しびれる話
生まれて始めて医療過誤にあってしまった。
先週の17日朝、西宮のクリニックで定期的に行っている血液検査の為の採血をした。
採血前から嫌な予感はしたのだ。
担当の見慣れない看護師さんは、ゴムで手をしばらないし、
親指を中に入れて握れとも言わずいきなり採血しだした。
通常なら針がささる時だけ痛いのだが、17日は採血の間中強い痛みがあった。
採血が終わって待合いで会計を待っている時も痛みが引かないので、看護師さんに言った。
「時間が経てば大丈夫」という事だった。
しかし注射後1時間経ったあたりから、注射を打った左手が痺(しび)れだした。
すぐにクリニックに電話したが、少し待たされた後女性が「時間が経てば大丈夫」と又言った。
でも痛みと痺れは夕方になっても引かないので、再びクリニックに電話した。
長い間待たされた後、今度は先生が出て「小さな神経を傷つけたのかもしれないが、私が大学病院にいた時にも同じような事があったが、皆さん2~3日で完治していたので大丈夫」と言われた。
大丈夫三連発で、少し安心したが痛みと痺れは翌日も軽減する事なく、パソコンのキーボードを左手で打てないのだ。
そしてもともとサウスポーの俺はお箸は左手、字は右手、絵は両手で筆を持つ。
必然的にお箸が上手く使えないのが辛い。
ここで始めて「医療過誤」という言葉が頭をかすめた。
仕事はたまっているのに、片手キーボードでは話しにならない。
友人の医師に相談すると「医療過誤」は立証が難しいので、経費考えないなら専門の弁護士を代理人にした方がいいと言われた。
また整形外科かペインクリニックでの診察を勧められ、
そしてトドメに筋皮神経(きんぴしんけい, musculocutaneous nerve)の損傷は2週間から4週間長くなると3ヶ月治癒にかかると聞かされた。
知り合いの弁護士にも相談したが、「医師会通して自分で話しして、折り合いつかないなら又連絡して」と言われた。
このままキーボードが片手しか打てないなら、仕事にも大きく支障をきたすし、悩ましいところだ。
最短の2週間コースで治癒する事を祈るばかりだ。
RYU
先週の17日朝、西宮のクリニックで定期的に行っている血液検査の為の採血をした。
採血前から嫌な予感はしたのだ。
担当の見慣れない看護師さんは、ゴムで手をしばらないし、
親指を中に入れて握れとも言わずいきなり採血しだした。
通常なら針がささる時だけ痛いのだが、17日は採血の間中強い痛みがあった。
採血が終わって待合いで会計を待っている時も痛みが引かないので、看護師さんに言った。
「時間が経てば大丈夫」という事だった。
しかし注射後1時間経ったあたりから、注射を打った左手が痺(しび)れだした。
すぐにクリニックに電話したが、少し待たされた後女性が「時間が経てば大丈夫」と又言った。
でも痛みと痺れは夕方になっても引かないので、再びクリニックに電話した。
長い間待たされた後、今度は先生が出て「小さな神経を傷つけたのかもしれないが、私が大学病院にいた時にも同じような事があったが、皆さん2~3日で完治していたので大丈夫」と言われた。
大丈夫三連発で、少し安心したが痛みと痺れは翌日も軽減する事なく、パソコンのキーボードを左手で打てないのだ。
そしてもともとサウスポーの俺はお箸は左手、字は右手、絵は両手で筆を持つ。
必然的にお箸が上手く使えないのが辛い。
ここで始めて「医療過誤」という言葉が頭をかすめた。
仕事はたまっているのに、片手キーボードでは話しにならない。
友人の医師に相談すると「医療過誤」は立証が難しいので、経費考えないなら専門の弁護士を代理人にした方がいいと言われた。
また整形外科かペインクリニックでの診察を勧められ、
そしてトドメに筋皮神経(きんぴしんけい, musculocutaneous nerve)の損傷は2週間から4週間長くなると3ヶ月治癒にかかると聞かされた。
知り合いの弁護士にも相談したが、「医師会通して自分で話しして、折り合いつかないなら又連絡して」と言われた。
