生の終着駅 | RYUの生き方、逝き方

生の終着駅

皆さん、「死にたい、、、。」と思った事ありませんか?

九州の教育委員会のアンケートでは小学1年生の10パーセント、小学6年生の30パーセント、高校3年生では50パーセント以上の児童が「自殺を考えた事がある。」そうです。

考えた事がある人と言っても大人もふくめ「なんとなく死にたいなー」と思った人から、実行し未遂で終わった人まで様々だと思います。

でも過去記事でも書きましたが、「死にたい」と思っているうちは生きているし、死ねば死について考える事も出来ないので、自分の死とは概念でしか無いわけです。

だから「死にたい、、、。」という思いは、生きるのが辛い、生きる事に希望がもてない、生きるのに疲れたという「生きる」という行為の否定の終着駅とも言えると思います。

この世は不条理に満ちています。

特に真面目に人生を精一杯生きている人ほど感じます。

これは速度が上がるほど空気抵抗が増えるのに似ています。

極端な話、独裁者は不条理を感じません。

なぜなら不条理の生産者だからです。

先ほど終着駅の話をしましたが、終着駅は始発駅でもあります。

新しい日の始発に乗ればいいんです。

23時59分59秒はあと1秒で0時にリセットされ新しい日がやってきます。

新しい日が昨日までと同じみじめな日とは限りません。

これは俺の実感です。

あと少し、あともう少し生きてみませんか?

RYU