世界遺産 薬師寺訪問

 

大和郡山城のすぐ北に、「世界遺産 薬師寺」があるので、薬師寺南側の駐車場(800円/日)に駐車して、行くことにしました。高校生(北海道札幌市の高校在学中)の修学旅行以来約50年ぶりです。当時は、寺院のお坊さんの説法会みたいなのがあって、話を聞かず騒いでいて、説法されたのを思い出しました。懐かしいですね。

 

それでは、奈良が誇る世界遺産「薬師寺」の魅力をお伝えします。 奈良には数多くのお寺がありますが、薬師寺は特に、その建立の歴史と、残された国宝の美しさで、訪れる人々を深く魅了する場所です。

薬師寺とは?なぜ「世界遺産」に?

薬師寺は、飛鳥時代後期に天武天皇によって建立が発願され、持統天皇によって完成されたお寺です。当初は藤原京にありましたが、平城京遷都に伴い現在の地に移されました。

創建当初の伽藍配置は「薬師寺式伽藍配置」と呼ばれ、中央に金堂、その左右に東塔・西塔という二つの三重塔が立つ独特の形式で、東大寺や興福寺とは異なる、左右対称の美しい姿が特徴です。

そして、その歴史的・芸術的価値の高さから、1998年には「古都奈良の文化財」の一部として、ユネスコの世界遺産に登録されました。

薬師寺の見どころ:心揺さぶる国宝と復興の美

1. 国宝 東塔:凍れる音楽、唯一の創建時建築

 

薬師寺のシンボルとも言えるのが、国宝の**東塔(とうとう)**です。 奈良時代に建てられた創建当時の姿を今に伝える唯一の建物であり、その美しい均衡とリズムから「凍れる音楽」と称されるほどです。見る角度によって表情を変える、この優美な姿は必見です。長らく修復工事が行われていましたが、美しい姿でその全容を現しています。

2. 金堂:煌びやかな薬師三尊像写真撮影不可

伽藍の中央に位置する**金堂(こんどう)には、薬師寺の本尊である国宝「薬師三尊像(やくしさんぞんぞう)」**が安置されています。中央に薬師如来、左右に日光菩薩、月光菩薩を配したこの像は、奈良時代前期の作とされ、豊満で力強い姿が特徴です。特に、月光菩薩のすらりとした立ち姿は、多くの人々を魅了してやみません。

3. 西塔:蘇る創建時の輝き

かつて火災で焼失してしまった西塔は、昭和56年(1981年)に再建されました。東塔とは異なり、創建当時の彩色を再現した朱色の鮮やかさが特徴です。東塔と西塔が並び立つ姿は、薬師寺式伽藍配置の美しさを際立たせ、写真映えも抜群です!

4. 大講堂と玄奘三蔵院伽藍(写真撮影不可):歴史の重みと平和への祈り

金堂の北に位置する**大講堂(だいこうどう)は、寺院の中心的な建物で、弥勒如来坐像などが祀られています。また、境内東側には、玄奘三蔵を祀る玄奘三蔵院伽藍(げんじょうさんぞういんがらん)**があり、平山郁夫画伯の大作「大唐西域壁画」が奉納されています。歴史の重みと、平和への祈りが込められた場所です。

薬師寺は、ただ古いお寺というだけでなく、一つ一つの建物や仏像に深い歴史と物語が宿っています。解説を聞きながら巡ったり、静かに座って仏様と向き合ったりすることで、心が洗われるような体験ができると思います。

全体図
 
拝観券(800円/人)
 
中門からの東塔
 
中門からの東塔
 
薬師寺三重塔 東塔
 
薬師寺三重塔 西塔
 
金堂
 
大講堂
 
奥楽門
 
昼食
 

 

奈良県大和郡山市 大和郡山城 攻城253 (2025年5月中旬訪問)

続百名城No165 50/100

 

今回は、奈良県大和郡山市にひっそりと、しかし確かな存在感を放つ「大和郡山城」をご紹介します。桜の名所としても知られ、金魚の養殖が盛んな城下町と合わせて、その魅力に迫りましょう!

大和郡山城とは?その歴史と形式

大和郡山城は、奈良盆地の西ノ京丘陵の南端に築かれたお城です。元々は「雁陣之城」とも呼ばれていました。その歴史は古く、築城は天正8年(1580年)、筒井順慶によって始められました。

その後、豊臣秀吉の異父弟である豊臣秀長が城主となると、大和・紀伊・和泉の100万石を支配する拠点として、大規模な拡張工事が行われました。この時に、現在の城郭の基礎がほぼ完成したと言われています。

城の形式としては、丘陵を利用した平山城であり、本丸を中心に曲輪(くるわ)が渦状に配置された輪郭式という縄張り(城の設計)が特徴です。天守は現存していませんが、かつては5重6階または5重5階の望楼型天守が存在したと伝えられています。