このままキーボードが片手しか打てないなら、仕事にも大きく支障をきたすし、悩ましいところだ。
最短の2週間コースで治癒する事を祈るばかりだ。
RYU
あの人
普通、人はなお互い様やねん。
相手に一回譲ってもうたら、
今度は自分が譲るねん。
そうやって、うまいこと回っていくねんけど、
『 あの人 』は違う。
一回譲ったら、つけこんできて、
こっちはずっと譲らなあかん羽目になる。
それでも『あの人』は平気なんや。
カドたてんとこと思て譲り合うのは、常識人同士だけにしとき。
そうせんと、『 あの人 』につけこまれて、
『 庇を貸して母屋を取られて (ひさしをかしておもやをとられて)』
楽しみがのうなってしまうからな。
上記の言葉は年に2回しかない娘との2泊3日(通常1泊2日)の8月のお泊まりを、
先妻が、さしたる理由もなく「8月の面会交流は難しいです」と言うに及び、
事情をよく知る古い友人に相談した時の彼女の助言だ。
5月のお泊まりを辞退したから、こうなったと彼女は言いたいのだ。
確かにそう思う。
先妻は自分が申し立てて和解した調停の和解条項を、8割方守っていない。
それでも愛する娘の愛する者は、基本的に愛していこうと、俺の理念のもと、
譲りに譲ったのが、友人の助言通り裏目に出たのだ。
もうこんな思いは嫌だと決心して、以前の調停の時の俺の弁護人である弁護士に相談した。
俺がもう一度メールで「和解条項は守って下さい」と言って駄目なら、俺の代理人として、
尽力して頂けるそうだ。
それにしても、これまで「Mの母だから」ともめるのを、嫌い我慢し続けてきた事が徒(あだ)になった。
不甲斐なさが身にしみる。
話しはガラッと変わるが、最近かかりつけの医者に、あまりに体調がよくないので相談した。
眠っても残る疲労感。
急に寒くなったり、暑くなったりする温感異常。
心療内科の薬を止めたせいか、浅い眠りの毎日。
急に襲う希死念慮の波、、、等々数え上げればキリがない不定愁訴の数々。
男性の更年期障害を疑ったDrは、男性ホルモンの検査をした。
結果ホルモン異常が見られ、更年期障害と晴れて名前を頂いた。
晴れてと書いたのは、原因不明の体調異常程人を不安にさせるものは、無いからだ。
原因さえ解れば対処療法もとれる。
Drは、漢方薬を処方してくれた。
これで駄目なら月2回ホルモン注射をするらしい。
少しでもよくなってくれれば嬉しい。
最近つくづく思うのだが、この世はつがいで生活するのが、基本として成り立っている様に思う。
独り身ゆえ、何から何まで1人で処理しなければならない。
自分が選んだ「道」なのだから文句は言わぬが、連れ合いを探そうかとふと思った。
RYU
相手に一回譲ってもうたら、
今度は自分が譲るねん。
そうやって、うまいこと回っていくねんけど、
『 あの人 』は違う。
一回譲ったら、つけこんできて、
こっちはずっと譲らなあかん羽目になる。
それでも『あの人』は平気なんや。
カドたてんとこと思て譲り合うのは、常識人同士だけにしとき。
そうせんと、『 あの人 』につけこまれて、
『 庇を貸して母屋を取られて (ひさしをかしておもやをとられて)』
楽しみがのうなってしまうからな。
上記の言葉は年に2回しかない娘との2泊3日(通常1泊2日)の8月のお泊まりを、
先妻が、さしたる理由もなく「8月の面会交流は難しいです」と言うに及び、
事情をよく知る古い友人に相談した時の彼女の助言だ。
5月のお泊まりを辞退したから、こうなったと彼女は言いたいのだ。
確かにそう思う。
先妻は自分が申し立てて和解した調停の和解条項を、8割方守っていない。
それでも愛する娘の愛する者は、基本的に愛していこうと、俺の理念のもと、
譲りに譲ったのが、友人の助言通り裏目に出たのだ。
もうこんな思いは嫌だと決心して、以前の調停の時の俺の弁護人である弁護士に相談した。
俺がもう一度メールで「和解条項は守って下さい」と言って駄目なら、俺の代理人として、
尽力して頂けるそうだ。
