RYUの生き方、逝き方 -124ページ目

正しいお金の稼ぎ方教えます

1流の仏像師は、仏像を彫る丸太を見ただけで、中に仏像が見えるそう。

後は中の仏像以外の部分を、削除する作業。

この場合の仏像は、今必要とされている事業を指す。
それが、見えれば苦労はしない。この話しを、心の片隅に置いておいて、次に進む。

「お金が欲しい!」と思う事に捕らわれ過ぎると、修羅の道。壺の中のみかん(お金が、欲しいという心)を掴んで壺から手が抜け無くなった状態に陥る。

この2点を踏まえて本題に入る。

想像して欲しい。気がつけば砂漠の真ん中、あるのは少しの水と、らくだのみ。じっとしていれば「死」あるのみ。一刻を争って適当に走りだす。これ凡夫の勇という。

まずは落ちつく。下手に動かない。そして五感、六感、知恵、総動員で太陽を見て、あるいは星も見て、今の位置を知り、風の匂いから、水の匂い(オアシス)を嗅ぎ出す。

そして進むべき方向が、分かるのを待つ。分かれば簡単、全力疾走でらくだで駆ける!

この場合の進むべき道は、その事業の必要性、社会貢献度をさす。

大事なのは、ここだ!目的は、「進むべき道」を見つける事だ。

手段は、らくだでの全力疾走。この時らくだが、砂漠の砂を蹴り、舞い上がった砂けむりが、「お金」だ。

あくまで、複利的なものなのだ。

人の為になる事業を、時間をかけて見つけ、そして努力する。

その汗が、いつの間にかお金に変わる。

でも現実は、何もせず砂けむりだけ、あげ様とする輩が多すぎる!

少し難しいけど、お金儲けは、難しいのが常なんです。

夢のかなえ方教えます(追記)

秋吉久美子さんの格言blogから

「人間は負けたら終わりなのではない。辞めたら終わりなのだ」

リチャード.W.ニクソン

夢のかなえ方教えます

俺の所属する世界的ボランティア団体(ジャッキーチェンもメンバーでした。今は知らないけど)入会すると研修がある。

自分を磨かなければ本当の奉仕は出来ないという趣旨。

非常に厳しい研修。新入会員みんなする。この段階でよく退会する。

ある日の研修。小さな体育館ぐらいのスペースで行われた。100メートル走の様に、横に1本ラインが引いてある。15メートル先がゴールライン。

内容簡単。スタートラインからゴールラインまで行けばいい。

ただし同じ方法で行ってはいけない。人が使った方法も駄目。

教官(先輩)が皆の行き方のチェック(メモまでとる)。

まず1回目、普通に歩いて行く。教官OKサイン。終わると新入会員の列の後ろに並ぶ。(2回目以降は複雑になるので、例として書きます。)2回目、横歩き。3回目、後ろ歩き。4回目、右足ケンケン。5回目、左足ケンケン。5回目、前転、6回目、靴を脱ぎ持ってゴールに行く7回目~~~~~延々続く。

ネタも無くなり高校で習った柔道の前回り受け身で、ゴールを目指す。汗びっしょり。

ようやく教官「終了!」と叫ぶ。汗だく、ふらふらの頭に教官が大声で、一言。


「目的(夢)が、はっきりしていれば、方法は、いくらでもある!!!」。


身体で納得。

(注)こんな事書くと、非常に前向きな男に、思われるかもしれませんが、会社、母と老犬の介護、否応無しに前向きを迫られるので、その反動か持って生まれたものか、太陽より月、光より影に目が行くチョイ破滅願望のある男です。

みなさんの癒し、やっぱりさまざまですね。妙に納得。

癒しの街

ある日の出来事。

この時期になると思い出す遠い記憶。

深夜の夙川沿いの帰宅コースを、クルマで走っている時、人気のないサクラ並木から音もなく花びらが舞い散り、ふとルームミラーに目を移すと、クルマの風圧で舞い上げられた花びらが、一面に広がっていて、非常に幻想的でした。

俺ははその時、仕事でささくれだった心が、街によって癒されていくのを実感しました。

「どんなに嫌な事があっても、人は何かに癒されるんだ。そしてそれには、たいそうなお金がいるわけでも、どこかの遠い聖地を、訪れなければならないわけじゃなく、ちょっとした街の美しさとか、家族、恋人の暖かい言葉などほんの些細な事で、癒されるんだ」という事を、痛感しました。

大江 健三郎は、こころの傷口が少し癒され薄皮がはった状態を恢復(かいふく)という表現で書きましたが、俺はあえて簡単に「癒し」という言葉を用いました。

(この文章は「ご近所さんを捜せ」というサイトにもアップしてますが、書いたの俺ですから)


今、悩んで方へ

「悩んでいる人の特徴は、物事の解決には完全解があると信じているところにある。

そういうものは日本の学校でしか通用しないことにきづいていない」

「こころの救急箱」

峰松 修 著

サイエンス社

定価950円

皆さんの心を癒してくれてるものは、なんですか?

