エレクトロニックパンク:Suicide(スーサイド)
70年代前半~中盤に掛けてニューヨークで活躍していたパンクバンドといえばNew York Dolls (ニューヨーク・ドールズ)等が真っ先に思い浮かぶと思いますが、同年で代でシンセサイザーを使いエレクトロニックなパンクを演奏していたバンドがいます。
今日はエレクトロニックなパンクを行っていたドゥオバンドSuicide(スーサイド)についてお話します。Silver Apple(シルバー・アップル)も有名ですが、シルバーアップルは後程、改めてお話させて頂きます。
バンド名:Suicide(スーサイド)

アルバム:スーサイド カバー
メンバー:
・Alan Vega (アレン・ベガ) ボーカル
・Martin Rev (マーティン・レブ) キーボード

結成年:1971年
結成場所:ニューヨーク、米国
代表アルバム:
・Suicide [First Album] (スーサイド1)
・Suicide [Second Album] (スーサイド2)
・A Way of Life (ア・ウェイ・オブ・ライフ)
等
代表曲:
・Girl (ガール)
・Cheree (シェリー)
・Che(チェ)
等
来歴:
バンドの名前はボーカリストのベガの好きなコミックブックのGhost Rider(ゴーストライダー)より取りました。
バンドは1970年代の初期のニューヨークパンクの時代にデビューをします。
二人はステージの上で気取った殺し屋の格好をしベガがバイクのチェーンを振り回す等のあらあらしいパフォーマンスをする事で有名です。ちなみにこの手の過激なパフォーマンスはベガがThe Stooges(ザ・トゥージズ)のコンサートを見て影響されて、取り入れました。
1977年には一枚目のアルバムと成るスーサイドをリリースします。Ghost Rider (ゴースト・ライダー)とChe(チェ) 不気味な音を立てながらそれでいてメロディックな曲です。
スーサイドは商業的には殆ど成功をしていないバンドですが、後のシンセサイザーバンドやパンクバンドのを多くに影響を与えた開拓者となるバンドです。The Cars(ザ・カーズ)のRic Ocasek(リック・オカーセク)はスーサイドと関係も深く影響を受けた人の代表です。

また、Bruce Springsteen(ブルース・スプリングスティーン)も彼らのキーボードに影響を受けました。アルバムNebraska(ネブラスカ)のState Trooper(ステート トゥルーパー) がその一つといわれています。
そのほか、ベガはThe Sisters of Mercy(シスター・オブ・メーシー)のAndrew Eldritch(アンドリュー・エルドリッチ)とコラボレーションもしています。
スーサイドは現在も活動中です。
ニューヨークでのコンサート:
地元のバンドという事もありた、たまに無料のイベント情報新聞Village Voice(ビレッジ・ボイス)でリスティングされているの見ます。
地元情報:
ニューヨークでコンサートの情報を調べるときは、ビレッジボイスかTime Out(タイム・アウト)
で見つける事が出来ます。タイム・アウトは有料ですが、ボイスより良く書いてあって見やすいです。
9月11日にATP New York 2009 festivalというイベントでスーサイドが出ます。
このイベント結構他にも大御所出ます。しかし、値段が高いので・・・・僕はパスすると思いますが、
ニューヨークに来る予定で、見たい方は是非行ってみてください!
僕は5年前に一度、トライベッカのKnitting Factory (ニッティング・ファクトリー)で見たきりです。ニッティングファクトリーはステージがとても小さいのそれ程過激なパフォーマンスはしませんでしが、キーボードが異常にかっこ良かったです。

アレン・ベガ

マーティン・レブ

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今日はエレクトロニックなパンクを行っていたドゥオバンドSuicide(スーサイド)についてお話します。Silver Apple(シルバー・アップル)も有名ですが、シルバーアップルは後程、改めてお話させて頂きます。
バンド名:Suicide(スーサイド)

