茨城県利根町 布川城 攻城261 (2026年1月初旬攻城)
新年を迎え、正月を終え、始動開始しました。栃木県、茨城県に行くときは、千葉県印西市にある利根川にかかる栄橋を渡って行くんですが、気になる城跡の木柱を毎回見かけてました。布川城です。
そこで今回は布川城を訪ねました。

アクセス図
布川城(ふかわじょう)は、現在の茨城県北相馬郡利根町に存在した、利根川北岸の河岸段丘を利用した、戦国時代の重要な平山城です。
享徳の乱(1450年代〜)の最中に、豊島頼継によって築かれたという説が有力です。戦国時代は、古河公方や北条氏といった巨大勢力の勢力圏の境界に近く、利根川の水運を監視する軍事拠点として機能しました。天正18年(1590年)の徳川家康の関東入封に伴い、家臣の松平(桜井)信一が5千石で入城し、布川藩が成立しました。その後、慶長年間(1600年代初頭)に松平氏が転封(引っ越し)となり、それに伴って廃城となりました。その後、城跡には徳満寺が建立され、現在に至ります。
古地図を参照すると、一帯は香取海で、布川城は、陸地の半島の先にあったようです。今の姿になったのは、徳川家康による、利根川東遷事業のたまものですね。


古地図
布川城の二の丸跡に建てられた、利根町役場の駐車場に駐車して攻城開始です。役場の前方に土塁があります。当時のものでしょうか。二の丸、本丸間の空堀は現在道路になっていて、北側の登り口から本丸跡内に入って行きます。徳満寺の裏側に出ました。
本丸へは、南側の階段、東側三の丸跡との空堀跡の道路から入れます。本丸東側には、住宅や大学のある、広大な三の丸が広がります。目立った遺構はありませんが、土塁、空堀は残ってました。相当規模の大きい平山城だったようです。

縄張図

城郭南側の利根川

二の丸跡(利根町役場)

二の丸、本丸間の道路(空堀跡)


本丸北側入口

本丸南側入口

本丸東側入口


得満寺


三の丸跡