それにしても、これまで「Mの母だから」ともめるのを、嫌い我慢し続けてきた事が徒(あだ)になった。
不甲斐なさが身にしみる。
話しはガラッと変わるが、最近かかりつけの医者に、あまりに体調がよくないので相談した。
眠っても残る疲労感。
急に寒くなったり、暑くなったりする温感異常。
心療内科の薬を止めたせいか、浅い眠りの毎日。
急に襲う希死念慮の波、、、等々数え上げればキリがない不定愁訴の数々。
男性の更年期障害を疑ったDrは、男性ホルモンの検査をした。
結果ホルモン異常が見られ、更年期障害と晴れて名前を頂いた。
晴れてと書いたのは、原因不明の体調異常程人を不安にさせるものは、無いからだ。
原因さえ解れば対処療法もとれる。
Drは、漢方薬を処方してくれた。
これで駄目なら月2回ホルモン注射をするらしい。
少しでもよくなってくれれば嬉しい。
最近つくづく思うのだが、この世はつがいで生活するのが、基本として成り立っている様に思う。
独り身ゆえ、何から何まで1人で処理しなければならない。
自分が選んだ「道」なのだから文句は言わぬが、連れ合いを探そうかとふと思った。
RYU
ペタ無期限閉鎖のお知らせ
今日まで頂いたペタは、100%(原則商用ブログ、副業勧誘ブログなどを除き)返させて頂きましたが、まず何より時間的に無理になってきましたので、この度ペタ欄を無期限閉鎖する事に致しました。
更新していない日にも頂くペタは、皆さんに「見守ってもらっている」という温かさを感じさせてもらって今日まで非常に励みにもなってきました。
ですからこれまで娘がお泊まりに来てくれている俺にとっては貴重な日にも、ペタは返せてもらっていました。
ですがやる事が多方面に及び、睡眠時間も充分にとれていない現在、時間があれば少しでも身体を休める事にしようと決心しました。
大変残念なのですが諸事情を鑑み、熟考の結果の決断ですので、ご了承頂けると幸いです。
また余裕が出来れば復活させたいと思いますので、よろしくお願い致します。
今日までのすべてのペタに感謝を込めて RYU
更新していない日にも頂くペタは、皆さんに「見守ってもらっている」という温かさを感じさせてもらって今日まで非常に励みにもなってきました。
ですからこれまで娘がお泊まりに来てくれている俺にとっては貴重な日にも、ペタは返せてもらっていました。
ですがやる事が多方面に及び、睡眠時間も充分にとれていない現在、時間があれば少しでも身体を休める事にしようと決心しました。
大変残念なのですが諸事情を鑑み、熟考の結果の決断ですので、ご了承頂けると幸いです。
また余裕が出来れば復活させたいと思いますので、よろしくお願い致します。
今日までのすべてのペタに感謝を込めて RYU
昇らぬ太陽
久しぶりの更新だ。
前回の更新から休日は何度かあったのだが会社の確定申告やら、いよいよ認知症がひどくなってきた母の病院での検査に付き添ったり介護認定に立ち会ったりと、所用ばかりで休日と呼べる休日は今日が始めてなのだ。
そして何より体調が悪かった。
検査の結果、過労と栄養失調による貧血が主な原因だと言われた。
考えてみれば仕事ばかりしていて、ストレスのせいかあまり食欲が無かった。
というか深層心理では、緩慢な死を願っているのか食べる事に躊躇があった。
身体と心はやはりリンクしているようだ。
身体の病でも不治の病があるように、正直に吐露すると俺の人生も二度と持ち直す事のない不治の病なのだ。
考え方や行動でどうにもならないのが、現実だ。
これは自分を卑下したり、悲壮感をもったりしての思い込みでは無い。
現前たる事実なのだ。
人生にはどうにかなる事と、どうにもならない事があるのを痛感している。
ならばこの人生の不治の病を受容し、今後の人生を歩まなければならない。
死ぬ理由には事欠かないが、生きる理由は思い浮かばない。
「若いうちの苦労は買ってでもしろ」と言うが、裏を返せば年を重ねてからの苦労は売ってでもするなという事だ。
確かにそう思う。
そう思うが俺は生きる事に決めたのだ。
