ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート -10ページ目

パンクの女王:Patti Smith(パティ・スミス)

パンクの歴史の全体を見てもやはり発祥地とされているニューヨークが、一地域として考えると一番多くのパンクバンドが誕生した場所だと思います。女の人達のバンド(ガールズ・グループ)また女性ボーカルのバンドも沢山いますね。Blondie(ブロンディ)、Patti Smith(パティ・スミス)、Go-Go’s(ゴーゴーズ) 等など。どのバンドから書くか迷いますが、デビュー順からいくと、今日はティー・スミスに付いて書きます。

バンド名(アーティスト名):Patti Smith (パティ・スミス)
ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Patti Smith5

生年月日:1946年12月30日

出身地:イリノイ州シカゴ

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Patti Smith6
アルバム イースター カバー

代表アルバム:
   ・Hoses(ホーセーズ)
   ・Radio Ethiopia(レディオ・エチオピア)
   ・Easter(イースター)等

代表曲:
   ・Gloria(グロリア)
   ・Land: Horses/Land of a Thousand Dances/La Mer (ランド:ホーセーズ)
   ・Because the Night(ビコウズ・ザ・ナイト)
   ・Pissing in a River(ピッシン・イン・ア・リバー)等 

   グロリアカッコいいです。沢山カバーもされています。思いっきりパンクです。
   ビコウズ・ザ・ナイトはブルース・スプリングスティーンとの合作です。

来歴:
パティ・スミスは詩人です。
もともとシカゴ生まれですが、家族と一緒にフィラデルフィア、ニュージャージーと引越しをし、ニュージャージーの田舎町で育ちます。音楽ではBob Dylan(ボブディラン)等に大きな影響を受けます。
学生時代は妊娠をきっかけに学校を中退その後、財政上の問題により子供を中絶し、ニューヨークに行く資金を稼ぐため工場で働きます。1967年ににニューヨークに行き本屋で働きます。そこで出会う写真家のRobert Mapplethorpe(ロバート・メイプルソール)に人生を転換するような影響を受けます。

その後パリに妹と渡りストリート・ミュージシャンとなり音楽活動をしばらくします。

ニューヨークに戻りチェルシーホテルにロバート・メイプルソールと共に住み始めます。そこでギタリストのLenny Kaye(レニー・ケイ)と出会いお互いの才能を認めあい音楽/詩人活動を一緒に始めます。パティースミスはロック雑誌に詩を書いたり、Blue Öyster Cult(ブルー・オイスター・コルト)に詞を贈ったりもしてました。

     豆知識:
     チェルシーホテルはその当時沢山のアーティストが滞在したことでも有名です。有名どころの話で 
     はArthur C. Clarke(アーサー・クラーク)が2001を書いたとか、Sid Vicious (シド・ビシャス)
     の彼女Nancy Spungen(ナンシー・スプンゲン)が刺されて殺されているのが発見された等など

    ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Chelsea Hotel
     チェルシーホテル


パティ・スミスその後1973ピアノ/キーボドリストのRichard Sohl (リチャード・ソール)をメンバーに加え活動がユニークなビートのある詩のあるバンド活動を始めます。

1974年にはニューヨークのCBGBでTelevision (テレビジョン)何かと活動するようになり、デビューアルバムと成るHorses(ホーセズ) をJohn Cale(ジョンケール)の協力によりリリースします。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Patti Smith1
アルバム ホーセーズ カバー

このアルバムはパンクロックの中で10位以内に入る大事なアルバムかと思います。絶対聞いてください!
そしてこの有名なアルバムのカバーの写真を取った人がロバート・メイプルソールです。

その後何枚かのアルバムを出し、人気は上がっていきますが、MC5のFred "Sonic" Smith(フレッド・ソニック・スミス)と1980年に結婚後、子育ての為活動を停止しデトロイトにしばらくいました。

1988年に復活フレッドと共に音楽活動を再開します。フレッドもパティスミスのバンドのギターも勤めました。
しかし、その数年後に友達のロバート・メイプルソール、リチャード・ソールを次々に失い、1994には旦那さんとお兄さんも死んでしまいます。

ものすごい波乱万丈な人生を送っていると人という感じですが、それがメロディーと詩に表現されているようです。

現在でも活動を続けパンクロックの女王と言われています。

更に詳しくパティ・スミスのことが知りたい方は Patti Smith: Dream of Life (ドリーム オブ ライフ(2008))とうバイオグラフィーの映画を見てください。更に良く分かると思います。でも、パティ・スミスが余程好きな人じゃないと109分はきついと思います。彼女がずっと話しっ放しですから(笑)

