茂木健一郎の「超一流の仕事脳」 2009年6月9日
“弱さ”に対する感受性が支える心の医療
乳腺外科医・中村清吾
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090605/158222/
今回お話を伺った外科医の中村清吾さんは、乳がん治療の第一人者だ。
看護師や薬剤師、さらに時には別の分野の専門医などと連携した
専門家のチームを作って治療にあたっておられる。
医療技術の提供だけで患者に向き合うのではなく、
患者のカウンセリングや子供のケアなども含めて、
患者のクオリティ・オブ・ライフを維持することを実践されている。
中村さん自身、以前はそうした
多岐にわたる患者との接し方のすべてを
医師が背負わなければならないと思い込まされていたという。
だから医師が患者の人間性まで思いやる余裕をなくしていたとおっしゃっていた。
今日、医療崩壊と言われている現状で、
医師に対する様々な批判が巻き起こっているが、
それを脱するヒントがそこにあるのではないかと感じた。
医師に対してもっと人間のことを考えろと言うだけでは事態は改善に向かわない。
医師の負担を軽減することも考えられるべきだろう。
患者の心のケアなどについては、
専門家をサポートすることによって、
医師は人間的な心の余裕をもって医療に臨むことができるかもしれない。
またチーム医療を実践するなかで、
医師がビラミッド構造のトップに立って指揮命令するという軍隊的な組織ではなく、
互いに個として尊重しあう意識を仲間内から持つという側面もあるだろう。
もちろん医師はその専門性においてリスペクトすべきである。
そして、ネットワークの一員として看護師や薬剤師の専門性とは
イコールのものであるという視点が大切なのだと思う。
こうした考えが必要なのは医療界だけの問題ではない。
以前から言われていることだが、
日本人はソフトウエアなど、形として表れない価値に対価を払わない傾向がある。
目に見えない専門性に対してそれに名前を付け職を与えて専門家を作り、
その人を生かすといったことが苦手である。
日本の多くの社会構造のなかで、自分がまず変わらないと始まらない。
互いを人間として尊重しない現場には、必ずひずみが生まれる。
クオリティ・オブ・ライフとは数値化されないものである。
例えば医療技術のパフォーマンスの評価基準としては
例えば5年生存率や10年生存率といった数値がある。
それを基に論文を書いたりするわけだが、
クオリティ・オブ・ライフの維持・向上は、構造的に治験成績の定量的評価に入りようがない。
数値化されないものをどう大切にするのかは、
いろいろな現場で起きている本質的な問題である。
一般のビジネスではカスタマーサティスファクションというものも、
突き詰めれば数値化できないものである。
また、成果主義が導入されている現場では、
数値化されるものばかりが重視され、
数値化できないものはないがしろにされる傾向がある。
患者の側も、医師を人間として尊重する態度が求められる。
「先生にすべてお任せします」という態度は、従順な良い患者のように思えるが、
これは医師を万能なものとしていて人間として見ていないことに通じるのではないか。
人間は間違いもおかすし限界もある。
それを認めないで、医師がすべてを解決しなければならないと要求するのは
とんでもないことだと強く思った。
医療崩壊の問題の根底には、医師と患者の相互不信がある。
お互いが相手は完全な存在ではないことを認めあって、
お互いに成長しあう関係は構築しうるのではないか。
中村さんのお話を伺っていると、最後は「人間力」なんだと強く感じる。
それも数値化はできないものだ。
患者の弱さや苦しさに寄り添うことが中村さんの医療のベースにある。
相手の弱さやつらさに対する感受性は非常に大切なものだと思う。
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数値化されないもの、
目には見えないもの、
本当に大切なことは、そういうものであると、言葉ではよく言われるが、
なかなか実践は難しい。
人間存在そのものの、弱さや辛さ、儚さや苦しみ、
そういう、「人間らしい」、かっこつけない、赤裸々な姿にこそ、
向き合っていかないといけないとおもいます。
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