俺は経済学部出身なので、こんな答え方でいいのか分かりませんが、「動いたお金は30円」という所に引っかけが。

収支の側面から考えると解りやすいです。

支出は学生さん9×3=27円

収入は女将さん25円と仲居さんの2円。25+2=27。

つまり9×3=25+2

楽しんで(苦しんで?)もらえました?

問題です

このところ難しいテーマが続いたにも関わらず、読んで下った皆さん。書き込みして下った皆さんありがとうございました。

さて今日は土曜日、息抜きに、軽いクイズ(ご存じの方も多いと思いますが)で遊びましょう!

瞬時に解けた皆さん「馬鹿にするな!」と怒らずに、この問題を小学校低学年に優しく説明する方法とか考えてみて下さい。

では始めます。用意するものストップウォッチ、無ければ、秒針のある時計なら何でもいいです。時間制限問題を読んでから、30秒。きっかり30秒ですよ。










では問題、頃は昭和初期3人の学生さんが、旅館に泊まりにきました。

宿泊料は一人10円、着いてすぐ学生さんは、仲居さんにお金を払いました。それぞれ10円。30円を持った仲居さん、女将のもとへ。

女将さんは、「学生さんだから安くするよ、これ学生さんに返しておやり」と仲居さんに5円渡しました。

5円を持った仲居さん、学生さんの部屋へ向かいながら考えた「5円じゃ3人で割れない、2円貰っておこう」と2円を袖の中へ。そして学生さんに3円渡しました。

学生さん、大喜び「9円で泊まれたぜ!」でも不思議学生さんが、払ったお金一人9円、合計27円、仲居さんの袖の中に2円。合計29円。動いたお金は30円。

1円どこいった?はい時計見る!!!

解った方は、よければコメント欄に、出来た秒数(分数)問題が優しかったかなど書いて下さい。でも答えは書いてはダメですよ。

死にたい

ある方から今「私消えてなくなりたいんです」というプチメを、頂きました。

俺の意見。「はい、あなたの願いはかないます。いつかは」俺もこれ読んでくださってるあなたも、今日生まれた赤ちゃんも、いつか消えてなくなります。

人は、生まれながらに、幸か不幸か、死は約束さている。

でも今消えてなくなりたい願望を、俺は過去に数度持った事がある。「死ぬ気になれば何でも出来るじゃないか!」

偽善だ。嘘だ。

死ぬ怖さより今の苦痛が勝った時、何もする気なんておきない。

今の現実がひりひり心に激痛を走らす。

でも俺は生きている。


阪神大震災の記憶、、、、不条理に亡くなっていった人達。

俺は震度7の地域のど真ん中にいた。たくさんの死を見た。倒壊したアパートの下敷きになり、柱に足を挟まれながら、隣の妻に「ごめんな。こんなとこしか住ませてやれなくて」と息をひきとったトラックの運転手さん。

俺は震災までは、死というものは、なにかしらロマンティクなものだと思っていた。

映画のヒーロも「世界の中心で愛を叫ぶ」(当時はまだ刊行されてません)のヒロインも、色々な愛と葛藤の中で死んでいった。


でも現実は違う!

避難場所に指定された中学で、自衛隊の給水車に並んでいる時、軽トラックが、入ってきた。

何か運んでる。よく見ると荷物台からはみ出した足がゆらゆら揺れている。毛布は、かけらていた。でも足だけ車体かはみ出していた。


人生観が変わった。今でも希死念慮が、俺を襲う。

「別に今やらなくても、いつかは向こうから来てくれるか!」今は思う。

最後に俺が癒された言葉を贈る。 


私たちが住んでいるこの悲しみに満ちた世界にあっては、悲しまない人など一人もいません。

悲しいときには、胸が張り裂けそうな苦しみを味わいます。その苦しみは、やがていつの日か心の晴れるときが来ようとは、いまは夢にも思えないことでしょう。

けれども、それは思い違いというものです。あなたは、きっとまた幸せになれます。

この確かな真実がおわかりになれば、いまのみじめな気持ちが少しは和らぐはずです。私は自分自身の体験から申しているのです。

アブラハム・リンカーン

( アブラハム・リンカーンは、三人の愛息エドワード(4歳)、ウイリアム(11歳)、トーマス(18歳)を亡くしています。

愛する人を亡くした時」E.A.グロルマン編 松田敬一訳 春秋社より

天国と地獄の食堂の違い

俺の好きな話。

天国と地獄の食堂の観光ツアーが、ありました。

まず地獄の食堂。「さぞ汚くて食事も不味いんだろうーな」みんな思ってましたが、見てびっくり清潔そのもの。

すごい縦長のテーブルの上には、ご馳走が!地獄の住人達は、向かい合って座ってる。でもよく見ると、みんな痩せこけてる。なぜ?

