悩んでいる人ほど

 

「頭で考えて」います。

 

でもそれは、考えているつもりに

 

なっているだけです。

 

悩んでしまっているので、考えてはいません。

 

頭の中で同じことを繰り返し思っているだけです。

 

・どうしよう

 

・めんどうだな

 

・気が重いな

 

・疲れたな

 

・やりたくないな

 

・なんだあいつは

 

同じことを思っても何も進みません。

 

小さなダメージが積み重なるだけです。

 

 

ノートに書けばいいんですよ。

 

ノートじゃなくても、カレンダーの裏や

 

紙の切れ端でもいいです。

 

書けば考えられます。

 

考えが進みます。

 

進めば、何か策や道が見えてきます。

 

頭で考えるのは、昔のファミコンソフトのようなものです。

 

100面くらいステージがあって毎回1面から進めるわけですよ。

 

10、20進んだって、つけっぱなしにするわけにはいかず

 

電源を切れば、翌日はまた1からスタートです。

 

でも今はどうですか。

 

今じゃなくても、だいぶ前から「セーブ」という機能が

 

備わっています。

 

昨日の続きからできるんですよ。

 

ノートはそれと同じです。

 

考えた記録が残るから、同じと所は省いて

 

続きから考えて前に進めるんです。

 

夢は見るもの、つくるもの。

 

持つべきものと言われます。

 

持てば、人生に張り合いが出ると思われています。

 

張り合いが出るならいいでしょう。

 

でも、本当に持つべきものでしょうか。

 

持ってないと、ダメ人間でしょうか。

 

 

決してそんなことはないと思います。

 

夢がなくてもいいじゃないですか。

 

夢がないということは、望みがかなっている

 

ということでもあると思うんです。

 

いい生き方ができている証拠です。

 

生きている中で、夢が出てきたら

 

小さく区切って、目標立てて、行動していけばいいです。

 

夢がある人はしあわせです。

 

夢がない人もしあわせです。

 

不安や悩みのほとんどは

 

思い込みや勘違いや妄想だと

 

言われています。

 

つまり、「取り越し苦労」ということです。

 

でも、それを「しないように」とか

 

「減らしていきましょう」などと

 

言われても、もうあるものは

 

消せなかったり、習慣になっていて

 

どうしてもそのループに入ってしまったり

 

なかなかうまくいかないことも多いと思います。

 

 

そこで思いつきました。

 

文字通り「思いつき」で申し訳ないのですが、

 

考えていたら対処する方法が浮かびました。

 

取り越し苦労とはようするに、不安の先取りという

 

事だと思います。

 

何かを取り除くことは、普段の自分の行動や考え方のくせと

 

密着しているので難しいのだと思うので。

 

だったら、取り除くのではなく付け足したらどうでしょうか。

 

「不安を先取り」するのを何とかしたいので、「安心を先取り」して

 

バランスを取るのはどうでしょか。

 

「悩みの先取り」なら「楽しみの先取り」です。

 

不安や悩みについて悶々とかんがえてしまったら、

 

同じくらい「安心・楽しみ」についても考える。

 

それは十分可能だと思います。

 

そしてとても楽しいです!

 

・今日は金曜だから、明日は家でゴロゴロしよう♪

 

・家に帰ったらケーキ食べよう♪

 

今日も未来に「ぴーす」を。

 

 

有名な人が亡くなると、

ショックは大きいものです。

特に親しいわけではないけれども

テレビなどで良く見かけている分

勝手に親近感が湧いているのかも

しれません。

とても有名で多くの人に知られていて

様々な事を行い、人生も充実していて

 

収入も多かったことでしょう。


でも、亡くなるときは一瞬ということも

あるんだなと、しみじみ思いました。


人生とは何なのか考えさせられました。

どんなに高い目標を立てて努力して

どこかに登り詰めても、最期のときは

きてしまう。

やはり極端にツライ努力はせず

たんたんと日々を楽しみながら

過ごすのが、良いのかなと思いました。

 

「楽しみ」という果実を瞬間ごとに

 

受け取って食べて味わっていくのが、

後悔しないコツかなと思います。



目標は大きすぎる必要はなく、

人生のスパイスとして、考えると

フフッと楽しくなってきてします

ようなモノがいいと思っています。

 

 

【ぴーす】な日々をたいせつに

 

生きましょう。

空を見上げると雲がなかった。

 

1月の公園でのことである。

 

時間は午前11時。

 

育ちざかりと思われる子ども達の声が響き渡る。

 

その奥からは長いローラー式滑り台の各ローラーの声が、

 

定期的に重なってくる。

 

ベンチに座って見上げた空一面に雲は見当たらなかった。

 

 

雲とは何だろう――

 

存在するものなのだろうか。

 

見えていても、さわれそうな気がしない。

 

もっと小さな存在のあつまりが、雲という存在の

 

錯覚を見せているのかもしれない。

 

それは「雲」という存在なのだろうか。

 

「雲」という幻想なのだろうか。

 

明日にはお目にかかれるかもしれない。

 

目に見えていてもさわれないもの、

 

見えていなくてもそこにあるもの、

 

この世界にはそんなものがたくさんある。

 

人だって、街だって、現実だって、自分だって

 

雲のようなものかもしれない。

 

そんなものが、見えなくてもそこにあるものの

 

力で生活している。

 

いつも雲のように浮かんでは消えていく。

 

雲にしがみついて生きるのは骨が折れそうだ。

 

明日また会いましょう!

