RYUの生き方、逝き方 -97ページ目

大人の恥部Ⅱ

「大人の恥部」へのたくさんのコメントありがとうございました。

マナーの悪さは社会がかかえる「今そこにある危機」なんだと改めて思いました。

俺の所属するボランティア団体で地域の高校生に集まってもらってある研修をした事があります。


まず第一段階「何でもいいので問題だと思う事をカードに一人何枚でもいいので書き出す。(問題提起)」、

第二段階「似た問題のカードを集める(分類分け)、

第三段階「なぜそのような問題が起きたか考える(解決法の糸口)」というような研修です。

問題のカードは社会、家庭、学校など多岐にわたりますが、皆が一致した解決法は「道徳教育の見直し」でした。

挨拶などの礼儀、弱いものを労る慈悲の心など大人が率先して行い又教える時期にきていると思います。

日本の学生の学力低下が問題になっていますが、モラルの低下の方が心配なのは俺だけでしょうか?

大人の恥部

最初は偶然かと思っていて最近確信に変わった事があります。


「大人の礼儀」がなっていないという事です。

俺はマンションで誰でも会えば「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」とはっきりとした声で挨拶しますが、会釈するかしないかの態度ですます人の多さ、、、。

娘にはタクシーに乗る時は「よろしくお願いします。」降りる時「ありがとうございました。」と言うように躾けてきました。

無視する運転手、、、。

先週末も娘とエレベーターを待ってました。

並んでいるのは俺と娘だけ。

そしてエレベーターが来ると6人の方が時間差で乗ってきました。

俺は「開ボタン」押しっぱなしです。

でも6人誰1人ドア開けて待ってってた俺に「ありがとうございます。」の一言無し。

またまた娘とジュース買うのに並んでるのに平気で割り込むおばちゃん。

いいんです。

別に挨拶返し期待してやってるんじゃ無いから。

でも子供は大人をよく見ています。

せめて子連れの時ぐらい見本となる大人に出会いたいものです。

これじゃあ子供の世界が陰湿なイジメに染まっても、子供だけを責められないと思います。

ふっとー(そんな感じだった)気がつくと、俺の心臓は何かしら同じ言葉を繰り返し繰り返し呟き続けているのだった。

思い出そうとしてみたが、なかなか出てこない。

そんな平凡な言葉なのだ。

平凡な感じのーー、

ありふれた言葉ーー

やっとー(ほんとうにそんな感じだった)思い出すことができて俺はなんとなく安心した。

その言葉とは



ーー静かにーーー

という形容詞に過ぎなかった。

無意識のうちに、俺の心臓は、そんな呟きを繰り返していたのだ。

ー静かにーー

ー静かにーー

ー静かにーー。

ーー

そして、本当は、それに続くもう一言が、当然の如く略されているのを、俺は知っていた。

生の終着駅

皆さん、「死にたい、、、。」と思った事ありませんか?

九州の教育委員会のアンケートでは小学1年生の10パーセント、小学6年生の30パーセント、高校3年生では50パーセント以上の児童が「自殺を考えた事がある。」そうです。

考えた事がある人と言っても大人もふくめ「なんとなく死にたいなー」と思った人から、実行し未遂で終わった人まで様々だと思います。

でも過去記事でも書きましたが、「死にたい」と思っているうちは生きているし、死ねば死について考える事も出来ないので、自分の死とは概念でしか無いわけです。

だから「死にたい、、、。」という思いは、生きるのが辛い、生きる事に希望がもてない、生きるのに疲れたという「生きる」という行為の否定の終着駅とも言えると思います。

この世は不条理に満ちています。

特に真面目に人生を精一杯生きている人ほど感じます。

これは速度が上がるほど空気抵抗が増えるのに似ています。

極端な話、独裁者は不条理を感じません。

なぜなら不条理の生産者だからです。

先ほど終着駅の話をしましたが、終着駅は始発駅でもあります。

新しい日の始発に乗ればいいんです。

23時59分59秒はあと1秒で0時にリセットされ新しい日がやってきます。

新しい日が昨日までと同じみじめな日とは限りません。

これは俺の実感です。

あと少し、あともう少し生きてみませんか?

