才能ってなんだろうって

 

考えた時に思いついたことです。


才能ある人を見た時のこと。

 

すごいなぁって思いました。

 

簡単そうにそれをやるのですよ。

 

片手間でなんの苦労もなさそうに。

 

だからなんらかのハンデを

 

負っていてもできてしまいます。

 

風邪をひいて熱があるとか

 

怪我して片手しか使えないとか

 

虫歯がピークだとか

 

トイレに行きたいとか

 

それでもできてしまう・・・。

 


と、言うことはですよ。

 

その人にとってはやっぱり

 

簡単なんですよね。

 

それもちょっと簡単とかではなく

 

ものすご~く簡単なんです(たぶん)

 

力の5%くらいを出せばできる

 

っていうくらいじゃないですかねぇ。


だからこそ寝てても出来るくらいの

 

領域なんです。

 

で、何が言いたいかというと。

 

そういうのが「才能」です!

 

ということです。

 

自分の5%以下の力でできること

 

それが才能なんじゃないかと

 

言いたいのです。

 

それを見つけて、ちょっとずつ

 

伸ばしていけば

 

才能を進化させていけます。

 


「すごいこと」という基準で探して

 

それが出来るように

 

努力するのではなく、

 

「簡単な事」という基準で探す。

 

それをちまちまと「すごい事」に

 

なるまで引き上げて

 

いくわけです。

 

 

その方が楽じゃないですか?

 

難しい事を極めるところまで

 

進化させるのは、並大抵の

 

努力では叶いません。

 

努力に努力を重ねても

 

難しいということが

 

あると思います。

 


でも、すでにできている事の方

 

だったらより高めていくモチベーションも

 

生まれやすいはずです。

 

これが近道だと思います。


ちなみに僕の場合だと

 

「読書」ですかねぇ。

 

趣味なので、1%の努力もなく

 

出来てしまいます。

 

むしろ楽しいんで。

 

読書の神になる日も近い

 

かもしれません。

 

今日もみなさんの才能に

 

「ぴーす」を。

 

思い通りにいかないと


感じているとき、人は

 

苦しいです。

 

 

「思い通りいかない」とは

 

何でしょう

 

思い通りいかないの前提には

 

「思い通り」があります。

 

思い通りというのは「こうしたい」

 

という望みですね。


「こうしたいなぁ」が


「こうならないといけないなぁ」


「こうしなきゃならない」


「こうしなきゃダメだ」と

 

進化して縛られてしまいます。

 

「こうしたいなぁ」だったら


軽かったのに

 

やらなきゃダメだ、レベルまで


行くと苦しくてたまりません。

 

こうしなきゃ、やらなきゃって

 

いうのは基本、自分で

 

できないとわかっていることです。

 

出来ることだったら、こうしなきゃ

 

なんて思う前に、朝飯前なので

 

もうやってしまっています。

 

でもやりたいけど、出来ない

 

ということは「気持ち」だけが

 

残るから「こうしなきゃ」ってなる

 

わけです。

 

 

まぁ、苦しいですよね。

 

どうしたらいいんでしょう。

 

思い通りのルールは自分で

 

作っていたりするものです。

 

最初の通り

 

「なったらいいなぁ」

 

くらいに思っていれば

 

いいんです。

 

それ以上重くしてはいけません。

 

重くなってしまったら手を

 

離しましょう。

 

そのまま重いものを抱えて

 

いてはどんどん辛さが

 

増してしまいます。

 

軽さを保つことを心がけていれば

 

大丈夫でしょう。


今日もライトに「ぴーす」を。

 

皆さん、階段をご存知でしょうか。

 

これは失礼な質問でした。

 

 

ふと「階段ってすごいな」と

 

感心してしまったわけです。

 

例えるまでもないですが、

 

5階建て、いや3階建ての

 

建物があったとします。

 

3階のフロアまでは地上から

 

8~10mくらいだと思います。

 

 

行けますか?