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Patti Smith3
ドリーム オブ ライフ (2008)

ニューヨークでのコンサート:
地元と言うこともあり、1年に2,3回はコンサートをやります。

必ず12月31日の大晦日にダウンタウンのBowery Ballroom (バワリー・ボールルーム)でカウントダウンコンサートをやるので、見たい人は是非! 確か3日間くらい連続でやりますので、早めに買えばチケットは普通に取れると思います。

僕は今まで3、4回彼女のコンサートを見に行きました、一度はセントラルパークのSummer Stage(サマー・ステージ)のチャリティーコンサートで無料で見ました!

ニューヨークでは夏になると至る所で無料でチャリティーコンサートが開かれます。しかもかなりでかいバンドがやります。
ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Patti Smith2

パティス。ミスはずいぶん前に見に行ったので残念ながら当時の写真が在りません。いつもコンサートを見に行くと、鳥肌が立つんですよね。カッコいいです。今のメンバーには彼女の息子もいます。レニーケイは健在で今も一緒に活動をしています。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Patti Smith4

しばらく見に行ってないので次にコンサートが合ったら久しぶりに行ってみましょう。

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オーストラリアからのパンク:Radio Birdman(レディオ・バードマン)

パンクロックの影響は世界全土に広がり、アメリカ、イギリスを始めアイルランド、やオーストラリ等からも特有のパンクバンドは出ました。

オーストラリア(Oz(オージー))パンクと言えばThe Saints(セインツ)、The scientist(サイエンティスト)、Radio Birdman(レディオバードマン)、The Celibate Rifles(セリベート・ライフルズ)等が思い浮かぶと思いますが、僕が個人的に好きで、コンサートを見に行った事のあるレディオバードマンに着いて本日は書きます。

バンド名:Radio Birdman(レディオバードマン)

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-radiobirdman5
アルバム: レディオズ・アピア カバー

バンドメンバー:
   Deniz Tek (デニス・テック) ギター / バンドリーダー
   Rob Younger (ロブ・ヤンガー) ボーカル
   Chris Masuak (クリス・マスアック) ギター
   Warwick Gilbert (ワーウィック・ギルバード) ベース
   Pip Hoyle (ピップ・ホーイル) キーボード
   Ron Keeley (ロン・キーリー)ドラム

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-radiobirdman4

結成年:1974

代表アルバム:
   Radios Appear(レディオ・アピア) 
   Living Eyes (リビング・アイ)等

代表曲:
   Aloha Steve and Danno (アロハ・スティーブ・アンド・ダノン) 
   Hand of Law (ハンド・オブ・ロウ)
   New Race (ニュー・レース)等

レディオ・アピアの殆どの曲がカッコいいのでぜひ聞いてください!

バンドの来歴:
もともとアメリカのミシガン州の出身のバンドリーダーのデニス・テックがオーストオーストラリアに留学中に友達と結成したバンドです。デニス・テックがミシガン州出身と言うことで、モロにMC5(エムシー・ファイブ)とThe stooges(ストゥージーズ)の影響を受けてます。他にはBlue Öyster Cult(ブルー・オイスター・コルト)の影響も受けているらしく、1977 年にRadios Appear(レディオズ・アピア)がデビューアルバムと成りますが、アルバムのタイトルは、ブルー・オイスター・コルトの歌の歌詞から取ったものです。レディオバードマンは攻撃的で、ハイピッチサウンドで、オージーパンクを一気に世界に広めます。アメリカでも同アルバムは翌年に発売され、脚光を浴びます。

しかし、その後バンドが二枚目アルバムを出すまでに、数年のギャップがありました。その間に新たなオージーパンクバンドは次々とデビューし、二枚目のアルバムLiving Eyes(リビング・アイ)を1981に出す頃には過去のバンド扱いをされ解散となります。

このバンドはオージーパンクで一番大きな存在に慣れただろうというバンドです。

バンド解散ごリーダーのデニス・テックとロブ・ヤンガーはRon Asheton(ロン・アシュトン(The stooges)) とDennis Thompson(デニス・トンプソン(MC5))でNew Race(ニュー・レース) と言うバンドを始めます。ニューレース格好いいです◎ 

