存在色
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『存在色』
明鏡ゆらぎ
東は明るく 西は優灰色
曇り始めた空
朝空に見えるは夕雲色
今日もまた
いろんな想いの絵の具で描かれる
眺めるキャンバスは同じでも
注ぐ想いは多種多様
だからいつも確実に 空模様が違う
そっか・・・
色には・・・コトバの限界を越えたチカラがあるかもしれないんだな・・・
コトバで「微妙」としか表せないモノや感情も
色としては それはそれで唯一の色として在るのだから
ただ僕たちがコトバに変換出来ないだけなんだね
嬉色 楽色 悲色 歌色 苦色 幸色 辛色・・・無色
今日もまた 見上げる人々 木々草花 小鳥や虫 家 車・・・
あらゆるモノの想いでキャンバスは染められ
天空画は創られ続ける
嬉想の者は 悲色の空に優色を注ぎ
苦想の者は 楽色の空に 希色を見いだす
同じキャンバスで
想いは交ざり 新しい色を生む
・・・空
万物の想いで染められる天空画
唯一 表せない色は・・・存在色 なのかな・・・
なぜなら存在色は
空が僕たちのココロのキャンバスに描いてくれる
あなたの中にある
あなた色 そのものだから
何人も あなたのすべてを表現しきれない
存在色って
あなたの生きる
あなたが在ること
そのものなんだよ
ひとりごと
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『明け方の道』
明鏡ゆらぎ
明け方の道は
果てしなく
朝日に繋がっているよう
昨日沈んだ太陽は
同時に
朝を伝えている
沈んでは昇る・・・
当たり前 過ぎること
・・・なのか
沈む度 時は刻まれ
昇る度 やはり時は刻まれる
でも本当は
途切れることなく刻まれる時の中で
陽は昇り 陽は沈む
あくまで母体は・・・「時」
実際には昇り沈みではなく
動いているのは地球の方
本質はなんだ?!
例えば自分が失意に堕ちた
はい上がる場所は常に上とは限らないぞ
失意のすぐ傍に
新しい希望があり
その希望がこの先
生きていくための絶対的な柱になるモノだとしたら・・・
ここに来ないとそれが得られなかったとすれば・・・
元々 下に堕ちたと思っていた自分は
実は少し横にズレただけじゃないのか
自分の動き 考え 受け取り方
それら一つで太陽は昇るモノと
実際、昇り沈みしない太陽を
それが当たり前だと思っていたんだ
・・・大切なのは そのあたりだよ きっと(^-^)
揺るがないのは 「在ること」。
あとは・・・できることからやっていけばいい
道はいくらでもある
CHANGE THE PACE OF LIFE
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CHANGE THE PACE OF LIFE
明鏡ゆらぎ
同じ道を毎日歩いていても
自転車に乗ってみると見え方が違う
立って見る景色と 横になって見る景色
これもまた違ってくる
考え方も捉え方も同じ
これだけが絶対正しいなんて
勝手に決めつけてない方がいい
思い込みってこともあり得る話
正解が一つだけとは限らないだろう?
実際1つの方が稀かもしれない
仮に正解が一つであったとしても
辿り着く方法は一つじゃないだろう
道はいくらでもあるんだ
まずは
CHANGE THE PACE OF YOUR LIFE !
100年経っても世界が変わらないかもしれない
でも
数秒あれば あなたに世界は変えられる
ひとりごと
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コトバにすると
一見
矛盾となってしまうことでさえ
イメージの中では
十分に
成り立っている
当然だろう
どちらが善し悪しではなく
イメージは 「そのもの」で
コトバは 「手段の類」。
コトバだけに頼りすぎると
イメージは遠退き
イメージに頼りすぎると
表現が追いつかない
そう
だったら いっそ
初めから 互いに別世界としてみないか
ただし
微かに繋がったり
離れたりする。
現れては消える空間には
確固たるルールはない
だから
そのイメージを 丸ごと留めて
そして
それを完全な状態で届ける術はない
それはきっと届ける類
ではないからのことなんだろう
そう
入り口まで
その空間の入り口付近まで
案内する感じがイイ。
さすれば
そこで 同系且つ全く違う空間が
また生まれ
それを生み出し人によって
あなたもまた 入り口まで導かれる
―感覚・・・イメージを生み出すチカラの根源―。
万人生れ落ちる時 一人一人に
神様から贈られた
この世界で もっとも不可侵な領域。
矛盾をも平気で成立させる。
現界の外に在り
あなたとだけ共有を持つ空間
その扉は あなたの中にある。
「何もないとこからは 何もでてこないぞ」
確かに 素敵なコトバ
しかし 果たして そうだろうか
あなたの中でなら
そうとは限らないよ
1と0の境界すら
存在させてしまう世界を
あなたは持っているのだから―。




