生きるとは何か?

そう問いかけるとき、求める答えは、実は、生きる理由ではない。

つらかったり、苦しい状況があり、それをなんとかしたい、という悩みが、「生きるとは何か?」という疑問になる。

例えば、「なぜ、勉強しなければならないのか?」という疑問があるとき、勉強する理由を求めているようで、実は、そうではない。

勉強をやりたくないから、その気持ちをなんとかしたいのだ。

だから、勉強をしなくていい状況になったとき、「なぜ、勉強しなければならないか?」という疑問は消える。

つらいことや苦しいことが消えてなくなり、心が満たされたとき、「生きるとは何か?」という疑問もなくなる。

それでも、生きることを考えるとき、その人は、真理を求める哲学者になっている。
息子(11歳)は、国語が苦手だ。

漢字は、まあまあ書ける。

でも、文章題は、壊滅的。

文章題どころか、接続詞も、修飾語も、わかっていない。

国語は、勉強するものではないと思っている。

本を読む習慣があれば、国語は点がとれる。

とりあえず、息子に、本を読ませようと思った。

息子に、本を読め読め、と言っても、絶対に、読まない。

文字を読むのが難しいらしい。

息子が大好きなゲーム、Switchには、見守り設定がある。

親がロックをかけられる。

息子が本を読み、私が出すクイズに答えられたら、ロックを解除し、ゲームOKということにした。

読むのは、「世界の昔話」

Q. ヤギを食べようとしたライオンがひいた楽器は、何でしょうか?

(答え) バイオリン

読めていたり、読めていなかったり。

こんなやり方で力がつくかわからないが、本を読む習慣がついてくれることに、かすかな願いを込めている。


疲れているとき、風呂場でかたまる。

あ〜、はやく体を洗わないと。

でも、気力がでなくて、動けない。

そんなとき、ゆっくり手を動かす。

少しずつ動かすとき、呪いが解けるように、体が動かせるようになる。

面倒くさい、やりたくない、休みたい。

それでも、何かをしなければならないとき

ゆっくり動く、という方法は、わりと有効。
アメリカの女子プロテニスプレイヤーの言葉……

「人生を振り返ったとき、何と言いたいか、それですべてが決まる」

後悔ばかりだったら、もう少し、がんばってみよう、と思うし

自分なりによくがんばってきた、と思えるなら、いい人生だと思う。

人生をやり直したい、と思うこともあるかもしれないけど

野球でいえば、9回裏でも逆転することがあるから、最後の最後の息を引き取る瞬間まで、終わりはないから

できることをたんたんとやっていくしかないと、地道にやることを思う。

生きるだけでも、人生は大変。

元気がなければ、風呂に入るのも面倒くさい。

ご飯はインスタントで適当にして、歯磨きもしないで、音楽に癒やされながら寝るしかない。

働いて、家事もして、心身を整えて、また、朝、起きて生活する。

その繰り返しをがんばっている自分を褒めることも大事。

そして、人生を振り返り、よくやってきた、と思えたら、その言葉が最大の贈り物じゃないだろうか。

がんばってきた。

そして、これからも、がんばるのだろう。

悔いの無いように、生きる。

そうやって、みんな闇を抜けて、朝日を迎える。
妻に無視されているように感じ、今までの自分を反省したりした。

妻はすっかり元に戻った。

「みんな私が元気なかったりすると、すごく心配する。何か悪いことしたかな、とか、機嫌悪いのかな、と言う。全然、そんなことないのに。なんで、そんなに気にするの?」

妻はいつも元気で明るいので、様子が違うとみんな不安になるようだ。

嫌われたとか、心を閉ざされたとか、心配したよ〜

いつも明るい人は、太陽みたいなもので、みんなをその明るさに支えられている。
コロナ禍になり、自粛していた生活をゆるめ、イオンモールに久しぶりに行ってみた。

屋上駐車場は、ガラガラで、休日とは思えない混み方。

歩いている人もまばらで、みんな自粛しているんだな〜という感じ。

平日なら、もっと、少ないのだろう。

買い物をして、帰ってきた。

楽しかったのか、疲れたのか?

