えることだったとのこと。例えばクッションをしっかり当てて30度の体位を作らなくても、こまめに少しずつクッションをずらしていくだけで体は動き、患者はその動きを感じることができると。

PTやOTのように、短時間で良い影響を与えるという方法もありますが、看護や介護の場面では、長時間のかかわりならではの方法があるのですね。セラピストと看護・介護が交わって良いケアを作り出していく大切さを、改めて感じました。
どんなことでも、「バランスをとる」ということは大切です。どんなに「良いこと」でも、それが突出しているのは全体として「良い状態」を保てないものです。



「早期治療・早期退院」を謳った回復期リハビリ病院に、脳卒中片麻痺で入院したAさんの場合…




入院後まもなくして、担当医から言われました。

<あなたの脳機能は十分に回復可能です。3ヶ月以内に退院して、復職しましょう>

健常者なら、そんな担当医の話を聞いてホッとするかもしれませんし、やる気が出るかもしれません。




しかしAさんはとても不安になりました。

今まで一家の大黒柱で会社でも大きな仕事を任されていたAさん。1週間前に突然半身が動かなくなって口がきけなくなり、一日中よだれを垂らしていますし、歩くこともできず、オムツまではくことになってしまっています。頭もボーっとしています。

担当医の話を聞いて、嬉しい気持よりも、「こんな状態で本当に復職できるのだろうか?」と疑問に思いました。「私がどういう仕事をしていたのか、わかっているのか?そんなに簡単なことではない」と思いました。でも、そんなこと、先生には言えませんでした。元通りになりたいという気持ちは誰よりも強かったので、先生の意見に反論することなど考えられなかったそうです。



リハビリは毎日4時間行われました。元気のよい、若いリハビリスタッフが入れ替わり立ち替わりやってきて<さあ、今日も頑張りましょう!>と笑顔で話しかけてきます。「身体が思うように動かない」と言うと<そんなことないですよ、入院した時よりだいぶ良くなりましたよ。順調に回復していますから、復職に向けて頑張りましょう!>家族も病院職員も、復職を期待している。不安だなんて言ってられない。頑張らなきゃ…


カラダは確実に回復していきました。全く身動きが取れない状態から、足に装具をつけて四点杖をついて歩けるまでになりました。しかし…






ある日、病室にあったコードで自分の首を絞めているAさんを、看護師が発見しました。リハビリは中断され、その後、「脳卒中後のうつ状態」という診断を受け、当院に転院してきました。





Aさんは実在の患者様ではありませんが、似たようなケースが少なくありません。「脳の器質的病変によるうつ状態」といえばそうなのかもしれませんが、いわば「ココロとカラダが同調しなくなった状態」の方には、まず「バランスをとる」ことが必要だと、転院してきたご家族やご本人のお話を聞いていると、感じます。




健康な状態は、「カラダ」と「ココロ」のバランスが取れています。バランスがとれているので、天秤の目盛はゼロを差し、存在を感じない状態です。

また、バランスが崩れても、ココロとカラダが同調していれば、どちらかが変化するとそれに同調してもう一方も変化するものです。気持ちが落ち込めば足取りが重たくなり、嬉しいことがあれば軽やかに歩けます。怪我をすれば気分がふさぎがちになり、怪我が完治すれば気分もスッキリします。



Aさんのように、「カラダ」と「ココロ」が同調しなくなってしまった方は、「カラダ」だけが回復すると「ココロ」が辛くなってきます。逆に、「カラダ」が弱っているのに「ココロ」だけ先走ると「カラダ」の回復が遅れてしまうこともあります。

どこでバランスを取れば良いのかは、その方の「生き方」に合わせる必要があるので、リハビリテーションには患者様の歴史を知ることが不可欠です。ヒポクラテスは”その病気の患者がどんな種類の人間かを知ることの方が、その患者がどんな病気にかかっているかを知ることより大切である”と書いているそうです。


できるだけ高い位置で「カラダ」と「ココロ」のバランスをとっていくことを目標にしています。一見遠回りなようでも、バランスをとりながらリハビリを進めることで、確実に良い方向に向かいます。

引用文献 : 原井宏明著 「対人援助職のための認知・行動療法」  金剛出版
高齢者のリハビリや介護に携わる人なら、「役割を持って頂く関わり」の大切さは理解していると思います。先日、それを痛感してしまいました。

ご高齢の女性で、生まれも育ちも嫁ぎ先も農家の利用者様が、身体中に痛みを訴えてリハビリに来ています。その方が言うには、「畑仕事をすると痛くなるの。何にもしなきゃ痛くないんだけど…」

息子さんもお嫁さんも仕事を持っているので畑仕事はほとんどしません。息子さんは「そんな思いをして畑をやることないよ。野菜なら買ってくるから。」と言うそうです。

それでも彼女は畑を耕して、痛みを訴えます。

「そうじゃないんだよ。うちで作った野菜は美味しいんだよ。何でもできるんだから買うことないんだよ。」

旦那さんが亡くなるまでは、旦那さんと2人で家計を支え、家事も子育ても全てやってきたのに、今は家計も家事も自分の仕事ではなくなってしまいました。手慣れたはずの畑仕事も、身体が思うように動かない。その上「畑は止めろ」と言う…みんな私のこと何もわかっていない。

そんな思いが身体中の痛みとして現れているのではないかと。

「生きてるものは、必ず何かの役に立っている。何の役にも立たないものなんて、ないんだよ」と、子供の頃、誰かに言われたのを思い出しましたが、子供じゃないので、本人が「役に立っている」と実感できる事でないとダメなのでしょう。
ある患者様の歩行練習について、病棟看護師だけでは危険で歩かせられないので、OTに協力してほしいと依頼があったとのことで、作業療法士から私に相談があったので事前に評価しました。


起き上がり、立ち上がりの様子から想定される筋力・バランス能力からは、軽介助で歩けるようにみえたのですが、数歩で足が止まって動けなくなりました。その場で突然バランスを崩して後ろにのけぞったり、ガクッと膝が折れたりします。


患者様の様子を見ていて思ったのは、歩行困難の原因は認知の低下だということです。


床材の継ぎ目が大きな段差に見えて思わず足が止まり、恐る恐る足を出すが脚の筋力が低下しているのでうまくバランスがとれずによろけて、壁や天井がグルグル回って自分に迫ってくるように見えて余計にあわててしまう、そんな状態であると想像しました。


そこで、ご家族と一緒に両脇を抱えて<大丈夫ですよ、ほら、いちに、いちに…>と話しかけながら歩き出すと、徐々にスムーズに歩けるようになってきます。下ばかり見ていたのが、正面を向き、こちらに話しかけるようになってきます。


そのことを看護師・作業療法士に伝え、私はその後関わっていなかったのですが、先日作業療法士からその後の報告を受けました。

「〇〇さん、すっかり歩けるようになりました。週1回のリハビリであんなに良くなるなんてビックリです」


患者様・ご家族にとっては当然良いことでしたが、こちらから働きかけることで、患者様が良くなるという体験を、スタッフができたことが非常に有意義だったと思います。