 

いっそのこと、常に空でありたいと願うばかりです。

 

なんでもうまくいく方法があります。

 

それはキレイな心でいることです。

 

なにかに感動するような。

 

なにかに感謝するような。

 

なにかを愛おしむような。

 

 

そんな心でいるときに、

 

自分のすべての行動が

 

良い方向に向かう設定になります。

 

だから結果もうまくいきます。

 

こころにグッとくる感動を探してください。

 

こころが現れるような感謝を感じて下さい。

 

こころが満たされるような、いとおしい存在を

 

大切にしてください。

 

 

今日も良き「ぴーす」な一日を。

 


我慢というものは

人生においてもっとも不要なもの

ではないでしょうか。



生きて死ぬまで長すぎて困る、

というほど長くはないのです。

どちらかといえば、ちょっと足りない

 

という感覚かと思います。

 

無駄に出来る時間はありません。

何をしていても時間は待ってくれず

 

進んでしまいます。


「我慢する」とは「やりたくない事をやる」と

 

ほぼ等しい意味です。

時間の限られている人生の中で、

誰かの目を気にして

気を使って我慢なんてする必要は

ありません。


トイレを我慢しながら生きていけますか?

想像してみてください、

トイレを我慢しながら生きる人生を・・・。

我慢とはそういうものです。

 

やめておきましょう。
 

「思考が現実化する」などと

 

言われることが多いですが

 

思考は現実化しません。

 

 

正確には、「現実化する

 

思考もある」ということです。

 

思考が何でもかんでも

 

現実化するわけではないです。

 

 

もう一つ要素が必要で、

 

それが「決める」という意志

 

なんです。

 

 

「〇〇したいなぁ」なんていう

 

思考があって、そこまでなら

 

ただの妄想で終わります。

 

発展して「〇〇になる」と

 

自分が決めたときに

 

初めて現実化します。

 

「でも本当に〇〇になるかなぁ」

 

などと思っているうちは

 

現実化しません。

 

だから「決める」ことが大事なのです。

 

 

自分の心を決めるために

 

考えを進めたり、証拠を準備したり

 

周りを固めていくのです。

 

以前の

 

人生をコントロールする方法

 

では、ポジティブかネガティブかという

 

ことよりも「主体的であること」が大事と

 

書きました。

 

「主体的」というとちょっとカタイ言葉の

 

感じがしますが、ようするに

 

「自分から動く」というころです。

 

とにかくそれを重視してください。

 

それだけで、そうでなかった場合と

 

くらべて人生が180度かわります。

 

 

結局、悩むことが多い人は

 

他人のことで悩んでいます。

 

大まかにいうと、誰かに何かを

 

やれと言われて、それをやりたくない

 

けども、やらなければならない

 

そんな時に「悩み」となります。

 

でも大丈夫。

 

別に「やりたくない」を「やりたい」に

 

変える必要はないんです。

 

「自分から動く」スタイルを貫けば

 

いいんです。

 

具体的には、それを「依頼された」のではなく

 

「依頼させた」と考えることです。

 

・自分が何か実績を作ってきた

 

・だからあの人は自分を頼ってきた

 

・ということは「自分が依頼させた」ことだ

 

みたいな感じです。

 

自分から動かした、感じにすることが

 

大事なんです。

 

依頼の前を考え、事の発端は自分にある

 

自分発であると認識します。

 

それで「従」から「主」になれます。

 

「主」を意識して日々を楽しく

 

すごしましょう。

 

 

今日も「主」のあなたに「ぴーす」を。

 

ポジティブかネガティブかということは

 

余り意味がありません。

 

どちらが良い悪いというものでもなく、

 

ただその時の状態であるだけだからです。

 

ポジティブな方がいいかと思っていても

 

浮かれすぎて、思わぬ事態に陥ることも

 

あります。

 

ネガティブがダメなんだと思っていても

 

一旦落ち込んだことで、よし、がんばろうと

 

いう気が起こることもあります。

 

どちらでもいいことです。

 

素直に感情にしたがうのみです。

 

 

それよりも大事なのは「主体的であること」です。

 

主体的であることで何事もうまくいきます。

 

主体的であるか、従属的・受動的であるか、

 

その物事に対するスタイルは選べます。

 

 

たとえば『人に言われたことをする。』

 

会社員であればよくあることですが、

 

そのまま行えば従属的・受動的と言えるでしょう。

 

渋々おこなっている姿が目に浮かびそうです。

 

しかし、言われたことを一旦自分に取り込み

 

「自分はこうしてやろう」という思いでやると

 

どうでしょうか。

 

それだけで、主体的な行為になります。

 

言われたAがひと工夫でA’になってもいいし、

 

自分のフィルターを通っていれば、そのままAという

 

行為でも問題ありません。

 

 

常に何か行うときに「主か従」かを考えて下さい。

 

そして、「主であること」を重視してください。

 

それで人生をコントロールすることができます。

 

過去記事も参考に

意志を持って行動する、望み通りの人生

 

今日もあなたの一日に「ぴーす」を。