RYU

トレンドという死語

この仕事をしていると「今年は何が流行りますか?」とよく聞かれる。

それが分かれば苦労は無いが、最近はよく「時代は『現実を忘れさせてくれるもの』から『どこかへ連れて行ってくれるもの』に移行したと思いますよ。」なんて言ってる。

バブルの頃はみんな踊りまくった 笑

踊るという事は大なり小なりトランス状態であり現実を忘れさせてくれるものだ。

今は Blogも含めネット世界はどこかへゆくものだ。

瞬時にアメリカでもイタリアでもアクセス出来る。

ただ一国がある種のトレンドに支配されるという事はその国の未成熟度を示すものだ。

なぜなら文化とは成熟であり単層の文化は実は文化ではないからである。

また流行は恍惚感、選民意識で始まり侮蔑で終わる。

昔々は自動車電話のアンテナは出来る男の象徴だった。

それが今では電車で携帯で大声で話してると馬鹿にされる。

この間スターバックスで勝手に店のコンセントからノートパソコンに充電しながらブラインドタッチよろしく何かをせわしなく入力してる男が失笑をかっていた。

10年前なら状況は違ったかもしれない。

又我が国では忙しい=出来る人というイメージがあるが、世界一の富豪は静寂をもつ人である。

マティーニな日々

オークラ神戸のエメラルドでライトアップされた日本庭園をみながら二杯目のマティーニを注文した。

顔なじみのバーテンがシェイカーをふる。

この店に前回来た時、他の客と俺の友人が少しもめた。

そんな事は一杯目のマティーニからおくびにも出さず彼はシェイカーをふる。

つくづくバーテンは男の仕事だと思った。

黒のレザージャケットの彼女が足早に入ってきた。

隣のカウンターに座るとビビッドピンクのカーフスキンの手袋の先端を素早く噛んで外した。

その仕草は自然に肉食獣を連想させた。

カウンターに置かれた手袋には微かに彼女のルージュと唾液がついていた。

(気が向けば)つづく

ポジティブエイジング

今日美容室に行ってきた。

鏡で自分をしげしげ見てると老いた。

でも楽しみでもある。

年を重ねるのが、、、。

アンチエイジングでYahoo!検索かけると- 0.34秒で約16,100,000件 がヒットする。

俺も含めみんな興味のある分野だと思う。

でも考えれば100年も経てばみんな死んでるわけだ。

アンチエイジングとエイジングの闘いは必ずエイジングが勝つという事だ。

ならポジティブに年を重ねる方が結果アンチエイジングになると思う。

でも年を重ねるということと、老けるは微妙に違うと思う。

何にでも興味を持つ子供のような精神の人は年を重ねても老け込みはしないと思う。

ちなみに一般論だが、画家はぼけないらしい。





「60歳になれば30歳でできたこともできなくなるかもしれない。 だが、30歳で見えなかった世界が見えてくることもある。

同様に、60歳ではできないが30歳でできることもある。

60歳は60歳であり、決して「新しい30歳」ではないはずだ。 」

By村田裕之

幸福への道

幸福への道はただ一つしかない。

それは意志の力でどうにもならない物事は悩んだりしないことである。

エピクテースト

夜と霧

「夜と霧」というロングセラーの本がある。

五木寛之さんがよく引用されている。

著者はフランクル。

第二次世界大戦下の悪名高きアウシゥヴィッツから奇跡の生還をとげた精神科医である。

精神科医である彼は明日の、いや今日の夜が迎えられるか分からない虐殺と栄養失調の極限状態の中で無感動、喜怒哀楽を忘れる事が精神衛生上もっとも免疫を弱めると考えた。

で仲間にある提案をする。

順番に毎日ユーモラスな話をつくり少しでも笑い合おうと、、、。

で実行する。

仲間が一生懸命考えた笑い話に少し笑う。

笑わないまでも、力無く「う、ふ、ふ、、、」と声を出す。

その蚊のような笑いでも反応した人の生還率が高かったそうです。




人は幸せだから笑うのではなく

笑うから幸せになるのだ

と昔聞き半信半疑だった言葉を思い出した。

CNN

有料チャンネル(TV)の無料お試し期間に色々な番組見てe2基本パックとスターチャンネル(映画専門)4チャンネルを契約した。

CNNやナショナルジオグラフィックチャンネル、ディスカバーチャンネルなどを見て感じるのは国民性の違いだ。

アメリカ人は失敗から学ぼうとする姿勢が顕著だ。

収束した重傷呼吸器症候群(SARS)やO157の再発に備えた番組や、驚いた事に日本人の中でも過去の事故になりつつあるJR福知山線の事故を再現ドラマを交えて検証し、そこから学ぼうとする姿勢がある。

また「ユナイテッド93」を放映してながら「あれはホワイトハウスが攻撃目標だったのでF16に撃墜された、だから機体の残骸が広範囲に散らばっている」なんてドキュメンタリーもやってる。

いずれにせよ日本人も忘れていい事と失敗から学ぶべき事を選択し検証する癖をつける時期にきていると思う。