アルバム:スーサイド カバー
メンバー:
・Alan Vega (アレン・ベガ) ボーカル
・Martin Rev (マーティン・レブ) キーボード

結成年:1971年
結成場所:ニューヨーク、米国
代表アルバム:
・Suicide [First Album] (スーサイド1)
・Suicide [Second Album] (スーサイド2)
・A Way of Life (ア・ウェイ・オブ・ライフ)
等
代表曲:
・Girl (ガール)
・Cheree (シェリー)
・Che(チェ)
等
来歴:
バンドの名前はボーカリストのベガの好きなコミックブックのGhost Rider(ゴーストライダー)より取りました。
バンドは1970年代の初期のニューヨークパンクの時代にデビューをします。
二人はステージの上で気取った殺し屋の格好をしベガがバイクのチェーンを振り回す等のあらあらしいパフォーマンスをする事で有名です。ちなみにこの手の過激なパフォーマンスはベガがThe Stooges(ザ・トゥージズ)のコンサートを見て影響されて、取り入れました。
1977年には一枚目のアルバムと成るスーサイドをリリースします。Ghost Rider (ゴースト・ライダー)とChe(チェ) 不気味な音を立てながらそれでいてメロディックな曲です。
スーサイドは商業的には殆ど成功をしていないバンドですが、後のシンセサイザーバンドやパンクバンドのを多くに影響を与えた開拓者となるバンドです。The Cars(ザ・カーズ)のRic Ocasek(リック・オカーセク)はスーサイドと関係も深く影響を受けた人の代表です。

また、Bruce Springsteen(ブルース・スプリングスティーン)も彼らのキーボードに影響を受けました。アルバムNebraska(ネブラスカ)のState Trooper(ステート トゥルーパー) がその一つといわれています。
そのほか、ベガはThe Sisters of Mercy(シスター・オブ・メーシー)のAndrew Eldritch(アンドリュー・エルドリッチ)とコラボレーションもしています。
スーサイドは現在も活動中です。
ニューヨークでのコンサート:
地元のバンドという事もありた、たまに無料のイベント情報新聞Village Voice(ビレッジ・ボイス)でリスティングされているの見ます。
地元情報:
ニューヨークでコンサートの情報を調べるときは、ビレッジボイスかTime Out(タイム・アウト)
で見つける事が出来ます。タイム・アウトは有料ですが、ボイスより良く書いてあって見やすいです。
9月11日にATP New York 2009 festivalというイベントでスーサイドが出ます。
このイベント結構他にも大御所出ます。しかし、値段が高いので・・・・僕はパスすると思いますが、
ニューヨークに来る予定で、見たい方は是非行ってみてください!
僕は5年前に一度、トライベッカのKnitting Factory (ニッティング・ファクトリー)で見たきりです。ニッティングファクトリーはステージがとても小さいのそれ程過激なパフォーマンスはしませんでしが、キーボードが異常にかっこ良かったです。

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パブ・ロックをパンクに:Eddie & the Hot Rods(エディ&ホット・ロッドズ)
パブ・ロックといえばブルージーで、ロックンロールに近いサウンドの音楽です。Brinsley SchwarzやDr. Fleegood が思い浮かぶと思いますが、そんなバンドを更にパンクぽっくしたバンドがこのバンドです。今日はパブ・ロックをパンクしにしたバンドを紹介します。
バンド名:Eddie & the Hot Rods(エディ&ザ・ホット・ロッドズ)

アルバム:ライフ・オン・ザ・ライン カバー
バンドメンバー:
・Barrie Masters (バーリイ・マスターズ) ボーカル
・Simon Bowley (サイモン・ボウレエイ) ドラム
・Dipster (ディップ・スター) ベース
・Richard Holgarth (リチャード・ホルガース) ギター
・Chris Taylor (クリス・テイラー) ギター
元バンドメンバー:
・Graeme Douglas (グラエム・ダグラス) ギター
・Paul Gray (ポール・グレー) ドラム
・Lew Lewis (ロゥ・ルウィス) ハーモニカー
・Steve Nicolas(スティーブ・ニコラス)ドラム
・Dave Higgs(デーブ・ヒッグズ) ギター
・Rob Steel (ロブ・スティール) ベース
・Pete Wall (ピート・ウォール) ギター
他。このバンドも活動が期間が長い為、多くのメンバーが変わっています。