歴代城主と大和郡山城の変遷

大和郡山城は、戦国時代から江戸時代にかけて、数々の有力な武将たちが城主を務めてきました。

  1. 筒井順慶(つつい じゅんけい): 築城者であり、大和国を統一した戦国大名。彼の時代に城の基礎が築かれました。

  2. 豊臣秀長(とよとみ ひでなが): 豊臣秀吉の弟。100万石の太守として入城し、大和郡山城を一大拠点として整備しました。彼の時代に城郭は飛躍的に発展し、豪華な城下町も形成されました。

  3. 増田長盛(ました ながもり): 五奉行の一人。秀長亡き後に入城し、外堀の普請など城の整備を進めました。

江戸時代に入ると、大和郡山城は譜代大名の居城となり、以下の氏が城主を務めました。

  • 水野氏
  • 松平氏
  • 本多氏
  • そして幕末まで城主を務めた柳澤氏

特に柳澤氏は、徳川綱吉の側用人であった柳沢吉保の嫡男・吉里が入封して以来、6代にわたって郡山藩を治め、城下町の発展にも貢献しました。

驚きの特徴!「転用石」と「逆さ地蔵」

大和郡山城の石垣には、訪れる人々を驚かせるユニークな特徴があります。それは、**「転用石(てんようせき)」**の多さです。

奈良盆地は良質な石材が少ない土地だったため、城を築く際に、近隣の寺院から集められた石仏、五輪塔、墓石などが石垣の材料として転用されました。そのため、石垣の中には、歴史ある石仏や、なんと**「逆さ地蔵」**と呼ばれる上下逆さまになった地蔵が埋め込まれている箇所もあるんです!

これは、石材を確保するための苦肉の策であったと同時に、当時の技術や文化を今に伝える貴重な遺構となっています。石垣の一つ一つに、それぞれの物語が隠されているようで、見つけるたびにワクワクしますよ。

 

大和郡山城には、歴史好きにはたまらない驚きの秘話があります。それは、徳川家康が築いた京都の二条城の天守台の石垣に、大和郡山城の石材が転用された可能性が高いとされていることです。

関ヶ原の戦い後、徳川家康は豊臣氏の勢力を削ぐため、大和郡山城の多くの建築物を伏見城に移築させ、さらに天守は二条城に移されたという説が有力視されています。その後、二条城の天守は淀城へと再利用されたとも伝えられています。

つまり、大和郡山城は、一度は豊臣秀吉の弟が本拠とした雄大な城でありながら、徳川の世に移る中で、その建築物や石材が「解体」され、徳川の象徴である二条城の礎となったという、なんとも数奇な運命をたどったお城なのです。

 

 

 

 

中仕切り門跡

 

駐車場になっている麒麟曲輪跡

 

郡山城情報館がある緑曲輪跡(五拾間馬場)

 

 

天守台を望む

 

堀跡

 

 

天守台、転用石(逆さ地蔵)

 

 

天守台、礎石跡

静岡県浜松市 浜松城再訪問 攻城55

(2025年5月中旬訪問)

続百名城No148 35/100

 

【出世城】浜松城の歴代城主から学ぶ!家康公と立身出世の秘密

今回は、徳川家康公が天下統一への足がかりを築いたと言われる「出世城」、浜松城をご紹介します。このお城は、歴代城主たちがまさに「出世」を遂げてきた場所なんです。

浜松城とは?その歴史と形式

静岡県浜松市に位置する浜松城は、もともと「引馬城(引間城)」と呼ばれていました。今川氏の支配下にありましたが、永禄11年(1568年)に徳川家康公が遠江国(現在の静岡県西部)を攻め取り、この城を拠点としました。

家康公は、この城を改築・拡張し、名を「浜松城」と改めます。約17年間もの間、家康公はここで過ごし、三方ヶ原の戦いなど数々の苦難を乗り越えながら、天下統一への基盤を固めていきました。

城の形式としては、平山城に分類されます。丘陵を利用して築かれたお城で、周囲の平野を見下ろすことができるため、戦略的に重要な拠点でした。現在の天守閣は、昭和33年(1958年)に再建されたものです。

歴代城主はまさに「出世の階段」!

