甲賀の里に宿泊

 

もうすぐ、中国に帰ってしまう、パンダとお別れした後、本日の宿泊地、滋賀県甲賀市の宿を目指します。いつもは、琵琶湖畔の彦根市に泊まることが多いんですが、今回は初めての甲賀の里です。阪和自動車道を北上し、琵琶湖の手前、草津JCTで新名神高速に乗り、15時ころ、宿に着きました。

まず、温泉に入りました。貸し切り状態で、いい温泉でした。夕食は、ダイニング会場でした。日本酒の地酒を頼みました。ほど良い量で、特に近江牛が美味しかったです。食後に、前庭で、ささやかなイルミと期待外れ?の花火がありました。

 

 

 

外環

 

廊下

 

 

 

客室

 

大浴場

 

ダイニング

 

 

夕食、デザート

 

花火

 

翌朝に、夕食時のダイニングで、朝食をとりました。ほど良い量で、地元産のお米が美味しかったです。どうも、宿泊客は2組だけだったようです。食後、周辺を散歩しました。川の対岸はキャンプ場でした。心が落ち着く、静かな趣のある、いい宿でした。

 

朝食

 

 

河畔

 

 

 

白浜3日目(アドベンチャーワールド パンダ)

 

6月下旬にはパンダが中国に返還されるということで、アドベンチャーワールドに行きました。10時開園ですが、混雑具合がわからないので、9時半前にに駐車場に到着しました。入場口には、大勢の人がすでに並んでいました。早速列に並びました。平日にもかかわらず、大混雑ということで、早めに開門してましたね。

 

駐車場

 

12時ころの入場口

 

9時半ころ、大混雑の入場口

 

入園チケット

 

園内案内図

 

 

エントランスドーム、ペンギン

 

パンダとご対面!!

 

いよいよ、パンダとご対面です。とりあえず、人だかりの方に流れます。パンダいましたね。人込みのなか順番に柵最前列にでました。初めて、肉眼でガラス越しでない実物見ました。可愛いですね。じっとしていて動かないので、ぬいぐるみかと思いました。以前、仕事で中国、大連に行ったとき、模倣の動物たちの動物園ありましたからね。その後、園内を散策して、次の列に並びました。順番に歩いていくと、柵の上にパンダさんがいました。また、また可愛いですね。じっとしてます。さらに歩いていくと、竹を無邪気にバキバキ、ムシャムシャ食べているパンダさんが。強固で健康な歯は、うらやましい限り。本当に、可愛いです。回りからも、可愛いの声続出でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

可愛いパンダたち

 

パンダ鑑賞の後、ウォーキングサファリを徒歩で散策しました。いろいろな動物たちが、すぐ目の前に、柵やロープなんて簡単に飛び越えれそうです。びっくりしました。さすがに、ライオンだけは、しっかり、隔離されてましたけど、お昼寝中でした。

 

 

 

 

 

 

ウォーキングサファリ内の動物たち

 

本当に、パンダは可愛かったです。2時間半滞在しました。上野動物園のパンダも来年いなくなるようですけど、上野はガラス越しで、こんなにじっくり、パンダ見れないようです(?十年前に妻が見たときの記憶)。

 

アドベンチャーワールドを後にして、甲賀の里の宿に向かいました。

次回は甲賀の里紹介します(宿のみ)。

 

 

 

 

 

 

白浜2日目(周辺観光、お土産物色)

 

本来は、この日が、パンダと会う日の予定でしたが、調査不足で、アドベンチャーワールド定休日と相なりましたので、周辺観光、お土産物色の1日となりました。

まず、ホテル前の白良浜を早朝散歩しました。ゴールデンウィーク直後なので、よく見る、海水浴シーズンの賑わいとは別の、静かな美しい浜辺でした。ちょうど、白浜空港への旅客機が白良浜上空を通過しました。白浜を重点観光するなら、飛行機の旅もいいですね。ただ、仕事では出張に良く、飛行機利用してましたが、本来、飛行機嫌いなんです。

 

 

 

 

白良浜散歩

 

ホテルを出て、向かったのが、西の海岸沿いの千畳敷です。海岸にも城跡にもある広い平らな場所でよく使われますね。穏やかな広い海と平らな岩が心和ませてくれました。海の向こうは四国ですね。オフシーズンなのに、結構、観光客いました。

 

  

 

 

 

千畳敷

 

