今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -34ページ目

今日という日【2月24日】

■旅順港閉塞作戦

1904年2月24日。

旅順港閉塞作戦(りょじゅんこうへいそくさくせん)」は、1904年2月からの「日露戦争」において、大日本帝國海軍が行ったロシア帝国海軍旅順艦隊の海上封鎖作戦(閉塞作戦)である。三次に亘って行われたがいずれも失敗に終わった。

朝鮮半島をめぐり日露関係が悪化すると、日本では対露戦を想定して作戦計画が考えられるが、主戦場が中国大陸(満州)のために日本は陸軍に対する補給を海上輸送に頼らなければならない事情にあった。また世界最強と謳われたバルチック艦隊と旅順艦隊(太平洋艦隊)が合同した場合には、日本側が不利であると判断した。

秋山 真之」はアメリカ合衆国へ留学して兵学研究を行い、観戦武官として「米西戦争」に参加し、艦隊による近接封鎖から「サンチャゴ閉塞作戦」と「サンチャゴ・デ・キューバ海戦」に至る経過を観戦し、海上戦力の理論的研究を行っていた。
秋山は封鎖にはリスクが大きいと考えていたが、二等戦艦「鎮遠」を用いて湾口を閉鎖する作戦を計画し、「有馬 良橘」中佐は機密で旅順の実地調査を行って封鎖作戦を研究し、1903年(明治36年)にバラストを満載した古い艦船を湾口に沈め、幅273mの旅順港の入り口を閉塞する作戦を軍令部に対して提出していた。連合艦隊司令部が発足すると、作戦計画である「機密第一二〇号」が発せられた。

第一次閉塞作戦は、1904年2月24日未明に実施。5隻の老朽船と77人の志願兵を集めて決行したが、ロシア軍の沿岸砲台が閉塞部隊に激しい砲撃を浴びせたため、作戦は失敗。機関兵1人が死亡した。

今日という日【2月23日】

■日本初の静止衛星打上げ

1977年2月23日。

この日、宇宙開発事業団が日本初の静止衛星(技術試験衛星)「きく2号」の打ち上げに成功した。

1977年2月23日にN-Iロケット3号機で種子島宇宙センターから打ち上げられた。打ち上げ後25分に静止トランスファ軌道に投入され、3回の姿勢変更の後、2月26日に第7遠地点付近でアポジモータに点火、ドリフト軌道へ投入された。その後、衛星の姿勢を軌道面にほぼ垂直まで引き起こし、4回の軌道制御を実施、3月5日に最後の軌道制御を行い東経130度付近の静止軌道へ投入され、日本初の静止衛星となった。打ち上げ時には環境データの取得が行われた。

静止軌道投入後3月下旬までは衛星の機能確認が行われ、4月中旬には電波伝播実験用送信機の連続動作試験、4月下旬に電波伝播予備実験を実施した。5月下旬からは「郵政省電波研究所」においてミリ波帯での電波伝播実験が開始された。
8月22日に定常運用を終了した。その後は1990年12月の運用終了までミリ波帯の電波伝播実験などのデータを取得し、「アメリカ航空宇宙局(NASA)」をはじめ、世界各国で宇宙通信のための電波伝播特性研究などに長く利用された。

今日という日【2月22日】

■愛国社結成

1875年2月22日。

愛国社」は、明治時代の自由民権運動前期の政治団体。

1875年(明治8年)2月22日、大阪会議に参加した「板垣 退助」が、大阪で旧愛国公党の同志に再結集を呼びかけ創設した。「愛国社」に参加したのは、西日本の士族層で、これを板垣など高知県の立志社員が中心になって運営にあたった。本社を東京に置き、「愛国社」に加盟する各地方の政社からは、委員を本社に送って中央と地方での情報収集及び相互連絡に当たることになっていたが、結成後間もなく、板垣が参議に復帰した上、参加者のうち、西南戦争で西郷軍に参加した者も多く、自然消滅した。

西南戦争後、自由民権運動は、武力による専制政府打倒から、言論と大衆組織による運動へと転換することになる。1878年(明治11年)4月に立志社が中心となり、「愛国社」の再建を決定。9月に石川、愛知、和歌山、愛媛、香川、高知、岡山、鳥取、福岡、佐賀、大分、熊本各県から13社の代表が大阪に集まり「愛国社再興会議」を開催。翌1879年(明治12年)11月に開催された第3回大会では、国会開設実現を目標とする全国規模の請願運動を組織することを決定し、こうして「愛国社」は全国的な国会開設運動の中心となっていった。

こうして、国会開設を目標とする全国運動は、同時にそれまで士族中心だった運動が、新たに豪農豪商を出身とする者らも加わった運動に転換していった。これに伴い「愛国社」についても、立志社中心の運営に対する批判が高まり、ついには、1880年(明治13年)3月第4回大会において、「愛国社」とは別個に国会期成同盟の大会が開会される事態に陥った。この後、「愛国社」は、旧立志社系統の人々によって継続するが、1880年(明治13年)11月26日、東京において解散が論議された記録を最後に歴史の舞台から退場した。