結成年:1975年
結成場所:エッセクス、英国
代表アルバム:
・Teenage Depression (ティーンネージ・ディプレッション)
・Life on the Line (ライフ・オン・ザ・ライン)
等
代表曲:
・Do Anything You Wanna Do (ドゥ・エニシィング・ユー・ワナ・ドゥ)
・Get Out of Denver (ゲット・アウト・オブ・デンバー)
・Teenage Depression (ティーンネージ・ディプレッション)
・Quit This Town (クィット・ディス・タウン)
等
来歴:
もともとBuckshee(バック・シー)というバンドで1973年に後に バーリイ・マスターをボーカル、デーブ・ヒッグスをギター、ピート・ウォールをギター、ロブ・スティールをベース、スティーブ・ニコラスをドラムとしてEddie & Hot Rods(エディー&ザ・ホット・ロッズ)とバンド名を改名し1975年に活動を開始します。
ちなみにバンド名のEddie(エディ)は存在しません。
1975年の暮れにはウォールとスティールはバンド辞めます。スティールの代わりには当時15歳の少年ポール・グレイをべーシストとして起用します。その後ロゥ・レウィスをハーモニカーニスとして加え、活動を続けます
バンドはマネージャーの提案によりThe Stooges( ストゥー・ジーズ)のようなドライビングロックンロールへとスタイルを変えていきます。
1976年には初のシングルと成るWriting on the Wall (ライティング・オン・ザ・ウォール) をリリースします。
その直ぐ後にバンドでの態度の悪さを理由にレウィスがバンドを首に成ります。
バンドは1976年にはバンドは廃れかけていたパグロックの中で一番の人気になっていました。
そしてライブEP Live at the Marqueeをコンサート中に録音し同年の秋にはリリースしまし、
バンドは人気を高めていきました。その年の暮れに出すシングルTeenage Depression(ティーンネージ・ディプレッション)はバンドの初のヒットと成りUKヒットチャート35位に入ります。
この曲はブルージーでありながら速いテンポの曲で良い感じです。

アルバム:ティーンネージ・ディプレッション カバー
1976 の始めにKursaal Flyers (カーサル・フライヤーズ)のギタリストグのグラエム・ダグラスが加わりました。彼が加わった事によりバンドの曲調も少し穏やかになり次に出すシングルのDo Anything You Wanna Do (ドゥ・エニシィング・ユー・ワナ・ドゥ)はバンドの本当のヒットと成ります。1977年の夏にはUKヒットチャート10位入りします。
バンドは成功収めたのにも関わらず、次に出すアルバムLife on the Line(ライフ・オン・ザ・ライン)時代はパンクのピークだった為激しさが足りなかった為か、受け入れられず思うように売れません。バンドの人気は下がり、その後メンバー次々と、1981年には解散と成ります。
1992年にオリジナルメンバーで復活しヨーロッパツアーにいます。
その後メンバーが次々と変わり現在へと至ります。
このバンドは、The Damned(ダムド)や Sex Pistols(ピストルズ)よりも前からやっていているバンドで、後のパンクバンドへの影響のかなり在りました。メンバーの一人のポール・グレイは後にダムドのドラマーを勤めます。
ニューヨークでのコンサート:
先月ブルックリンのSouth Paw(サウス・ポー)でショウがあったので行ってきました。
平日だったせいもあり客は余りいませんでしたが、その分一番前が取れたので良かったです。このクラブはらいてライティングが暗いのが難点ですが、地元ののクラブという感じで好きです。
バンドは、オリジナルメンバーはボーカルのバーリイ・マスターズのみですが、“ロックンロール”という感じで良いコンサートでした。