千畳敷から少し南に、三段壁があるので、行きましたが、駐車場満杯であきらめ、海岸沿いを北上して、産直市場よってって南紀の台店に行き、お土産を物色しましたが、満足いく物がなく、さらに北の田辺市の産直市場よってって いなり本館に行き、お土産を買い、故郷札幌の両実家にみかんを送りました。白良浜を出てすぐ途中、ゼルダの眼鏡岩のような島がありました。調べると、円月島という島?岩?でした。海水が綺麗でした。

 

円月島

 

産直市場よってって いなり本館

 

お土産

 

お土産を買った後、昼食にしました。久しぶりにとんかつ屋に入りました。若くないのに、とんかつ210gを頼んでしまい、何とかお腹いっぱいで、間食しました。

 

夫のとんかつ210g

 

妻のミックスフライ

 

お腹が満腹の中、田辺湾の西の、天神崎に行きました。手前の駐車場に駐車して、食後の運動で散歩しました。広く穏やかな海でした。よく行く、千葉の南房総の海岸線とはまた違った趣がありましたね。北に、日本中央構造線が走り、南に南海トラフがある重要な場所なんですけどね。

 

 

 

天神岬

 

天神崎散歩の後、白浜への帰り道でコンビニにより、ホテルでの夕食を買いました。急遽予約したホテルなので、素泊まりです。客室付きの温泉露天風呂がありましたが、期待してなかったのに反して、意外といい温泉風呂でした。

アドベンチャーワールドの前売り券をホテルで買い(シニア割 4,600円/人)準備万端です。

 

次回はいよいよ、パンダとご対面ー!!

 

白浜1日目(宿泊)

 

和歌山城を後にして、阪和自動車道を南下して、宿泊地の白浜に着きました。白浜までわざわざ南下して足を延ばしたのは、旅行計画当初は、ただ、南房総の白浜、伊豆下田の白浜についで、南紀白良浜に行きたい、ただそれだけでした。年を越して、「パンダ返還 6月下旬」のニュースで、これは行かなくちゃと思い、ちょうど良かったです。上野動物園のパンダも来年返還ですね。会社員時代は会社からすぐ行けたんですが、いつでも行けると思いましたが、行く前に退職したので、今回は、ぜひ行きたいと思いました。

 

ただ、誤算が。旅行の数日前、パンダのいるアドベンチャーワールドの前売り券をWeb購入しようと思いましたが、目的の日が予約できません。ガガーン!定休日でした。全く考慮してませんでした。

計画変更です。急遽、もう一日白浜宿泊です。何とか宿予約できました。ラッキーでした。そのおかげで、1日南紀を観光し、お土産もゆっくり買うことができました。

 

皆さん、これから、パンダを見ようと思ってる方、定休日には注意しましょう。!!

 

白浜1日目の宿は、白良浜が目の前のホテルでした。夕陽が美しいと思い、日没を調べて、日没後の夕食としました。客室から半露天風呂越しに見える夕陽が綺麗でしたが、日没直前に雲に覆われました。でも、綺麗でした。夕食は、老人には、ほど良い量と質でした。

 

 

 

客室

 

前菜

 

和歌山の地酒 飲み比べ

 

刺身

 

 

海鮮焼き

 

煮物

 

一口寿司、みそ汁

 

デザート

 

 

客室からの夕陽

 

次回は、南紀白浜、観光、お土産物色の1日、次々回は、いよいよパンダです。

 

 

 

和歌山県和歌山市 和歌山城 攻城255 (2025年5月中旬訪問)その2

百名城No62 73/100

 

本丸御殿跡から、石垣の素晴らしい、城郭東側の裏坂を下って、二の丸に到着しました。広い公園になっています。二の丸から西に行くと、西の丸、紅葉渓庭園があり、中を通って城郭西側へ抜け、追廻門を経て、一旦、和歌山城公園不明門駐車場に戻りました。そこから、城郭南側の小規模な動物園を抜け、右に岡口門を見て、城郭北側の大手門に行きました。大手門でボランテイアガイドの御老人たちと談笑して、城郭東側の広大な水堀を見ながら、来た道を引き返し、駐車場に戻りました。

 

城郭案内図

 

天守から大手門

 

 

 

裏坂

 

二の丸

 

 

 

石垣

 

 

 

西の丸、紅葉渓園

 

 

追廻門

 

岡口門

 

大手門

 

 

広大な水堀

 

