Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!
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 ビーンと言えばギャグ、と言う感じで面白いおじさんビーンが出てきて何かやらかすと思う人が多いはず。
確かにこの映画もそれに当てはまっていないわけではない。
ローワン・アトキンソンさん演じるビーンはやはりいつものビーンだし、何かやらかすのもたしか。
しかし、この映画は違う視点で見てみるとおもしろい。
 十分笑えるシーンがあるのでまずストレス解消にもなると思う。
それ以上に、カンヌへ行くという事でいつもとは違った「風景」が楽しめるのだ。
ビーンと一緒にワイワイ旅行している気分で見ると爽快でイイし、景色が本当にキレイに映し出されてる。
しかもビーンのやる事なすことハチャメチャだから、それに同化すると非日常が体験できる。
自分には出来ないようは事を思い切ってやってしまったりするのだ。
成功を納める人たちは非日常を大事にするというのを本で読んだことがある。
非日常体験は日常を打ち破り、突発的なアイデアや、新しい世界へ入るドキドキ感に繋がる。

 ストーリーは都合よくまとまってしまう感もあるが、スッキリしていて上記の様な体験をする目的としてみるのには都合がいいと感じた。心にストンを落ち着く終わり方は好きだ。

ファンは買って損はないし、買うまでとはいかない人も「自然に触れる旅行体験」「自分ではできない非日常体験」という目線で通常の映画とは違う楽しみ方を是非してみて欲しいと思う。

脳にとって心地よいエネルギーが入り、ポジティブになって明日からの活力となるかもしれない。

「心の元気事典」は元気になる考えを検索できる事典です。

 

元気になる考えとは何でしょうか。

 

 

生きていると様々なことが起きます。

 

そして起きたことを私たちは受け取ります。

 

受け取るときに体に入るとき、何らかの情報を付けます。

 

それが価値観や観念というものです。

 

起きたことをそのまま受け取らずに、自分なりの着色を

 

しているということです。

 

 

その着色する色を私たちは、考え方を変えることで

 

変化させられます。

 

 

起きた出来事が何であれ、好きな着色をして

 

自分のプラスになる受け取り方ができるということですね。

 

 

「好きな着色をしやすくする」のがこの事典の役目です。

 

どうしても変な色の出来事が起きた時に、うまく好きな

 

色に変えられる方法がこの事典に載っているという

 

ことです。

 

 

深刻に悩むことは人生でやってはいけないことだと

 

僕は思っています。

 

もちろん誰かを深刻なことに巻き込んだり、落とし込む

 

ようなことはもってのほかです。

 

 

ですから、悩んでいる人がいるならこの事典を充実させて

 

なんとかこころの「ぴーす」を取り戻してほしいと思います。

 

この記事自体も「出来事の色を変える力がある」事典の

 

一項目だと思います。

 

 

今日も世界に「ぴーす」を。

 読書をしていると「これ、いいな」と思える一文に出会うことがあります。

 

よく目にするのは「感謝をしよう」ということ。

 

 この言葉だけだと何も伝わらないと思います。

 

 

僕はこの言葉の意味する所は「新たに感謝できる事を探す」のではなく、

 

「今ある中で感謝すべき所を探す」だと思っています。

 

前者だと「ふーん」という感じで、ちょっと大変そうと考えてしまいます。

 

後者だと「それなら出来るかも」って心に感じる部分があります。

 

 本の場合は生きている事自体に感謝する内容が出てきます。

 

「眠った次の火の朝、目が覚めた事」

「意識していないのに心臓が動いて血液を全身に循環させている事」

「無意識の呼吸で生きていられる事」

「宝くじより低い確率、偶然ともいえる確率で生まれてきている事」

「生まれてから数々の障害を乗り越え数十年生きてきて今に至る事」

こんなことに気づかされ僕は感謝できて温かい気持ちになりました。

 

 どうしたら上記のような事柄に気づけるのか。

 

 

簡単に小さく感謝できるコツを見つけました。

 

それは「今の状況を逆にして、より悪い事と比較する」と言う事です。

 

あまり悪い事は考えない方がいいのかもしれないし、比較するのも

 

良いことではないかもしれない。

 

でも、感謝に繋がるならそれもありかなと思います。

 

 例えば、今こうしてPCの前に座り記事を書いてます。

 

 

もし「PCの前に座る事も出来ず寝たきりで、記事を書こうにも

 

手すら動かせない」としたら・・・こう考えて今と比較するとどうでしょう。

 

感謝できませんか?

