その記事のあらましは、次のようなものであった。
『スクープ、人気急上昇中アイドルSに熱愛疑惑!カギを握るのは都内病院勤務のアブナイ美人女医!!』
この見出しから始まり、幸太が以前に撮った写真を、その後に今回撮影した写真が、記事の内容を強調するように展開されていた。
しかも、大勢の人に紛れて個別に相談に応じている若菜の面会方法を逆手に取り、
「略奪密会か?」
「昼下がりの雑踏、気づくと二人は消えていった…」
「平然と相談に応じている美人女医F…実は何も知らないのはアイドルSだけ?」
と、あることないことを推測で、おもしろおかしく脚色されていた。
その日はワイドショーが多い土曜日であった。紗季たちの事務所はもちろん、三鷹病院にもマスコミが大勢押しかけていた。
「すみません!今回の件について何か一言を!」
「利用者として、この件をどう思いますか?」
マスコミが中まで入って来るのを、増員した警備員と屈強な男性職員で食いとめはしていたが、病院前は混乱を極めた。来院の患者に対しても、手当たり次第にレポーターから声が掛けられていた。
その頃、幸太は病院の裏口で若菜が出てくるのを待ち構えていた。
「くっくっく、今回ばかりは裏の裏をかいて正面からというわけにはいかないからなぁ。」
やがて、幸太の張り巡らしたワナに、獲物がかかった。
「あ、双葉先生が来たぞ!」
正面玄関にいたマスコミにも聞こえるようにと、わざと大声で幸太が叫んだ。
車から降りたばかりの若菜もすぐに気づき、急いで入り口に向かった。正面玄関から裏口まではやや距離があり、走ればぎりぎり振り切れる距離だと若菜は思った。
その時、誰かが若菜の行く手を阻んできた。冷静であったならば、そこまで注意が向いたかもしれない、しかし、その時の若菜には無理な注文であった。
「お久しぶりです、先生。『芸能じゃーなる』の山本です。今回の記事について何か一言を!」
勝ち誇った薄ら笑いを浮かべていたその男を、若菜は全力で張り倒したい衝動に駆られた。怒りと悲しみが錯綜し、殺気すら込められた瞳を幸太に向けた。
だが、まもなくそれさえも若菜はできなくなっていた。他のマスコミが追いつき、囲まれてしまったのだ。
正面口で待ち構えていたマスコミに囲まれてしまったのだ。プリンに群がる蟻のように、若菜に向けてフラッシュと尋問が次々と浴びせられた?
「双葉先生、今朝の週刊誌やスポーツ各誌で報道されていた件についてですが、記事の内容は事実なんですか?」
「紗季さんを騙してマネージャーの市川さんと付き合っていたことに、罪悪感はなかったのですか?」
「先生、何かコメントを!」
若菜は前に進むことすらできず、ただこの状況が終わるのをじっと待つしかなかった。
「何もお話しすることはありません…。通してください!」
若菜とマスコミの押し問答がいたちごっこのように続いていた。
その時、裏口から理事長が現れた。その様子は、まるで般若のように恐ろしい形相であった。若菜は自分を責めた。あぁ、私の不注意で、相談者だけでなく、病院にも迷惑をかけてしまった…。
理事長は騒々しいその場を貫くような声で一喝した。
「皆様、仮にもここは病院、命を扱う場所であります!静粛にされてください!」
理事長のその強烈な一言で、その場は一気に静まりかえった。そのスキに、若菜は建物の中に入った。慌てて後を追いかけてきた取材陣を理事長がさえぎり、先ほどとはうって変わり、トップとしてふさわしく丁寧に応対した。
「この度はうちのものがお騒がせしました。また場を改めてお答えいたしますので、今日のところはどうぞお引き取り願います。」
取材陣が解散すると、若菜は理事長室に呼ばれた。
「しくじったわね…。まさかこんな展開になるなんて…。」
元々、2人から別々に相談を受けるようにしていたのは、理事長の指示であった。同時に行うことで、マスコミに下手に書かれるリスクを回避するためである。また、院外で行なっていたのも、場所を変えることで、特定させない目的があった。しかし、それが裏目に出る形となった。まさかこんな展開になるとは、理事長自身も思いもよらなかった。
「とにかく、一度、紗季ちゃんと市川さんにも直接会って、今後の対応を話し合う必要があるわね。私の方から連絡を入れておくから、今後の対応方針の案を考えてちょうだい。巻き添えにしてしまって申し訳ないわ、若菜ちゃん…。」
翌週、これからのことについて打ち合わせをするため、人気のない喫茶店に3人は集まっていた。マスターは理事長の旧友であり、周囲は立入禁止のビルが前にあるだけで、外部に出したくない話をするにはうってつけであった。
「すみません、ご迷惑をかけてしまうことになってしまいまして…。」
「いえ、社長にはきつく言われましたが、最悪の大事に至らなかったので、まだ…。ただ、これ以上何か起きるのはまずいですね。紗季には、来月から始まる連ドラの話が来ています。その撮影が始まって、ほとぼりが冷めるまでは…。」
「辛いですが、あまりお仕事以外では会わないほうが良いですね。あるいは…」
その様子を、幸太はビルの屋上から覗き込んでいた。この間の騒ぎの際に、若菜のバッグに盗聴器を仕掛けていたのだ。そこから今日の件について情報を手に入れた幸太は、余裕をもってカメラを構えることができた。
「くっくくく…。立入禁止のビルだけど、バレずに立ち去れば問題ない。3人そろって油断している今が絶好のシャッターチャンスなんだ。さて、僕たちジャーナリズムをないがしろにした罰だ、まとめて明日のスポーツ紙のトップ記事になっちまいな!」
そう薄ら笑いを浮かべ、幸太はシャッターをきった。
中では、若菜の提案に対して、紗季と亮が悩ましい反応をしていた。
「そうですね…それで上手く収まった前例も、もちろんないわけではありません。しかし、今の紗季にはリスクがまだ高すぎると…。」
その時、向かいのビルからフラッシュが光ったことに4人が気づいた。亮がすかさず辺りを見回したが、人影すら見つけられなかった。その時、マスターが誰もいないはずのビルを指差して叫んだ。
「おい、あそこの屋上に誰かいるぞ!」
マスターが指差した先には、フラッシュが光り、機材の撤去に慌てていた幸太の姿があった。その時、初めて、お互いにその存在に気づいた。
「あいつ、確かあの時の…。くそ、捕まえてやる!」
亮が勢いよく店を飛び出すと、若菜はマスターに紗季のことを頼み、その後を追いかけた。
フラッシュが光ったビルの前まで来ると、ちょうど機材を抱えてビルから出てきた幸太と鉢合わせした。
「待て!」
逃げる幸太を、亮と若菜が追いかけた。