和歌山城は、大阪城方面に睨みを効かせる城で、徳川御三家の城でもあり、高い石垣に囲まれた堅固な城郭でした。2017年より各地の攻城をしていて、攻城したい城郭の一つでした。今回、攻城することができて、大満足でした。高取城、和歌山城と、全く性格の異なる城を1日で見ることができました。


和歌山城を後にして、今回のもう一つの目的、パンダを見に、南紀白良浜に向かいます。

 

 

和歌山県和歌山市 和歌山城 攻城255 (2025年5月中旬訪問)その1

百名城No62 73/100

 

高取城を後にして、途中、奈良県御所市内の酒屋で日本酒(風の森百楽門)を買い、和歌山城に向かいました。和歌山城は、以前からずっと行きたかった城でした。和歌山城公園不明門有料駐車場(350円/90分)に駐車して、今回は、城郭南側の駐車場から続く、新裏坂から攻城開始です。

 

和歌山城場所

 

城郭説明

和歌山市の中心にそびえ立つ和歌山城は、その威容と美しい姿から「虎伏山(とらふすやま)」の別名を持つ名城です。今回は、その様式、歴代城主、そして特筆すべき特徴に焦点を当て、和歌山城の魅力を深掘りします。

和歌山城の様式:連立式天守の壮麗さ

和歌山城は、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長の命により、築城の名手、藤堂高虎普請奉行として建てた城で、最も特徴的な建築様式は、その連立式天守です。これは、大天守と小天守が複数の櫓や多聞櫓(防御用の細長い建物)で連結されている構造を指します。姫路城や松山城などにも見られるこの様式は、複数の建物を一体化させることで、防御力を高めるとともに、見る者に複雑で壮麗な印象を与えます。

現在の天守閣は、残念ながら第二次世界大戦で焼失した後、1958年(昭和33年)に再建されたものですが、その建築様式は江戸時代の姿を忠実に再現しており、当時の技術と美意識を感じさせます。

和歌山城の城主:紀州徳川家の栄光

和歌山城は、関ヶ原の戦いの後、徳川家康の十男である徳川頼宣(とくがわ よりのぶ)が入城し、紀州徳川家の居城となりました。紀州徳川家は、水戸徳川家、尾張徳川家と並ぶ「徳川御三家」の一つであり、江戸幕府の要職を多数輩出するなど、絶大な影響力を持っていました。

頼宣は城郭の大規模な改修を行い、現在の和歌山城の基礎を築きました。その後も、歴代の城主たちは城の維持・発展に尽力し、和歌山城は紀州藩の中心として、また徳川家の権力の象徴として、その歴史を刻んできました。

和歌山城の特筆すべき特徴

和歌山城には、その歴史と文化を物語るいくつかのユニークな特徴があります。

  • 虎伏山(とらふすやま)に築かれた堅固な縄張り: 城が築かれた虎伏山は、その名の通り虎が伏せたような形をしており、天然の要害となっています。この地形を巧みに利用した縄張りは、敵の侵入を防ぐ上で非常に効果的でした。
  • 石垣の多様性: 城内には、時代や場所によって異なる積み方の石垣を見ることができます。野面積み、打込ハギ、切込ハギなど、石垣の変遷を観察することで、当時の築城技術の進化を感じることができます。
  • おもてなしの心「御橋廊下(おはしろうか)」: 藩主が二の丸と西の丸を行き来するために架けられた屋根付きの橋「御橋廊下」は、斜めにかかっている珍しい構造をしています。現在は一般公開されており、実際に渡ることができます。これは、単なる移動手段としてだけでなく、訪れる人々への配慮と「おもてなしの心」が感じられる特徴と言えるでしょう。
  • 美しい庭園「西の丸庭園(紅葉渓庭園)」: 二の丸の北西に位置する西の丸庭園は、その雅な雰囲気から「紅葉渓庭園」とも呼ばれています。池泉回遊式庭園で、四季折々の美しい景色を楽しむことができ、特に紅葉の時期は見事な景観を作り出します。

和歌山城への誘い

和歌山城は、その壮大な建築様式、徳川御三家の歴史、そして随所にちりばめられた魅力的な特徴の数々が、訪れる人々を飽きさせません。天守閣からの眺めは絶景で、和歌山市街を一望できます。歴史好きの方も、そうでない方も、ぜひ一度、和歌山城を訪れて、その悠久の歴史と美しさに触れてみてください。

 

案内図

 

歴代城主

 

新裏坂から天守、本丸御殿跡まで

 

 

 

新裏坂

 

 

 

 

 