生きる為に生きるのだ。
理由なんかないが、そう決めたのだ。
今後もますます苦労は増えるだろうが、こうなったら苦労の核心を見届けるまで、苦労してやろうと思う。
ちっぽけでもそれが俺の人生なのだから、、、。
RYU
前回の更新から休日は何度かあったのだが会社の確定申告やら、いよいよ認知症がひどくなってきた母の病院での検査に付き添ったり介護認定に立ち会ったりと、所用ばかりで休日と呼べる休日は今日が始めてなのだ。
そして何より体調が悪かった。
検査の結果、過労と栄養失調による貧血が主な原因だと言われた。
考えてみれば仕事ばかりしていて、ストレスのせいかあまり食欲が無かった。
というか深層心理では、緩慢な死を願っているのか食べる事に躊躇があった。
身体と心はやはりリンクしているようだ。
身体の病でも不治の病があるように、正直に吐露すると俺の人生も二度と持ち直す事のない不治の病なのだ。
考え方や行動でどうにもならないのが、現実だ。
これは自分を卑下したり、悲壮感をもったりしての思い込みでは無い。
現前たる事実なのだ。
人生にはどうにかなる事と、どうにもならない事があるのを痛感している。
ならばこの人生の不治の病を受容し、今後の人生を歩まなければならない。
死ぬ理由には事欠かないが、生きる理由は思い浮かばない。
「若いうちの苦労は買ってでもしろ」と言うが、裏を返せば年を重ねてからの苦労は売ってでもするなという事だ。
確かにそう思う。
そう思うが俺は生きる事に決めたのだ。
生きる為に生きるのだ。
理由なんかないが、そう決めたのだ。
今後もますます苦労は増えるだろうが、こうなったら苦労の核心を見届けるまで、苦労してやろうと思う。
ちっぽけでもそれが俺の人生なのだから、、、。
RYU
〜近況報告〜
皆さん、本当にお久しぶりです。
もう5月になってしまいましたが、前回の更新から色々あって今日まで更新出来ませんでした。
「色々」の内容を詳(つまび)らかにすると、母が入院して高額な保険外治療を受けているので、一人っ子の俺がとにかく治療費を稼ぐしかなく、昼夜働いていて午前2時就寝の5時起きなんて日も多々ありました。
また先月、俺が受けた人間ドックの超音波エコーで、首の血管が少し閉塞している部分がある事が分かり、これ以上閉塞がすすむと、脳梗塞の可能性が言われました。
その上血液検査の結果では、いつ倒れてもおかしくない数値だと告知され入院を勧められましたが、今の俺にはそんな余裕はさらさらなく、通院での検査及び治療にしてもらいました。
後マンションを売りに出している事は以前にも書きましたが、俺が仕事をしている土日の来客が多く、その度に前日に不動産屋にスペアキーを渡し、俺の不在時に見学をしてもらう為に、深夜帰宅の疲れ果てた身体で部屋の片付けをするのは、体力的の本当に辛かったです。
それでも未だ売れていませんが、、、。
忙しいは、心を亡くすと書きます。
今の俺は、自分の心を忙しくて亡くしているのか、今までは精神的に何があっても身体が丈夫なのが、唯一の救いでしたが、それが根本からくずれても案外冷静に受け止められました。
ただ先月お泊まりに来た娘に「私、お父さんの事あまり好きじゃないから。」とはっきり言われた時は、正直傷つきました。
中三の娘の心は複雑で俺には理解し難いですが、それでも何故かお風呂はいまだに一緒に入ってくれます。
俺は娘の「好きじゃない」発言がショックで、心療内科に相談に行きました。
先生は「その時期の娘さんは、父親を『臭い、汚い』と言い出す時期で、自我の確立の通過儀礼なので、気にしないでいいですよ。反抗期がない子供の方が心配なんですよ。」と言って慰めてくれました。
そんなこんなで、満身創痍ながらとにかく生きています。
自分の身体の問題は、父を4歳で亡くしているのと、独り身の気楽さもあり「死ぬ時は死ぬだろう。」ぐらいに軽く受け止めています。
またまた末筆になってしまいましたが、毎日ペタ、グッピング、ピグの部屋への差し入れして下さった皆さんに、そして読者の皆さんに感謝を込めて筆を置きます。