 

もちろん階段無しでという意味です。

 

ジャンプするとかよじ登るとか

 

そういうことです。

 

何か道具があれば引っ掛けたり

 

すればよじ登れないことも

 

ないかもしれません。

 

けど、そのあと間違いなく

 

ツライですよね。

 

相当疲労すると思います。

 

なんなら登ったはいいけど

 

もう降りたくなってしまうかも

 

しれません。

 

 

でもどうしましょう。

 

階段が無い場合ですよ。

 

3階とはいえ下手すると

 

死んでしまします。

 

少なくともなんらかもケガは

 

するでしょう。

 

 

というわけで、高さを小分けにして

 

負担を軽くして、それを繰り返す

 

ことで、目標の高さまで到達して

 

しまう「階段」、これはとても

 

素晴らしいものだと思ったわけです。

 

 

ただこれは「階段」についてマニアックに

 

熱く語り合う話ではありません。

 

人生における目標達成にも

 

同じことが言えるのではないですか

 

ということです。

 

「一流の○○になる」

 

「○億円稼げるようになる」

 

「○○で世界中に知られる」

 

どんなに高い目標も「階段」の

 

ように今の自分の踏み出せる

 

ステップに分けて、登って行けば

 

ちゃんとたどり着くんですよ。

 

もちろん登る階段を間違えては

 

いけませんけど、目的地をしっかりと

 

見据えていればそれもないでしょう。

 

 

自分に合ったステップであれば

 

3歩進んで2歩下がるということも

 

ありません。

 

下がってしまうのは階段ではなく

 

綱かなんかを吊るして垂直に

 

登ろうとしているからです。

 

自分の力のギリギリを責めすぎて

 

いるんです。

 

それでは疲れて力を抜いた際に

 

重力で落ちでしまいます。

 

落ちた分取り戻すのも

 

大変だしどんどん手も

 

痛くなるし、進まない分

 

気持ちも重くなってくる、

 

そうなってしまいます。

 

階段くらいのステップが

 

いいんですよ。

 

疲れていても踏み出せる

 

そうそう下がることもない。

 

休み休み上がっても大丈夫。

 

そういう安心感が目標へ向かう

 

大きな力となります。

 

 

「前回の記事」にもある通り

 

 ・自分に合っていること

 

 ・安心して気が乗るか

 

が一歩分のステップを

 

見極めるポイントです。

 

 

今日も素敵な目標に向かって

 

踏み出していきましょう!

 

 

いつでも私たちに「ぴーす」を。

 

GWになると

 

「何かやろう」と思って

 

休み前からアレコレ

 

考えるのですが、

 

出来たことはありません。

 

「この10日間で」と

 

考えるととても苦しく

 

なります。

 

 

一方、実際は

 

好きなことをして過ごします。

 

主に読書ですね。

 

何かのために読むのでは

 

なく、読書自体が面白くて

 

楽しみで読んでます。

 

だから、そこから

 

何も得られなくても

 

全然OKです。

 

 

目標を決めて

 

期限を決めて

 

という、成功法が

 

よく聞かれますが

 

ひねり出さないと

 

出てこなかったり

 

考えるだけで苦しかったり

 

するなら、やめたほうが

 

いいです。

 

 

「自分に合ったことを

 

する」のが一番の

 

成功法だと思います。

 

それの見極めは非常に

 

簡単で、気が乗るかどうか

 

です。

 

やってみたいな

 

できそうだな

 

楽しそうだな

 

そんな気持ちを大事に

 

して日々を過ごしてください。

 

自分にとって最良の道は

 

自然とそんな気持ちに

 

させてくれるものです。

 

日々の過ごし方なんて

 

考えるものではありません。

 

感じたとおりにするものです。

 

 

今日もあなたに

 

「光のロード」と「ぴーす」を。

多くの人が欲しいと思うものに

 

幸せ、愛、思いやり、安らぎ

 

等があると思います。

 

しかしこれらは手に入らない

 

と思うのです。

 

 

手に入れるのは「モノ」に

 

対する意味合いだと

 

言えます。

 

幸せ、愛、思いやり、安らぎ

 

などは、「モノ」の要素がないとは

 

言い切れませんが、きわめて

 

薄いものです。

 

物理的なモノというよりは

 

感覚的な気づきではないかと

 

思うのです。

 

そう考えた方が都合が

 

良いのです。

 

(都合よく考えるメリットについては

「真実なんか必要ない」の

記事をを参照して下さい)

 

 

モノを手に入れるには

 

行動が必要であり、

 

たいていはお金が必要

 

であり、そのためには

 

働いたりという努力が

 

必要になってきます。

 

 

感覚的な気づきであれば

 

どうでしょう?