天守、本丸からの眺望

 

 

本丸御殿跡

 

本丸御殿跡からの天守眺望

 

次回は、二の丸、大手門方面を紹介します。

 

 

 

 

 

奈良県高取町 大和高取城 攻城254 (2025年5月中旬訪問)その3

百名城No61 72/100

 

大手門~本丸

国見櫓から大手道を大手門方面まで戻り、石垣の虎口をを抜け、二の丸、太鼓櫓を抜け、本丸へと行きます。虎口の石垣が素晴らしいです。本丸虎口を抜けると、本丸に着きました。石垣の天守台がありました。二の丸あたりで、老夫婦と再会し、しばし世間話をしました。以前、北海道をキャンプ旅行されていたようです。こちらは夫婦とも札幌市出身なので、親近感湧きました。お互いの安全を祈り、別れました。

 

大手門跡

 

苔むした石垣

 

 

 

二の丸

 

 

城址碑と守護神木

 

太鼓櫓跡

 

太鼓櫓礎石

 

 

木彫りの高取城

 

 

本丸

 

 

 

天守台

 

高取城再現CG

 

 

天守再現CG

 

大手門あたりで、八幡口までタクシーを呼んで、壷阪寺駐車場に戻りました。最強の日本三大山城「大和高取城」は素晴らしい城跡でした。備中松山城で出会った老夫婦は80歳で攻城していたので、80歳で再度山城に挑戦しようと思ってましたが、夫婦老齢化により、ここが、最後の山城攻城となる予感です。あと十数年、健康でいられるのか、生きているのか、死んでいるのか、神様のみがしっているでしょう。

 

心地よい疲労感と達成感を満喫して、和歌山城に向かいました。2時間半の攻城でした。

ということで、次回、和歌山城紹介です。

奈良県高取町 大和高取城 攻城254 (2025年5月中旬訪問)その2

百名城No61 72/100

 

本丸分岐から二の門方面まで

本丸方面に行く前に、大手道を黒門方面(高取城の表道入口)へ下っていきます。両サイドの石垣を見ながら、各門跡を通り、どんどん下っていきました。石垣は保護網があるものもありました。保全大事ですね。ご苦労様です。5月中旬ということで、熊、蜂、蛇等に注意を払いながら、ゆっくり、道中を堪能しながら、30分ほどで、国見櫓分岐点にでました。道中、老夫婦に会い、挨拶しがてらしばし話し込みました。今回初めて人に会いました。御主人が80歳超えていて、毎週来ているそうです。健脚です。山城ですからね。桜、紅葉シーズン以外は攻城している人ほとんどいないようです。心細かったので助かりました

 

 

千早門跡

 

曲輪跡

 

 

宇陀門跡

 

二の門方面標識

 

保護された石垣

 

松の門跡

 

 

崩れた石垣、登城路

 

矢場門跡

 

二の門、国見櫓、本丸方面分岐標識

 

国見櫓分岐から猿石、国見櫓まで

国見櫓は、帰りに寄ることにして、二の門まで降りました。途中、水堀があありました。魚が泳いでいたので、水が湧いているようです。二の門の先に猿石がありました。ここから先は黒門方面(城表口)です。今回は、ここから引き返しました。途中国見櫓に寄りました。櫓跡からの景色は最高でした。

 

二の門跡

 

水堀

 

猿石

 

 

 

国見櫓跡、景観

 

次回はいよいよ本丸に突入します。

 

 

 

 

 

奈良県高取町 大和高取城 攻城254 (2025年5月中旬訪問)その1

百名城No61 72/100

 

奈良県天理市内のホテルに宿泊した翌日、未攻城の最後の日本三大山城大和高取城」を2018年10月の備中松山城、2023年6月の岩村城についで、ついに攻城をはたしました。

 

高取城への攻城アクセスは下記の方法がありました。

 ① 近鉄吉野線 壺阪山駅周辺に駐車して、徒歩で城郭北側から登り南側に降りてくるルート

 ② 近鉄吉野線 壺阪山駅周辺に駐車して、タクシー(往復)で城郭南側八幡口へ行き登るルート

 ③ 壷阪寺駐車場に駐車して、徒歩又はタクシーで城郭南側八幡口へ行き登るルート

 