RYU
もう5月になってしまいましたが、前回の更新から色々あって今日まで更新出来ませんでした。
「色々」の内容を詳(つまび)らかにすると、母が入院して高額な保険外治療を受けているので、一人っ子の俺がとにかく治療費を稼ぐしかなく、昼夜働いていて午前2時就寝の5時起きなんて日も多々ありました。
また先月、俺が受けた人間ドックの超音波エコーで、首の血管が少し閉塞している部分がある事が分かり、これ以上閉塞がすすむと、脳梗塞の可能性が言われました。
その上血液検査の結果では、いつ倒れてもおかしくない数値だと告知され入院を勧められましたが、今の俺にはそんな余裕はさらさらなく、通院での検査及び治療にしてもらいました。
後マンションを売りに出している事は以前にも書きましたが、俺が仕事をしている土日の来客が多く、その度に前日に不動産屋にスペアキーを渡し、俺の不在時に見学をしてもらう為に、深夜帰宅の疲れ果てた身体で部屋の片付けをするのは、体力的の本当に辛かったです。
それでも未だ売れていませんが、、、。
忙しいは、心を亡くすと書きます。
今の俺は、自分の心を忙しくて亡くしているのか、今までは精神的に何があっても身体が丈夫なのが、唯一の救いでしたが、それが根本からくずれても案外冷静に受け止められました。
ただ先月お泊まりに来た娘に「私、お父さんの事あまり好きじゃないから。」とはっきり言われた時は、正直傷つきました。
中三の娘の心は複雑で俺には理解し難いですが、それでも何故かお風呂はいまだに一緒に入ってくれます。
俺は娘の「好きじゃない」発言がショックで、心療内科に相談に行きました。
先生は「その時期の娘さんは、父親を『臭い、汚い』と言い出す時期で、自我の確立の通過儀礼なので、気にしないでいいですよ。反抗期がない子供の方が心配なんですよ。」と言って慰めてくれました。
そんなこんなで、満身創痍ながらとにかく生きています。
自分の身体の問題は、父を4歳で亡くしているのと、独り身の気楽さもあり「死ぬ時は死ぬだろう。」ぐらいに軽く受け止めています。
またまた末筆になってしまいましたが、毎日ペタ、グッピング、ピグの部屋への差し入れして下さった皆さんに、そして読者の皆さんに感謝を込めて筆を置きます。
RYU
斜陽
半月ぶりの更新だ。
これだけ更新が途絶たのは、はじめてだ。
更新しない間にこのブログも3月31日で5年目に突入だ。
せめて記念に3月31日には更新したかったのだが、無理だった。
更新出来なかった理由は、ダブルワークで疲れ果てて帰宅する事が多い事や、母の入院など色々だが決定的な理由は、このところずっとひどい鬱(うつ)にとりつかれているのだ。
わけもなく鬱であるわけじゃなく、理由はあるので反応性鬱というやつだ。
休みに身体は休める事は出来ても、心は絶える事なく哀しみと不安に支配されていて、癒される事がない。
疲れ果てているのだ。
カラカラにひからび休息を渇望しているのだが、出口のない迷路で消耗し続ける俺の「心」。
生きるのがこれほど辛いのは人生で、はじめての事だ。
正直、希死念慮が顔をだすこともある。
そんな今の俺だから、なかなか更新できなかったのだ。
出来れば明るい記事、みんなを元気にする記事を書きたいと思い続けていたが、今は無理なようだ。
そんな記事を待っていたら1年更新が出来ないだろう。
お久しぶりの皆さんに、こんな記事しか書けないのは悔しいが、どうかご容赦を、、、。
末筆になってしまったが、更新しない間も毎日ペタして下さった方、人知れずPCのピグの部屋に差し入れを置いて下さった方、更新がないので心配してプチメ下さった方に、そしてこの記事をここまで読んで下さったあなたに、心から感謝を述べたい。
RYU
これだけ更新が途絶たのは、はじめてだ。
更新しない間にこのブログも3月31日で5年目に突入だ。
せめて記念に3月31日には更新したかったのだが、無理だった。