他にはボーカルのロブ・ヤンガー自分のバンドThe New Christs (ザ・ニュー・クライスツ) と言うバンドもやっています。

ニューヨークでのコンサート:
2006年にバンドが再結成し、2007年にニューヨークのBlender’s Theater (ブレンダーズ・シアター) でコンサートをしました!予想もしていなかった大物バンドを見に行けて感動でした。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-radiobirdman3
デニス・テック

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-radiobirdman2
ロブ・ヤンガー

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-radiobirdman1

一番乗りで行ったので場所もステージの一番前で、かなり言い写真が取れました。また是非ニューヨークに来て下さい!ファンはコアな人が多かったですが、こう言うコンサートの方が僕は好きです。



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CBGBからポストパンク:B-52s(ビー・フィフティー・ツーズ)

パンクは70年代後半にピークを越えると、スタイルを変化させニューウェーブ、ポストパンク、ハードコアパンク等に分かれていきます。ポストパンクはその名の通りパンク世代の影響を受けたバンドのジャンルです。

ポストパンクと言うとTaking Heads(トーキンへッズ)等が始めに思い浮かぶかもしれませんが、今回はトーキングヘッズのDavid Byrne(デビッド・バーン)とも関係が深いB-52s(ビー・フィフティーツーズ)について書きます。

バンド名:B-52s(ビー・フィフティー・ツーズ)
ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-B525
アルバム ビー・フィフティー・ツーズ カバー

メンバー:
   Fred Schneider (フレッド・シュナイダー) ボーカル
   Kate Pierson  (ケイト・ピアソン) ボーカル/オルガン
   Keith Strickland (キース・ストリックランド) ドラム
   Cindy Wilson (シンディ・ウィルソン)  ボーカル
   Ricky Wilson (リッキー・ウィルソン)  ギター 死去

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-B524

結成年:1976

代表アルバム:
   The B-52's(ビー・フィフティー・ツーズ)
   Wild Planet(ワイルド・プラネット)
   Whammy!(ワミー!)等

代表曲:
   Rock Lobster(ロック・ロブスター)
   Strobe Light(ストロブ・ライト)
   Give Me Back My Man(ギブ・ミー・バック・マイ・マン)
   Love Shack(ラブ・ショック)等

バンドの概要:
学生時代の友達が結成したバンドです。メンバーは皆楽器の使用の経験が全く無いか殆ど無かったようで、結成当時はタップギターとパーカションが殆どだったそうです。シンディとリッキーは兄弟です。初期は2人の女性ボーカルのカツラがものすごい印象的です。

バンド結成後ロック・ロブスターが結構売れて、その後ニューヨークのクラブCBGBでのショウをきっかけに1979年にアルバム、ザ・ビーフィフティーツーズでデビューします。ロック・ロブスターはのりの良い曲でダンスにも良い感じの曲です。

CBGB(シー・ビー・ジー・ビー)はかつてのニューヨークのパンクロックの聖地と言われたクラブですが、数年前に地上げで立ち退きを迫られました。反対のデモ運動が行われて、僕も"SAVE CBGB!(CBGBの保護を!)"の運動に参加しましたが、結局クローズしました。今は跡地は、“どうでも良いよ~”と言う感じの洋服屋に代わっています。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-CBGB
当時のGBGB前

ビー・フィフティー・ツーズは1年後、Wild Planet(ワイルド・プラネット)をリリースします。このアルバムは、全米ヒットチャートに20位にも入ります。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-B526
アルバム ワイルドプラネット カバー

1983年にはデビッド・バーンのプロデュースによりMesopotamia(メソポタミア)をリリースします。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-B527
アルバム メソポタミア カバー

しかしバンド活動が絶好調のさなか1985年にギターのリッキーがAIDSで死んでしまいます。活動を停止しいました。その後1989年まで新しいアルバムを出しませんでした。1989年にCosmic Thing(コスミック・シィング)をリリースし、バンド活動を再開後、現在に至ります。

女性ボーカルのケイト・ピアソンはIggy Pop(イギー・ポップ)や、REM(アール・イー・エム)なんかともコラボレイトしてます。

ニューヨークでのコンサート:
一昨年結成30周年のコンサートをタイムズスクエアのNokia Theater(ノキア・シアター)に見に行きましたが、ちょっとステージから遠かったので、余り良い写真が取れませんでた。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-B523
中央左:シンディ・ウィルソン 中央右:フレッド・シュナイダー 右:ケイト・ピアソン

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-B522


ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-B521


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