なぜ浜松城が「出世城」と呼ばれるのか?その理由は、家康公以降の歴代城主たちが、いずれも後に幕府の要職に就いたり、大名として大きく発展したりしたからです。

代表的な城主をご紹介しましょう。

  1. 徳川家康公

    • 言わずと知れた天下人!浜松城を拠点として、戦国の世を勝ち抜き、江戸幕府を開きました。まさに「出世」の象徴です。
  2. 堀尾吉晴

    • 家康公の関東移封後、豊臣秀吉の家臣として浜松城主となりました。関ヶ原の戦いでは東軍に属し、後に松江藩24万石の藩主となりました。
  3. 水野忠邦

    • 江戸時代後期の老中。天保の改革を主導した人物です。浜松城主から幕府の最高職にまで上り詰めました。

その他にも、高力氏、松平氏、太田氏、青山氏など、譜代大名が代々城主を務め、その多くが幕府の重要な役職を歴任しました。浜松城主を務めることが、将来の「出世」を約束する登竜門のような役割を果たしていたのかもしれませんね。

 

 

ホテル客室から見る浜松城

 

 

 

 

 

 

 

石垣と天守

 

 

富士見櫓跡から見える富士山

南紀白良浜から自宅まで(2025年5月中旬訪問)

 

南紀白良浜で、ホテル客室から温泉風呂につかりながら夕陽を眺めてから、美味なデイナーを食した(夕陽を見るため、夕食時間を日没後にしました)翌日、お土産を買いがてら、周辺観光し、その翌日、パンダと出会い、甲賀忍者の里で宿泊して、攻城しながら、帰宅しました。駿府城は発掘調査中で、進行具合が知りたくて再攻城しました。行程(後半)は下記です。

 

4日目:お土産物色、千畳敷天神埼円月島等の周辺観光 白良浜宿泊

5日目:アドベンチャーワールドでパンダとの出会い 甲賀忍者の里 大河原温泉宿泊

6日目:横須賀城(攻城256)、高天神城(攻城257、続百名城51/100)、駿府城(再訪) 静岡市内宿泊

7日目:帰宅

 

走行程図(後半)

 

白良浜ビーチ

 

千畳敷

 

円月島

天神崎

 

アドベンチャーワールド

 

 

パンダ

 

横須賀城

 

高天神城

 

駿府城

 

7日目帰宅時は大雨の中、伊勢湾岸道、首都高速湾岸線の大渋滞には遭遇しましたが、無事帰宅できました。

 

総走行距離:1,623km、給油回数:5回、総合燃費:20.8km/Lのドライブでした。

 

 

 

自宅から南紀白良浜まで(2025年5月中旬訪問)

 

ゴールデンウイーク明けに、昨年10月頃計画していた、近畿地方の旅に車で出かけました。6月に、和歌山のパンダが中国に帰るということで、ぎりぎりセーフでした。道中、富士山がよく見えました。富士山って、かっこいいですよね。休憩中、心癒されます。行程(前半)は下記です。

 

1日目:浜松城(再訪) 浜松市内宿泊

2日目:郡山城(攻城253、続百名城50/100)、薬師寺 天理市内宿泊

3日目:高取城(攻城254、百名城72/100)、和歌山城(攻城255、百名城73/100)  白良浜宿泊

 

走行程図(前半)

 

富士川SAの富士山

 

由比PAの富士山

 

浜松城

 

大和郡山城

 

薬師寺

 

高取城

 

和歌山城

 

南紀白良浜

 

給油は、静岡県浜松市内で1回目(15.74L、178円/L、20.3km/L)、

奈良県郡山市内で2回目(11.90L、167円/L、21.9km/L)でした。首都高、横浜ICの過度な渋滞も無くスムーズに走行できました。

 

 

 

 

 

金山城跡再訪 (群馬県太田市) 2024年4月中旬攻城

 

芝桜、秩父温泉を堪能した翌日、2017年9月24日にブログアップした、群馬県太田市にある山城、「新田金山城」を再訪問しました。お目当ては、関東では珍しい石垣です。関東七名城、日本百名城に名を連ねています。

 

金山城跡位置図

 

金山城は、文明元年(1469)に新田一族の岩松家純によって築城され、その後、下剋上によって城主となった由良氏の時代に全盛を迎え、上杉謙信や武田勝頼などの有力戦国大名から10数回に及ぶ攻撃を受けましたが、一度も落城することのない、難攻不落の城郭だったようです。
小田原北条氏の謀略に落ちて、支配下となっていた天正18年(1590)、豊臣秀吉の北条氏征伐により金山城は廃城となったようです。

 

 

城郭全体図、攻城ルート

 

前回は、西城まで車で行って、攻城しましたが、今回は、ガイダンス施設から、攻城しました。きつかったですね。前回から8年弱経っています。まず、西城に登って行きました。とにかくきつかったです。過去に、竹田城、佐和山城、備中松山城等攻城しましたが、寄る年波には勝てませんね。西城から、本丸までは比較的楽でしたが、疲労して、写真撮るの忘れてました。

 

 

 

 

 

 

金山城 ガイダンス施設~本丸跡

 

新田金山城、攻城後の感想。「きつかった、でも、石垣は素晴らしかった」です。

5月には、行っていなかった、最後の「日本三大山城 奈良県の高取城」に行く予定ですが、登れるんでしょうか、不安がよぎります。

 