更新出来なかった理由は、ダブルワークで疲れ果てて帰宅する事が多い事や、母の入院など色々だが決定的な理由は、このところずっとひどい鬱(うつ)にとりつかれているのだ。
わけもなく鬱であるわけじゃなく、理由はあるので反応性鬱というやつだ。
休みに身体は休める事は出来ても、心は絶える事なく哀しみと不安に支配されていて、癒される事がない。
疲れ果てているのだ。
カラカラにひからび休息を渇望しているのだが、出口のない迷路で消耗し続ける俺の「心」。
生きるのがこれほど辛いのは人生で、はじめての事だ。
正直、希死念慮が顔をだすこともある。
そんな今の俺だから、なかなか更新できなかったのだ。
出来れば明るい記事、みんなを元気にする記事を書きたいと思い続けていたが、今は無理なようだ。
そんな記事を待っていたら1年更新が出来ないだろう。
お久しぶりの皆さんに、こんな記事しか書けないのは悔しいが、どうかご容赦を、、、。
末筆になってしまったが、更新しない間も毎日ペタして下さった方、人知れずPCのピグの部屋に差し入れを置いて下さった方、更新がないので心配してプチメ下さった方に、そしてこの記事をここまで読んで下さったあなたに、心から感謝を述べたい。
RYU
迷走の軌跡
娘とは基本月1度名古屋から彼女が泊まりに来る形で会っているが、
今月は昨日、一昨日だった。
会うごとによそよそしくなる今年末15歳になる娘に昨日聞いてみた、
「なあM、お父さんに月1回会うの楽しみじゃないのか?」
「別に楽しみじゃないよ。」と笑顔で言い切られてしまった。
中学に入ったあたりから、徐々に娘は俺に距離を置き始め、
会うごとによそよそしさが、強く感じられるので、昨日思い切って聞いてみたのだ。
ショックだった。
最近働きづめに働いて、待ちに待った娘との一ヶ月ぶりの再会。
小学校の頃までは、会えば空白の時間を感じさせる事なくジャストフィットだったのだが、
中学入学くらいから、ジャストフィット感が徐々になくなり、
すきま風が吹き始めた。
先妻は自分は再婚して幸せでありながら、俺と娘が仲良くするのが、昔から面白くないようで、
事あるごとに、俺の悪口を娘に言った。
娘のよそよそしさが、先妻の洗脳によるものなのか、思春期のせいなのかは分からないが、
寂しくて仕方ない。
娘は義父(現在単身渡米中)と折り合いがわるいので、「最悪の時でも娘の居場所になってやりたい。
」と独身で通した月日は、何だったのか?
「子供は親を裏切って成長する。」というのが俺の持論だっが、持論に真っ向から対峙すると、めげる
ものである。
艱難辛苦(かんなんしんく)を日々を、何を目的に生きればいいのか分からなくなってきた。
まあある意味生きるの死ぬも自由というのも、気楽と言えば気楽だが、、、。
明日からまた怒濤のダブルワークの4日間だ。
でもすべてどうでもよくなってきた。
この記事書き終えたら、酒でも飲んで寝ちまおう。
明日は明日の風が吹くだろう。
RYU
今月は昨日、一昨日だった。
会うごとによそよそしくなる今年末15歳になる娘に昨日聞いてみた、
「なあM、お父さんに月1回会うの楽しみじゃないのか?」
「別に楽しみじゃないよ。」と笑顔で言い切られてしまった。
中学に入ったあたりから、徐々に娘は俺に距離を置き始め、
会うごとによそよそしさが、強く感じられるので、昨日思い切って聞いてみたのだ。
ショックだった。
最近働きづめに働いて、待ちに待った娘との一ヶ月ぶりの再会。
小学校の頃までは、会えば空白の時間を感じさせる事なくジャストフィットだったのだが、
中学入学くらいから、ジャストフィット感が徐々になくなり、
すきま風が吹き始めた。
先妻は自分は再婚して幸せでありながら、俺と娘が仲良くするのが、昔から面白くないようで、
事あるごとに、俺の悪口を娘に言った。
娘のよそよそしさが、先妻の洗脳によるものなのか、思春期のせいなのかは分からないが、
寂しくて仕方ない。
娘は義父(現在単身渡米中)と折り合いがわるいので、「最悪の時でも娘の居場所になってやりたい。
」と独身で通した月日は、何だったのか?
