飯沼本家(千葉県酒々井町)

 銘柄:甲子 純米吟醸 はなやか 匠の香

 特徴:上品で華やかな香りとふくらみが醸し出す味わいと喉ごしの良さが特徴です。瓶詰め後

    パストライザーによる火入れを行うことで、生酒のようなフレッシュな味わいと発酵に

    よるガス感を残しました。

 

アクセス

 

飯沼本家 まがりや

 

甲子 omoya

 

甲子 純米吟醸 はなやか 匠の香

 

酒々井のアウトレットパークに買い物に行った際に、立ち寄りました。純米大吟醸生酒を買い、美味しかったので、後日、生まれて初めて、日本酒蔵の工場見学しました。日本の古き伝統に感激しました。その後、たびたび飲んでますが、甲子 純米吟醸 はなやか 匠の香という銘柄が新規に出たので飲んだところ、わずかな微炭酸感のなかに、フルーティーなほのかな甘さ、酸味感のコラボが最高でした。

鍋店株式会社(千葉県神崎町)

 銘柄:不動 千葉県産「ふさこがね」80%精米歩合の純米生原酒

 特徴:低精米特有の雑味を抑えるために、極低温のもろみ管理で原酒ながら15度で仕上て独特の

    香り、ふくよなかな味わいが口の中に広がり、存在感のある酸味が後味を引き締めます。

    発泡感がすごく、開栓時、保存時までも、ガスが吹き出ます。要注意です。

 

アクセス

 

鍋屋源五右衛門 こうざき東蔵店

 

不動 千葉県産「ふさこがね」80%精米歩合の純米生原酒

 

数年前に、初めて飲んだ時、当時、開栓注意の札もなく、「すっぽ~ん」という音とともに、1/3があふれ出ました。フルーティーな甘みと酸味感と後から来るほのかな苦みと、爽快なガス感のコラボに感動しました。

 

 

 

せんきん(栃木県さくら市)

 銘柄:仙禽 純米吟醸 霧降 無濾過原酒 

 特徴:果実味に溢れ、メロンやバナナを思わせる香り、酸味と甘味が織りなすジューシー感

 

アクセス

 

外観

 

 

実際に、酒蔵には行っていません。那須高原に家族旅行した際、途中、昼食に千本松牧場でジンギスカンを食べたのち、売店に、運よく、たまたま売っていました。とにかく、フルーティーで軽やかで、食事にぴったりでした。女性群にバカ受けでした。

 

    

大雪渓酒造(長野県北安曇郡池田町)

 銘柄:純米吟醸無濾過生原酒 家紋大雪渓(季節限定酒)

 特徴:甘くさっぱりクリアで、ガス感がエアリアルでドライな味わい、ガス感のバランスが良い。

 

アクセス

 

外観

 

純米吟醸無濾過生原酒 家紋大雪渓

 

長野県、岐阜県の城めぐり、宿場町めぐりの最後に、松本市のおひざ元、浅間温泉に宿泊し、翌日、ワサビ農園で散策、昼食後立ち寄りました。とにかく、美味しかったです。大雪渓は、以前飲んだことありましたが、家紋大雪渓の銘柄は初めてでした。直汲み、生原酒ならではの、フルーティー

な発泡感がたまりませんでした。

城めぐりを始めて、城下町周辺を散策すると、必ず日本酒の造り酒屋に出会います。家族全員、日本酒党なので、お土産に買って帰るのを、楽しみの一つとしています。そこで、今回は、気になった日本酒を紹介します。(城下町周辺とは限りません)

 

五十嵐酒造(埼玉県飯能市)

 銘柄:純米吟醸無濾過直汲み

 特徴:華やぐ香り、直汲みならではのガス感が軽快で爽やかさを演出し、ほんのりとした甘味を感 

    じながらも最後にはキレる味わいのバランスの良さ。

 

アクセス

 

酒蔵外観

 

 

埼玉県秩父市の温泉に、家族旅行したさい、芝桜鑑賞の道中、立ち寄りました。

五十嵐は、卸売り店商品なので、酒蔵直営店では販売していない場合があるので、注意が必要です。

日本酒のつまみも販売しています。

 