 

ほぼ100%自分の思考

 

次第です。

 

気づくだけですから。

 

努力なんていりません。

 

気づいてしまえばいいだけ。

 

「どうやったら気づけますか?」

 

そんなことを聞かないで

 

くださいね。

 

自分自身の気づきです。

 

他人無しで自分のみで

 

気づくことが出来ます。

 

100%コントロールできる

 

ことが大事なのです。

 

 

次の瞬間無くなってしまっても

 

おかしくは無いです。

 

気づかなくなってしまえば

 

忘れてしまえばそうなります。

 

でも、それも自分次第で

 

取り戻すこともできます。

 

その瞬間、幸せ、愛、思いやり、

 

安らぎを味わうかどうかだけの

 

ことです。

 

 

今日もあなたの感じ方に「ぴーす」を。

 

他人、相手の話を聞くときに

 

どんな感じで聞きますか?

 

真剣にでしょうか。

 

聞き流すでしょうか。

 

議論するでしょうか。

 

 

基本は「ああそうですか」

 

「ああどうも」という

 

感じで受け取っておくこと

 

だと思います。

 

議論したり反論したりは

 

あまり意味がありません。

 

反論したってその人は

 

そう思ったのだから。

 

「それはちがうでしょ」

 

「こうすうるのが常識でしょ」

 

そんなことを言っても

 

何もはじまりません。

 

 

かといって、「なぜそんな風に

 

思ったのだろう」とか

 

「ひねくれているのかな」とか

 

相手のことを考えるのも

 

難しい事です。

 

想像したところで本当の

 

ところは分かりません。

 

 

相手から受け取った言葉や

 

態度などを含めて箱とします。

 

その箱は基本開けなくていい

 

物だということです。


受け取ったのだからとりあえず

 

「ありがとう」という気持ちで

 

受け取ります。

 

物をもらう基本ですね。

 

そして、家に持ち帰り、

 

そっと置いておいて、

 

おきます。

 

相手がいないとことですからね。

 

不要であれば、開けずに

 

いなくなったら捨てていい。

 

家に持ち帰る必要もないかも

 

しれません。

 

相手がいる時はそっと

 

横に置いておきます。

 

やはり開けてはいけません。

 

箱のまま置いておくのです。

 

何か良さそうな感じがあれば

 

その時だけ開けてじっくり見ても

 

良いと思います。

 

 

その人の「正しい」はその人に

 

とって本当に正しい事のはずです。

 

しかし他人の私にとって正しいとは

 

限りません。

 

そういうことです。

 

自分の正しさを優先しましょう。

 

でもそれについてどっちが正しいか

 

戦う必要はないということです。

 

 

今日もあなたに「ぴーす」を。

 

イメージすることが成功に

 

つながると言われます。

 

しかし、妄想しているだけでは

 

なかなかうまくいかないと

 

実感している人も多いと

 

思います。

 

では何が足りないのでしょうか。

 

 

妄想しているだけで

 

何も起こらないのは実は

 

行動しないからです。

 

当たり前ですね。

 

動かなければ、

 

何もしなければ、

 

何も変わっていきません。

 

行動に起こせないのは

 

妄想イメージが行動に

 

つがっていないからです。

 

ではどうすればつながるか。

 

それが「イメージすること」に

 

感情がプラスされることです。

 

簡単に言うと冷や汗かきながら

 

「これはないなー」

 

「くるしそー」

 

という妄想ではうまくいかない

 

ということです。

 

妄想しながらニヤニヤしてしまう

 

というと誤解を受けそうですが

 

そのように思えるよう

 

イメージ(妄想)を調整する必要が

 

あるのです。

 

イメージのレベルを無理のない

 

範囲に下げるのはダメです。

 

出来そうな気はするかも

 

しれませんが、ワクワク感が

 

無くなります。

 

夢のように大きくて

 

「なんかワクワクするなぁ」

 

「面白そう」

 

という感情が起こることが

 

一番大切なのです。

 

 

忙しい人生の中

 

たまにはちょっと一休みして

 

そんなイメージをする時間を

 

とってみませんか?

 

良いイメージが浮かんだら

 

書き止めておいてください。

 

そして時間の許す限り

 

毎日眺めましょう。

 

 

あなたの素敵な未来に「ぴーす」を。

ネガティブ=悪い

ポジティブ=良い

 

みたいなイメージってありますよね?