 

 

 

芝桜鑑賞(埼玉県秩父市羊山公園 2025年4月中旬訪問)

 

以前から、行きたいと思っていた、埼玉県秩父市内の羊山公園へ、芝桜を見に行ってきました。2月の千葉県一宮に続く家族旅行です。常磐道柏ICから高速に乗り、首都高速外環道、関越道と乗り継ぎ、三芳PAで家族と合流、昼食後、圏央道に入り、本日の宿で飲む日本酒を買いに行きました。飯能市にある、「五十嵐酒造」で、「天覧山 純米吟醸 無濾過生原酒」「五十嵐 氷温熟成純米酒」を買いました。その後、道の駅果樹公園あしがくぼで休憩し、羊山公園に向かいました。

 

関越道 三芳PA(下り)

 

道の駅 果樹公園あしがくぼ

 

 

 

五十嵐酒造

 

羊山公園内にある、本日の宿に駐車、チェックイン後、徒歩10数分のところにある、公園内、芝桜の丘の芝桜を堪能しました。まだ、七分咲きというところでした。背景にある、武甲山とのコラボが最高でした。TV番組「エブリィ」の取材が来てました。見たことある、アナウンサーがいましたね。

 

 

 

芝桜と武甲山

 

遅咲きの桜

 

TV番組の取材

 

一時間強、芝桜を鑑賞したのち、宿に戻り、客室付き半露天風呂で寛ぎ、ビール飲んで、夕食を待ちました。夕朝食部屋だしで、買った日本酒をたしなみながら、満喫しました。

「天覧山 純米吟醸 無濾過生原酒」「五十嵐 氷温熟成純米酒」とも発砲系の生酒で、最高においいしかったです。

 

 

 

 

羊山公園内の宿

 

翌日は、群馬県太田市にある、関東では珍しい、石垣の山城跡、「新田金山城」を目指し北上する予定です。

 

 

 

 

 

 

2019年、秋に購入した車の、66ヶ月点検が終了しました。2回目の車検以降初めての点検でした。

 

その時点で、総走行距離 35,537km(6,461km/年)、総合燃費 18.8km/Lでした。ちょっと前に、純正の古いエナセーブから、新しいエナセーブにタイヤ交換したせいか、燃費が少し良くなりましたね。バッテリーは、前回車検時に交換しています。5年持ちましたね。次回車検で、ブレーキ交換らしいです。車重が軽くて、急発進、急加速は出来るだけしない、優しい運転を心がけているせいで、ブレーキパッドが長持ちします。3500CCのパジェロ乗っているときは、バッテリーもブレーキも交換早かっです。環境負荷低減に貢献してますね。

 

日本全国、走り回りました。九州に2回も行ってるしね。4月中旬には、芝桜、5月中旬には、再度和歌山(西海岸側)に行きます。車の状態は、点検も済み、ばっちりですね。

 

 

 

2022年に行った三重県 英虞湾

2025年2月中旬に、千葉県九十九里へ家族旅行に行ってきました。房総半島の太平洋側、一宮町の貸別荘き行きました。八街のファミレスで昼食を済ませました。

途中、山武市にある寒菊銘醸で「松尾自慢」という純米吟醸酒を買いました。寒菊銘醸は、日本酒ランキングでも常に上位にいる酒蔵です。千葉県では、寒菊銘醸、飯沼本家、鍋店酒造が御三家という感じかな。自分的には。

 

 

 

 

寒菊銘醸

 

夕食が楽しみです。自炊ですけどね。その後、茂原市にある、「あられちゃん家 千葉工場直売店

で大量のお菓子を買いました。5000円近く買物しました。結構混雑してました。

 

 

 

あられちゃん家 千葉工場直売店

 

大量のお菓子を買って、結構楽しかったです。その後、夕食の食材を買いに、ベイシア長生店に立ち寄り、一宮のほぼ海岸線にある、貸別荘に着いて、夕食、酒宴となりました。昨年の、那須高原以来の家族旅行でした。楽しかったです。

 

 

 

千葉県一宮町の貸別荘

 

 

4月には、埼玉県秩父に家族旅行に行きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年10月下旬に、那須高原(栃木県)に、家族旅行しました。

途中の、千本松牧場で昼食をとりました。過去に数回ジンギスカンを食べていました。今回はリニューアルオープンされていたようです。食堂は、モダンに改装されていました。

 

 

 

千本松牧場

 

昼食後、近くのもみじ谷大吊橋に行ったのですが、紅葉は始初めで、期待したほどではありませんでした。時期が早かったようです。

 

 

もみじ谷大吊橋

 

北上して那須高原のスーパーで夕食、ケーキ屋でケーキを買い、貸別荘で夕食、酒宴、団欒を楽しみました。 

 

 

 

 

 

 

那須高原内の貸別荘