結局③を選択しました。前日、壺阪観光タクシーを予約して、城下町内の「夢創館」(10時開館で空いていず)あたりで再度電話して壷阪寺第二有料駐車場まで行きクシーに乗り、八幡口まで行き攻城開始しました。タクシーを使用したのは、老齢なこと、八幡口までの林道が道狭なこと、駐車場が数台駐車できそうでしたが、混雑具合がわからなかったことです。攻城後は、徒歩で壷阪寺第二有料駐車場まで降りる予定(徒歩1時間ほど)でしたが、当日中に和歌山城を見て、白良浜のホテルに行く予定だったので、八幡口までタクシーを呼びました。運転手さんは気さくな御老人で、行き、帰りとも超良心的な1,350円でした。駐車場は2時間超で、1,500円で、超高額でした。がら空でした。

 

城郭説明

奈良県高市郡高取町にそびえる大和高取城は、岐阜県の美濃岩村城、岡山県の備中松山城と並び、「日本三大山城」の一つに数えられる壮大な山城です。標高583.9mの高取山頂に築かれ、麓からの比高はなんと390mと日本一!その圧倒的な高低差が織りなす景観は、まさに「天空の城」と呼ぶにふさわしいものです。

大和高取城の様式と特徴

大和高取城の築城は、南北朝時代の1332年(元弘2年)、大和の豪族である越智邦澄によって砦のような形で始まりました。当初は土塁と堀のみの簡素な造りで、「掻揚城(かきあげのしろ)」とも呼ばれていました。

その後、安土桃山時代から江戸時代にかけて大規模な改修が加えられ、特に豊臣秀長の重臣である本多利久(本多利朝とも)による改修で、現在の高取城の姿が形成されました。山城でありながら、平城の築城技法が取り入れられているのが大きな特徴です。

  • 連立式天守: 天守と小天守、そしてそれらを結ぶ多聞櫓(城壁に沿って建てられた細長い櫓)が一体となった「連立式天守」の構造を持っていました。これは姫路城や和歌山城などと同じ形式であり、山城としては非常に珍しく、堅固な防御を誇りました。
  • 高石垣: 各所に築かれた石垣は圧巻で、特に本丸の天守台の石垣は高さ約12mにも及び、山城の石垣としては最大級です。直線的な「打込み接ぎ(うちこみはぎ)」や「算木積み(さんぎづみ)」といった技法が用いられ、堅牢さと美しさを兼ね備えています。
  • 広大な郭内: 城郭周囲は約3km、郭内周囲は約30kmにも及び、広大な敷地を誇ります。山上に城郭と家臣の屋敷地まで配したため、このような広大な規模となりました。
  • 水堀: 山城としては珍しく、用水池として水堀があったことも特徴の一つです。

これらの特徴から、高取城は別名「芙蓉城」とも呼ばれ、「巽高取雪かと見れば、雪ではござらぬ土佐の城」と歌われるほど、白漆喰塗りの天守や櫓が立ち並ぶ姿は美しかったと伝えられています。

大和高取城を治めた城主たち

大和高取城の歴史は、越智氏の築城から始まり、織田信長の一国一城令による一時的な廃城を経て、筒井順慶による復興、そして豊臣秀長家臣の本多氏による大規模改修へと続きます。

  • 越智氏: 南北朝時代に高取山の頂に砦を築き、吉野方面との連携拠点としました。
  • 本多利久(本多利朝): 天正13年(1585年)に豊臣秀長から高取城を拝領し、天正17年(1589年)から大規模な改修を開始しました。現在の高取城の基礎を築いた人物と言えます。
  • 植村氏: 寛永17年(1640年)に植村家政が入城して以降、明治維新まで14代にわたり植村氏が高取藩主を務めました。平和な時代になると、山上での生活の不便さから、藩主や家臣の屋敷は麓の城下町(土佐町)へと移され、城と城下町が離れている珍しい形となりました。

現在、高取城の建造物はほとんど残っていませんが、国の史跡に指定され、日本100名城にも選定されています。壮麗な石垣群は往時の姿を偲ばせ、訪れる人々を魅了し続けています。

あなたも高取城の歴史を感じてみませんか?

