生きるとは何か?
そう問いかけるとき、求める答えは、実は、生きる理由ではない。
つらかったり、苦しい状況があり、それをなんとかしたい、という悩みが、「生きるとは何か?」という疑問になる。
例えば、「なぜ、勉強しなければならないのか?」という疑問があるとき、勉強する理由を求めているようで、実は、そうではない。
勉強をやりたくないから、その気持ちをなんとかしたいのだ。
だから、勉強をしなくていい状況になったとき、「なぜ、勉強しなければならないか?」という疑問は消える。
つらいことや苦しいことが消えてなくなり、心が満たされたとき、「生きるとは何か?」という疑問もなくなる。
それでも、生きることを考えるとき、その人は、真理を求める哲学者になっている。