「子供は親を裏切って成長する。」というのが俺の持論だっが、持論に真っ向から対峙すると、めげる
ものである。
艱難辛苦(かんなんしんく)を日々を、何を目的に生きればいいのか分からなくなってきた。
まあある意味生きるの死ぬも自由というのも、気楽と言えば気楽だが、、、。
明日からまた怒濤のダブルワークの4日間だ。
でもすべてどうでもよくなってきた。
この記事書き終えたら、酒でも飲んで寝ちまおう。
明日は明日の風が吹くだろう。
RYU
人生力
久しぶりの更新だ。
前の更新から8日経つ。
ブログとは、そもそも内省してから記事を書くものだと思う。
だから8日間自らを省みる時間もなかった事になる。
とにかく最近忙しいのだ。
自分の会社の仕事の他に、ダブルワークで仕事を始めたからだ。
1日12時間から13時間働いている。
7時半に家を出て帰ってくるのは、23時頃が多い。
JR芦屋駅のマックでマンハッタンバーガーとアイスコーヒーをテイクアウトし帰宅するのが、最近のパターンだ。
仕事がきついのは我慢出来るが、帰宅して誰もいないマンションの鍵を開ける時は、辛く寂しい。
自家用車の無い生活にも電車通勤にも慣れたが、これだけは慣れないのだ。
誰からも歓迎されない帰宅、、、。
これが働きづめの1日の報酬かと思うと、少し人生嫌になる。
こんな事書くとまた「ポジティブにね!」という内容のプチメが来そうだが、今はノーサンキューだ。
まあ健康管理だけは、忙しくても忘れずに日々を生きたい。
最近人生どうにかなる事と、どうにもならない事がある事を痛感している。
人生のどうにもならない事は、四の五の言わずに、受容して生きていくしかない。
今は俺の人生力が試されているのだ。
ただただ今日を生きよう、、、。
RYU
前の更新から8日経つ。
ブログとは、そもそも内省してから記事を書くものだと思う。
だから8日間自らを省みる時間もなかった事になる。
とにかく最近忙しいのだ。
自分の会社の仕事の他に、ダブルワークで仕事を始めたからだ。
1日12時間から13時間働いている。
7時半に家を出て帰ってくるのは、23時頃が多い。
JR芦屋駅のマックでマンハッタンバーガーとアイスコーヒーをテイクアウトし帰宅するのが、最近のパターンだ。
仕事がきついのは我慢出来るが、帰宅して誰もいないマンションの鍵を開ける時は、辛く寂しい。
自家用車の無い生活にも電車通勤にも慣れたが、これだけは慣れないのだ。
誰からも歓迎されない帰宅、、、。
これが働きづめの1日の報酬かと思うと、少し人生嫌になる。
こんな事書くとまた「ポジティブにね!」という内容のプチメが来そうだが、今はノーサンキューだ。
まあ健康管理だけは、忙しくても忘れずに日々を生きたい。
最近人生どうにかなる事と、どうにもならない事がある事を痛感している。
人生のどうにもならない事は、四の五の言わずに、受容して生きていくしかない。
今は俺の人生力が試されているのだ。
ただただ今日を生きよう、、、。
RYU
東北地方太平洋沖地震で被災された方へ
阪神大震災被災者として俺のブログのメッセージボードに記してある言葉を心を込めて贈ります。
「私たちが住んでいるこの悲しみに満ちた世界にあっては悲しまない人など一人もいません。悲しい時には胸が張り裂けそうな苦しみを味わいます。その苦しみは時を待たねば完全に消え去りません。やがていつの日か、心の晴れる日が来ようとは今は夢にも思えないことでしょう。けれどもそれは思い違いというものです。 あなたはきっとまた幸せになれます。私は自分自身の経験から申しています。アブラハム・リンカーン(リンカーンは三人の愛する息子を、四歳、十一歳、十八歳で亡くしています。)」
どうか、、、どうか、、、生きて下さい。