子供には、刺激になって良かったと思う。

なんとなく感じるのは、底の見えない闇のようなものがあり、地面がめり込むように、人が呑まれているようなイメージ。

宿泊業、旅行関係、飲食業、イベント関係、芸術関係。

不利な立場の人から、闇に呑まれていく。

闇がどんどん深くなり、今まで安泰だった業界も、地面の底に呑まれていく。

今は、私は、平穏に生活している。

でも、水面下では、闇が、日本や世界を呑み込んでいる。

そんな恐怖を感じたが、杞憂であってほしい。
コロナは怖いけど、思い出も大事だな〜ということで、今日は、遠出することにした。

感染したら、人生、詰むような気がする雰囲気。

スーパースプレッダー(強力感染者)がいたら、アウト。

それでも、リスクをとって、お出かけしようと思っていた。

朝、みんなゆっくり起きてきた。

家族がみんなのんびりしていて、動く気配がない。

「お出かけしよう〜」と、はりきっているのは、私だけ。

あ〜、遠出する気が無いんだな〜と元々、リスクもあったし、お出かけはあきらめた。

家族の意向により、コロナリスクは、下げられた。

その代わり、近所にある水族館みたいなところに行った。

そこに、ウナギがいた。

小さくて、かわいい顔をしていて、私のほうをじっと見ていた。

こんなかわいいの食べてたんだ〜と思ったが、ウナギは美味いから食べる人間の私。

*「セルフ・ケア」、つまり自分を大切にしていく生活習慣。

*十分な睡眠や適度な運動、人とのつながり、COVID-19関連の情報に触れすぎない。

*アメリカで行われた約3万人の調査では、強度のストレスがある場合に、死亡リスクが43%も高まっていた。しかし死亡リスクが高まったのは、「ストレスは健康に悪い」とストレスをネガティブに考えていた人たちだけであったという。

*日々の散策や読書、ベランダや庭のある人は手入れでもいい。自然に触れる野外や運動にからめたものであればなお良い。楽しみを発見する能力も、レジリエンス(ストレスを跳ね返す力)に含まれる。

*ギリシャ人の「遊園地に行くのではなく、自分の遊園地を作りなさい」という言葉は、ウィズ・コロナの時代にはより重みを増してくる。

*ネガティブ・ケイパビリティを手軽に身につけるコツは、残念ながらない。帚木は「この宙ぶらりんの状態をそのまま保持し、間に合わせの解決で帳尻を合わせず、じっと耐え続けていくしかありません。耐えるとき、これこそがネガティブ・ケイパビリティだと、自分に言いきかせます。すると、耐える力が増すのです。」と書いている。なんともタフなトレーニングだが、こういう概念があることを知ると知らないのでは、レジリエンスにも違いが出てくるだろう。

*こういう時勢だからこそ、「ユーモア」「笑い」も忘れたくない。ユーモアは、わたしたちが恐怖に直面するのを助け、レジリエンスを高めてくれる。

*ヴィクトル. E. フランクルによるナチス強制収容所生活を描いた「夜と霧」では、

「ユーモアは自己保存のための戦いでの、魂の武器の一つである」

と書かれている。


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コロナ第二波が襲来している。

第一波の警戒感が薄れ、また、先行きの不安から、ストレスも増大している。

今、求められることは、ストレスに耐える力のアップデート。

ストレスを悪いものと決めつけると逆に耐えられなくなる。

解決策の見つからない宙ぶらりんなストレスとの上手な付き合い方は……

痛みやモヤモヤを受け止めながら、ストレスを抱きしめるように味わう。

すると、減衰するように、ストレスが弱体化する。

柳に雪折れが無いのは、しなやかだから。

しなやかな心は、折れない。


妻が無視する。

私が話すことを聞いていない。

妻の言葉に返すと、反応は無し。

心を閉ざされた感じ。

孤独の闇に沈む。

そうなると、私は弱くなり、私も心を閉ざして話さなくなる。

妻の機嫌をとろうと、辛いなら、負担を軽くしようと

家事、育児を普段以上に頑張った。

仕事で疲れていても、家でほぼ休まないで頑張った2日間。

私が、妻を否定する言葉を繰り返したから。

仕事がつらいから。

子供のことで悩んでいるから。

たぶん、理由は、全部、当たらずしも遠からず。

無駄な言葉はやめよう。

妻を大事にしよう。

自分を変えよう。

反省した。

そういう冷戦が2日間、続き、いつもの妻に戻った。

Wii∪でカラオケした。

みんなで笑って楽しかった。

妻が無視しないで、私の話を聞いてくれるようになった。

妻のさじ加減で、簡単に、私の心は死ぬ。
後悔しない生き方?

後悔してもいいじゃない。

人間なんだから

というか、後悔しない人なんかいるの!?

我が生涯に一片の悔いなしと言ったのは、ラオウ。

ラオウは、別として、後悔しながら死んでいく。

だろう。そうだよね。え? みんな後悔しないの?

ラオウですか!!