とにかく、美味しい日本酒です。

 

 

 

日本三大名瀑

 

一般的には、下記の、三爆のようです。

 

◎ 華厳の滝(けごんのたき)

  所在地:栃木県日光市

  特徴 :中禅寺湖の水が97mの岸壁を一気に落下する、圧倒的な迫力が魅力

 

 

◎    那智の滝(なちのたき)

  所在地:和歌山県那智勝浦町,落差133mは「一段の滝」として日本一。世界遺産の一部

  特徴 :落差133mは「一段の滝」として日本一。世界遺産の一部

 

 

◎    袋田の滝(ふくろだのたき)

  所在地:茨城県大子町

  特徴 :四段に分かれて流れる「四度の滝」。冬には滝全体が凍結する「氷瀑」が有名

 

 

華厳の滝、袋田の滝は、関東圏ということもあり、複数回訪問していて、毎回、感動させられています。

那智の滝は、和歌山県ということもあり、2022年11月に訪問しました。おそらく、最初で最後の訪問でしょうね。世界遺産の一部で、壮大な落差はもとより、神社仏閣とのコラボが素晴らしいですね。

 

華厳の滝も袋田の滝も、日光や大子温泉行った時も立ち寄らず、久しく行っていないので、再度行きたいです。

 

 

茨城県竜ケ崎市 長峰城 攻城263 (2026年1月初旬攻城)

 

グーグルマップで調べたところ、馴馬城から東に数キロ、数分のところに、長峰城を見つけました。

利根川両岸には、城跡がいくつもありますが、なかなか駐車スペースがありません。長峰城は公園になっていて、駐車場もあるので行ってみました。

 

アクセス

 

長峰城は、茨城県竜ケ崎市(龍ケ崎市)にある、小野川(または谷津)に面した舌状台地(ぜつじょうだいち)の先端をりようして築かれた連格式平山城で、正確な年代は不明ですが、発掘調査で出土した陶器などから15世紀〜16世紀(室町〜戦国時代)にかけて使用されていたと考えられています。また、江戸時代の文献(土岐・岡見氏の家臣覚書など)に「長峰民部」という名が見えることから、長峰氏の居城または拠点であったと推測されています。

現在は「長峰東公園」として整備されています。

 

城郭南側の長峰東公園駐車場に駐車して攻城開始です。門をくぐるとすぐ本郭がありました。結構広いです。本郭の奥に展望台がありました。一般的な中世城郭と異なり、土塁らしい土塁がほとんどありませんでした。本郭から北に曲輪が伸びているようです。奥に進んでいくと虎口がありました。

 

城郭全体

 

駐車場

 

入口

 

 

 

本郭

 

展望台

 

 

曲輪、土塁

 

虎口

 

外観

 

本郭からの眺望

 

茨城県竜ケ崎市 馴馬城 攻城262 (2026年1月初旬攻城)

 

布川城周辺の城跡をぐぐりました。結構、城跡見つかりましたが、車移動なので、駐車場のあるところを探し、布川城から北に9kmのところに、馴馬城という城跡を見つけましたので、行ってみました。

 

アクセス

 

馴馬城は、茨城県竜ケ崎市(龍ケ崎市)にある、牛久沼東岸の標高約20mほどの舌状台地(ぜつじょうだいち)の先端部を利用して築かれた、南北朝時代(14世紀頃)の平山城で、春日顕国(かすが あきくに)の築城と伝承されています。南北朝の動乱期、常陸国(現・茨城県)における南朝方の重要な拠点の一つでしたが、1341年(暦応4年/興国2年)には北朝方の足利氏に攻められ、1344年(康永3年/興国5年)には宍戸朝里によって落城したと記録されています。

 

龍ケ崎市歴史民俗資料館の駐車場に駐車して、攻城開始です。駐車場に隣接して、竜崎鉄道4号蒸気機関車の展示がありました。資料館に入って城の情報を得ました。館内にすばる360の展示もあり

懐かしくて、感動しました。60年前に我が家の自家用車でした。

 

