夏も終わりに近づき、夏の暑さも次第に和らいでいた。
恋愛相談医として半年が経ち、若菜は今の仕事に比較的余裕が出来てきた。
今までは仲違いをしたり片想いだったりした相談者がほとんどであった。しかし、今回若菜のもとを訪ねた相談者は、今までとは少し違う事情を抱えていた。
相談者は松ヶ崎良太と三浦愛の2人であった。若菜の元を尋ねてきたとき、まるで何かに引き裂かれまいとするかのように、2人はずっと固く手を握っていた。
お互いが愛し合っていることは明白であった。しかし、ここを訪ねて来たということは、何かしらの問題を抱えているからだ。これといった手がかりの見当がつかない若菜は、ここを訪ねた理由を尋ねた。
少し寂しい表情を浮かべ、二人はそれぞれの問題を語りだした。
「僕たち2人は同じ高校の同級生で、付き合って10年近くになるんです。もちろん、その間に結婚の話もありました。」
「でも、彼は地元の名家の生まれで長男、私は下町工場の一人娘。機械が専門ではない彼に父は『曾祖父の代から続いた工場の跡継ぎでないと、結婚は認めない』と頑ななのです。」
「そして、私の母も『由緒ある松ヶ崎家には由緒ある者と親類関係を築かなければならない』と、愛との結婚を認めてくれないのです。先生のお力添えで、何とか説得に協力してもらえませんでしょうか?」
良太の切実な想いを若菜は感じ取っていた。愛し合う2人の力になりたい…!若菜は、良太たちに最大限の協力を約束した。
2週間後の土曜日、若菜はまず愛の自宅を訪ねた。愛の自宅はネジやボルトを加工・生産する工場を営んでいた。仕事終わりを見計らい、約束した夕方遅くに出向くと、作業着姿の愛が工場から迎えにきた。
「こんばんは、先生!そろそろ工場も終わりますので、自宅のほうで待っていてください。」
2人は工場の隣にある愛の自宅前で待ち合わせることにした。若菜がもう少しだけ待っていると、まもなく、父親の徹也とともに愛が帰ってきた。
客間に通された若菜は名刺を差し出し、徹也に簡単なあいさつをした。若菜の肩書きを見た徹也は、やや渋い表情を浮かべた。その表情のまま、若菜に尋ねた。
「愛が先生に何か頼んだようですね。それで、恋愛相談医の先生が、私に一体どういった用件でしょうか?」
若菜が答えるよりも先に、愛が話を切り出した。
「父さん、良太さんとの交際を認めてほしいの…。」
「確かに、彼はお父様の希望される『機械屋さん』ではありません。しかし、良太さんは誠実でしっかりした青年ですし、そこは目をつぶられても…。」
若菜がそう付け加えた時であった、続く言葉が遮られた。
「ダメだ、それだけは認めん!」
若菜たちの主張はあっさりと一蹴された。徹也は続けて言った。
「確かに、良太君は愛にとって良き友人だ。能力も高いし、人間的にも出来とる。しかし、曾祖父の代から続いた工場は守らねばならない。工場を継げる者でしか、私は愛のいいなずけとは断じて認めん!」
その時の徹也には、工場を守ることしか頭になかった。時間を掛けて説得に当たることにした若菜は、その日は戻ることにした。帰り際に、不安そうな様子の愛を若菜は励ました。
「お父さん、ちょっと周りが見えていないから長期戦になりそうね…。私も頑張って説得するから、挫けちゃダメですよ!」
翌日、今度は良太の自宅を訪ねた。明治から続く名家にふさわしい屋敷を構えており、ここから三代に渡って歴代首相を輩出したのである。そして今は、関東一円にあらゆる事業を展開し、強力な地盤を持っていた。
そのスケールの大きさに圧倒されつつ、良太の案内で屋敷を進んで行った。
通されたのは母親の美由紀が執務を行っている離れであった。美由紀は財閥家の次女であり、松ヶ崎グループを現社長の良一郎と共に拡大・成長させてきた。その仕事ぶりは男性顔負けであった。
若菜があいさつをすると、2人が話し始めるよりも先に、美由紀が話を封じ込めてきた。
「先生のことは良太から聞きました。恐らくは三浦さんのところのお嬢さんとのことですね。交際ということになりましたら、それは認めません!」
いきなりの展開に、話の主導権を持っていかれそうになった。若菜は今までの経験を引き出しに気持ちを立て直した。
「そうですか…。それでは、何故お2人の交際を認めてくださらないのか、その理由を教えていただけないでしょうか?」
口調は丁寧であったが、きっぱりと美由紀は若菜たちに告げた。
「我が松ヶ崎家は明治からこの地域に続く伝統のある家です。この家を代々繁栄していくためには、由緒ある者とのつながりをより強固にしていくべきなのです。」
相変わらずの母親の対応に、良太が思わず反論した。
「母さん、俺には、愛よりもふさわしいヒトはいないんだよ!」
「お黙りなさい!」
美由紀は良太の言葉をピシャリと抑えた。そして、逆に良太を諭し始めた。
「まぁ、ご友人として、色々な人と親睦を深めることはとても大事だわ。でも、結婚ということになれば話は別。あなたは松ヶ崎家の長男であることを自覚し、自らの運命を受け入れなければなりません!」
良太としても、その運命を理解はしていた。松ヶ崎家は自分たちだけでなく、その下で携わる多くの人々やその家族の人生を預かっている。その責任を宗家の長男である以上、引き受けなければならない。だからといって、愛と未来を共にしたい気持ちを捨てることなんて出来はしない…。
その日の話し合いは平行線のままで終えることとなった。