ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート -8ページ目

モッズ・リバイバル・パンク:The Jam(ザ・ジャム)

60年代に一世を風靡したブリティッシュのモッズ現象(英語ではMod(モッド)と単数形です。)ですが、70年代に入り、パンクピークの時代にモッドを復活させて取り入れたバンドがThe Jam(ザ・ジャム) です。今日はそのジャムについて話します。

モッド・ファッション、カッコ良いんですよね。僕も高校生の時にランブレッタ欲しかったな~。勿論、高くて買えませんでしたが。ロンドンに旅行に行った時に1969年のビンテージに乗っている人見かけて、止めて、写真取らせて貰った思い出があります(笑)。

バンド名:The Jam(ザ・ジャム)

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アルバム:セッティング・サンズ カバー

メンバー:
Bruce Foxton (ブルース・フォクストン) ベース
Rick Buckler (リック・バックラー) ドラム
Paul Weller (ポール・ウェラー) ギター/ボーカル
ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Jam3

結成年:1975

結成場所:ウォーキング、サリー、英国

代表アルバム:
   ・In the City(イン・ザ・シティー)
   ・All Mod Cons(オール・モッド・コン)
   ・Setting Sons(セッティング・サンズ)
   ・Sound Affects(サウンド・アフェクト)
    等

代表曲:
   ・That's Entertainment (ザッツ・エンターテイメント)
   ・Going To Underground (ゴーイング・トゥー・アンダーグラウンド)
   ・In the City (インザ・シティー)
   ・Down in the Tube Station Midnight (ダウン・イン・ザ・チューブ・ステーション・ミッドナイト)
   ・Non-Stop Dancing (ノン・ストップ・ダンシング)
   ・This is The Modern World (ディス・イズ・ザ・モダンワールド)
    等

来歴:
ジャムはバリバリの60年代中盤のモッド・バンドThe Who(ザ・フー)、Small Faces(スモール・フェースーズ)等の影響を受けてモッド音楽とファッションを取りいれつつ、R&Bの要素も取り入れた音楽に更に激しくスピーディーにパンクロックとして演奏しました。

ボーカルでシンガーソングライターのウェラーはThe Kinks(ザ・キンクス)の影響を沢山受けており、初めの頃は影響を感じされられる詩書きました。David Watts(デイビット・ワット)のカバーも歌ってます。
バンドは学生時代の友達でもともと4人ででしたがギターのSteve Brookes(スティーブ・ブックs)は直ぐにバンドを辞めフォクストン、ウェラー、バックラーの3人のトリオバンドで活動をしました。

1977年2月にデビューシングルIn the City (イン・ザ・シティー)をリリースします。この曲はUKチャートで40位に入ります。

この曲カッコいいです。テンポが速いのですが、力強く思い切りパンクが感じられます。
翌月には、デビューアルバムとなるこれまた同じ名前でIn the City (イン・ザ・シティー)をリリースします。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Jam1
アルバム: イン・ザ・シティー カバー

このアルバムは多くのR&Bの要素を入れつつそれでいて早いテンポのアルバムです。ザ・フーのレゲーバージョンと言いた感じです。

そのご2枚目のシングルと成るAll Around the World (オール・アラウンド・ザ・ワールド)をリリースします。このシングルもう直ぐでトップ10入りする程の人気でした。
同年の夏、には2枚目のアルバムとなるThis Is the Modern World (ディス・イズ・ザ・モダン・ワールド)をリリースします。11月にはトップ40に入ります。

その後アメリカに初のツアーに行きますが、アメリカでは成功を出来ませんでした。
ディス・イズ・ザ・モダン・ワールドは最高で22位まで行きますが、当時のクリティックからは余り良い評価は受けませんでした。

その後UKツアーに出ることになりますが、ウェラーがとんでもないアクシデントに巻き込まれます。滞在中のホテルでラグビー選手のグループと口論となりウェラーが骨折をするなどの大怪我をおいます。

1978年の3月にアメリカツアーに再び行きますが、また成功を収められずに終わります。このツアーではBlue Öyster Cult(ブルー・オイスター・コルト)の前座を務めました。

同年の8月に3枚目のアルバムとなるAll Mod Cons(オール・モッド・コンズ)をリリースします。
ウェラーの曲はこの頃になるともっとメロディックに成ります。このアルバムはU.Kチャート6位入りをしバンドのメジャーヒットと成ります。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Jam2
アルバム: オール・モッド・コンズ カバー