バーリイ・マスターズ



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バンド名:Eddie & the Hot Rods(エディ&ザ・ホット・ロッドズ)

アルバム:ライフ・オン・ザ・ライン カバー
バンドメンバー:
・Barrie Masters (バーリイ・マスターズ) ボーカル
・Simon Bowley (サイモン・ボウレエイ) ドラム
・Dipster (ディップ・スター) ベース
・Richard Holgarth (リチャード・ホルガース) ギター
・Chris Taylor (クリス・テイラー) ギター
元バンドメンバー:
・Graeme Douglas (グラエム・ダグラス) ギター
・Paul Gray (ポール・グレー) ドラム
・Lew Lewis (ロゥ・ルウィス) ハーモニカー
・Steve Nicolas(スティーブ・ニコラス)ドラム
・Dave Higgs(デーブ・ヒッグズ) ギター
・Rob Steel (ロブ・スティール) ベース
・Pete Wall (ピート・ウォール) ギター
他。このバンドも活動が期間が長い為、多くのメンバーが変わっています。

結成年:1975年
結成場所:エッセクス、英国
代表アルバム:
・Teenage Depression (ティーンネージ・ディプレッション)
・Life on the Line (ライフ・オン・ザ・ライン)
等
代表曲:
・Do Anything You Wanna Do (ドゥ・エニシィング・ユー・ワナ・ドゥ)
・Get Out of Denver (ゲット・アウト・オブ・デンバー)
・Teenage Depression (ティーンネージ・ディプレッション)
・Quit This Town (クィット・ディス・タウン)
等
来歴:
もともとBuckshee(バック・シー)というバンドで1973年に後に バーリイ・マスターをボーカル、デーブ・ヒッグスをギター、ピート・ウォールをギター、ロブ・スティールをベース、スティーブ・ニコラスをドラムとしてEddie & Hot Rods(エディー&ザ・ホット・ロッズ)とバンド名を改名し1975年に活動を開始します。
ちなみにバンド名のEddie(エディ)は存在しません。
1975年の暮れにはウォールとスティールはバンド辞めます。スティールの代わりには当時15歳の少年ポール・グレイをべーシストとして起用します。その後ロゥ・レウィスをハーモニカーニスとして加え、活動を続けます
バンドはマネージャーの提案によりThe Stooges( ストゥー・ジーズ)のようなドライビングロックンロールへとスタイルを変えていきます。
1976年には初のシングルと成るWriting on the Wall (ライティング・オン・ザ・ウォール) をリリースします。
その直ぐ後にバンドでの態度の悪さを理由にレウィスがバンドを首に成ります。
バンドは1976年にはバンドは廃れかけていたパグロックの中で一番の人気になっていました。
そしてライブEP Live at the Marqueeをコンサート中に録音し同年の秋にはリリースしまし、
バンドは人気を高めていきました。その年の暮れに出すシングルTeenage Depression(ティーンネージ・ディプレッション)はバンドの初のヒットと成りUKヒットチャート35位に入ります。
この曲はブルージーでありながら速いテンポの曲で良い感じです。

アルバム:ティーンネージ・ディプレッション カバー
1976 の始めにKursaal Flyers (カーサル・フライヤーズ)のギタリストグのグラエム・ダグラスが加わりました。彼が加わった事によりバンドの曲調も少し穏やかになり次に出すシングルのDo Anything You Wanna Do (ドゥ・エニシィング・ユー・ワナ・ドゥ)はバンドの本当のヒットと成ります。1977年の夏にはUKヒットチャート10位入りします。
バンドは成功収めたのにも関わらず、次に出すアルバムLife on the Line(ライフ・オン・ザ・ライン)時代はパンクのピークだった為激しさが足りなかった為か、受け入れられず思うように売れません。バンドの人気は下がり、その後メンバー次々と、1981年には解散と成ります。
1992年にオリジナルメンバーで復活しヨーロッパツアーにいます。
その後メンバーが次々と変わり現在へと至ります。
このバンドは、The Damned(ダムド)や Sex Pistols(ピストルズ)よりも前からやっていているバンドで、後のパンクバンドへの影響のかなり在りました。メンバーの一人のポール・グレイは後にダムドのドラマーを勤めます。
ニューヨークでのコンサート:
先月ブルックリンのSouth Paw(サウス・ポー)でショウがあったので行ってきました。
平日だったせいもあり客は余りいませんでしたが、その分一番前が取れたので良かったです。このクラブはらいてライティングが暗いのが難点ですが、地元ののクラブという感じで好きです。
バンドは、オリジナルメンバーはボーカルのバーリイ・マスターズのみですが、“ロックンロール”という感じで良いコンサートでした。