 

音楽聴いてたら、「耳が聞こえなかったら・・・」、、、音楽が身に染みてきます。

 

だれかと一緒に居たら、「その人を知らなかったら・・・」、、、その楽しい

 

ひとときが愛おしくなります。

 

 自分に合うと思ったら、この方法を試して活用してみてください♪

 

 

うまく行けば毎日感謝でいっぱいの日々を送れるかもしれません。

 

思い出した時だけでもいいと思います。

 

すでに与えられているモノというのは、思っているよりも多いのかも

 

しれませんね。

 

それらに気づくことが大切です。

 

 

それでは今日も心に「ぴーす」を。

 

「誰でも幸せになりたいと思っている。」

 

そんな事を感じる今日この頃です。

 

と、書いてみましたが、今日この頃だけではないですね。

 

いつでも誰でも幸せにはなりたいものです。

 

 本などでは「○○で幸せになれる方法」などのタイトルを良く見かけます。

 

 

○○の中は「一瞬で」とか「3分で」という時間的なものから、

 

「朝早く起きるだけ」とか「掃除をするだけ」とか

 

ある行動をするだけでというようなものまで様々です。

 

 

そういう方法もあるでしょうし、著者は実際うまくいったのでしょう。

 

しかし問題はその方法論の部分ではなく、「幸せに“なりたい”」、「幸せに“なろう”とする」その

 

「なる」という部分にあるわけです。

 

 

 辞書によれば「なる」というのは

 

----------------------------

1 物事ができ上がる。実現する。成就する。

2 今までと違った状態・形に変わる

----------------------------

ということで、状態の変化を表しているみたいです。

 

A⇒Bに切り替わる、みたいなかんじでしょうか。

 

そうなると「どういう状態が幸せ」の状態かという問題になります。

 

それは一人一人別の考えを持っているから当然バラバラなものに

 

なるでしょう。

 

しかもその一人一人を個別に見ても、時間や時期、環境で

 

変化している事も容易にわかります。

 

そう「幸せの状態」は変化しているんです!

 

ビックリマークなんかつけてみました。

 

 

例えば中学生くらいの頃、10万円もあればゲームもお菓子も

 

何でも変えて幸せー!・・・と考えていたとします。

 

大人になってみると10万円では毎月の光熱費・通信費くらいで消えてしまい

 

それでは幸せになれません。

 

「年収3000万円くらいあるといいね。」なんて思ったりしましまいます。

 

とにかく 「幸せの状態」は刻一刻と変わるということだけは覚えておいてください。

 

だから「幸せになった」としても、その状態は次の瞬間に「幸せじゃない」ことに

 

なる可能性もあるということです。

 

 

まずはこれを知ることで、幸せへの道へ1歩近づいたと思っていいと思います。

 

今日もこころに「ぴーす」を。

 

 