その後Sound Affects(サウンド・アフェクト),The Gift(ザ・ギフト) Setting Sons(セッティング・サン)等次々とヒットを出しアメリカでも売れ始めてきましたが、1982年10月にウェラーの他の2人のメンバーとの音楽性の違いにより絶頂期にも関わらず、バンドは解散となります。バンドの最後のシングルBeat Surrender“ビート・サレンダー”はヒットチャート1位になります。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Jam5
アルバム:サウンド・アフェクト カバー

ウェラーはその後直ぐにthe Style Council(スタイル・カウンセル)を結成し、成功を収めますが・・・やっぱり僕はジャムの方が断然カッコいいし好きです。
ブルース・フォクストンは以前に取り上げましたが、Stiff little Finger(スティッフ・リトル・フィンガー)でしばらく活動していました。

ニューヨークでのコンサート:
現在ポール・ウェラーはソロで活動していて毎年1回位は、ニューヨークでもコンサートをします。僕も4年前にミッドタウンのRoseland Ballroom(ローズランド・ボールルーム)に見に行きました。かっこ良かったですが、ジャムじゃないので、That’s Entertainer (ザッツ・エンターテイナー)しかジャムの曲はしませんでした。そのときは結構良かったです。

しかし2年前 、Irving Plaza(アービング・プラザ)でコンサートをした際、3夜連続で、コンサートをし、リストには“1日目スタイル・カウンセル、2日目ザ・ジャム、3日目ウェラー・ソロ”なーんて堂々と宣伝し、チケットも即行売り切れ、プレミアで長高値が付きました。(僕は勿論行けませんでした。) それにも関わらず翌日のレビューには、“ジャムの曲は2曲しかしなかった”“金返せー”だのと乗っていました。一気に反感で、人気が落ちたようです。ポール・ウェラーは一体何がしたいのでしょうか?

おまけに、数年前にフォックストンとバックラーで復活して、From The Jam(フロム・ザ・ジャム)というバンドでやっています。結局ウェラー抜きでジャムをやっている訳です。
ポール・ウェラー何で再結成しないの?再結成お願いします!The Police(ザ・ポリス)も再結成してしこたま儲けているのに!

ちなみに今年はポール・ウェラーはNokia Theater(ノキア・シアター)コンサート在ったので、チケット取りましたが、なんとお父さんが無くなったそうで、中止になりました(残念)。

フロム・ザ・ジャムは去年の10月くらいに23丁目のBlender’s Theaterでコンサートの予定があり、チケットを買いましたが、何故か延期(しかも半年間)。その後僕も馬鹿正直に半年後にコンサートに行ってみましたが、何故だか理由も何しに結局キャンセル。見れませんでした(涙)

と言うことで今のところ4年前のポール・ウェラーソロ一回限りです。ジャムが再結成すること心より祈っています!!

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Jam6
ポ-ル・ウェラー

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Jam7

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Jam8
フロム・ザ・ジャム



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LA最初のパンクバンド/コメディー・パンク:The Dickies (ザ・デッキーズ)

今日は、 先週紹介したX(エックス)と並びLAパンクを代表するバンドThe Dickies(ザ・デッキーズ)を紹介します。このバンドはエックスよりデビューも早くLA初のパンクバンドと言われています。

バンド名:The Dickies (ザ・デッキーズ)

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Dickies1
アルバム:インクレディブル・シェーキング・ディッキーズ カバー

バンドメンバー:
   ・Leonard Graves Phillips (レナード・ガーベス・フィリップ) ボーカル
   ・Stan Lee (スタン・リー) ギター
   ・Greg Hanna (グレッグ・ハンナ) ベース
   ・Little Dave Teague (リトル・デーブ・ティーギュ) ギター
   ・Travis Johnson (トラビズ・ジョンソン)ドラム

元メンバー:
   ・Jerry Angel (ジェリー・エンジェル)ドラム 
   ・Billy Club (ビリー・クラブ) ベース
   ・Karlos Kaballero (カルロス・カベレロ)ドラム
   ・Chuck Wagon(チャック・ワゴン) ドラム
   ・Charlie Alexander (チャーリー・アレキサンダー) ベース
    等。活動が長いのでメンバーが沢山入れ変わってます。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Dickies8

