「こんにちは、よくここが分かりましたね、先生。」
安心して話せる相手に久々に会い、2人に笑みがこぼれた。だが、すぐにそれは消えてしまった。
「すみません、先生。色々とお力添えしていただいたにも関わらず、こんな結果なってしまって…。」
ばつの悪い表情で、若菜たちの尽力に応えられなかったことを良太は詫びた。すると、若菜の口からこの間のいきさつが伝えられた。
「良太さん、愛さん、今日はお二人にお願いがあって来ました。東京に一緒に戻ってきてください。話し合いの機会を作りました。」
2人は驚いた様子であった。しかし、無力感を押さえるかのような様子で、再び話し始めた。
「そうでしたか、そこまで…。しかし、もう手遅れです…。僕たちはここで、2人で生きていくって決めましたので…。」
諦めている2人を、若菜は必死の思いで説得した。2人が悔いを残さないように…。そんな気持ちからであった。
「お2人とも本当は気づいている、このままじゃ、例え2人で幸せを築いていけたとしても、本当の意味で祝福されたものにはならないって…。説得の最後のチャンスだと思って、話し合いの場に来てください!」
「分かりました…。多分、そう上手くはいかないとは思いますが…。」
良太たちと同じ心配は、若菜にもあった。そして、そういうことに限って、現実になってしまうのであった。
「とにかく、2人の交際には反対だ!」
「絶対に釣り合いません!」
「どうして私たちを認めてくれないの…!」
「僕たちも、努力します。お願いします、僕らのことを認めてください!」
そんな虚しいやりとりが、延々と続いていた。その様子は、和輝が同席していなければ、力ずくで引き離されていたかもしれなかったものであった。
話し合いが平行線のまま、お互いに疲れが見え始めた時であった、和輝がこの場で初めて口を開いた。
「話が平行線になってしまってきているし、そもそもの発端まで振り返ってみるか。親父さんにお袋さん、2人とも、子どもの幸せを何よりも願っているはずだ。そこに違いはないはずだ。で、1つだけ尋ねたい。そう考えたとき、お互いにその存在をこれほどまでに大切に思っている者同士を引き裂くことが、子どもの幸せに繋がるかい?力ずくで無理に思い通りにしたとして、今回の展開のように、悲しみと後悔以外に、そこに何か残るものはあるのかい?」
和輝の投げかけに、徹也と美由紀は少し平静さを取り戻し始めた。2人にとっては、だからこそこの結婚に反対の立場であった。しかし、これまでのように、ただ感情が優先して反対するだけではなく、何のための反対なのかも、この時思い出した。
2人が「目的」を思い出したと感じると、和輝はすかさず、愛と良太にも覚悟の程を尋ねた。
「もちろん、そうは言っても後継者や家柄という『オトナの事情』もある。気持ちだけじゃ乗り越えるのが困難な場面もあるだろう。そんな時でも、支えて乗り越えていく気概があるか、2人にも求められるけどな。」
しばしの沈黙が部屋の空気を支配した。緊張感で張り詰めた空気をまず破ったのは良太であった。
「僕には、機械での作業はまだできません。工場の現場で作業する時間もまず確保ができないです。それでも、事務・経営面についての見識は活かせる強みだと思っております。できることは全面的に協力していきます。グループの経営も今までどおり、いや、今まで以上に全力で取り組みます。ですから、愛との交際を認めてください!」
良太に続けて、愛も自らの決意を話し始めた。
「私も、良太さんのパートナーとしては、まだまだ至らないところがあります。名家としての立ち居振る舞いを学んで、彼にふさわしい女性になってみせます。どうか、私たちのことを認めてください!」
良太と愛の覚悟に、2人の強い絆を徹也と美由紀は認めざるを得なかった。
「そこまでの決意があるのなら…」
「認めざるを得ないな…」
長かった1週間は、こうして2人の3年越しの想いを実らせた。決して揺るがない決意と覚悟によって、ようやく良太と愛は交際を認めてもらえることとなった。
数日後、和輝は朝からムンクのような顔をしてミーティングルームに入ってきた。理事長から壊したついたてと壁の修理代の請求書が渡され、相当な金額が飛ぶことになったのだ。当然、その埋め合わせは和輝の小遣いからであり、小遣い半額カットが約3ヵ月となったのである。せっかくの夏に娘たちと出かける機会が減ることを、和輝は大いに嘆いていた。
一方で、良太と愛の交際はあれから順調であった。もちろん、工場同士の独自のきまりや細かいテーブルマナーなど、思い込みや不慣れな場面で上手くいかないときにもしばしば直面した。それでも、夜遅くまでの作業に加わったり、同じ習い事を始めたりするなど、公私共にお互いの環境を理解しようと積極的に関係を深めていき、真摯なその姿から相手の両親への理解を得て、悪戦苦闘しながら交際を重ねていったのであった。