龍ケ崎市歴史民俗資料館駐車場

 

 

竜崎鉄道4号蒸気機関車

 

 

龍ケ崎市歴史民俗資料館

 

すばる360

 

資料館を出て、奥に進むと、平地に造成された1の曲輪があり、その先の階段を行くと、前方に空堀跡、右手に土橋、左手に空堀で分けられた二の曲輪、三の曲輪があり、奥に住宅がありました。

 

 

 

消滅した一の曲輪

 

一の曲輪奥

 

空堀

 

土橋

 

 

空堀

 

二の曲輪

 

三の曲輪

 

虎口方面

 

台地の先端を堀切(ほりきり)で区切る、この時期の城郭としては典型的な構造をしていて、一の曲輪(主郭)、二の曲輪、三の曲輪が連なる連郭式の配置であったと推測されますが、後世の地形改変(土取りなど)により、主郭部分は現在消滅していました(資料館の駐車場付近)。

茨城県利根町 布川城 攻城261 (2026年1月初旬攻城)

 

新年を迎え、正月を終え、始動開始しました。栃木県、茨城県に行くときは、千葉県印西市にある利根川にかかる栄橋を渡って行くんですが、気になる城跡の木柱を毎回見かけてました。布川城です。

そこで今回は布川城を訪ねました。

 

アクセス図

 

布川城(ふかわじょう)は、現在の茨城県北相馬郡利根町に存在した、利根川北岸の河岸段丘を利用した、戦国時代の重要な平山城です。

享徳の乱(1450年代〜)の最中に、豊島頼継によって築かれたという説が有力です。戦国時代は、古河公方や北条氏といった巨大勢力の勢力圏の境界に近く、利根川の水運を監視する軍事拠点として機能しました。天正18年(1590年)の徳川家康の関東入封に伴い、家臣の松平(桜井)信一が5千石で入城し、布川藩が成立しました。その後、慶長年間(1600年代初頭)に松平氏が転封(引っ越し)となり、それに伴って廃城となりました。その後、城跡には徳満寺が建立され、現在に至ります。

 

古地図を参照すると、一帯は香取海で、布川城は、陸地の半島の先にあったようです。今の姿になったのは、徳川家康による、利根川東遷事業のたまものですね。

 

 

古地図

 

布川城の二の丸跡に建てられた、利根町役場の駐車場に駐車して攻城開始です。役場の前方に土塁があります。当時のものでしょうか。二の丸、本丸間の空堀は現在道路になっていて、北側の登り口から本丸跡内に入って行きます。徳満寺の裏側に出ました。

本丸へは、南側の階段、東側三の丸跡との空堀跡の道路から入れます。本丸東側には、住宅や大学のある、広大な三の丸が広がります。目立った遺構はありませんが、土塁、空堀は残ってました。相当規模の大きい平山城だったようです。

 

縄張図

 

城郭南側の利根川

 

二の丸跡(利根町役場)

 

二の丸、本丸間の道路(空堀跡)

 

 

本丸北側入口

 

本丸南側入口

 

本丸東側入口

 

 

得満寺

 

 

三の丸跡

 

 

千葉県印西市 師戸城その2 再訪(2026年1月初旬)

 

三郭と二郭間は深い空堀となっていて、空堀底は遊歩道になっていました。土橋を渡ると二郭に出て、右手の空堀にかかる土橋を渡ると本郭、奥に進むと物見台、左手に進む外郭にでます。物見台から印旛沼対岸の眺望が良かったです。外郭に出ると、空堀、土塁を左手に見て、右手の根古屋虎口を見ながら駐車場に戻りました。

 

三郭、二郭間の土橋

 

 

二郭

 

 

二郭奥の物見台と眺望

 

 

二郭、本郭間の空堀

 

二郭、本郭間の土橋

 

 

本郭

 

 

 

外郭、空堀、土塁

 

根古屋虎口

 

三郭土塁

 

師戸城は、土塁、空堀の保存状態も良く、小規模ながら、連格式平山城の構造がよくわかるお手本のような城跡でした。