高取城は、その歴史的価値と圧倒的なスケールから、多くの城郭ファンを惹きつけています。険しい山道を登り詰めた先に広がる石垣群は、まさに絶景。紅葉の時期には、燃えるような赤に染まる木々と石垣のコントラストが息をのむ美しさです。

また、高取城の麓には、移築された城門や、猿石と呼ばれる謎の石像など、歴史を感じさせるスポットが点在しています。当時の城下町の面影を残す「土佐街道」を散策するのもおすすめです。

歴史好き、城好きはもちろんのこと、自然の中で歴史を感じたい方にもぴったりの高取城。ぜひ一度、この壮大な天空の城を訪れてみてはいかがでしょうか。その圧倒的な存在感に、きっと感動することでしょう。

 

 

 

アクセス図

 

各所、所要時間

 

城郭図

 

 

城郭南側八幡口から大手道まで

 

八幡口(壺阪門跡)

 

城郭上部通行止め

 

すぐ石垣

 

整備されているが、荒れている登城路

 

途中の曲輪跡

 

登城路

 

落石注意看板

 

途中の曲輪跡

 

登城階段

 

 

 

中仕切り門跡

 

大手道 左手 黒門、右手 本丸方面

 

 

 

世界遺産 薬師寺訪問

 

大和郡山城のすぐ北に、「世界遺産 薬師寺」があるので、薬師寺南側の駐車場(800円/日)に駐車して、行くことにしました。高校生(北海道札幌市の高校在学中)の修学旅行以来約50年ぶりです。当時は、寺院のお坊さんの説法会みたいなのがあって、話を聞かず騒いでいて、説法されたのを思い出しました。懐かしいですね。

 

それでは、奈良が誇る世界遺産「薬師寺」の魅力をお伝えします。 奈良には数多くのお寺がありますが、薬師寺は特に、その建立の歴史と、残された国宝の美しさで、訪れる人々を深く魅了する場所です。

薬師寺とは?なぜ「世界遺産」に?

薬師寺は、飛鳥時代後期に天武天皇によって建立が発願され、持統天皇によって完成されたお寺です。当初は藤原京にありましたが、平城京遷都に伴い現在の地に移されました。

創建当初の伽藍配置は「薬師寺式伽藍配置」と呼ばれ、中央に金堂、その左右に東塔・西塔という二つの三重塔が立つ独特の形式で、東大寺や興福寺とは異なる、左右対称の美しい姿が特徴です。

そして、その歴史的・芸術的価値の高さから、1998年には「古都奈良の文化財」の一部として、ユネスコの世界遺産に登録されました。

薬師寺の見どころ:心揺さぶる国宝と復興の美

1. 国宝 東塔:凍れる音楽、唯一の創建時建築

 

薬師寺のシンボルとも言えるのが、国宝の**東塔(とうとう)**です。 奈良時代に建てられた創建当時の姿を今に伝える唯一の建物であり、その美しい均衡とリズムから「凍れる音楽」と称されるほどです。見る角度によって表情を変える、この優美な姿は必見です。長らく修復工事が行われていましたが、美しい姿でその全容を現しています。

2. 金堂:煌びやかな薬師三尊像写真撮影不可

伽藍の中央に位置する**金堂(こんどう)には、薬師寺の本尊である国宝「薬師三尊像(やくしさんぞんぞう)」**が安置されています。中央に薬師如来、左右に日光菩薩、月光菩薩を配したこの像は、奈良時代前期の作とされ、豊満で力強い姿が特徴です。特に、月光菩薩のすらりとした立ち姿は、多くの人々を魅了してやみません。

3. 西塔:蘇る創建時の輝き

かつて火災で焼失してしまった西塔は、昭和56年(1981年)に再建されました。東塔とは異なり、創建当時の彩色を再現した朱色の鮮やかさが特徴です。東塔と西塔が並び立つ姿は、薬師寺式伽藍配置の美しさを際立たせ、写真映えも抜群です!

4. 大講堂と玄奘三蔵院伽藍(写真撮影不可):歴史の重みと平和への祈り

金堂の北に位置する**大講堂(だいこうどう)は、寺院の中心的な建物で、弥勒如来坐像などが祀られています。また、境内東側には、玄奘三蔵を祀る玄奘三蔵院伽藍(げんじょうさんぞういんがらん)**があり、平山郁夫画伯の大作「大唐西域壁画」が奉納されています。歴史の重みと、平和への祈りが込められた場所です。

薬師寺は、ただ古いお寺というだけでなく、一つ一つの建物や仏像に深い歴史と物語が宿っています。解説を聞きながら巡ったり、静かに座って仏様と向き合ったりすることで、心が洗われるような体験ができると思います。

全体図
 
拝観券(800円/人)
 
中門からの東塔
 
中門からの東塔
 
薬師寺三重塔 東塔
 
薬師寺三重塔 西塔
 
金堂
 
大講堂
 
奥楽門
 
昼食