よくよく見ると、お箸がすごーく長い!みんな必死で食べようとするが、箸が長くて自分の口に入らない。

だからみんな痩せている。

今度は、天国の食堂。またまた見てびっくり!何から何まで地獄の食堂と同じ。
でもみんなふくよかで、笑ってる。なぜか???


皆向かい合った相手の口に、ご馳走を、はこんでる。
相手は一口食べ終わると、はこんでくれた相手にお返しに、ご馳走を運んであげてる。「完」

PSもしよかったら4月4日の記事と合わせて読んで頂くと味わい深いものに。

初恋Ⅱ(男の背中女の脚)

俺は大人になっていた。

母とも別居しマンション暮らし。

起業した会社、業績すごい右肩上がり。

別荘代わりに明石海峡の近くにマンション買った。テニスが出来るくらいのルーフバルコニー。見ると海峡キラキラ光ってる。俺の人生もキラキラ光ってる。

でも俺は知っていた。「今の動き方が大事」と。「おごる平家はひさしからずや」織田信長、豊臣秀吉みんな、おごって滅びていった。

今ある富は、神様からの預かりものと。俺は世界規模のボランティア団体に入って、仕事の合間に汗して頑張った。

そんなある日、ふと「ゆきこ」ちゃんを、思い出す。
よく後悔した「卒業式で声をかければよかった」と。

迷いながら興信所に相談、「初恋の人探す依頼多いんですよ、みんな男性ですけどね」と興信所のおやじは笑いながら言う。結局やめた、動物的勘。

でも「なぜ男ばかりなんだろう?」。

調べた。分かった!大昔、人は狩猟をして生きてきた。男は狩猟に行き、獲物を探す。音を立てて近づいた、逃げられた。次は音を立てずに近づこう。でも逃げられた。風上だったから、人の匂いで逃げられた。次は音を立てずに風下から、、、。という様に男は失敗(過去)を、覚えておかなねば生きていけなかった。

一方女は、その日男が持ち帰った獲物を処理する。マンモスなら冷凍保存。ウサギならみんなで食べよう。獲物がない日はマンモスの解凍だ。その場の処理能力が優れてる。過去には生きない。

だからそのDNAがいまだに残ってて、男は過去を引きずる。合点がいった。別れを決意した女の凛とした潔さの理由。だから「男の背中」という言葉がある。過去を背負ってるから哀愁があるんだ。「女の背中」という言葉は無い。

ところで男は、女の脚にこだわる。なぜか?これも獣が襲ってきた時、逃げ足早いから。

種族保存のDNAが残ってる。

初恋

俺の初恋「ゆきこ」ちゃん。頃は小6同クラス。2人は仲良し楽しいなー。

白のソックス、チェックのワンピの女の子。ある日の教室2人きり。

手を引っ張りあって遊んでた。

そこへ「ササイ」(女子)登場。「うぁー!仲いいーんだ!言ってやろ!!!」俺は、ありったけの勇気で「いいよ」と言った。「ササイ」少しひいていた。

ある日の家庭科、またまた仲良く同じ班。「ササイ」もなぜか同じ班。後「ナイトウ」(男子)の4人組。

今日はみそ汁造るんだー。俺と「ナイトウ」下準備。「ササイ」は何か喋ってる。そして「ゆきこ」ちゃん、慣れた手つきで、造りだす。「ササイ」と「ナイトウ」喋りだす。俺は奇麗な指を見つめてた。

みそ汁完成!「ゆきこ」ちゃんの味だ!

そこへ「ナイトウ」突然持参の葉っぱ(たぶん紫蘇)取り出し「これ入れよ」と葉っぱ千切って入れだした。鍋が見る見る緑に染まる。

お椀に取り分け食べました。葉っぱの香りが強すぎてみそ汁の味が分からない。「殺意」の意味を勉強した家庭科。

卒業間近、ほとんどみんな同じ中学進学。念の為「ゆきこ」ちゃん進学先の確認作業。列の前から聞いていく。みんな同じ中学。4番目が「ゆきこ」ちゃん。「私Y中学」少し怯えた目で言った。

時が止まった。

そういや彼女、転居して校区外から通ってた。

卒業式、彼女泣いてた。声を、声をかけられなかった、、、。

桜散る。