バーリイ・マスターズ



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アルバムを出せなかったパンクバンド:The Modern Lovers(ザ・モダンラバーズ)
今日は1970年代初期、ベルベット・アンダーグラウンドの影響を受け活動を開始したボストンのパンクバンド。 70年代中盤のパンク全盛期のバンドに大きな影響となるシンガーソングライターJonathan Richman(ジョナサン・リッチマン)の居たバンド、モダン・ラバーズに付いて話をします。
バンド名:The Modern Lovers

メンバー:
・Jonathan Richman(ジョナサン・リッチマン) ボーカル
・Jerry Harrison (ジェリー・ハリソン) キーボド
・Ernie Brooks (アーニン・ブルークス) ベース
・John Felice (ジョン・フェリス) ギター
・David Robinson (デビッド・ロビンソン) ドラム
元メンバー:
・Rolfe Anderson (ロルフェ・アンダーソン)ベース

代表アルバム:
・The Modern Lovers(ザ・モダン・ラバーズ)
正式なアルバムこの一枚のみです。(解散後にリリース)

アルバム: ザ・モダン・ラバーズ カバー
代表曲:
・Roadrunner (ロードランナー)
・Astral Plane (アスター・プレース)
・Pablo Picasso (パブロ・ピカソ)
・I'm Straight (アイム・ストレート)
はっきり言ってこのアルバムは全曲カッコいいのですが、僕は中でもこの曲が好きです。
ロードランナーは聞いてください!!
結成年:1970年
結成場所:ボストン、マサチューセッツ州、米国
来歴:
シンガーソングライターのジョナサン・リッチマンは高校卒業、ニューヨークに行きthe Velvet Underground(ザ・ベルベット・アンダーグラウンド)のマネージャーSteve Sesnick(スティーブ・セスニック)の元で9ヶ月間暮らしバンド活動に付いて様々な事学びます。
その後、1970年に地元ボストンに帰ったリッチマンはニューヨークで見て学んだ事よりロックバンド結成に取り掛かります。
メンバーは幼馴染のジョン・フェリスをギターリスト、デービッド・ロビンソンをドラマー、ロルフェ・アンダーソンをべーシストとして、バンド:ザ・モダンラ・バーズを結成し活動を開始します。実にニューヨークより戻ってわずか1ヶ月後の事でした。
1971年にアンダーソンとフェリスがバンドを辞めることに成ります。フェリスは後に再びバンドに戻ります。アンダーソ
ンの変わりのべーシストとしてアーニン・ブルックス、そのほかにキーボリストとしてジェリー・ハリソンがバンドに加わります。
バンドはボストンでのライブギグでの人気は高まりつつありました。
1971年の秋にはレコードの作製用のデモテープの録音に取り掛かり始めます。
このデモテープは音楽業界でも、注目をされた為、1972年の4月にメンバーはロスアンゼルスのスタジオ行き、最高の機材で2回のセッションの数曲のトラックのデモテープを録音しました。一回目はJoho Cale(ジョン・ケール)のプロデュースによりワーナ・ブロス用に、2回目はAlan Mason(アラン・マーソン)によりA&M用を録音しました。
しかし結局、アルバムはリリースされませんでした。
それでもモダンラバーズはライブ活動で成功を収め続けました。活動を続ける間もバンドにとってアルバムのリリー
スが重要視されました。
1973年にケールとの2度目のセッションをロスアンゼルスで行いましが、上手くいかず、代わりにKim Fowley(キム・フォウレイ)が指揮をとりました。フォウレイのプロデュースは上手く行きレコードのリリースへと近づいていました。
しかし、その頃にはもうバンド自体上手く行っておらず、末路を辿っていた状態です。
リッチマンは自分のソロ活動でデモテープを作成し、ハリソンはTalking Heads(トーキング・ヘッズ)へ入り、ロビンソンは、The Cars(ザ・カーズ)に入り、フェリスはthe Real Kids(ザ・リッチ・キッズ)を結成していました。
リッチマンはその後バンド名を貰う事になりましたが、全く違うメンバーであった為モダン・ラバーズ在りながら、全く違うバンドという感じ、またはソロでの活動がしばしばありました。
1975年にリッチマンはカリフォルニアに引越しバクレー・レコードと親しくなり。バークレーレコードより今まで貯めてきた初期のデモテープを元にアルバムThe Modern Lovers(ザ・モダンラバーズ)を作成し、1967年についにレコードをリリースします。
1977年にJonathan Richman & the Modern Lovers(ジョナサン・リッチマン&モダン・ラバーズ)としてアルバムを出しますが、完全に違うバンドです。

