どんなことでも、「バランスをとる」ということは大切です。どんなに「良いこと」でも、それが突出しているのは全体として「良い状態」を保てないものです。
「早期治療・早期退院」を謳った回復期リハビリ病院に、脳卒中片麻痺で入院したAさんの場合…
入院後まもなくして、担当医から言われました。
<あなたの脳機能は十分に回復可能です。3ヶ月以内に退院して、復職しましょう>
健常者なら、そんな担当医の話を聞いてホッとするかもしれませんし、やる気が出るかもしれません。
しかしAさんはとても不安になりました。
今まで一家の大黒柱で会社でも大きな仕事を任されていたAさん。1週間前に突然半身が動かなくなって口がきけなくなり、一日中よだれを垂らしていますし、歩くこともできず、オムツまではくことになってしまっています。頭もボーっとしています。
担当医の話を聞いて、嬉しい気持よりも、「こんな状態で本当に復職できるのだろうか?」と疑問に思いました。「私がどういう仕事をしていたのか、わかっているのか?そんなに簡単なことではない」と思いました。でも、そんなこと、先生には言えませんでした。元通りになりたいという気持ちは誰よりも強かったので、先生の意見に反論することなど考えられなかったそうです。
リハビリは毎日4時間行われました。元気のよい、若いリハビリスタッフが入れ替わり立ち替わりやってきて<さあ、今日も頑張りましょう!>と笑顔で話しかけてきます。「身体が思うように動かない」と言うと<そんなことないですよ、入院した時よりだいぶ良くなりましたよ。順調に回復していますから、復職に向けて頑張りましょう!>家族も病院職員も、復職を期待している。不安だなんて言ってられない。頑張らなきゃ…
カラダは確実に回復していきました。全く身動きが取れない状態から、足に装具をつけて四点杖をついて歩けるまでになりました。しかし…
ある日、病室にあったコードで自分の首を絞めているAさんを、看護師が発見しました。リハビリは中断され、その後、「脳卒中後のうつ状態」という診断を受け、当院に転院してきました。
Aさんは実在の患者様ではありませんが、似たようなケースが少なくありません。「脳の器質的病変によるうつ状態」といえばそうなのかもしれませんが、いわば「ココロとカラダが同調しなくなった状態」の方には、まず「バランスをとる」ことが必要だと、転院してきたご家族やご本人のお話を聞いていると、感じます。
健康な状態は、「カラダ」と「ココロ」のバランスが取れています。バランスがとれているので、天秤の目盛はゼロを差し、存在を感じない状態です。
また、バランスが崩れても、ココロとカラダが同調していれば、どちらかが変化するとそれに同調してもう一方も変化するものです。気持ちが落ち込めば足取りが重たくなり、嬉しいことがあれば軽やかに歩けます。怪我をすれば気分がふさぎがちになり、怪我が完治すれば気分もスッキリします。
Aさんのように、「カラダ」と「ココロ」が同調しなくなってしまった方は、「カラダ」だけが回復すると「ココロ」が辛くなってきます。逆に、「カラダ」が弱っているのに「ココロ」だけ先走ると「カラダ」の回復が遅れてしまうこともあります。
どこでバランスを取れば良いのかは、その方の「生き方」に合わせる必要があるので、リハビリテーションには患者様の歴史を知ることが不可欠です。ヒポクラテスは”その病気の患者がどんな種類の人間かを知ることの方が、その患者がどんな病気にかかっているかを知ることより大切である”と書いているそうです。
できるだけ高い位置で「カラダ」と「ココロ」のバランスをとっていくことを目標にしています。一見遠回りなようでも、バランスをとりながらリハビリを進めることで、確実に良い方向に向かいます。
引用文献 : 原井宏明著 「対人援助職のための認知・行動療法」 金剛出版