⇒「幸せへの道2」へつづく。

 愛情、愛する事はとても気持ちのいいことです。

愛の気持ちを抱く時必ず心は平穏です、とても柔らかい状態で無防備でありながらも、

壁を作る必要・心配も無く自然で心地よい状態になります。


 そういう気持ちを1日何度想うでしょうか。

最高の状態をもっと自分に呼び込んでもいいのではないでしょうか。

呼び込むほどに人生は開けたものになっていくと思います。

少なくとも自分自身はそれを知って実践してからの人生は生まれ変わりました。

薄汚れたフィルターを剥がしたように、目に映るものすべてが輝きだしました。

顔も変わったといわれます。雰囲気が変わったといわれます。


 お金もかからず、時間もかからず、難しい事もない。

ただ何度も「愛する気持ち」を持つだけです。

 時間は存在するのでしょうか。

時間と言うとおおまかに言うと「現在」「過去」「未来」があります。

・・・あることになってます。

過去と未来は今より前と今より後ろだから範囲なんですね。

しかし「現在」は瞬間なので「過去」と「未来」を線とすれば点のようなものと言えます。

それを同列のものとして横並びにするのは性質が違いすぎると思いませんか。


 過去はその時点では「今」だった点が並んだモノという事、未来はこれから「今」になるものの

集まりという事、で結局はすべて「今」なんですね。

「今」の上に過去も未来もあるということです。

そうすると「今、現在」から見る「過去、未来」は幻想という事になります。

昨日のアレもその時点での「今」だし、明日の予定はその時点での「今」のはずです。

時間という軸があるように思わされ教えられ納得してきたけど、

常に「今」がすべてで、それ以外の時間は無いと考えた方がとても自然だということです。

そしてそう考えると無駄な恐怖やストレスも減ります。

過去を振り返って「あの時、ああしてればなぁ」とか言って落ち込む事もなく、

未来を予想して「このままじゃきっとこうなってしまう・・・。」等と心配する事もなくなります。


 だからいつも「今」を楽しんでいけばいいだけです。

ただその楽しい時間が積み重なっていくそう考えるだけで、一瞬一瞬が宝物のように輝いているはずです。

それがやがて過去になるし、未来にもなる。

今がやがて過去になるのは分かりやすくても、今が未来になる方は分かりにくいかもしれないけど、

今を楽しむ心、その豊かな心はやがて来る未来の「今」をも輝かせる事になるはず、

という事になります。

・・・えっ? そうならないかもしれない? それは幻想上の心配です。上記を読み直してみてください。


 「今」ほど素晴らしいモノはありません、「今」ほど感動的なこともありません。

そう思います。

目的と目標、差は何か

「えっ、同じじゃないの!?」

⇒両方必要であるのに、ココで両者を同一のものとして捉えると、迷宮に入り込むかもしれない。


大辞泉によると、

「【目的】

 実現しようとしてめざす事柄。 

 倫理学で、理性ないし意志が、行為に先だって行為を規定し、

方向づけるもの。」


「【目標】

 そこに行き着くように、またそこから外れないように目印とするもの。

 行動を進めるにあたって、実現・達成をめざす水準。」


となっている。

これはとても明確な答えだと思う。

簡単に比較すると、目的は抽象的、目標は具体的と言えるかもしれない。

だったら「目標」さえあればいいじゃないか、と思いたいところだがそうはいかない。


 個人的には具体的・抽象的以外のもう一つの見方をしておきたい。

目的は大きく、目標は小さいということだ。

もっと崩して言えば「目的は達成できない、目標は達成できる」ものであるという事。

目標だけだとどうしても達成するまでが楽しく、達成後が空っぽになりやすい。

達成感で盛り上がったものの気が抜けてしまったというか、次どうしたらいいという

不安にさえ襲われかねない。

そんな時、「目的」 それも人生かけても達成できないようなスケールの目的が

自分の人生全体を支える大きな柱として存在していれば、上記のような

喪失感は和らぐはず。

そういう風に、「目的」を壮大に大きな柱として打ち立てて、それを具体的こなしていく

ステップとして「目標」目盛りを柱に書いていく。

そういう使い分けをしていくととても有効に使えるということで、やはり「目的」と「目標」

どちらも必要不可欠だといえるだろう。


何かを失った時

「何で自分だけこんな目に」 「悔しい、イライラする」

 ⇒「良かった、これもきっと誰かの役に立ったんだろう」

  失う時は消失してしまうものもあるけれど、ほとんどは持ち主が変わる

  場合が多い。それなら、新しい持ち主にそれをあげたと思ったほうが、

  精神的にはだいぶラクだと思う。


   「与えた」というとちょっと上から目線になってしまうけど、

  「大事に使ってください」と言って手渡すイメージでいれば、

  気持ちの切り替えもきっと楽なはず。

喜びがない

⇒喜びがないと思っているのは、考えているから。

 それは生きている証拠、その素晴らしさを感じる事が大事。

 生きていなければ思いを馳せることはできません。