RYUの生き方、逝き方 -108ページ目

BLOG~しがらみ~

「しがらみ持つ人間は弱いんや。」

俺の入ってるボランティア団体の年上だけど同期入会の友人のよく言ってた言葉。

この友人は阪神大震災の影響で事業がたちいかなくなり自ら命を絶ちました。

最近よくこの言葉を思い出します。

俺はしがらみが嫌いで出来るだけ避けて通ってきました。

しがらみを避けて通ってきた俺が、朝は会社に出勤し夜は介護に帰宅するのも親子のしがらみかもしれません。

この様にしがらみは避けても避けても付きまといます。

親子のしがらみ。

会社のしがらみ。

隣近所のしがらみ。

夫婦のしがらみ。

嫁姑のしがらみ。

友人とのしがらみ。

世の中しがらみだらけだ。

俺はBLOGにはしがらみを持ち込んでいないつもりです。

皆さん、BLOGやっててBLOGのしがらみって感じた事ありますか?

俺は匿名性の高い本来自由なはずのBLOGにしがらみがあるというのも不思議な気がします。

皆さん、もしBLOGでしがらみを感じているなら一度自分がBLOGとどう対峙しているか?

どうBLOGと接していきたいのか整理してみてはいかがですか?

記事を書くのが少しでも楽しく無い時は休むべきです。

BLOGは自分の楽しみの場だから、、、。

尚「Gの祈り|∥」のコメ返はあえて書いておりません。

Gの祈り∥

今日の記事は「Gの祈り∥」です。

この記事から読まれた方の為に書きますが、俺はブディスト(仏教徒)です。

でも哲学的にキリスト教を信じてます。

しかし昨日からキリスト教の記事が続きますが、決してキリスト教への入信を勧めるものではありません。

ご了解の方のみ以下の記事をお読み下さい。






ここに一枚のカードがあります。

このカードはクリスチャンのガールフレンドが俺が涙の時、そっとプレゼントしてくれたものです。

カードには足跡のついた砂浜の写真が載せられています。

そして裏側には英語になりますが,物語が書かれています。

この物語にでてくる男は,ある夜,夢を見ました。

夢の中では,この男とイエス様が砂浜を一緒に歩いています。

この砂浜は,この男が今までにたどってきた人生そのものでした。

海の上の空には,この男が今までに生きてきたシーンが映し出されていました。

後ろを振り返ると,たしかに自分の足跡とイエス様の足跡,2つの足跡が残っていました。

しかし,よく見てみると,足跡が一つしかなかったところがありました。

それはこの男が,苦しくて,つらくて,誰かが一緒にいてくれないと寂しいときでした。

そんな時に自分の足跡しかなかった。

イエス様はどこかにいかれてしまった・・・

男はイエス様に訴えました。

「私が辛くて悲しくて,あなたが必要だったときに,どうしてあなたは私のそばにいてくれなかったのですか?いったい何故わたしを見捨てたのです??」

イエス様は男の問いに,こう答えられました。

「私はつねにお前のそばにいたのだよ。

足跡が一つしかなかったのは,あなたがあまりに疲れていたから、私があなたを背負っていたからだよ。」

【完】

Gの祈り

今朝は西宮のK教会に礼拝に行ってきました。

オルガンの調べに聖歌。

荘厳でした。

俺はブディストです。

でも哲学的にはキリスト教を信じています。

K教会の礼拝はクリスチャンじゃなくても行けるのです。

ただパンとワインの儀式には参加できませんが。

もともと教会に行く様になったのは、ミッション系の学校のガールフレンドが、俺がおちてる時誘ってくれたのが始まりでした。

もう8年程たまに行かせてもらってます。

その教会のN牧師さんは、俺が先妻と色々あって満身創痍の時の12月。

「RYUさん宅にもクリスマスは来るのですよ」と言われ我が家を24日じゃないですが、わざわざ夜、訪ねて下さり持参されたキャンドル立てに火を灯しクリスチャンでも無い俺の心の痛みの為に祈りを捧げて下さいました。

電気を消した部屋にキャンドルの灯り。

N牧師にの祈りの言葉。

死ぬまで忘れないでしょう。

N牧師の車はささやかな傷だらけの古い国産車。

決して贅沢をされず神に我が身を捧げておられます。

K教会はプロテスタントなので神に直接祈れます。

カトリックは神父様を通して懺悔します。

牧師様と神父様の違いです。(違ってたらごめんなさい)

気が早いですが、今年のクリスマス。

教会で過ごすのも心が洗われますよ。



「雨に泣いてる」のコメ返を11番目に書かせて頂きました。

不思議な法則

雨に泣いてる

今日はMの運動会。

行く事は叶わない。

俺は今までMが集団の中でいる姿を見た事が無い。

夢ではよく見る。

いつもの底抜けの明るさで走りまわっている。

今回の運動会は放送部のMがリレーの実況中継をする。

先妻にビデオを撮って見せてくれる様に頼んだ。

ビデオは壊れているそうだ。

写真を見せてくれる様に頼んだ。

写真はPTAの仕事があるから撮らないそうだ。

いつまで波間で船酔いに耐えればいいのか?

