茨城県竜ケ崎市 馴馬城 攻城262 (2026年1月初旬攻城)
布川城周辺の城跡をぐぐりました。結構、城跡見つかりましたが、車移動なので、駐車場のあるところを探し、布川城から北に9kmのところに、馴馬城という城跡を見つけましたので、行ってみました。

アクセス
馴馬城は、茨城県竜ケ崎市(龍ケ崎市)にある、牛久沼東岸の標高約20mほどの舌状台地(ぜつじょうだいち)の先端部を利用して築かれた、南北朝時代(14世紀頃)の平山城で、春日顕国(かすが あきくに)の築城と伝承されています。南北朝の動乱期、常陸国(現・茨城県)における南朝方の重要な拠点の一つでしたが、1341年(暦応4年/興国2年)には北朝方の足利氏に攻められ、1344年(康永3年/興国5年)には宍戸朝里によって落城したと記録されています。
龍ケ崎市歴史民俗資料館の駐車場に駐車して、攻城開始です。駐車場に隣接して、竜崎鉄道4号蒸気機関車の展示がありました。資料館に入って城の情報を得ました。館内にすばる360の展示もあり
懐かしくて、感動しました。60年前に我が家の自家用車でした。

龍ケ崎市歴史民俗資料館駐車場


竜崎鉄道4号蒸気機関車


龍ケ崎市歴史民俗資料館

すばる360
資料館を出て、奥に進むと、平地に造成された1の曲輪があり、その先の階段を行くと、前方に空堀跡、右手に土橋、左手に空堀で分けられた二の曲輪、三の曲輪があり、奥に住宅がありました。


消滅した一の曲輪

一の曲輪奥

空堀

土橋


空堀

二の曲輪

三の曲輪

虎口方面
台地の先端を堀切(ほりきり)で区切る、この時期の城郭としては典型的な構造をしていて、一の曲輪(主郭)、二の曲輪、三の曲輪が連なる連郭式の配置であったと推測されますが、後世の地形改変(土取りなど)により、主郭部分は現在消滅していました(資料館の駐車場付近)。