アルバム: ジョナサン・リッチマン&モダン・ラバーズ カバー
結局バンドは、活動中にはアルバムを出せず、解散後にリッチマンの手により、一枚のアルバムが出されたのみです。しかし、この一枚のアルバム影響力は後に大きく、中でも1曲目のRoadrunner (ロードランナー)は、Sex Pistols (セックス・ピストルズ)やJoan Jett(ジョアン・ジェット)もカバーしている、伝説の3コードパンクソングです。
ニューヨークでのコンサート:
もちろんモダン・ラバーズは見るのは不可能ですが、ジョナサン・リッチマンは年に2、3度ニューヨークで、コンサートします。
僕は今まで3、4度見に行きました。トライベッカのKnitting Factory (ニッティング・ファクトリー)で2回、Bowery ballroom (バワリー・ボールルーム)で1回、Music hall of Willamsburg(ミュージック・ホール・オブ・ウィリアムズバーグ)で1回だったと思います。
彼のコンサートはいつジョークも混じりでかなり楽しいです。比較的小さな場所でやるので、良い感じです。

ジョナサン・リッチマン

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バンド名:The Modern Lovers

メンバー:
・Jonathan Richman(ジョナサン・リッチマン) ボーカル
・Jerry Harrison (ジェリー・ハリソン) キーボド
・Ernie Brooks (アーニン・ブルークス) ベース
・John Felice (ジョン・フェリス) ギター
・David Robinson (デビッド・ロビンソン) ドラム
元メンバー:
・Rolfe Anderson (ロルフェ・アンダーソン)ベース

代表アルバム:
・The Modern Lovers(ザ・モダン・ラバーズ)
正式なアルバムこの一枚のみです。(解散後にリリース)