名古屋地方気象台に今電話した。

晴れだそうだ。

よかった。

心は雨に泣いている。









自分の貧しさを知る人は、幸いである、

天の国はその人のものである。

悲しむ人は、幸いである、

その人は慰められる。

柔和な人は、幸いである、

その人は地を受け継ぐ。

義に飢え渇く人は幸いである、

その人は満たされる。

あわれみ深い人は幸いである、

その人はあわれみを受ける。

心の清い人は幸いである、

その人は神を見る。

平和をもたらす人は幸いである、

その人は神の子と呼ばれる。

義のために迫害される人は幸いである、

天の国はその人のものである。

(マタイ5章3-12節)

NIKE(加筆)

心のレスキュー箱(緊急用)

始まりがあれば終わりもある。

「RYUの生き方、逝き方」が今日Blogを終えるとすれば何が書きたいか考えた。

それは人には幸せを感じたくても微塵も感じられない時があるという事。

俺はずっと幸せは感じるものだと思っていた。

この記事を読む9割の方は、そう思っていて間違いない人生を送られるだろう。

そうだ幸せはは原則感じるものだ。

己と社会と闘わず「何か面白い事ないかな?」と思ってる方は今朝、朝ご飯を食べられた事に感謝すべきだし、健康な方はその健康な身体を己の為だけでなく小さな事でも人の為に役立てるべきだ。

それで幸せは感じられる。

阪神大震災の時、携帯、固定電話が不通になり近くの中学校にNTTが緊急回線を引いたので親戚に無事を知らせに電話に行った。

長い列。

以前記事でもふれたがこの中学は遺体の検死場所にもなっていた。

電話を待つ時間嫌でも他の方の会話が耳に入る。

今でも忘れない。

「リカもリナも皆死んでもた。嫁さん?死によった。だから残ったん俺だけや!何で神さん、俺を連れていって娘だけでも残してくれへんかったんやろ、、、。でも皆、死顔は奇麗や。可愛い顔して寝てるみたいや。あと沢山並んではるから、切るわ。とにかく俺一人になってもた。これからよろしく頼むわなー」

俺は電話を切ったこの人の肩をたたき「幸せは感じるものですよ」とはとても言えない。

もしこの記事を読まれた方が今後、幸せをどこを探しても見付からないない時、長い先の事を考えるより朝起きたら昼まで生きましょう。

昼になれば何でもいいから食べ、夜まで生きましょう。

夜になれば明日の事は考えずに今日生きた、すごい自分をねぎらってあげましょう。


明けぬ夜はないのだから。


「ヨーロッパの凄み」のコメ返9番目に書かせて頂きました。

ヨーロッパの凄み

ミナミのホテル日航大阪の1Fのチョコレート専門店「ゴディバ」でチョコ買った。

家に帰って開けるとチョコのカタログが入っていて「ゴディバ」の名前の由来が書いてあった。

よく買ったりプレゼントしたりするが初めて読んだ。

ヨーロッパの歴史の凄みを感じた。

「11世紀、イギリス。レオフリック伯爵夫人レディ・ゴディバは、重税に苦しむ人々の姿をみかね、夫に税を軽くするように申し出ました。

すると伯爵は「おまえが一糸もまとわない姿で町中を廻ることができるのならそうしよう」と答えました。

美しく慎み深いレディ・ゴディバは大変悩みましたが、聖霊降臨祭の次の金曜日、人々のために一糸もまとわぬ姿で白馬に乗り、町を駆け回ったのです。

自分たちのために彼女が、自らを犠牲にしたことに心をうたれた人々は、その行為に敬意を表し、窓をかたく閉ざしました。

彼女の勇気と優しさを讃え、創設者ジョセフ・ドラップスとその妻ガブリエルは、自らのブランドに「ゴディバ」の名を冠したのです。

そして、レディ・ゴディバのその姿は、シンボルとして、今も受け継がれています。」

泣けたぜ!



「愛しのエリー」のコメ返を13番目に書かせて頂きました。

愛しのエリー

少し前にお気に入り登録している翠さんが「愛しいと愛してる」という記事を書かれた。

アメンバー限定記事なので内容はふせるが考えさせられた。

広辞苑をひいてみた。

「愛」

「愛おしい」

同じ様な意味だったが「愛おしい」は「涙をこらえる仕草が愛おしい」と哀れむニュアンスが加味されている。

7月「身も心も」という記事を書いた。

阿木耀子さんの詩でダウンタウンヴギウギバンドが唄った隠れた名曲「身も心も」を紹介した。

抜粋

「言葉はむなしいけど

ぬくもりなら

信じよう

涙は裏切るけど

優しさなら分かち合える

月日は移ろいやすく

やすらぎなら信じよう

愛とは呼ばずあなたに

愛しいそう打ち明けよう」。

最後の部分が好きだ。

愛してるは心臓に位置し愛しいは身体を駆けめぐる血からわき上がってくる気がする。

また愛してるは強さを内包し愛しいは哀愁を帯びている。

最近秋の虫の音色を聞きながら眠る。

秋の夜長こんな事つらつら考えてるのも悪く無い。

皆さん、大切な人を愛してます?

愛しく思ってます?


「臨界の風景」のコメ返13番目に書かせて頂きました。

人間だもの