Hiroのブログ -6ページ目

「ブザー・ビート」最終話を観て

莉子との別れの後での直樹のリハビリは痛々しかった。傷心をおしての必至のリハビリ、何を頼りに堪えていくのだろう。試合にも当分出れそうに無い。


莉子は決意の表れとして携帯電話の解約をした。だが<1本のヒマワリ>の真実を知り微妙に心が揺れた。何かを手に入れようとすれば何かを犠牲にしなければならない。しかしそれはより大きなものを掴む為の発展的なものだ。莉子も直樹もこの試練を乗り越えて本物の愛を手に入れて欲しいものだ。


公園の看板に書かれた直樹の言葉を胸に、莉子は決意新たに軽井沢に向かった。<一番のファン>の期待に応えるため、きっとどんな辛く厳しい練習にも耐えられるだろう。


「逢えない時間が恋育てるのさ」という歌詞があったが、直樹と莉子の間には微妙な距離が存在している。恋する男女の半年は何年にも匹敵するのだろう。だがそれが本物の愛なら、どんな試練も乗り越えられるだろう。


菜月は相変わらず自分に都合良い事を言っているが、そんな簡単に男女の過ちが許される訳が無い。今の直樹の心は、そんな簡単に揺らぐ事は無い。菜月もやっと過去と決別する時が来た。失ったものは大きかったが、それにより新たなものも現れてくる。今度こそ真実の恋をして欲しいものだ。


直樹は決意を新たに<1本のヒマワリ>手に軽井沢へ行ったが、莉子に逢わずに帰ってきた。莉子の頑張っている事を知り、別の思いを心に刻んできたのだろう。


莉子の試合に駆けつける姿、そしてアークスの優勝決定戦。このドラマの最高の場面だ。ここでのスローモーションはとても絵になっていた。そして莉子の掛け声を聞いてのフリースロー、感動の場面だ。当然最後は直樹のブザー・ビートだ。お決まりでも興奮できた。3ヶ月間、このドラマに感謝です。


今回のクールの中で初めて感動の最終回を観る事ができた。月9はこれでなくてはいけない。これからもこんな純愛もののドラマを、少しは作っていって欲しいものだ。

「官僚たちの夏」最終話を観て

沖縄返還は日本にとっての悲願ではあったが、その為にアメリカに譲歩したものは余りにも大きかった。それまで日本の復興の為に頑張ってきた企業の多くが犠牲を強いられた。間に入って苦しんできた鮎川もその心労で倒れてしまった。片山も流石にここに至り鮎川達の意を汲んで働いてくれるようになった。


日本が日米安保の傘の下で防衛費を少なくし、それにより国内産業の育成に力を注げたのも事実だ。当然力を付けてきた日本にアメリカが、様々な見返りを要求してくるのも当たり前だろう。しかしそこで外交手腕を発揮してこそ、政治家や官僚の力量が問われるところだ。鮎川の死が単なる無駄死にでなく、産業界の礎となるよう残った者達はその意志を受け継いでいかなくてはならない。


領土返還や高景気により世間は浮かれていたが、各官僚達の苦労は続いた。それは日本人の<誇り>を保つ為だ。アメリカの下で頭を下げながら生きていくのではなく、世界に通じる技術力を持って日本独自の道を歩いて行く為だ。


「俺は天下りはしない」という風越の言葉を含め、今回の官僚達の頑張りを見て今の日本の官僚達はどう思うだろう。当然そこには政治の指導力が大切なのだが、自民党はそれを発揮せず逆に官僚の能力に頼ってきた。<脱官僚>の旗を掲げる民主党には、何よりも最初に打ち崩さなければならない大きな壁だ。だがそれが出来なければ他の何ものも達成できない。


日本はアメリカとの<密約>を数多く結んできた。自民党はそれがあたかも政治力のように勘違いしてきた。<密約>と言えば聞こえはいいが、国民に真実を伝えずアメリカに安易な妥協をしてきただけだ。それが民主党政権になり、<核持込>を筆頭にいろいろ明らかになってくるだろう。


牧の次官襲名は須藤首相の提灯持ちをさせただけだ。<弱いものに泣き寝入り>をさせる政治は、政治でもなんでもない。ただ弱腰外交をしているだけだ。<糸を売り縄を買う>言葉は簡単だが、それによる犠牲は余りにも大きかった。だがそうしながら日本はより力強くなってきたのかも知れない。


国を頼らずひたすら技術力を磨き独力で諸外国と戦っていく、そこにあまたの技術革新があったのかも知れない。これにより産業界は世界に誇れる技術大国なったが、逆に日本の農政はその保護政策により一歩も二歩も遅れてしまった。やっとここにきて農家自身がそれに気づき、新たな技術を導入する事により輸出を伸ばす作物が作れるようになった。


官僚と企業そして政治家がお互いに依存し合うのではなく、それぞれの能力を磨き切磋琢磨することが強い日本を創る最良の方法だ。そして力を蓄えそれをもって、弱者に優しい住みやすい日本を創っていって欲しいものだ。

「任侠ヘルパー」第11話を観て

<タイヨウ>が閉鎖されることになり、それぞれに別れが来た。羽鳥も施設を出たが、彦一・りこを交えた微妙な感情のズレは複雑だ。


介護難民という言葉があるとは知らなかったが、全国には様々な施設があり問題のある施設も多いのだろう。無許可・無届けはいうに及ばず、虐待や金品の摂取など考えてみれば恐ろしい世の中だ。日本はもっと福祉が充実していて弱者にも優しいと思っていたが、それは儚い夢なのだろうか。


彦一は現実に直面して自分のしてきた過去に痛みを覚えだした。そこにこそ今回の研修の本質があるのかも知れない。任侠道のあるべき姿は弱いものイジメとは相反するところにある。<強気を挫き弱きを助ける>そしてヤクザ稼業を続けていく、今の時代には難しい課題だ。


<高専賃住宅>これも耳慣れない言葉だ。日本はこれから益々高齢化社会になっていくのだから、あってしかるべきなのだろう。だが国のやっている福祉政策は常に穴だらけだ。本当の弱者対策になっているのだろうか。高齢者の世界もやはりお金次第なのだろう。厚労省の劇的な変化を期待したいものだ。政権が変わり、官僚達の戦々恐々とした顔が浮かぶようだ。


研修が終わって結論は出たが、彦一達は帰る訳にいかなくなった。既に心は<介護ヘルパー>になっている。こうなればやる事は決まっている。


最後になんて下らない展開を持ってきたのだろう。こんな終わらせ方しか出来ないとは、折角の人気ドラマが台無しだ。最近とみに思うが、全編を通じて納得したドラマを観た経験がほとんどない。それだけ能力のある人が減ったという訳でもないだろうに、TV界のレベルが下がったのだろうか。それは視聴者がつくってしまったのかもかも知れない。


終わりに晶が彦一のタバコを取ったシーンは、製作者はきっと満足しているのだろう。