アルバム: ザ・モダン・ラバーズ カバー
代表曲:
・Roadrunner (ロードランナー)
・Astral Plane (アスター・プレース)
・Pablo Picasso (パブロ・ピカソ)
・I'm Straight (アイム・ストレート)
はっきり言ってこのアルバムは全曲カッコいいのですが、僕は中でもこの曲が好きです。
ロードランナーは聞いてください!!
結成年:1970年
結成場所:ボストン、マサチューセッツ州、米国
来歴:
シンガーソングライターのジョナサン・リッチマンは高校卒業、ニューヨークに行きthe Velvet Underground(ザ・ベルベット・アンダーグラウンド)のマネージャーSteve Sesnick(スティーブ・セスニック)の元で9ヶ月間暮らしバンド活動に付いて様々な事学びます。
その後、1970年に地元ボストンに帰ったリッチマンはニューヨークで見て学んだ事よりロックバンド結成に取り掛かります。
メンバーは幼馴染のジョン・フェリスをギターリスト、デービッド・ロビンソンをドラマー、ロルフェ・アンダーソンをべーシストとして、バンド:ザ・モダンラ・バーズを結成し活動を開始します。実にニューヨークより戻ってわずか1ヶ月後の事でした。
1971年にアンダーソンとフェリスがバンドを辞めることに成ります。フェリスは後に再びバンドに戻ります。アンダーソ
ンの変わりのべーシストとしてアーニン・ブルックス、そのほかにキーボリストとしてジェリー・ハリソンがバンドに加わります。
バンドはボストンでのライブギグでの人気は高まりつつありました。
1971年の秋にはレコードの作製用のデモテープの録音に取り掛かり始めます。
このデモテープは音楽業界でも、注目をされた為、1972年の4月にメンバーはロスアンゼルスのスタジオ行き、最高の機材で2回のセッションの数曲のトラックのデモテープを録音しました。一回目はJoho Cale(ジョン・ケール)のプロデュースによりワーナ・ブロス用に、2回目はAlan Mason(アラン・マーソン)によりA&M用を録音しました。
しかし結局、アルバムはリリースされませんでした。
それでもモダンラバーズはライブ活動で成功を収め続けました。活動を続ける間もバンドにとってアルバムのリリー
スが重要視されました。
1973年にケールとの2度目のセッションをロスアンゼルスで行いましが、上手くいかず、代わりにKim Fowley(キム・フォウレイ)が指揮をとりました。フォウレイのプロデュースは上手く行きレコードのリリースへと近づいていました。
しかし、その頃にはもうバンド自体上手く行っておらず、末路を辿っていた状態です。
リッチマンは自分のソロ活動でデモテープを作成し、ハリソンはTalking Heads(トーキング・ヘッズ)へ入り、ロビンソンは、The Cars(ザ・カーズ)に入り、フェリスはthe Real Kids(ザ・リッチ・キッズ)を結成していました。
リッチマンはその後バンド名を貰う事になりましたが、全く違うメンバーであった為モダン・ラバーズ在りながら、全く違うバンドという感じ、またはソロでの活動がしばしばありました。
1975年にリッチマンはカリフォルニアに引越しバクレー・レコードと親しくなり。バークレーレコードより今まで貯めてきた初期のデモテープを元にアルバムThe Modern Lovers(ザ・モダンラバーズ)を作成し、1967年についにレコードをリリースします。
1977年にJonathan Richman & the Modern Lovers(ジョナサン・リッチマン&モダン・ラバーズ)としてアルバムを出しますが、完全に違うバンドです。

アルバム: ジョナサン・リッチマン&モダン・ラバーズ カバー
結局バンドは、活動中にはアルバムを出せず、解散後にリッチマンの手により、一枚のアルバムが出されたのみです。しかし、この一枚のアルバム影響力は後に大きく、中でも1曲目のRoadrunner (ロードランナー)は、Sex Pistols (セックス・ピストルズ)やJoan Jett(ジョアン・ジェット)もカバーしている、伝説の3コードパンクソングです。
ニューヨークでのコンサート:
もちろんモダン・ラバーズは見るのは不可能ですが、ジョナサン・リッチマンは年に2、3度ニューヨークで、コンサートします。
僕は今まで3、4度見に行きました。トライベッカのKnitting Factory (ニッティング・ファクトリー)で2回、Bowery ballroom (バワリー・ボールルーム)で1回、Music hall of Willamsburg(ミュージック・ホール・オブ・ウィリアムズバーグ)で1回だったと思います。
彼のコンサートはいつジョークも混じりでかなり楽しいです。比較的小さな場所でやるので、良い感じです。

ジョナサン・リッチマン

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