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Dickies7

結成年:1977年

結成場所:ロサンゼルス、カリフォルニア


代表アルバム:
   ・The Incredible Shrinking Dickies (インクレディブル・シェーキング・ディッキーズ)
   ・Dawn of the Dickies(ダウン・オブ・ザ・ディッキーズ)
   ・Second Coming(セカンド・カミング)
    等

代表曲:
   ・Banana Splits (The Tra La La)(バナナ・スプリット)
   ・Gigantor (ジャイガントー)
   ・Manny, Moe & Jack (マニー、モー・アンド・ジャック)
   ・ Nights in White Satin (ナイトツ・イン・ホワイト・セイント)
    等

来歴:
このバンドは解散を一度もせず未だに活動しています。おバカな格好やショウで有名なコメディー・パンクバンドです。結成当時は殆どがカバー曲でした。

1977年にボーカリストのフィリップとギタリストのリーがバンドを中心に、道化師の格好で馬鹿げたショウを繰り広げ始めました。フィリップはそのアニメの声優の様な声が特徴です、

1978年にはLA初のパンクバンドとしてBlack Sabbath(ブラック・サバス)のParanoid(パラノイド)をスピーディーなパンクバージョンでカバーし、その他オリジナルのHideous(ヒデアス)、You Drive Me Ape(ユー・ドライブ・ミー・エープ)を含むデビューシングルを発売します。

1979年の初めにはデビューアルバムと成るThe Incredible Shrinking (ザ・インクレディブリー・シェーキング) をリリースします。

ディッキーズはアメリカよりUKでのセールがありました。1979年の4月にはシングルBanana Splits(バナナ・スプリッツ)は250,000枚超えを売り上げ、UKトップ5位に入ります。

この曲は名曲です。とても短いのですが、スピーディーで乗りの良い曲です。

同年暮れには2枚目アルバムDawn of the Dickies (ダウン・オブ・ザ・ディッキーズ)をリリースします。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Dickies2
アルバム:ダウン・オブ・ザ・ディッキーズ カバー

1980年にはシングルGaigantor(ジャイガントー)をリリースします。この曲は日本のアニメがテーマなそうです。

1981年にバンド転機となる出来事があります。キーボードリスト/ギターリストのChuck Wagon(チャック・ワゴン)が中で自殺をします。残されたメンバーはショックを受け一時的に発動を中止しまが、同年暮れには新メンバーを入れ活動を再開します。

その後メンバーが何度か変わり現在のメンバーと成ります。メンバーには、LAパンクを代表する元QuickのギタリストSteve Hufstetter (スティーブ・ハウフスッター)や元Wiredos のドラマーNickey Beat(ニッキー・ビート)等も居ました。フィリップとリーは現在もメンバーに居ます。

ニューヨークでのコンサート:
時々ニューヨークでもコンサートをやるようですが、僕はラッキーな事に今年の初めに、かなり小さなブルックリンのクラブSouthpaw(サウス・ポー)でバンドを見ることが出来ました!未だ、おバカなバンド活動をしています。着ぐるみのコスチュームでショウ。ダッチワイフを子の物ととして使う等等。楽しいコンサートでした。そのコミカルなショウとは裏腹に、フィリップはの声はかなりいい声で、バンドも上手くてカッコいいです!

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Dickies6
左:スタン・リー 右:レナード・ガーベス・フィリップ

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Dickies5
中央:リトル・デーブ・ティーギュ 着ぐるみ!?

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Dickies4
ダッチワイフまで!

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Dickies3
あほあほ、だけどカッコいい!!



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最もブリティッシュパンクバンドらしいバンド:Buzzzcocks (バズ・コックス)

ブリティッシュパンクの中心地は勿論ロンドンですが、2番はマンチェスターです。ある意味最もブリティッシュパンクらしいバンドと言えるマンチェスター出身のバンドを今日は紹介します。

バンド名:Buzzzcocks (バズ・コックス)

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アルバム: アナザー・ミュージック・イン・ア・ディファレンント・キッチン カバー

バンドメンバー:

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   ・Pete Shelley (ピート・シェリー) ボーカル/ギター
   ・Steve Diggle (スティーブ・ディグル) ギター
   ・Tony Barber (トニー・バーバー) ベース
   ・Danny Farrant (ダニー・フラント) ドラム