RYU
「私たちが住んでいるこの悲しみに満ちた世界にあっては悲しまない人など一人もいません。悲しい時には胸が張り裂けそうな苦しみを味わいます。その苦しみは時を待たねば完全に消え去りません。やがていつの日か、心の晴れる日が来ようとは今は夢にも思えないことでしょう。けれどもそれは思い違いというものです。 あなたはきっとまた幸せになれます。私は自分自身の経験から申しています。アブラハム・リンカーン(リンカーンは三人の愛する息子を、四歳、十一歳、十八歳で亡くしています。)」
どうか、、、どうか、、、生きて下さい。
RYU
以前の俺は死にました
2月27日の「生きると活(い)きる」という記事をアップしたら沢山のプチメを頂いた。
その中に「私は以前のRYUさんの方が好きです。」と書かれた内容のものがあった。
ひどく納得した。
何故なら俺自身が、誰よりも以前の俺の方が好きだからである。
でも好きで今の境遇になった訳ではない。
人生を精一杯生きた結果現在のシビアな状況にあるのである。
手抜きはしていない。
人生の二者択一で最善と思われる事を選び続けて、
今があるのだ。
いわばこのシビアな人生、それは必然であり、宿命であるとも思っている。
俺のせいと言えば俺のせいだ。
人生自己責任なのだから。
ただ後悔はほとんど無いのだ。
先妻が2人目の子どもの流産をきっかけに、産褥期うつ病になり、すったもんだのあげく別れる事になった。
この事への後悔は多分にあるが、後はすべて良かれと思って決断した選択肢ばかりだ。
人生は逆回しは出来ない。
今がすべてである。
はっきり言うと今の俺が、以前の俺にかえる事は二度とないだろう。
いつかキラキラ輝く明るい記事を書く日が来るかもしれない。
でもそれは新しい俺であって、以前の俺ではない。
もし俺のブログに、「以前の俺」の復活に期待しておられる方がいたら、残念ながらその日は来ないでしょう。
俺は「今のいけてない俺」も受容して下さる方の為に記事を書きます。
今の俺は「刀折れ矢尽きた」落ち武者人生邁進中です。
でもささやかに生きてます。
そんなささやかな俺のすべてを受け入れて記事を読んで下さる方がいる事を祈ります。
以前の俺は死にました。
RYU
その中に「私は以前のRYUさんの方が好きです。」と書かれた内容のものがあった。
ひどく納得した。
何故なら俺自身が、誰よりも以前の俺の方が好きだからである。
でも好きで今の境遇になった訳ではない。
人生を精一杯生きた結果現在のシビアな状況にあるのである。
手抜きはしていない。
人生の二者択一で最善と思われる事を選び続けて、
今があるのだ。
いわばこのシビアな人生、それは必然であり、宿命であるとも思っている。
俺のせいと言えば俺のせいだ。
人生自己責任なのだから。
ただ後悔はほとんど無いのだ。
先妻が2人目の子どもの流産をきっかけに、産褥期うつ病になり、すったもんだのあげく別れる事になった。
この事への後悔は多分にあるが、後はすべて良かれと思って決断した選択肢ばかりだ。
人生は逆回しは出来ない。
今がすべてである。
はっきり言うと今の俺が、以前の俺にかえる事は二度とないだろう。
いつかキラキラ輝く明るい記事を書く日が来るかもしれない。
でもそれは新しい俺であって、以前の俺ではない。
もし俺のブログに、「以前の俺」の復活に期待しておられる方がいたら、残念ながらその日は来ないでしょう。
俺は「今のいけてない俺」も受容して下さる方の為に記事を書きます。
今の俺は「刀折れ矢尽きた」落ち武者人生邁進中です。
でもささやかに生きてます。
そんなささやかな俺のすべてを受け入れて記事を読んで下さる方がいる事を祈ります。
以前の俺は死にました。
RYU