 

言語、特に日本語は素晴らしいもの

 

ですがちょっと使い方を間違えると

 

大きな損をすることがあります。

 

言葉で表現できることの限界が

 

あるのでしょう。

 

人によって言葉とイメージに

 

若干誤差もあると思います。

 

 

で、ネガティブの話です。

 

「ネガティブ」とか「ポジティブ」とか

 

それだけだと言葉足らずで

 

本当のところがわからないと

 

思います。

 

その後ろに付くものがポイントです。

 

 

よく「引き寄せの法則」なんて

 

呼ばれるものがありますけど

 

あれは「波動」のことを言っている

 

ものなんです。

 

自分が発した波動と同じ現実が

 

引き寄せられてくる、簡単に

 

いうとそういうことです。

 

それは法則というまでもなく

 

そういう世の中の仕組みだと

 

思います。

 

だから「ネガティブな“波動”」は

 

自分を悪い方向に向かわせて

 

しまうんですね。

 

でも良く悪いといわれているものの

 

中には「ネガティブな“感情”」も

 

だいぶあるはずです。

 

「感情」なので、実はいくら持っていても

 

発生しても、「引き寄せの法則」の

 

波動のところには実は何も影響しないのです。

 

 

でも、だいたい影響してしまう・・・。

 

それは「ネガティブな“感情”」から

 

「ネガティブな“波動”」を作ってしまう

 

からです。

 

「ネガティブ」だけでは分からない

 

感情と波動の違い、これが大事です。

 

二つは違います。

 

だから「ネガティブな“感情”」から

 

「ポジティブな“波動”」をつくりだす

 

ことだってできます。

 

 

あえて例は書きません。

 

「ネガティブな“感情”」は日々

 

お目にかかると思います。

 

それを元にどう「ポジティブな“波動”」を

 

発するか考えてみてください。

 

そのコツをつかんだ時、きっと

 

素敵な未来につながると思います。

 

ネガティブとポジティブは裏表で同じこと

下の記事も参考になるかと思います。

コインの裏表のように

 

 

あなたの未来に「ぴーす」を。

「苦しむ」ことは嫌な事

 

というイメージがあると

 

思いますが、実はとても
大事なことです。

 

なぜ「苦しい」のでしょうか。

 

考えてみましょう。

 

たとえば、腰痛で苦しいとします。

 

良い腰の状態があります。

 

痛くもなく、柔らかく

 

思い通りに動きます。

 

それが動きが硬くなり

 

痛みが出ます。

 

そうなると苦しいんですね。

 

ということは、標準的な

 

「良い状態」ではなくなるから

 

苦しいということです。

 

 

他の「苦しい事」も同じでは

 

ないでしょうか。

 

本来の状態との差異こそが

 

「苦しみ」と考えることが出来ます。

 

すると、逆に苦しみから

 

本来の状態を

 

見つけることが出来ます。

 

本来の状態は基本の状態であり、

 

ベースにあるものということです。

 

 

人間関係がうまくいかない、

 

お金がない、身体の不調・・・

 

人間関係で苦しいのは

 

助けあう人間関係こそ

 

本来の姿だからです。

 

お金がなくて苦しいのは

 

豊かで富があふれ、自分の

 

やりたいことができる状態が

 

基本にあるからです。

 

身体が不調で苦しいのは

 

健康で活力があり、何事も

 

こなせる状態こそが根底に

 

あるからです。


だから「苦しみ」という経験は

 

素晴らしい恵みをもたらして

 

くれるものなのです。


とても素晴らしい世の中の

 

しくみだと思います。

 

このように、

 

「基本はなんなのか」

 

「元来どういうものなのか」を

 

分かっていくはとても

 

有意義なことだと思います。

 

 

今日もあなたに「ぴーす」を。

 

道には何でも落ちています。

 

何でもとはなんでしょう。

 

ゴミでも宝石でもお金でも

 

落ちています。

 

「落ちてるのはゴミくらいだよ」

 

「宝石なんて見たことないね」

 

そう思いませんでしたか?

 

「ゴミしかないよ」と思った人は

 

ゴミを見ています。

 

ゴミを探しています。

 

ゴミが落ちていると思っています。

 

見たいものが見え、

 

探したものが見つかり

 

思っているものが現れます。

 

 

「この道には宝物があるんだ」

 

そういうふうに見たら・・・探したら・・・

 

思って歩いたら・・・

 

いったいどうなるんでしょうか。

 

未来が楽しみでしかたが

 

ありません。

 

 

今日もあなたの未来に「ぴーす」を。