元バンドメンバー:
   ・Howard Devoto ボーカル
   ・Garth Smith ベース
   ・Mike Joyce ドラム
    他

代表アルバム:
   ・Another Music in a Different Kitchen (アナザー・ミュージック・イン・ア・ディファレンント・キッチン)
   ・Love Bites (ラブ・バイツ)
   ・A Different Kind of Tension (ア・デイファレント・カインド・オブ・テンション)
    等 

   ア・デイファレント・カインド・オブ・テンションは多分一番バズコックスのアルバムでカッコいいと思います。
   是非聞いてください。 

代表曲:
   ・Autonomy(オートノミー)
   ・Ever Fallen in Love?(エバー・フォールン・イン・ラブ?)
   ・Everybody's Happy Nowadays(エブリバディーズ・ハッピー・ナウアデイズ)
    等

来歴:

Sex Pistols(セックス・ピストルズ) のエネルギッシュなサウンドに影響されて居るバンドですが、ピストルズとは違い余り政治的なことは歌わず、3分間のポップでエネルギッシュなサウンドを取り入れました。

バンドは学生時代の友人シェリーとデボートが結成したバンドです。学生時代にはthe Velvet Underground(ベルベット・アンダーグラウンド)の話で盛り上がったそうです。デボートはthe Stooges (ザ・ストゥージズ)にもかなり影響されていました。

ドラムを加え3人で、初めはストゥージーズからBrian Eno(ブライアン・エノ)までのカバーを行います。
シェリーとデボート1976年の2月にピストルズのコンサートを見に行った後、自分たちのオリジナルバンドを結成することにしました。

バンド名はテレビ番組のRock Follies(ロック・フォリーズ)のレビューに書いてあった"it's the buzz, cocks!"と言うフレーズから取りました。

1976年の暮れにはピストルズのAnarchy Tour(アナーキー・ツアー)に参加して前座を務めます。
ツアー終了後、シェリーは父親にお金を借りてデビューEP Spiral Scratch(スパイラル・スクラッチ)の作成に取り掛かりまり、1977年1月にはリリースします。初めは1000枚のみのコピーです。

ところが一枚目のEPを発売後、バンドのボーカルであるデボートが学校に戻る為バンドを辞めます。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Buzzcocks2
EP: スパイラル・スクラッチ カバー

このアルバムでは、デボートがボーカルをしています。デボートは後にマガジンと言うバンドを結成します。

デボートがいなくなった為、バンドのメンバーはパートを変えシェリーがボーカル、ディグルがギター、スミスがベースとなります。

1977年の10月にデビューシングルOrgasm Addict(オーガズム・アディクト)を発表しますがヒットはしませんでした。

その後ベースのスミスが、首に成り代わりにStive Garvery を入れ、二枚目シングルWhat Do I Get?(ワット・ドゥ・アイ・ゲット?)を出します。このシングルがチャート40位に入り、一気にバズコックスの人気が高まります。

1987年3月には1枚目のアルバムであるAnother Music in a Different Kitchen(アナザー・ミュージック・イン・ア・ディファレンント・キッチン)を出し、同年9月には二枚目Love Bites(ラブ・バイト)を出します。

1979年の初めに3枚目のアルバムとなるA Different Kind of Tension(ア・デイファレント・カインド・オブ・テンション)。その後9月にアメリカでツアーを行いますが、結果は上がらずでした。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Buzzcocks4
アルバム: ア・デイファレント・カインド・オブ・テンション カバー

1981年にレコード会社と折が合わず、バンド活動を中止せざる追えず、解散へと成ります。

1990年に再結成し現在に至ります。現在のメンバーに成るまでに、メンバーは何度関わりましたが、その中には、Smith (スミス)のドラマーMike Joyce(マイク・ジョイス)が加わったこともあります。

バズコックロックス、ロック評論とのサイトで代表的なブリティッシュパンクバンドのを上げる場合一番初めにリストされています。確かに活動も長くやっているし、スタイル的にも未だに変わっていないし、納得します。

ニューヨークでのコンサート:
僕は5年ほど前にIrving Plaza(アービング・プラザ)で2度程、見たことがあります。
バリバリの77スタイルのブリティッシュパンクであるせいかモヒカンとかの人も沢山居ましたね。この手のコンサートはマッシング(押し合い)がひどく、自分の場所を確保するのが精一杯ですした。初め2番列目に居たのに最後の方は5列位まで押されていました。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Buzzcocks6
ピート・シェリー

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Buzzcocks5


ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Buzzcocks7
スティーブ・ディグル



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