死にたい | RYUの生き方、逝き方

死にたい

ある方から今「私消えてなくなりたいんです」というプチメを、頂きました。

俺の意見。「はい、あなたの願いはかないます。いつかは」俺もこれ読んでくださってるあなたも、今日生まれた赤ちゃんも、いつか消えてなくなります。

人は、生まれながらに、幸か不幸か、死は約束さている。

でも今消えてなくなりたい願望を、俺は過去に数度持った事がある。「死ぬ気になれば何でも出来るじゃないか!」

偽善だ。嘘だ。

死ぬ怖さより今の苦痛が勝った時、何もする気なんておきない。

今の現実がひりひり心に激痛を走らす。

でも俺は生きている。


阪神大震災の記憶、、、、不条理に亡くなっていった人達。

俺は震度7の地域のど真ん中にいた。たくさんの死を見た。倒壊したアパートの下敷きになり、柱に足を挟まれながら、隣の妻に「ごめんな。こんなとこしか住ませてやれなくて」と息をひきとったトラックの運転手さん。

俺は震災までは、死というものは、なにかしらロマンティクなものだと思っていた。

映画のヒーロも「世界の中心で愛を叫ぶ」(当時はまだ刊行されてません)のヒロインも、色々な愛と葛藤の中で死んでいった。


でも現実は違う!

避難場所に指定された中学で、自衛隊の給水車に並んでいる時、軽トラックが、入ってきた。

何か運んでる。よく見ると荷物台からはみ出した足がゆらゆら揺れている。毛布は、かけらていた。でも足だけ車体かはみ出していた。


人生観が変わった。今でも希死念慮が、俺を襲う。

「別に今やらなくても、いつかは向こうから来てくれるか!」今は思う。

最後に俺が癒された言葉を贈る。 


私たちが住んでいるこの悲しみに満ちた世界にあっては、悲しまない人など一人もいません。

悲しいときには、胸が張り裂けそうな苦しみを味わいます。その苦しみは、やがていつの日か心の晴れるときが来ようとは、いまは夢にも思えないことでしょう。

けれども、それは思い違いというものです。あなたは、きっとまた幸せになれます。

この確かな真実がおわかりになれば、いまのみじめな気持ちが少しは和らぐはずです。私は自分自身の体験から申しているのです。

アブラハム・リンカーン

( アブラハム・リンカーンは、三人の愛息エドワード(4歳)、ウイリアム(11歳)、トーマス(18歳)を亡くしています。

愛する人を亡くした時」E.A.グロルマン編 松田敬一訳 春秋社より